第13話
ヴォルフの予想通り、いや予想以上に早く、ユーリィは既に森に入っていた。
夜も明けやらぬうちにユーリィは宿屋を出た。彼はヴォルフが早朝出発することを想定し、彼の鼻をあかそうと徹夜で夜が明けるのを待ったのだ。もっとも寝ようと思っても例の件で怒り心頭、眠れるとも思えなかったが。
ユーリィは先を急いでいた。ポケットの中には例の幻想玉を持っている。あとは爆発系のアイテムを数個。自分の戦闘能力が大したことがない以上、こんなものに頼るしかない。現に今までだって、襲ってきた魔物を木っ端微塵に吹き飛ばしたことが何度かある。使ってみると意外と快感だったりして、思わず闇市で買い漁ってしまった。今回もぜひともバラバラに吹き飛ばしたいなと内心思ってたりもしている。
今日も霧雨。水滴が絡み付くように顔や手を濡らしていく。フード付きの外套を羽織ってるおかげで髪や服は無事だが、どこまで保つか。
(ヴォルフが来る前に終わらせないと。絶対に鼻をあかしてやる)
それに自分はいつどこで死んだっていいんだ。ユーリィはそんな言葉を飲み込んで、視線を泥に汚れた靴に落とした。
サラサラと小川のような音が聞こえて来た。前回襲われた場所が近いらしいと、ユーリィは立ち止まって辺りを見渡す。魔物の気配はない。が、いつ出てきてもおかしくないほど、静寂に沈む微かなざわめきを肌に感じた。
「この辺でいいかな」
一本の巨木を見上げ、ユーリィは独り呟くと、ポケットの中から丸まった布切れを取り出した。それは一昨日に破られたシャツで、青い生地が己の血で赤く染まっている。匂いはきっと魔物も敏感だからと“餌”の為に捨てずに取っておいたのだ。
巨木の根元の間にそれを置く。一歩下がって眺めてから、もう一度血の部分を上にして置き直した。更にその上に幻想玉をそっと乗せると、準備は全て整った。
「あとは敵が、餌に釣られて出てくるのを待つだけだな」
少し離れた場所に腰を下ろす。それから目を瞑り気配を殺した。邪魔が入る前に来てくれと願いながら……。