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永悠少女譚  作者: 著者
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 ところで周期初めの火日に話は戻り、応接室の鍵箱の件。

 あの後すぐ、昼休みの内にクロ様に確認したところ、クロ様には覚えがないらしく、確かに施錠したということだった。

 クロ様ともう一度確認したところ、準備室の鍵は隣の会議室の鍵と一緒にかけられていた。これは単純に掛け間違えかもしれない。

 クロ様はしきりに首を傾げていた。確認したはずなのに。どうにも腑に落ちないらしく、仕舞いにはユイニィの頭を掴んで首を傾げさせながら悩み始めたので、何とかなだめて解放してもらった。

 その日の放課後。

 例により校舎の外れの密会にて、その話をレシル様にしたところ。

「まぁ、クロが忘れてたってこともあり得るのだけれど」

 今週期、ずっと徹夜してたみたいだからね。と、苦笑された。

 言われてみれば、いつもお美しいクロ様の瞳の下が、ほんのり陰って見える。人知れず苦労も努力もする人だと聞いて、ユイニィは改めてクロ様を尊敬した。

「まぁ、クロじゃないとしたら、私ってことになるんだけれど、鍵は普段は家の金庫に保管してるから、持ち出したりは出来ないわね」

「じゃあ、やっぱりクロ様ですか?」

「残念。もう一つ可能性はあるわよ」

 レシル様はくすっと笑う。話を続けないということは、ユイニィの答えを期待しているのだろう。ユイニィは懸命に考えを巡らせる。

「……こっそりクロ様の鍵を盗み出す」

「そこで開錠術が出てこないのは、いいことなのかしら?」

 世の中には、金属の棒等で鍵を開けてしまう技術があるのだと聞かされて、ユイニィはとても驚いた。それってつまり、泥棒の技術だよね。

「まぁ、鍵をなくしたりしたら、そういうのも必要でしょう?」

 レシル様ったらユイニィの答えに満足したのか、楽しそうにしている。どうやら最初から面白い答えを期待していたようだ。

 ……ご期待に応えられて光栄ですこと。

 顔に出ていたらしく、レシル様はごめんと謝って、話を続ける。

「悪いことの話じゃなくて、鍵は他にもあるって話よ」

「お二人のもの以外にも、あるんですか?」

 レシル様とクロ様以外にも、鍵を持つ人がいるのだろうか。

「ユイニィちゃん。いくら生徒会がある程度生徒の自主性に重きを置いていたとしても、ここは学園よ。さすがに学園内の設備や施設を全部自由にさせるなんてことはないわよ」

 確かに言われてみればその通りだと思う。いくらレシル様やクロ様が大人びて見えるといっても、まだ成人前の学生なのだから。

「親鍵っていうのがあってね。要するに、それ一つで何箇所かの鍵を開けられる鍵なの」

「はぁ……そんなのがあるんですか」

 聞けば、学園だけじゃなくて、ある程度の規模の施設等には結構存在しているのだという。と、そこでおかしな事に気付いた。

「でも、どこでも開けられるなら、どうして鍵箱なんでしょう。直接準備室の鍵を開ければいいのに」

 その方が簡単なのに。ユイニィがそう思ったところで、レシル様の炎のような瞳が真っ直ぐにユイニィを見つめていることに気付く。

「な、何か」

「ユイニィちゃん……何で、準備室を開けるのが目的だと思ったの?」

「え、何でって……あれ?」

 そうだった。開いていたのは応接室の鍵箱であって、準備室ではない。第一あの時ロイス先生は準備室が開かなくて困っていらしたし。

 ああ、そうだ。鍵箱の中に準備室の鍵がなくて、だから準備室の鍵を取ることが目的だと思ったのかも。

 あれ。でも鍵は掛け間違えていただけで、鍵箱の中にはあったよね。

 ユイニィが混乱しているのを見かねたのか、レシル様はユイニィの肩に手を置いて、優しく微笑んだ。

「何か思い当たるみたいね。大丈夫。一つずつ話してみて」

 そう言われ、ユイニィは昼休みの出来事を話していった。

 生徒会棟に着いたら、ロイス先生がいたこと。準備室と台座の話。

 それから応接室。開いていた鍵箱。

 すぐにいらしたエルザ様とお話して、お弁当を食べた。

 それからみんな集まって会議。

 会議が終わって、最後クロ様と二人になったので、二人で鍵箱を確認して、それで施錠したこと。

「……鍵箱の蓋が、開いていたのね?」

 話を聞き終えて、レシル様は思案顔でユイニィにそう尋ねた。

「はい。ちょっと開いてて、それで気付いたんです」

 でなければ、鍵箱のことなんて気付かなかっただろう。

 するとレシル様はふっと顔を上げ、にっこりと笑った。

「……レシル様?」

「今朝、私が応接室の鍵を開けたとき、鍵箱の蓋は閉まっていたわ」

「え、じゃあ」

 ごめんなさい、クロ様。ユイニィは心の中で謝った。今度、真心込めてお茶を入れます。

「ええ。朝から昼休憩までの間。その間に誰かが鍵箱を開けたのね……こんなことなら、放課後まで待たずに、朝一番に双剣を確認しておくべきだったわ」

 忙しさを理由に、後回しにしては駄目ね。

 レシル様はその真紅の髪をかき上げ、苦く笑った。

「よし。取り合えず双剣を確認しましょう。もちろんこの話は秘密ね。クロにも気付かれない様に気をつけなさい」

 レシル様の言葉にユイニィは急に不安になった。ユイニィがちょっと不自然なことをしただけで、クロ様には全て悟られるような気がするのだ。

 気遣いが出来て優しくて面白くて頼れる先輩なのだけれど。クロ様を思い浮かべて小さく息を吐く。あの方は計り知れなくてちょっと怖く思ってしまうのもユイニィの本音だった。

 結局、準備室を確認したところ、マテリア様の双剣は最初に置いた奥の棚の上にそのままあり、箱の封印も開けられた形跡は見当たらなかった。

 それから四日。教頭先生の訪問後、役員全員が生徒会棟に戻ってきたのが今。

 レシル様は鍵のことを調べるからと、それから二人で話してはいない。

 タニアさんとなんとか留守番を終えて、今週期の労をねぎらうべく全員で冷茶で乾杯し、本番までの残りの予定を確認していた。

 テーブルを全員で囲み、お茶とお菓子も並べ、ここの所張り詰めていた空気がちょっとだけ和らぐ。

 会場である講堂の準備はだいたい終わり、あとは前日に組み立ての長椅子を並べるだけになったと、疲れた顔でアニス様が仰った。

 すごく落ち着いて見えるアニス様だけれど、そこはまだ二年生。レシル様の指示についていくだけで精一杯だったと、珍しく弱音のようなことを漏らす。

 でもそれはアニス様に限ったことではなくて、今週期の忙しさを乗り切り、どうにか予行演習までたどり着いたことからくる安堵感や達成感からか、全員少しだけ、肩の力が抜けたようだった。

「でもまぁ、力は抜いてもいいですけれど、気は抜いては駄目なのですよ。明日の予行演習と明後日の最終調整。部活動の生徒達に剣授の儀のことを気付かれても駄目なのですから……あむ、まみむまめまみもむみむむもも……」

 せっかく真面目に話しているのにクロ様。途中でクッキーを口に入れてしまう。

「あんたはもうちょっと気を張りなさいよ……まぁ、クロの言う通りでもあるからね」

 口をもごもごさせているクロ様の隣、呆れたように笑いながらも、やっぱり少しほっとしたような表情でレシル様が続ける。

「今日はしっかり休んで、明日に備えてちょうだい。皆が頑張ってくれたおかげで、予定に余裕があるし、本当にありがとう」

 去年は休日を丸一日使ったらしい。明日はやっぱり光日だけれど、午前中だけの予定になっている。

「でも、ユイニィちゃんとタニアちゃんのおかげだと思います。本当に助かったもの」

「え?」

 エルザ様に突然言われ、名前を挙げられた二人は目を丸くする。

「ああ、わかります。前回とか悲惨でしたものね」

 エルザ様の言葉にアニス様が笑う。

「マテリアがまさか、お茶もろくに入れられないとは思わなかったのですよ」

「ちょっとクロ様。後輩の前で、もういいでしょう。今は出来るようになったのですから」

 からかうようなクロ様に、顔を赤くして声を上げるマテリア様。

 聞けば、昨年度の第四期の剣授の儀から生徒会を手伝うようになったマテリア様。お茶どころかお湯の沸かし方も知らなかったらしい。

 家では使用人が全部やってしまうし、家政にはとんと疎いのだとか。

 しかもエルザ様はその頃、剣術部の大会の練習が多く、あまり生徒会の仕事に参加できなかったらしい。

 アニス様も不慣れで、レシル様は自身の剣授の儀のためそちらの練習が主。前生徒会長と副会長のサポートをクロ様一人がしていたので全員余裕なんてあるはずもなく。

「応接室は書類なんかでぐっちゃぐちゃ。準備室もぐっちゃぐちゃ。出てくるお茶は沼みたいに濃いか霧みたいに薄いか、アニスの好みで甘ったるいか……仕事の効率って、環境の影響を本当に受けるんだなって、今回実感できたわ」

 レシル様がころころ笑いながら言う。

「ユイニィちゃんもタニアちゃんも気がつくし、気持ちよく動いてくれるから、本当に助かったわ……ありがとう、二人とも」

「えっと……」

「……ありがとうございます」

 並んで座っていた一年生二人は、嬉しいやら恥ずかしいやら。

 でも、よかったねって。タニアさんとユイニィは、顔を合わせて笑いあった。

 その後は明日の時刻を確認してお開き。

 全員で並んで部屋を出ると、応接室のはレシル様が施錠した。

 なんとなくレシル様と目が合うと、レシル様はふっと微笑んだ。

 どういう意味の微笑なのかは分からないけれど、大丈夫だからって言われたような気がした。

 重い扉を出る。遠くの空がほんのり朱色に染まっていた。

 精霊神様の魂である太陽が沈む時、そのお力で今日一日の負の魔力を燃やして浄化する。空が赤く染まるのはそのためなのだそうだ。

 確かにあの空を見ていると、心の中の重い物が溶けてなくなっていくような気がする。

「じゃ、閉めるのですよー」

 レシル様が最後に出てくると、クロ様が重い扉の鍵を閉めた。

 なんだかちょっと、寂しいような気持ちになるのは、ユイニィがこの真っ白な塔の住人になれたからなのだろうか。

 校舎へと続く石畳を並んで歩きながら、ユイニィはそんなことを考えていた。

「どうしたの、ユイニィ」

 気がつくとマテリア様が隣にいて、首を傾げてユイニィの顔を覗き込んでいる。頬が緩んでいたのかもしれない。

「あ、いえ……明日も楽しみだなって」

「まぁ……」

 ユイニィが咄嗟に自分でもよく分からない答えを返すと、マテリア様は目を丸くして、それから笑ってくださった。

 それが凄く素敵な笑顔だったから、ああ、好きだなって思った。

 私、マテリア様の片刃になりたい。

 今だったら、誰に尋ねられても言えるような気がした。

「あ、すみませんクロ様。筆記用具を忘れてきてしまいました」

 と、校舎に入るその時、前を歩くエルザ様がそう言った。

 書記であるエルザ様。そう言えばテーブルに筆箱を置いていることが多い。

「ええ、あ、はい。すみません。すぐに戻ります」

 どうやらエルザ様、クロ様に生徒会棟の鍵を渡されたらしい。ユイニィ達の横を通って、早足に石畳の道を戻っていった。

「ふふふ。エルザ様もお疲れみたいね」

 マテリア様がそう笑ったので、ユイニィもくすっと笑った。

 校舎から続くこの石畳は弧を描いていて、この場所から生徒会棟は見えないが、さほど離れているわけでもない。すぐに戻ってくるだろうと全員で待っていた。

 そのとき。

「きゃあっ!!」

 悲鳴。

 エルザ様の悲鳴が聞こえた。

「エルザっ!!」

 最初に駆け出したのはクロ様だった。

 一切の迷いなく荷物を投げ出し、物凄い速さで石畳を滑るように駆けていく。

「行きましょう」

「あ、は、はいっ!!」

 マテリア様に促され、ユイニィも走り出す。クロ様の姿は既に見えなくなっていて、レシル様とアニス様の姿が視界から消える所だった。

 遅れる形で駆け出したマテリア様と一年生二人は、生徒会棟の白い壁が見えてきたところで息を呑んだ。

 重い扉の前、石段の上。

 倒れているエルザ様の姿。

「エルザ様っ!?」

 慌てて駆け寄るとそばに居たアニス様が小さく頷き、大丈夫と言った。

「ちょっと身体を打っただけみたい……エルザ様、大丈夫ですか?」

「ええ……つぅ」

 身体を起こそうとしたエルザ様は、立ち上がる途中で声を漏らして崩れる。

「足を捻ったみたい……酷くはなさそうだけれど」

「エルザ様、私の肩につかまってください」

 マテリア様がアニス様と場所を変わる形でエルザ様に寄り添う。エルザ様は長身なので、小柄なアニス様では辛いと判断したのだろう。

「……ごめんなさい、エルザ」

 そこに、両手に漆黒の小剣を持ち、肩で息をしながらクロ様が現れた。生徒会棟の向こう。裏門の方からだ。

「見失った……怪我はしていない?」

 小剣を鞘に納め、心配そうにエルザ様を見つめるクロ様は、いつになく厳しい表情をされている。

「はい……ちょっと足を捻っただけで」

「そう……外套を着ていたから、特徴がつかめなかった、のですよ。エルザ。あなたを突き飛ばした相手の顔、見ましたか?」

 突き飛ばしたっ!?

 クロ様の言葉に驚き、ユイニィは隣にいたタニアさんと顔を見合わせる。

「いえ、黒い外套だったことしか……」

「そう。まぁ、それよりもまずは保健室にいくのですよ」

 クロ様がそう言ってエルザ様の身体を支えようと歩み寄った時、生徒会棟の入り口の奥から、姿の見えなかったレシル様が現れた。

「……さて、困ったことになったわ」

 その手には、ユイニィも見覚えのある、一抱えほどの木箱が抱えられていた。

「小剣が、盗まれた」

 封印の布が破られ、蓋が開いた状態で。


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