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ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第一章
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第9話

 早鐘のように鳴る心臓がいつもの状態に戻るまで、ユーリィはその場で深呼吸を繰り返していた。いったい何が起こったのか全く判らない。ヴォルフの気が狂ったとしか思えなかった。


 穏やかそうな男の突然の激怒と、発作のような笑い。何が彼をそんなに怒らせたのか。それほど酷い言葉を投げ付けた覚えはない。多少きつい事を吠えていたが、相手は彼ではなく宿屋の女主人だったはずだ。


“何もしない”と言っていた彼を信用しなかったことが、そんなに気に入らなかったのだろうか。


(わけ分かんない……)


 それが正直な感想だった。そんな趣味のない男が何故あんな真似をしたのか。抱き寄せられた時の嫌悪感を思い出し、ユーリィは顔を(しか)めた。


(僕が出ていく必要がないって? 何を言ってるんだか)


 もう魔物のことなどどうでも良くなった。今はあの男から逃げることが先決かもしれない。このまま一緒にいたら何をどうされるか判ったもんじゃない。それともこういうふうに考えること自体、彼の気を悪くさせるのか?


(本当にわけ分かんないぞ)


 とにかく今すぐ出ていこう。世話になった礼は言えないが、さっきの事で帳消しだ。何を怒ったか知らないが、向こうだって腹の立つ奴の顔など見たくないに違いない。


(それに人に好かれるような人間じゃないし、僕は……)


 ユーリィは握りしめていた皮袋の紐を肩にかけて、そのまま部屋から飛び出した。



 


 階段を下り帳場までやって来る。宿屋の女主人と二人の旅人が話し込んでいるのが見えた。ヴォルフに黙って出ていくのも少々気が引けるから、伝言でも頼もうかと思っていたユーリィは、階段下で何と無しにその様子を眺めていた。


 それは奇妙な二人組だった。一人は一番目立つのは若い派手な男。長くはない薄茶の髪を中央から分け、軽く後ろに流している。衣装は裏地が緋色の黒マントに、金糸の入った青紫の上着と黒いズボンという出で立ちで、目立つことこの上なし。片手には何故かリュートを握りしめている。年の頃はヴォルフと同じ頃か若干下ぐらいだろう。涼しげな目元、冷笑気味だが整った口元など、多分“美男子”の部類に入るのだろうが、ユーリィの現在の気分として、男をそういう種類分けしたくないので何とも言えない。


 一人は背の高い中年男で、角張った輪郭と短い黒髪が特徴だ。上下黒ずくめの服に、ご丁寧に黒いマントまで羽織っている。堅物そうな顔立ちは何故か気むずかしそうな表情を作っていた。


 若い方は一見貴族風に見えるが、こんな辺鄙な土地に宿泊するような手合いにも見えなかった。


 しかし今はそんなことより自分のことだ。宿泊を断られてしまった以上は野宿しか方法はないのだが、今夜から雨が降りそうだ。例の魔物の件もあるし、森の中は危険すぎる。そんな事を考えていたら、女主人が甲高い声を張り上げ彼に話しかけてきた。


「ちょいと、坊や。さっきは済まなかったね」


 坊やと呼ばれてユーリィの目の端がピクリと動く。


「部屋は貸すから使って下さいな」

「さっきは貸せないと言っておきながら、今は貸せるって言うのはどういう事だ?」


 目元に怒りを浮かべながらユーリィはそう尋ねた。すると女主人は微妙に視線を逸らし、しどろもどろになりながら説明をし始めた。


「今日日、子供の一人旅が増えてきているようなんだけど……無銭飲食が横行してたりして、もちろん坊やを疑ったわけではないけど……もちろんそんな事はないんだよ」


 なるほど、金の持っていない子供は泊めたくないというわけか。そう思ったユーリィは益々怒りの表情を露わにした。その様子に焦ったのか、女主人は更に続けて墓穴を掘っていく。


「今夜は雨になりそうだし、もしあのまま追い出してたら大変な事になるところだった。神官様に聞いたんだけど、昨日魔物に襲われちまったんだって? そんな恐い眼にあったのに追い出されたら怒るのも当たり前だね」


 神官と言った瞬間、女の瞳がキラリと輝く。何やら意味深なその目つきにユーリィは眉を(ひそ)めて考え込み、ふとある事に気が付いた。つまりこの女は、自分が神官に金貨で支払いをした事を聞いたに違いない。そしてどうやら金を持っているらしい子供だと知って、掌を返したような態度に出たのだ。全く人間というものはこれだから嫌だとユーリィは心底思う。


 ユーリィの機嫌が益々悪くなるのに気付いた女は、何とかそれを取り繕う為にいきなり目の前の二人組に話しかけた。


「あの坊やのお連れで、グラハンスさんっていう方があの魔物を退治してもらうことになってるんです」

「別にアイツは連れじゃないぞ」

「あ、あ、ああ、そうだったね、ははは」


 作り笑いで誤魔化した女主人を、無表情に睨む。このまま宿を出ようかと、ユーリィがそう考えた瞬間、例の貴族風の格好をした男が、場の雰囲気に合わないにこやかな表情で口を挟んできた。


「では一人旅なのですか? 勇敢ですね」


 そんな涼やかさが女主人に加勢したようで、女は巨体を揺らしながらユーリィの方に突進し、持っていた鍵を無理矢理に掌に押し付けた。


「さあさあ、機嫌を直して下さいな。今日の夕食は腕によりをかけるからね」


 渡された鍵を見下ろし、しばし悩んだ末、ユーリィは仕方がなく従うことにした。野宿が嫌なだけだと自分に言い訳をして。



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