第22話
「そいつに手を出すなぁ!!」
余韻を残して彼方に消えていくヴォルフの声が、真っ白になったユーリィの頭に木霊する。茫然自失とはこの事だ。
(……こ、こいつ……目がいっちゃってる……)
まずいと思った。こんな場所で何かをされるなんて常識的に考えられないが、たった今アルフに抱き付かれてしまったのだから、現状は常識など通用しないらしい。そもそも男に告白されること自体、ユーリィの常識範囲を超えている。
(に、逃げよう……)
ジリジリと後退った。ヴォルフはまた倒れたアルフを睨んでいる。彼がこちらに気付く前に早く逃げ出そう。そう思って踵を返した途端、後ろ手を掴まれてしまった。
(またかよっ!)
毎度のパターンとはいえ、捕まってしまう自分が情けない。引き寄せられ、アルフの時とは比べ物にならないほどの力で抱き付かれる。
「やっぱり逃げるのか?」
「決まってるだろ。おい、放せ! 冗談はいい加減にしろ! 僕は男だぞ!!」
「知ってるさ……」
藻掻いたところで体格の差は歴然。片手で押さえつけられ、更に反対の手で顎を掴まれる。その強引な行動にユーリィは思わず目を閉じてしまった。ヴォルフの端正な顔が近付いて、恐ろしさに体が固くなる。助けてくれと叫びたいのに、声すら出てこなかった。
唇が重ねられる。“ウッ”と喉の奥で悲鳴を上げたが、その瞬間に唇をこじ開けられ、ヴォルフの舌が中に入ってきた。歯の裏に触れられる。口腔をなぞられる。舌に絡み付かれる。息苦しさに呼吸をしようにも、その方法すら忘れてしまったかのように、ユーリィは喘いだ。
濃厚な口づけは永遠に続くかのように思えた。気が遠くなるほど劣情を注ぎ込まれ、ユーリィはもう抵抗する気力さえ失っている。体中が熱くなっていくのは怒りのせいだろうか?
散々嬲られ、狂った刻が過ぎていった。
ようやく解放された時には、いつの間にか目に涙が溜まっていた。肩で呼吸を繰り返し、必死に熱を下げる。この場に崩れ落ちそうなほど心も躯ものぼせていた。
二度と嫌だと思ってたのに、絶対に嫌だと思ってたのに、まさかこんな場所で……。
「ヴォルフ・グラハンス、こんな場所で行うことじゃないですよね?」
アルフの声は恐ろしいほどに冷たく、ヴォルフを容赦なく突き刺した。
「悪かった……」
「もうこれで二度目、いや三度目だぞ! 嫌だって言ってるだろ!」
罵りながら、ユーリィは唾液が付いた唇を手の甲で擦った。唇と口腔にまだ感触が残っていて、早く消し去りたい。
「どうやら俺は本気で君を好きらしい。ようやく気づいた」
「気づくな、そんなこと!!」
犯した行為を悪びれている様子など、ヴォルフには全くなかった。その表情があまりに真剣でユーリィは一歩二歩と後退る。
「痴話喧嘩は私のいないところでやって下さい、ヴォルフ・グラハンス」
「お前が煽ったからだろう?」
とうとうユーリィは堪忍袋の緒が切れてしまった。何でこんな目にと何度思ったことだろう。何にも悪いことなんかしていないはずなのに。それともやっぱり悪いのは自分なんだろうか?
「もう聞きたくない!!」
ユーリィは叫ぶと、そのまま駆け出していた。
(畜生! 大嫌いだ!)
そんなユーリィの後を追うように、白蝶がひらひらと青海原を舞う。日差しはやけに明るく、景色は邪魔なほどに平和そのものだった。




