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よく考えればそれはユイニィがマテリア様をお誘いした形であって、我ながらよくそれだけ大胆になれたものだなぁと、マテリア様と分かれた一人の帰り道で感心してしまった。
生まれてから十四年と少し。裕福だけれど平凡な家庭で育ち、良くも悪くも平凡な学園生活を送ってきた。
それほど自発的に行動する性格でもなくて、あまり目立つような学生でもなくて。
それなのにどうしたのだろう。
生徒会のお手伝いをさせて頂くようになってからこっち、ユイニィは随分と行動的になっている気がする。
最初は先輩達のことをやっぱり怖く思っていたし、お手伝いだって当たり障りの無いことばかりしていた。
それが十日も経たないうちに、少しは自分で考えて動くようになっているし、憧れの先輩を誘ったりしている。
それに考えてみれば、脅迫状とか今日の小剣が盗まれた事件とか、恐ろしい事件が身近に起きているのに頭の中は結構冷静で、むしろマテリア様のことばかり考えている。
私は、ちょっとおかしいのかもしれない。
それとも十四歳の頭の中って、みんなこんな感じなのだろうか。かといってそれを誰かに尋ねるのは絶対に恥ずかしい。
「……ちゃんと前を見て歩かないと、危ないわよ?」
「へ?」
家までもうすぐと言う曲がり角。声をかけられ顔を上げると、レシル様が呆れたような顔で目の前に居た。
「れ、れれ、レシル様っ!?」
「はい、レシル様ですよ……随分遅かったじゃないの。寄り道?」
見ればレシル様は制服姿のままで、ということはお家には戻られてないということで。
あ。ユイニィは先ほど別れる前のレシル様の目配せを思い出した。あれって密会するわよってことだったんだ。
「あ、いえ。マテリア様と少しお話を……それよりも、レシル様がこんな所まで来てお待ちということは」
ユイニィはマテリア様一色だった頭の中を急いで整頓し、恐らくこれからされるであろうお話に意識を集中する。
「ええ。なんだか随分冴える様になったわよね、ユイニィちゃんは」
レシル様は嬉しそうな顔で言ってくださったけれど、それってつまり前は冴えていなかったということで。それはその通りなのだけれどあまり嬉しくない。
「あの、レシル様。お気づきだとは思うのですが、私もどうしても気になることがあって……聞いていただけますか?」
「……ええ。全部聞かせてちょうだい」
レシル様が頷いたので、ユイニィは真っ直ぐにレシル様を見据えて口を開いた。
脅迫文のこと。
皆と会話した内容。
準備室と鍵箱の話。
襲われたエルザ様と、盗まれた双剣。
マテリア様の様子。
ユイニィは思ったことを全部話していた。
「……そう。ユイニィちゃんもそう思ったのね」
「じゃあ、レシル様も?」
ユイニィ問いかけに、レシル様は小さく頷いた。
「あの準備室の鍵はね、新学期が始まって直ぐに取り替えられたの。クロが鍵穴の中で鍵を折ってしまって使い物にならなくなったから」
クロ様、鍵穴で何していたのだろう。
「だから新しいあの鍵は、職員室にある親鍵の束の中の鍵では開けることができないの」
「それをご存知なのは?」
「私と、クロと、教頭先生だけよ。そしてその予備の鍵は、教頭先生の机の中に入っているの」
これはどうやら、生徒会役員を目の敵にしている教頭先生が、何かないかと隠し持っているらしい、というのはクロ様の見解。レシル様は単純に親鍵の束に入れたら分かり辛くなるからだと思っているそうだ。
「だから、準備室を開けるには、鍵箱の中の鍵か、教頭先生の鍵が必要なの」
レシル様は右手の人差し指を立て、小さく揺らしながら話を続ける。
「鍵箱を開けるには私とクロが持っている鍵か、職員室に保管されている親鍵が必要なのだけれど、親鍵を持ち出す時には、日付と署名をしないといけないのよ」
それをレシル様は調べたのだという。
「火日に親鍵を使ったのは、教頭先生、ロイス先生、マテリアの三人だったわ」
「……マテリア様?」
思わぬ名前が挙がりユイニィは眉根に力を込める。
「残念なが、誰が、いつ、何の目的で使用したかは分からなかったわ」
「そうですか……あ、でも、教頭先生は予備の鍵を持っているんですよね」
「ええ。だけれど、例えば準備室から何かがなくなるとして、私もクロも開けた覚えが無くて、鍵箱も開いていなくて、準備室の鍵もこじ開けられていなかったら、犯人は教頭先生になるわけじゃない? 失礼な話だけれど」
レシル様に言われてユイニィは頷いた。仮に教頭先生が犯人だったとしたら、そんな分かりやすいことはしないだろう。
「それで、その日の行動を調べたの。朝から昼食休憩までの間ね」
レシル様はスカートのポケットからメモ帳を取り出して指で追う。
「教頭先生は、朝一番に来客のお相手。それからは自室で書類仕事をしていたみたいね。途中親鍵を持って一度離れているのだけれど、これは分からないわ」
レシル様はページをめくる。
「ロイス先生は二限目の授業が終わった後、お母様の具合が悪いということで、一旦お家に戻られたそうよ。大したことはなかったみたいで、お昼前には戻っているわね。署名欄の順番だと、教頭先生の後に鍵を使っているわ」
それから、一応と付け加えてレシル様はページをめくる。
「マテリアは、普通に授業を受けていたわ。同じ組の子に聞いたら技術準備室に忘れ物を取りに行ったみたいだから、親鍵はこれね。おそらく担当の先生が見つからなくて、鍵が無かったんでしょう」
その言葉をきいてユイニィは胸を撫で下ろした。疑ったりはしていないけれど、お名前が挙がったままなのは何だか辛い。
「あとは、応接室の鍵箱。誰かが何かぶつけたのか、少しだけ歪んでいるのよ。鍵をかけないで放っておくと、少しずつ蓋が開いていくみたいなの」
「あ、じゃあ、それで?」
「そう。ユイニィちゃんが言っていたでしょう? 蓋がちょっと開いていたって。つまり開けっ放しじゃなくて、鍵だけかかっていなかったとしたら、鍵は結構早くに開けられていたのかもしれないのよ」
蓋が勝手に開くのは、恐らくレシル様しか知らないらしい。それでお話した時に、蓋のことを念入りに聞いたのか。
「あれ……それって、準備室の鍵は長時間持ち出されたままになっていたかもしれない、ってことですよね?」
「ええ。よく気付いたわね……だから、調べたの。持ち出した人のこと」
レシル様はそこまで話して、ふっと口を閉ざしてしまう。
なんだろう。目を伏せて、言葉の続きをためらっているような。
「……レシル様?」
「ごめんなさい。本当はね、この話はユイニィちゃんにせず、自分一人で解決しようかと思っていたの」
それってつまり、ユイニィが聞けば、心に衝撃を受けるような話かもしれないということで。
「だけれど、ちょっと一人じゃどうしていいか分からなくて……本当は大人を頼るべきなのだろうけれど、どうしてもそれをしたくなかった……」
それは、大人に話すことで、何かが取り返しがつかなくなるようなことで。
「……レシル様っ!!」
「ユ、ユイニィちゃん……」
ユイニィはレシル様の手をとって、真っ直ぐに、その紅玉のような瞳を見つめた。
「私達は、同志です。大丈夫です。話してくださいっ!」
「……」
じっと、真っ直ぐに見つめる。
私は大丈夫です。レシル様と初めて会った私より、今の私はずっと強くなってるんですって。そんな気持ちを込めて。
「ありがとう……それじゃあ、話すわね」
くしゃっと表情を崩して笑ったレシル様は、ゆっくりと、調べたことを話し始めた。




