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ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第二章
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第39話

 ヴォルフは馴染みの酒場を訪れていた。周りには顔見知りの女達が数人座っていて、他愛のない事を話している。他人の目から見れば“女を(はべ)らせている”男に映っているかもしれないし、実際に他の客に嫌味な視線で睨まれた。


 酒はもう随分飲んでいるし、奇麗所も揃っているし、普段のヴォルフならそれだけで上機嫌だというのに、今日はどうにも気分が晴れなかった。それを察してか女の一人が“具合が悪いの?”と尋ねてくる。悪いのは具合ではなく機嫌だと思いながら、ヴォルフは“いや”とだけ返事をした。


 想像通りというか、予想通りというか、今後の同行をユーリィに拒まれてしまった。分かっていた事なのだから今更仕方がないが、結局は自分の空回りだったらしいと改めて実感する。こんなにつれない相手に惚れ込むのは初めての経験で、ヴォルフは戸惑いと苛立ちの中間ほどの気持ちを持て余していた。



「本当に具合が悪そうだわ、ヴォルフ」


 普段よりも口数が少ないせいだろうか、エマという女が心配そうにそう言った。彼女は顔も性格も極上で、ソフィニアの女で多分一番いい女だと思う。尤もソフィニア中の女を知っているわけではないのだが。


「そんな事無いよ」

「でもいつものヴォルフらしくない。それとも何か機嫌を損ねる事をしたかしら、私達?」

「いや、君達のせいじゃないよ」

「そう……」


 エマは長い睫毛を伏せて考える素振りを見せる。その表情はいつもより増して色香を感じさせた。やがて彼女は他の女達の目を盗んでヴォルフにそっと耳打ちをする。


「これから私の部屋に来ない?」


 どうしようかと思いながらもヴォルフは小さく頷いた。気晴らしに女を抱くのは最低な行為だが、今夜はその最低な行為をしなければどうにもやりきれない。それにエマなら気晴らし以上の一夜を過ごせそうだ。




 二人で店を出る。エマがさり気なく腕に絡みつき、その瞬間香水の匂いがほんのりと漂った。地味な薄紅色のドレスを、彼女の美貌が飾り立てる。波打った金髪が月明かりに輝いて、本当に美しかった。


 そんな彼女に微笑みかけながら、ヴォルフは気が晴れてくる自分を感じた。


(そうだ、これが普通なんだ)


 絶世の美女と無愛想な少年を比べて、後者を選ぶほど自分は狂ってはいない。ここ数日間、絶世の美女に出会えなかったので少年にむらむらと感じるという変態行為に走ってしまったが、今夜その欲求不満を解消すれば明日は爽やかな自分に戻っている事だろう。


 そう結論づけて、ヴォルフはエマの肩を優しく抱いた。



 しかし外に出て数ブロック歩いたところで、そんな清々しいというか嫌らしい気分が霧の如く消し飛んでしまった。


 大都市ソフィニアの夜はいつでも大賑わいだ。その雑踏を掻き分け、エマと愉しく会話をしていたヴォルフなのだが、やがて数歩先を歩いている者達に気が付いた。


 ユーリィとアルが仲良く肩を並べて歩いている。自分がいないのをいい事にアルが連れ出したに違いない。そう思った瞬間、ヴォルフは心の中で叫んでしまった。


(アルの奴、抜け駆けしたな!)


 怒りが込み上げてその場に立ち尽くす。心配そうに見上げてたエマの腕を振り払う。それに驚いたエマが美しい顔を曇らせてヴォルフの顔を覗き込んだ。


「どうしたの?」

「……悪い、エマ。今夜はつき合えない」

「どうして?」

「どうしてもだ。今度埋め合わせをするから、悪いな」


 そう言い残し、ヴォルフはエマを置いてその場から立ち去った。


 人混みが鬱陶しいし、人の声も煩わしい。とにかく頭を冷やしたかった。“女泣かせ“と呼ばれるヴォルフ・グラハンスとした事が、この情けなさは尋常ではない。美女を捨て去るなんてそんな事はあり得ないはずなのに……。


 ヴォルフは足を引きずるように、誰もいない路地裏へと迷い込む。薄暗い裏道の静寂をヴォルフの靴音が響き渡り、それに驚いた猫が一匹、闇の中に消えていく。


「いい加減に開き直れ、俺」


 そう呟き、ヴォルフは知らぬ間に握りしめていた拳から力を抜くと、胸ポケットから煙草を一本取り出した。火を付けると渦を巻きながら消えていく白い煙に目を細める。


 今夜の煙草は一段と舌に痺れるようだ。


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