第63話
葬儀は滞りなく行われた。雨が降り続き、三人は用意された客間で、集まった大勢の弔問客から避けるように閉じ籠もり、五日ほど城で過ごしていた。
イワノフ夫人が死んだ理由は、事故として片付けられている。人々もそれを疑っている様子はなかった。
家族として参列したユーリィもそうだが、夫であるイワノフ卿も、体調が思わしくないエディクも、そしてソフィニアから戻ってきていたフィリップ少年も、誰一人涙を見せる事はなかった。
まあ、そんなものかとヴォルフも納得する。
誰かが昔、“死んだ時に、その人の本当の価値が分かる”と言ったものだが、その意味でイワノフ夫人の価値はあまり高くはなかったらしい。
エディクもユーリィもフィリップと話しているのを目にしていない。五歳の少年もそれを納得しているのか、二人の兄を視線から外している。何とも貧しい兄弟愛だとヴォルフは思った。もしもそこに“愛”なるものが存在していたらの話だが。
不思議だったのは、エディクとユーリィが時々話しているのを見かけたことだ。二人の間に流れる空気は、猛毒混じりの黒く淀んだものだったが、侍従関係ではないことがヴォルフにもよく分かった。
「お前、今すぐこのクソ長い葬儀を止めさせろ」
エディクが無茶な事をユーリィに言うと、
「貴方が死ねば、直ぐに終わると思いますよ」
と笑いながら返しているのを聞いて、ヴォルフは少し安心した。どうやら彼は、エディクの呪縛から抜け出せたようだ。
「俺の葬儀は、ひと月以上長くしろと遺言に書いておく」
「じゃあ、最初と最後だけ出席する事にします」
「いいや、お前には葬儀を全て取り仕切らせる。少しでも進行を間違ったら、あの世から呪いをかけるからな」
「音楽隊でも用意しておきますか? 似合わないほど派手で明るくて元気な曲を選んでおきます。エディク・イワノフ氏は愉しい人だったと出席者に錯覚させるように。ついでに死装束にも飛びっきり趣味の悪い服がいいですね」
「お前の服を借りるとするか。あの一番悪趣味な赤いのが良いな」
まあ、仲が良い兄弟と取れなくもない。少なくても嫌味の応酬は、似た者同士を感じさせる。
葬儀が終わり、ヴォルフ達は挨拶もそこそこに城を出た。イワノフ氏は何も言わなかったが、出来ればユーリィを引き留めたいという気持ちがありありと浮かんでいた。
アルが別れを宣言したのは、ソフィニアに戻った直後であった。
「兄の元に行く事にします。ユーリィ君と同じように、私も自分の気持ちに決着をつけなければならない時が来ているようですから」
「パラディスに行くの? あそこは内戦状態なんだろ?」
「彼は今、助けが必要なようです。それに姪か甥に会いたいんですよ。私が叔父さんなんて、笑えますよね?」
そう言ってクスリと笑ったアルの顔には、照れたような表情が浮かんでいた。
「一人で大丈夫か?」
「ええ」
本当は一緒に行ってやろうと言いたかったヴォルフだが、彼がそう決意したのだから仕方が無いと諦めた。
「彼に悪さをしたら駄目ですよ、ヴォルフ・グラハンス」
「な、なにを言ってる!」
アルに睨み付けられ、ヴォルフは慌てて取り繕った。
「その慌てぶりは、本気で考えていたのですか?」
「そうなのか?」
「お、俺は理性的な男だ」
だが二人は信じられないと言うように、同時に首を振る。
やがて真顔に戻ったアルが、二人を見返す。
「色々とありましたが二人と一緒にいられて愉しかったですよ。また会いましょう」
そう言い残し、アルは振り向きもせず部屋から出ていった。あまりにあっさりとした別れに、ヴォルフも唖然として、友の消えていった扉を眺める。そういえば、マリーの件で別れた時も彼はこんな感じだったと思いだした。
この再会はあまりにも不意打ちで、その上ユーリィもいたせいか、昔話など殆どしていない。二人で仕事をしていた頃を懐かしむ余裕すら無かった。出来るならもう一度と思っていただけに、あっけない別れにヴォルフは少々虚しさを感じていた。
その時、ユーリィが扉へと歩み寄る。
「ちょっと行ってくる」
アルと同じく振り返ることもなく、彼はアルの消えた扉から出て行った。
もしも少年が友を選んだとしたら、俺はどうしたらいいのだろうか……。
悲しみのため息を吐いて、ヴォルフは目を閉じた。




