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ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第三章
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第57話

 ベッドから立ち上がり、窓の外を眺め、再び毛布にくるまる。そんなことを四回ほど繰り返し、ユーリィは長いこと迷い続けいていた。


 あんな事を言ったアルは絶対に許せない。この家の財産を自分が狙ってるなんて、そんな事を例え冗談でも、口にして欲しくはなかった。


“あなた達は泥棒親子だわ”と、エディクの母親に何度言われたことだろう。幼かった自分がその言葉にどれほど傷付いたか、アルが知っているはずはないが、それでもやはり許せなかった。


 けれどアルが急にあんな事を言い出したことは、不思議には思う。あの告白をされた日から、彼はずっと優しかった。もしかしたらヴォルフよりずっと自分の気持ちを分かっているのではないか。そんなふうに思ったことは一度や二度ではない。


 ならば何故、彼はあんな事を言ったのだろう? 四阿(あずまや)に来いと言った理由も判らない。


 ユーリィはもう一度ベッドから抜け出すと、窓から暗い裏庭を見下ろした。


 月明かりに四阿の白い支柱が見える。そのうちの二本はバラの茎を絡ませてあり、パーゴラ風の作りとなっていた。あそこはエディクのお気に入りの場所で、体の調子が良い時など良く日向ぼっこをしていたものだ。


 そんな場所に、アルは何故呼びつけたのだろうか?


「ウダウダ考えてても分からないな」


 決意を固めると、ユーリィは上着を手に部屋を飛び出した。



 ヴォルフ達の寝ている寝室は、二つ下のフロアにある。問題はそこにヴォルフがいるということだ。下層部から上は、階段と部屋は壁で仕切られているが、百戦錬磨らしいヴォルフに、果たして気付かれずにいけるだろうか。


 出来れば寝ていて欲しいと思いつつ、書斎から客間へと降りていく。微かに鳴った足音に冷や汗を流し、居間に繋がる扉に手をかけたところで、客間の扉が開いてヴォルフが顔を出した。


 (いぶか)しげな顔をした彼と目が合う。ユーリィは緊張を隠しながら、平然とした素振りでそんなヴォルフを見返した。


「こんな夜中にどうしたんだ?」

「えっと、ちょっと親父の所に」


 咄嗟に飛び出した嘘にドキドキする。悟られはしなかっただろうか。


「一緒に行った方がいいか?」

「い、いいよ。大した用事じゃないし」

「大した用事じゃないのに、こんな夜中に行くのか」

「アルが言った事を確かめに行く」


 未だかつて、こんな大胆な嘘をついたことは無い。


「明日にすればいいのに」

「昼間だと、余計な邪魔が入るから今の方が良いんだよ」

「そうか」


 納得したのか、ヴォルフは軽く頷いた。その様子を見て、ユーリィは内心、ホッと息を吐き出した。


「そ、そういうこと」

「直ぐ戻って来いよ。君が戻るまで俺は起きてるから」

「先に寝ててもいいってば。それより、アルは……?」


 ヴォルフの顔が途端に曇る。尋ねなければ良かったと、ユーリィは自分の失態を後悔した。


「アイツはさっき出ていったまま帰ってこない」

「あ、そう」


 興味がないというように肩を竦め、扉を開く。


「アイツ、今日は少し変だったな」


 背後からヴォルフの声が聞こえて来た。チラリと見たその顔は愁然(しゅうぜん)とした表情が浮かんでいる。ヴォルフのことだから例によって、自分とアルの関係に変な勘ぐりをしているのだろうか。


 いずれにせよ、これ以上下手な嘘を続けていては、そのうちボロが出るに決まっている。もっとも最初からほころびが出ているのだけれど。


 そう思ったユーリィは、返事もせずにその場から立ち去った。



 真っ暗な螺旋階段を、ユーリィは足音を忍ばせて降りていく。階下のホールに見える幾つかのランプが、薄い影を作って揺れているのが見えた。壁に沿った階段の中心は、まるで地獄へと続く穴のようにポッカリと空いている。慣れているとはいえ、こんな夜中に降りるのはさすがに不気味だった。


 足を滑らせれば、真っ逆さまに落ちてあの世の住人になるだろう。敵を陥れる為に例のご先祖様が作ったのだが、両刃の剣には変わりはない。実際、作った本人はここから落ちて死んだのだから。


 ユーリィは何か潜んでいるような気がして、何度も闇の中に視線を落とした。


 そういえばアルはどうして急にあんな事を言い出したのだろう。ヴォルフではないが、確かに彼らしくはない。まるで誰かに態と聞かせるような大きな声で……。


(聞かせる?)


 その瞬間、ユーリィの脳裏にある映像が浮かんできた。


 開いた扉。


 それは誰かが訪れた痕跡だとユーリィも指摘した通り、エディクか義母が訪ねてきたのだろう。そして自分が現れる数秒前、その相手はこの螺旋を降りて行ったに違いない。


 ではアルはその誰かに聞かせる為に、あんな事を言い出したのか? でもいったい何故?


 もともと掴み所のない男だから、ユーリィにその心が分かるはずもない。想像すら出来ないが、彼が何か企んでいることだけは薄ら感じ取れた。


 そういえばガーゴイル像のこともあった。忘れていたが、あれだって焦燥感を駆り立てるのに十分な出来事だ。あれはいったい誰が盗んだのだろうか。本当に使用人の誰かが出来心で盗ったのか。


(……何か嫌な予感がする)


 早く例の四阿に行って、アルを問いつめよう。もし彼が馬鹿なことを考えているとしたら、今すぐ止めさせるべきだ。ユーリィは跳ねるように階段を駆け下り始めた。


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