表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーリィ君の受難  作者: イブスキー
第一章
17/66

第17話

 ヴォルフは“手と手を取り合って”と思ったが、もちろんそんなことではない。ユーリィは半ば引きずられた状態で、抵抗しようにも、疲れの為か逆らえなかっただけだ。たった一度の剣舞でも、思った以上に体力は消耗するらしい。


「……いい加減、手を離せ!」


 ヴォルフの姿が見えなくなった頃、ユーリィは強引にアルフの手を解き、憮然とそう呟いた。


「見ましたか、あのヴォルフの顔を?」

「さあね。あんたもアイツも、僕にはさっぱり理解不能だ」

「これで一矢報いることが出来ました。貴方のおかげです」


 嬉しそうに微笑んだアルフを、ユーリィはジロリと睨んだ。いったい何がそんなに愉しいんだろうか。


「以前、恋人を彼に取られた経験があるんですよ。もちろん女性でしたが。これは仕返しです」

「何で仕返しになるんだよ」

「さあ?」


 アルフは軽く笑いながら小首を傾げた。




 手と手は取り合っていなかったが、ユーリィとアルフ・エヴァンスはとりあえず村まで戻ってきた。森の出口でユーリィがふと後ろを振り返る。その視線を追ってアルフも背後を眺めた。


「ヴォルフが気になりますか?」

「別に……」

「大した怪我はしてなかったようですから、直ぐに現れますよ」

「だから別に心配なんてしてないって言ってるだろっ」


“へぇ”というようにアルフの形の良い眉が上がる。


「それよりお前、嫌がらせにしてもタチが悪いんじゃないの?」

「“あんた”から“お前”まで格下げですか」

「そんなことはどうでもいいよ」

「ここでは何ですから、部屋に行って話しましょう?」


 部屋と言われて一瞬(ひる)む。また何かをされるんじゃないかと勘ぐり、ユーリィはアルフをジロリと見た。


「何もしませんよ、何も」


 ユーリィの視線にアルフは薄笑いを浮かべ、宿屋の方へと歩き出す。どう考えてもいけ好かない野郎だ。



 宿の中は、昼食の美味そうな匂いに満ちていた。空腹も手伝って、部屋には戻らずに直ぐさま食堂に入りたかったが、ヴォルフがまだ森に残っているという事が少々心に引っかかり、ユーリィは仕方がなく諦める。心配などしてないが、後ろめたいのは確かだった。


 物欲しそうに食堂の方を眺めたユーリィを、アルフが茶化す。


「貴方は意外と優しいですね」

「何言ってんだか」


 口を尖らして顔を背け、ユーリィは階段を上がり始めた。背後でアルフが笑っているようだったが、もちろん気付かないフリだ。




「さて、何が聞きたいんですか?」


 ユーリィの部屋で椅子に腰を下ろし、足を組んでその上に手を乗せたアルフが、微笑みながらそう言った。何でも聞いてくれと言った態度だが、たぶん自分に関することは何も喋らないつもりだろう。ユーリィは、アルフという人物が他人に自分を(さら)すことが嫌いなタイプだと既に判っていた。きっとヴォルフ・グラハンスとは正反対の人間だ。


「全部だよ。あの男は誰だ? 本当にイワノフと関係があるのか? 僕を(さら)おうとした理由は?」

「せっかちですね。では一つ一つお答えましょう。まずあの男の事ですが、私は身代わりだということはお話ししましたね? ただし私は狙われる役ではないですが。あの男は実行役兼監視役で付いてきた者なんです」

「身代わりって何の身代わりだよ?」

「貴方を(さら)う役の身代わりです。そうすることによって、色々な方々が喜ぶようですね」

「さっぱり意味が分からない。それに、なんで僕なんかを……」

「貴方がイワノフの人間だからです。貴方はイワノフ家のことをどこまで知ってるのです?」

「何も知らない。興味もなかったから」


 と言うのが半分。あとの半分は教えて貰えなかったから。だが教えて貰ったところで、たぶんイワノフ家に対する嫌悪感が増しただけだろう。それなのにその嫌悪感を増しそうな事を、アルフは親切にもわざわざ説明し始めた。


「イワノフ家は代々、各国の皇族と血縁関係を結んで、その力を強めていった貴族です。特に貴方のお祖父様は、大変な野心家だったようですね。貴方の父上のご姉妹、つまり娘達七人を全て各国の皇族に嫁がせています」


 その話はユーリィも何となく知っている。イワノフ家を世界の中心に据えようと言わんばかりの、醜悪なやり方だ。ただし誰がどこの国にいるのか、そこまで詳しいことは知らないが。


「その中で、唯一の男子が君の父上だったというのは皮肉なものです。その上、彼は野心家ではありませんしね」

「親父を知ってるのか?」

「ええ、お会いしたことはあります。優しそうな方ですね?」


 ユーリィは“はん”と鼻で笑った。優しいと言えば聞こえがいいが、要するに優柔不断な男なのだ。


「貴方は自分が思う以上に知られていることはご存じです?」

「え?」

「貴方はいわばイワノフ家のスキャンダルですからね。噂になる前にもみ消してはいるでしょう。ですが、いくらもみ消しても、貴方の親戚筋には知れてしまうものなんです」

「だからそれがどうしたっていうんだよ?」

「私の雇い主は貴方を(さら)って、イワノフ本家にお金を出させようとしたんだと思いますよ。何かの資金に使いたいとのことで。こうしたことの背後には、色々な陰謀が渦巻いていますので。ですが私は手を引きます。やはりこうした陰謀に荷担するのは性に合わないので」


 なるほどと頷きかけて、はたと気付いた。根本的な事は何一つ分からないではないか。


「ちょっと待て。言っておくけど僕を(さら)ったって金なんて出てこないぞ。それとあの国とかじゃなくてハッキリ名前を言えよ!」


 ユーリィがそう吠えると、アルフはやや考えた素振りを見せた。だが涼しげなその空色の瞳を少しも曇らせる事もなく、ただし口元に浮かぶ笑みは限りなく冷気をもってこう答えた。


「あの国とはバラディスいう名の王国、その王族は貴方の親戚筋。近々内戦があるようですね」

「そんな国、知らないよ」

「遙か北にある小さな国です。こんな事でも無ければ、一生関わることも無いような、ね」


 そう言った瞬間、アルフの瞳にわずかな陰りがさした。


「何度も言うけど、親父は僕のためになんか、絶対に金なんて出すわけないよ」

「果たしてそうでしょうか?」


 短い沈黙が訪れた。父が金を出すかどうかは別として、何となく諸事情は納得出来た。

 だがどうして目の前の男が、これほどイワノフや今回の件に関して詳しいのか、未だに疑問は残ったままだ。


「で、いったいお前は誰だ?」

「私はただの雇われ者ですよ」

「嘘をつけ。ただ雇われただけで、こんなに詳しく内情を教えてくれるはずがないじゃないか」


 アルフの空色の瞳に妙な表情が浮かぶ。ユーリィは(いぶか)しげにそれを見つめた。するとアルフは小さく溜息を一つ吐き、言葉を探すように視線を遠くしながら、口を半分開いたまま考え込む。

 しばらくそうしていた彼がようやく口にした話は、予想を遙かに超えたものだった。


「私は貴方に会うのはこれで二度目なんですよ」

「え?!」

「貴方がイワノフ城に引き取られたちょうどその頃、私は母とともにあの城に居たのです」

「……なんだって?!」


 目が点になる状況とはこんなことを言うだろう。ユーリィはアルフの顔を穴が開くほど見つめ、浮かんでくる疑問を尋ねようと口を開きかける。だがアルフはそれを遮り、


「十五年前、私がまだ十歳の頃、母と私はイワノフ家で暮らしていました。期間にすればたった二年ですが。その間に貴方が城に連れてこられ、赤ん坊の貴方をあやしたこともあるんですよ」


 十歳のアルフも想像出来なければ、その彼にあやされる自分も全く思い浮かばない。ユーリィは何を言ったらいいのか判らず、ただアルフを眺めていた。


「貴方は宿代帳にイワノフ名で書き込んでありましたね?」

「だから?」

「貴方はもっと身辺に気を付けて行動した方が身の為です」

「別に興味がないね。殺したければ、さっさと殺しに来ればいいんだ」

「殺して欲しいんですか?」


 ユーリィはあからさまに不機嫌な顔をして黙り込み、アルフを睨む。するとアルフは例の涼しげな微笑みを浮かべながら立ち上がり、ユーリィに素早く近付き左腕を掴んだ。


 逃げ切れず、その手を振り解こうと必死に藻掻くユーリィを、アルフはいつになく寂しげな瞳でジッと見返すと、


「何もしないですよ」

「う、嘘つけ!」


 服の袖を捲られる。何をされるのかとビクリとすると、肘のすぐ上にある古傷を指で撫でられた。


「まだ残ってるんですね、この傷は……」


 何故かアルフの言葉には悲哀の色が含まれていた。


 記憶にない傷だ。あとで知ったことだが、継母が赤ん坊の自分に初めて刃を向けた傷だという。だが物心つく前からずっと、“(しつけ)”と称された傷が絶えることはないのだから、最初の傷が残っていようと、ユーリィにはどうでもいい話だった。


「いいから、放せよ!」


 ユーリィは力任せに腕を引き戻し、アルフから数歩退く。


「さて、私は部屋に行って少し休みます。今日は本当に疲れましたから」


 そう言いながら扉まで行ったアルフは、ふと思い出したように振り返る。


「私が自分のことをここまで話したのは、貴方が初めてですよ。ヴォルフにすら何も喋ってはいませんから」

「お前ら、仲間だったんじゃないのか?」

「そんなこともありました。いえ、今でも彼は仲間です。だからこそ見せなくない感情がある。判りますか?」

「さっぱり判らない」

「こう見えても、私も優しい人間ですから」


 それはどういう意味なんだろうか。仲間や友人など一度も持ったことのないユーリィには、考えてたところで答えなど出るはずもない。そんなものを持ちたいと思ったこともないけれど……。


 最後にアルフは、意味深な表情でこう付け加えた。


「そう言えばヴォルフ・グラハンスも、イワノフ家とちょっとした関わりのある人間ですよ」


 ユーリィが何のことだと尋ねる前に、アルフは部屋から出て行ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ