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ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第一章
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第27話

 深い深い穴の中にいた。見上げれば、黄色い満月が闇を照らしている。あんなに近いのに、どうして手が届かないんだろう。それとも僕が汚いから触らせてくれないのかな。

 ああ、そうか、そうだよね。死にたくないって思いながら、泥水を飲み、土を食べるような獣になんか触れて貰いたくないよね。

 何日もこの井戸にいるのに、どうしても死ねないんだろう。臆病者だからだろうな。兄さんももう覗きに来てくれなくなった。死んだと思ってるのかな。ゴメン、死ねないんだ……。




 薄い光が瞼を刺激した。もう月は沈んでしまったはずなのに、どうして明るいんだろうと思いながら、ユーリィはゆっくり目を開ける。何かがボンヤリと見え、ここは枯井戸の中ではないなと醒めやらぬ意識の中で考えていた。


「……ユーリィ? 気が付いたのか?」


 誰だろう、名前を呼ぶのは……。


「ユーリィ、俺が分かるか?」


 少しずつ目の焦点が合っていった。誰かの顔がすぐ近くで見える。グレーブルーの髪をした見覚えのある男だ。誰だったろうと意識を集中させれば、やがてゆっくりと記憶が蘇っていった。


「ヴォルフ……?」

「ああ、良かった」


 起きあがろうとしたが、何故か力が入らず首が僅かに持ち上がっただけだった。


「まだ動くな、傷は消えてるが、出血が激しかったからな」

「ここ……どこ?」

「街の宿屋だよ。ああ、君が眠っている間、生きた心地がしなかった」


 まだ頭の中に霞がかかっているようだ。シミターを握りしめたことなど、何となくは記憶にあるのだが……。


(またか……)


 ユーリィは小さく首を振った。アルフと話した内容が全く思い出せない。自分はいったい何を言ったのか、彼はいったい何を言ったのか。ただ何となく想像出来るのは、アルフの言葉が引き金となって、発作的に死を選んでしまったということだ。今回もどうせアルフに“死ね”とか言われたに決まっている。


(だから独りでいたいのに)


 他人の言葉に狂うほど傷付き ──本当に狂ってるのかもしれない── 暴走する別の自分が心の中に眠っている。それは、ここから消えることを望み、深い深い闇に墜ちていく自分だ。


「それにしても良く助かったね、僕」


 噴き出した血を何となく思い出し、ユーリィはまるで他人事のようにそう言った。自分ではない自分のした行為なので、本当に他人事なのだが。


「ロジュとかいう魔導士が現れて、傷口だけは塞いでくれたんだが、出血があまりに激しかったんで助からないかもと言われて、生きた心地がしなかったよ」


 過去に何度も自殺を図ったのにもかかわらず、何故か死ななかったのは、もしかしたらあのエルフのせいかもしれないと、ヴォルフの言葉を聞きながらユーリィは思った。


「とりあえずアルフと二人でここまで運んだが……。君、三日も眠っていたんだぞ」

「迷惑かけて、ごめんね」

「気にすることはない。助かっただけで嬉しいんだから」


 ユーリィは天井の黒いシミをジッと睨んだ。例の村の宿よりはずっと豪華そうな天井だが、黒いシミだけが妙に目立つ。周りが綺麗だと余計に汚れが目に付くんだなと、未だ覚めない頭でそんなことを考えた。


「そういえばアルフは?」


 きっと彼は呆れているだろう。やはり自分は人と関わるべきではないのだ。心配そうに見つめるヴォルフの視線を感じながら、ユーリィはひたすら天井の黒いシミを睨み続けていた。



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