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ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第三章
55/66

第55話

 ユーリィと話をすると言って、アルが彼の部屋に消えてからしばらく経っていた。ヴォルフは不安になって、階上へ繋がる階段をじっと眺め、気を落ち着かせようと、何度も足を組み替える。


 付いていこうとしたら、身内のことだと言って拒絶された。あの時は“なるほど”と思って納得したが、果たして良かったのだろうか。ロジュにはユーリィの事を頼まれている。彼はアルの立場が複雑だと言ってたではないか。つまりアルにはユーリィを救えないと、ロジュは考えているということだ。


 自分が何とか出来るとはとても思えないが、少なくてもユーリィは“ヴォルフがいて良かった”と言ってくれた。その言葉が示す意味は、“この場所で彼を救える唯一の人間はヴォルフだ”と思っている。


 何故ならユーリィのことを一番思っているのは、絶対に自分なのだから。


 (おご)りすぎだと誰かに、ユーリィ自身に嘲笑われても、これだけは譲れなかった。



 やがて扉が開き、重い足音を響かせてアルが降りてきた。その顔には何の感情も浮かんではいない。まるでそうすることで何かを隠そうとでも言うように。


「話は終わったのか?」


 最初に声をかけたのはヴォルフだった。


「ええ」

「ユーリィはどうだった?」

「彼は表情が変わったと思いませんか? 自分を強くしようと、色々模索しているんでしょう。それとも貴方に襲われないための防護策かもしれませんね」

「うぅ」


 怯んだヴォルフに、アルは軽く微笑む。


「彼はとても可愛いから、貴方がそう思うのも仕方が無いですね。本人に言えば怒るでしょうが」

「アイツ、自分の事をまだ汚いって思ってるのかな」

「さあ、どうでしょう。以前にちょっとしたショック療法を試みてみましたが」

「ショック療法って、お前、何をやったんだ?!」

「彼と私の秘密です」


 挑発的に眉を上げて微笑んだアルだったが、すぐに真顔に戻ると、


「冗談はともかく、本当に強くなりましたよ、彼は」

「どんなふうに?」

「きっと今までなら、暗い穴に落ちていくような感情も、自分で抜け出す術を覚え始めたようです。少なくても自傷行為は止むかもしれませんね」

「自傷行為って、この間みたいな……」

「あれは極端な例ですが、本人の言うとおり、ああしたことは何度もあったんでしょうね」


 さっきまでの自信が急に萎んでしまった。

 ヴォルフはアルから目を離して、ユーリィのいる天井を見上げる。


「ここは彼にとって辛い場所ですが、今はヴォルフ、貴方がそばに居るからきっと大丈夫です」

「俺?」

「彼があんなに感情的に怒鳴り散らせる相手は、きっと貴方だけです。それに、彼は自分が思うほど弱くはないですよ」

「お前、何でもわかっているような口ぶりだな?」

「少し分かりますから、苦しい時に逃げたくなる気持ちが」


 それからアルは軽く目を閉じると、不思議なことを口にした。


「もうすぐ来ますよ、絡み合った感情の糸が解かれる時が。その時、誰の糸が切れるのか、私にも予想は出来ませんけどね」


 アルはそれ以上尋ねるなと言うように、部屋の片隅にある椅子まで歩み寄ると、持っていた本を片手に腰を下ろしたのだった。



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