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ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第一章
3/66

第3話

BLを目的として書いていませんが、BLが苦手な方は自己責任でご閲覧下さい。

 霧雨の中をユーリィは歩き続けた。泥濘はじめた道が靴先を土色に染めていく。金髪は緩くカールした小さな束に分かれて額にベッタリと張り付き、水を含んだ襟が首筋を冷やし、ズボンが足に絡み付き……。要するにずぶ濡れなのだ。もしあの男があんな場所に立ってなければ、今頃は途中にあった村まで引き返し、雨宿りを頼み込んでいただろう。もしあの男がいなければ、今頃は暖かい物などを飲んでいたかもしれない。


 ユーリィは立ち止まり、首だけを回して背後を伺った。白い霞みはいつの間にか消えている。先ほどより若干明るくなった森だが、遠くまで見渡せるほどでもなかった。例の男の姿は見えない。たぶん木陰に紛れているだけだろう。耳には聞こえない気配を肌に感じ、ユーリィは眉間に皺を寄せた。


(走って逃げようかな)


 そんなことをすれば無駄に体力を消耗するのは判っている。しかし鬱陶しい奴を振り切るにはそれ以外方法がないように思われた。誰かに何かを探られるなんて、まっぴら御免だ。



 その時だった。上空から何か怪しい気配を感じた。喉の奥で小刻みに“グェグェグェ”と絞り出すような不気味な唸り声。獣だろうか。そう思いながら顔を上げると、風に揺れる枝葉の間から異様に赤く光る2つの眼が、こちらを見下ろしているではないか。


(やばい……。本当に魔物っぽいぞ)


 シミターを抜きながら、ジリジリと後退る。タイミングを見計らって逃げだそうと、二、三歩下がったところで、踵で小枝を踏みつけてしまった。ポキッと折れた音は、普段なら森のざわめきにかき消されるほどの微かなものだったが、この時ばかりは神経を逆撫でするような轟音に聞こえた。


 頭上で葉と葉が擦れ合う音がする。急いで逃げ出そうと踵を返すと、目の前に緑色の何かが飛び降りてきた。


“グェグェグェグェ!”


 立っていたのは、一見すれば蛙である。飛び出した眼、大きな口、膨らんだ頬。ただし2足歩行をしていることと、その大きさがユーリィと変わらないことと、皮膚に鱗があること以外は。一言で表現するなら、いや、それ以外の表現しか見つからないのだが、“魔物”だった。


 掴みかかろうと伸びてきた両手の指には、蛙にあるはずの吸盤の代わりに長い爪が付いている。ユーリィは慌ててシミターを身構え、その手を振り払った。剣が魔物の手を傷付ける前に、相手はそれを引っ込める。


 黒目だけの瞳がユーリィを睨み、開かれた口から四本の鋭い牙がはみ出す。これもまた、蛙にはあるはずもない物だ。


「くそっ」


 魔物は細い脚を曲げて地面に両手を着くと、そのまま蛙の如く飛び上がった。ユーリィはその下を慌てて駆け抜けてから振り返る。背後から襲われたら一巻の終わりだ。だが相手の方が一瞬早く、着地した魔物は水かきの付いた右足を持ち上げて、ユーリィの脇腹へと鋭い回し蹴りを繰り出してきた。


「うぁっ!」


 体ごと吹き飛ばされる。何が起こったか判らない状況で、気が付けば木の根元に座り込んでいた。幹に激突した背中に痛みが走り、息が詰まるほどだ。そのせいで次の行動が起こせなかったところへ、魔物が突進してきた。鋭く伸びた爪が、ユーリィの喉を狙う。咄嗟に身動きすると、狙いが逸れて、襟元に爪の先が引っかかり上着が見事に切り裂かれた。その瞬間、鋭い痛みが胸元から下へと走る。服と一緒に皮膚も切られたようだ。


 もう逃げることは無理だと悟った。ここで死ぬのかと思いながら、眼を瞑ることもなく魔物をキッと睨む。反対の手が直ぐに次の攻撃を仕掛けてきた。それを何とかシミターで防いだが、力に押し戻され、喉を爪で突き刺されそうになった。


(もう駄目か)


 刹那、魔物が大きく仰け反った。


“グェーーーーーー!”


 何が起こったか判らぬまま、茫然と顔を上げると、魔物の背後に槍を構えている例の男が立っている。魔物の背中をその槍で突いた直後のようだった。魔物はユーリィから離れ振り返る。その右肩から青紫の液が滴り落ちていた。


「動くなよ!」


 男はユーリィにそう叫びながら、襲ってくる魔物に再び槍を突き立てた。今度は腹を一刺し。


“グェー!”


 腹から槍を引き抜き、男は更にその槍で魔物を狙ったが、今度は相手の方が素早く、その場にしゃがみ込むとあっと言う間に上空へと飛び上がる。気が付けば、敵は遙か上の木の枝を掴んでいた。


 猿の如く枝から枝へと飛び移りながら、魔物は森の奥へと逃げていく。一旦はその後を追おうとした男だったが、ユーリィの事が気になったのか、数歩移動しただけで槍を下ろし、ゆっくりと振り向いた。


「大丈夫か?」


 そう声をかけられ、ユーリィは空虚な思いで男を見上げた。鎖骨の辺りがズキズキする。傷の具合を確かめようと指で触れようとしたら、そばに来て跪いた男にその手首を掴まれた。


「触らない方が良いぞ」

「余計なお世話だ!」


 そう叫んで男の手を振り払う。制止に逆らい胸元を触ると、傷口に鋭い痛みが走り、指先が汗と雨の混じった薄紅の血に染まった。


「出血が激しいな。村に戻って治療してもらおう」

「そんなことは……」

「素直になるべきところは、素直になりなさい」


 声が荒げるわけでもなく、男はピシャリと命令した。そしていきなり、槍を片手にユーリィを抱きかかえて立ち上がる。


「なっ……!」

「村までは歩いたら二刻。止血方法が無い以上、その傷ではそこまで持たない。大丈夫、半時の辛抱だ」


 男はそのまま、霧雨降る森の中、風の如く走り始めた。


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