第58話
まったく嘘の付けない子供である。ヴォルフは降りていくユーリィを見送りながら、小さく息を吐き出した。
ユーリィが何か隠しているのは一目瞭然だ。逸らした視線、浮かべた表情がそれを物語っていた。最後に彼がアルのことを尋ねたことと何か関係があるのだろうか。
アルがいないことも気になった。この城の中で彼が行く場所があるとしたら、エディクの元しか考えられないではないか。それともユーリィとどこかで待ち合わせをしているのだろうか。ヴォルフは足音を忍ばせて、ユーリィのあとを追った。
塔を降り、ホールを抜け、裏庭へと続く回廊を抜ける。石煉瓦に絡んだ蔦の葉が、薄闇の中で風に揺れて、微かな葉音を立てていた。古城の不気味さに、ヴォルフは武器を持ってこなかった不安を感じた。まさかここに魔物が現れるはずはないだろうが、月を背景にとらえた城は、舞台効果としてはあまりにも完璧だ。
ユーリィは裏庭を真っ直ぐ抜けると、薔薇らしき茂みの向こうにある、小さな四阿へと歩いていった。ヴォルフもまた身を隠しながら、綺麗に刈られた芝を踏んで付いていく。やがて様子を窺いながら茂みに身を潜めて眺めると、ユーリィはまるで誰かを捜すかのように、周囲をしきりに眺めていた。
(アルを待ってるのか……)
直感的にそう思った。こんな夜中に家族の誰かを待つとは考えにくい。
どれくらい待っただろうか。依然アルは姿を見せる様子はない。ユーリィも苛ついているらしく、何度かアルの名前を呼びながら、四阿の中を彷徨き回っていた。
その刹那___
背後で悲鳴のようなものを感じて、ヴォルフは咄嗟に振り返った。
その切り裂き声は一瞬にして消えてしまったが、確かにそれは風に孕んで聞こえてきた。たぶん城ではなく、塔の方だ。ヴォルフは夜空に突き刺さる塔を見上げて、唾を飲み込んだ。
背後から気配がしたと同時に、ユーリィの声が聞こえてきた。
「お前、付けてきたのかよ?」
「そんなことは今はどうでもいい。塔の方で悲鳴が聞こえただろ?」
「あ……うん……」
満月の光に浮かんだ塔を眺め、ユーリィが口の中で“まさか”と小さく呟く。
「とにかく戻ろう」
そう言ってユーリィを促し、ヴォルフは駆け出した。
回廊を抜けて、塔へと続く階段を登る。
「ユーリィ、ちょっと待て」
ヴォルフはユーリィの手首を掴むと、強引に立ち止まらせた。
「な、なに!?」
「その前に、裏庭で何をしていたんだ?」
「そんなの、今は関係ないって、さっきお前も言ったろ」
「一つだけ確かめたいんだ。あそこに行ったのはアルに言われたからなのか?」
「そうだけど。でも、アイツ、僕が殴ったから結局来なかったみたいだ」
「そう思うのか?」
その言葉にユーリィは不安げに瞳を揺らした。
「あの悲鳴はアルが何かしたせいだって言いたいの?」
「君も彼が変だったと思っているんだろう? 俺は少なくてもそう思っている。まるでわざと君を怒らせようとしたとしか思えない」
「僕は誰かを挑発したんだと思った。ほら、あの時、僕が降りてくる前に誰かが来てたんだろ?」
「ああ、イワノフ夫人が来てた」
ヴォルフは階段を見上げ、アーチ状に開いている塔の入口に目をやった。
(何を考えてるんだ、アル。お前、いったい、何をするつもりだ?!)
口にこそ出さなかったが、その先にある答えを知るのが怖くて、ヴォルフは薄明かりが漏れる入口をもう一度見上げ、握った右手に力を込めた。




