表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第三章
53/66

第53話

「ユリアーナ?」


 塔に戻ったヴォルフはユーリィにそう尋ねていた。

 アルは戻ってきていない。彼はエディクの部屋に留まっているようだ。たぶん例の件を話しているのだろう。ユーリィによると、彼はエディクに利用されていたということだった。


「そう、それが本名。エディクの母親が付けたんだ」

「って、思いっきり女名じゃねーか?!」

「嫌がらせにしては程度が低いよな。その上、クソ長いミドルネームまでオマケしてくれたし」

「ま、まあ、名前なんか付いてればそれでいいわけだし。それに通称で済ませられるなら……」


 慰めにもならないヴォルフの言葉に、ユーリィはフンと鼻で笑う。しかしその瞳は柔らかな光を放っていた。それを見たヴォルフは、内心ホッと胸を撫で下ろす。

 とにかくここに来てからは、胸を締め付けられるような思いばかりしてきている。それがとても耐えられなかった。


「ヴォルフがいてくれて良かったよ」


 ふと呟いたユーリィのセリフに、ヴォルフは思わず抱き付こうとしたのだが、伸びてきた足にそれを妨げられた。


「調子に乗るな」

「いいじゃないか、減るもんじゃなし」

「忍耐力が減る」


 ユーリィはそう言うと、ソファの方へと歩いて行き、ドッカリと腰を下ろした。


「それよりアルは大丈夫かな……」


 珍しく不安げな口調から、本気で彼がアルを心配していることを(うかが)わせる。

 やがてユーリィは城へと通じる扉に顔を向けながら、小さく溜息を付くとポツリと呟いた。


「あの人は変わらないな」

「変わらないって、エディクのことか?」

「うん。昔と言うことがあんまり変わらないから、ちょっとビックリしたよ。だから、今まではあんな態度を取ったこと無かったけど、今日は少し腹が立ったな」

「それは君が成長した証拠だ」


 ヴォルフがそう言うと、ユーリィは驚いたように目を丸くして、振り返った。


「僕が成長した?」

「心に余裕が生まれたからだよ」


 本当は“俺の愛のおかげだ”と言いたかったヴォルフだが、さすがに止めておいた。


「ふぅん。じゃあ、あの人はずっと子供の時のままなんだな。こんなこと思ったこと無かったけど、もしあの人がもっと元気になったら、楽しそうに笑えるのかなぁ。そう考えると、なんだか少し……」


 そこでユーリィは言葉を切ると、目を細めて(うつむ)いてしまった。一瞬泣いているのかと思うほど、瞳は寂しげに揺れている。心配になったヴォルフは彼の隣に座り、その顔を覗き込んだ。


「少し?」

「少し可哀想だな、あの人……」


 その瞬間、ヴォルフはユーリィを引き寄せると、強く抱きしめていた。

 腕の中で少年が暴れ出し、悲鳴を上げる。


「うわ! 止めろ! 変態! ふざけんな! 馬鹿野郎!」

「しばらくこのままにさせてくれ。これ以上は何もしないから」


 ヴォルフの言葉にユーリィの動きが止まり、やがて体から力が抜けていった。


「ホントかよ?」

「ああ」


 少年の柔らかな髪が頬に当たる。けれど押し倒したいなどとは思わなかった。

 この場所で更に傷を作るなど、悪魔でなければ出来るはずもない。ここで彼がどれほど泣いたか、それを想像するだけで、ヴォルフの心は痛くなった。


 それでも彼は、壊れそうな心で他人を気遣う。本人はそのつもりがないだろうが、兄を“可哀想”だと言い、“いて良かった”と言い、ヴォルフの心を癒やしてくれる。


 だから今は、ただ愛しいと思う、それだけで十分なのだ。


「君は良い子だ」

「そんなこと言っても、何も出ないぞ」

「もう十分色んなものをもらってる」

「あげた覚えはない」

「いいから、少し黙ってろ。ムードがぶち壊しだ」


 するとユーリィは再び暴れ始め、


「ムードなんか気にするな、変態的気分になるぞ!」


 そう叫んで、ヴォルフの腕からするりと抜けると、ソファから離れてこちらを振り返る。怒ったように肩で息をしているが、頬が赤く染まった顔がとても可愛らしかった。


「もう少し抱いてたかったな」

「それにお前、汗臭いし」


 ヴォルフは驚いて自分の体を嗅ぎ始める。それを見たユーリィはクスッと笑った。


「笑うな」

「僕は部屋に退散する。汗臭いのが移ったら嫌だから」

「ユーリィ!」


 掴みかかろうとするヴォルフを避けて、ユーリィが階段まで逃げていく。折角二人きりになったのに逃してなるものかと、ヴォルフはその後を追いかけたが、ユーリィが必死になって逃げるものだから、仕方がなく階段の下で足を止めて彼を見上げた。


 真顔に戻ったユーリィと目が合う。何か言いたげに口を開きかけた彼だが、躊躇うように一度閉じると、視線を外した。


「どうした?」


 少し心配になってヴォルフが尋ねる。

 手が届かなくなった少年が、とても遠くに感じられた。


「あの……」

「ん?」

「いや、なんでもない」

「言いたいことがあれば言えよ」


 彼は少し考えあぐねるような表情をしていたが、やがて珍しく穏やかな微笑みを見せた。


「……ヴォルフがいて良かったよ」


 それだけ告げ、ユーリィは部屋の中へと入っていった。


 言いたかったことが何だったのかと考えながら、ヴォルフはしばらくユーリィの消えた扉を眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ