第34話
男二人は気落ちした様子で、その場に座り込んで動かなくなってしまった。シルフィが阿婆擦れだったのがそんなにショックだったのかと少々同情したが、ユーリィも一杯一杯だったので、しばらくは横になって休んでいた。
しかし完全に夜の帳が下りて星が見え始めると、いつまでも皆でこうしていられないだろうとノソノソと立ち上がり、近くに落ちている枯れ木を拾い始める。
すると背後からその手を掴まれ、見上げるとヴォルフが睨んでいた。
「何をしている?」
「薪集め。そろそろ寒くなってきたし……」
「そんなことは俺達がやる。君は黙って休んでいろ!」
何でこの男はいつもいつも怒るんだろうとユーリィは不思議に思った。別に悪いことをしているつもりはないが、それとも余計なお世話だったのだろうか。
仕方がなく近くの石に腰を下ろし、二人をボォッと眺める。ヴォルフもアルも気合いを取り戻したらしく、薪集めやら水くみやら食事の支度やらに甲斐甲斐しく働き、何となく王様になったようだなとユーリィは思った。
やがて食事担当だったアルが、仕事が終わったのか隣に腰を下ろしてきた。
「何を考えているんですか、ユーリィ君?」
「何も。“王様のようだ”と思ってるだけ」
「今回は貴方に助けられたんですから、存分に王様になっていて下さい」
「大したことはしてないよ。あの女が怪しいしムカツクから、こっそり近付いてあの水晶を叩き落としてやっただけだし。呆けたあの女の顔を見てスッキリした。もし本当に“至宝”だったらどうしようかと、ちょっとドキドキしてたんだけどね。“誘惑の水晶”なんてのも、半分ぐらい当てずっぽだったからさ」
そう言うとアルはクスクスと笑いだし、やがて涙を浮かべるほど大笑いを始める。ユーリィは彼が大喜びするほど愉しいことなど言ったつもりはなかったので、彼を唖然と眺めるしかなかった。
「大丈夫か、アル?」
「平気です、ええ」
まだ笑いが収まらない彼は、肩を振るわせながらひたすら笑いを堪えている。
「そんなに可笑しなこと言ったかな?」
「可笑しいんではなくて、情けないんです」
「情けない? 僕が?」
「貴方じゃなくて、私とヴォルフがですよ」
「何で? あの女に誑かされたから? まあ、あの美人じゃ仕方がないね。僕も初めて会った時は緊張したし。とりあえず今日はちょっと頑張ったから、足手纏いにならなくて良かったよ」
瞬間アルが真顔に戻り、いつになく怒った様子で睨み付けられる。
「そういうことを言うと、私も怒りますよ?」
「……そうなんだ」
笑っていたと思った人間がいきなり怒り出した。やっぱり自分は人の気持ちが良く判らない。アルやヴォルフの怒る理由が、ユーリィにはどう考えても分からなかった。
わけの分からないことで悩むのは止めよう。そう思いながら何気なく空を見上げた。
やや欠け気味の丸い月が夜空に浮かんでいる。その光は湖に反射して揺らいでいた。それは美しいと形容しても良かったが、ユーリィはそうは思えなかった。
月は嫌いだ。見るのも、月光の中にいるのも嫌だ。けれど昨日は月明かりに助けられたらしいので、今日ぐらいは我慢することにして、じっと見上げ続けていた。
「月、好きなんですか?」
隣でアルが尋ねる。
「大嫌い」
「珍しいですね、月が大嫌いだって言う人は初めてです」
「そうなの?」
「何となく幻想的で綺麗でしょう?」
その幻想的な美しさが、耐えられないほど辛かった。
「昔さ、古井戸に落とされて、何日も何日も月だけ見てたんだよね。あれ見ていると何となくその事を思い出して。それに月が綺麗すぎると、自分が汚いような感じがして、ちょっと嫌かも……」
その時だ。背後で何かが落ちる音がして、振り返ると枯れ木を足元に散らばらせ、立ち尽くしているヴォルフの姿があった。月光に照らされたその顔は、怒りとも哀しみともつかない顔をして、ユーリィをじっと見つめている。
「どうしたんだよ、ヴォルフ?」
「自分を汚いなんて、二度と言うな!!」
ヴォルフはそう叫ぶといきなり走り出し、一気に湖の中に飛び込んでしまった。もう唖然茫然である。とうとう彼は気が狂ってしまったのだろうか。ユーリィはポカンと口を開けてその答えを求めアルを見ると、彼も徐に立ち上がり、ヴォルフの沈んでいった方向に歩き始める。
「お、おい、アル?!」
「これは禊ぎです。気にしないで下さい」
そのまま彼も湖の中に入ってしまい、二人ともしばらく出てこようとはしなかった。ユーリィは一体全体彼らに何があったのかさっぱり判らず、泳ぎ廻る二人の姿を湖の畔で茫然と眺めていた。




