それでも私はこの世界に善意が……救いがあると信じたい。
私は立ち止まった。
空気が変わったのを感じたのだ。
「この感じ……契約者?」
近くで『当たり前ではない力』がはたらいているのが感じられる。
『契約者』それは悪魔と契約する事で人間の感情の守護者となり、その感情にそった力を使えるようになった人の事である。
「この禍々しい空気は……黒い感情……」
『嫌わない訳がないだろ!』
あの時の声が蘇ってくる。
あの人からぶつけられた黒い感情。
「もう、同じ過ちは繰り返したくない」
私は黒い感情を持っている人を救うべく走り出した。
私としてではなく『善意』の契約者として。
◇
私が見つけたのは黒い衣をまとった少年だった。
その前に倒れているのは中年の男性。
顔を見た事がある。たしか少し前に殺人事件をおこして指名手配されている人だ。
そう、犯罪者だ。
「黒い力を持ってる人が犯罪者を捕まえてる?……もしかしていい人かも」
私は嬉しかった。理由は分からないけれど、誰かのために行動している人を見つけたのだ。
その人が持っている善意にふれることができたのだ。
少年が男を引きづって歩き出した。私は慌てて後を追いかけた。
少年が向かったのは警察署。
少年は男を縄で縛って警察署の前で下ろした。
そして去って行った。
「って!追いかけないと」
私は少し遠くにいた少年のほうに走り出した。
そして声をかけた。
「待ってください」
少年が立ち止まった。
「……何だ?」
少年は後ろを振り向くと同時に、低い声を出した。
少年は近くで見ると、同じくらいか少し上くらいの年齢だと分かる
「……単刀直入に言います。あなたも契約者ですね」
この少年の雰囲気はなにかつかみどころがない。
だから単刀直入に聞く事にした。
「だからなんだ?」
かえってきたのは素っ気ない一言だけだった。
たしかにそう言われたらどう返せばいいか……。
「……あなたの契約感情がなになのか気になっただけです。犯罪者を捕まえてる所だけ見ると『正義感』の契約者みたいですが、それなのにあんなに禍々しい力を使っていたから……」
私は疑問に思った事を聞くことにした。
「ああ、そういう事か……俺の契約感情は『悪意』と『憎しみ』だ」
憎しみ?ならば行動の理由なんて予想できる。
「憎しみ?あなたはあの男に身近な人間を殺されたのですか?」
私はそう質問をした。
すると少年は静かに笑いはじめた。
「別に、クズが目の前にいたからぶっ殺しただけだ」
そう答えた。
あり得ない。
悪意と憎しみ。
どちらの感情にも当てはまらない行動理由。
「それならあなたの契約感情と矛盾しているような気がますが……だたあなたの中の善意が動かしてるんですか?」
私はさらに質問した。
そうであって欲しい。
誰かのために……自分の中の善意が少年を動かしているのだと。
「善意……善意ねぇ」
だが、少年はそんな私の期待を裏切るように、また静かに笑いはじめた。
「なぜ笑っているんですか?」
「ククク、これが笑わずにしてどうすればいいんだよ。てめぇはバカか!この世界に善意なんてモノはないんだよ!」
「なっ!善意はしっかりと存在します。誰かのために何かをする人は沢山います」
私は自分の存在を全否定されたような気分になって強く言い返した。
善意がない?そんな事はない。
いつだってどこにだって、小さな善意から大きな善意までこの世界には存在している。
「誰かのために何かをする?だからバカか?それは善意じゃねぇ、『偽善』だ、少しのリスクを払って、リターンを得る行為だよ!この世界に善意なんてモノはないんだよ!」
少年は言いきった。
それが真実であるかのように。
だが少年はそれだけではなくさらに私に言葉の追い討ちをかける。
「この世界は!悪意と偽善で廻っているんだよ!」
私はそれにもう一度だけ言い返した。
「でも、あなたの行為で救われた人がいるはずです。その人たちはあなたに感謝をしています」
そのはずだ。あの犯罪者に殺された人やその家族は感謝をしているはずだ。
だが、それにかえってきたのはさらに残酷な言葉だった。
「だ、か、ら!それが偽善って言ってんだろ!少しのリスクを払って、感謝をされる、この世界から必要とされる!それがこの憎い世界に俺の存在を認めさせるためにできる唯一の事だからな!」
少年は自分の行為を偽善だと言った。
そして世界を憎んでると言った。
そうか……これがこの人の行動の理由。
「それでも……それでも……」
この人の行動の中にもほんの少しでも善意があると私は信じたかった。
少年は何も言わずに私の前から去って行った。
まただ。
私はまた、救えなかった。
あの人と同じ顔をしている少年を救えなかった。
この世界に絶望している人たちを救うために私はこの力を手に入れたのに。
また私の中に、あの人が最後に言った言葉が蘇ってくる。
『だから……俺は、お前が……!』
あの人はここで言葉を切った。
でも私にはその続きが聞こえた気がした。
『憎いんだよ』
と。
「……兄さん……」
私はあの人の顔を思い浮かべる。
あの人の憎しみなどの黒い感情によって歪んだ顔を。
この世界に救いはないのかもしれない。待っているのは絶望だけかもしれない。
それでも私は……。
「この世界に善意が……救いがあると信じたい」
私には信じる事しかできなかった。
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