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暗殺の青  作者: zan
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3・呉越同舟 前編

 ブルータの回復には、それから二日ほどの時間を要した。

「疲労も残っていません。もう、大丈夫です」

 寝台から起き上がって、こちらを見る奴の顔からも、確かに疲れは感じられない。元気といえる。これなら、問題はなさそうだ。

 タゼルの殺害に成功した後、リンはすぐに砂漠都市を攻略にかかった。彼女に率いられた精鋭部隊は、わずか数時間ほどで制圧を完了し、砂漠都市は魔族のものとなってしまったのである。

 今現在、俺たちがいる場所がそもそも砂漠都市の一民家だったところだ。俺たちは療養のためという名目でここを使っていた。ブルータがすっかり回復したら報告しろ、とリンから指示を受けている。俺はブルータを連れてリンのいる場所へ向かった。

 リンは都市の長が使っていた建物をそのまま占拠して使っていた。広々として、事務に向いた部屋がいくつかあったことが彼女の心をとらえたのかもしれない。そんな中で一人で、何を処理するようなことがあるのかと俺は思うのだが、そこはさすがに四天王の一人、魔王軍の陸軍総司令ともなれば煩雑な手続きも山ほどあるのだろう、とブルータは言うのだ。

 砂漠都市の様子は、あまり変化していない。俺とブルータが破壊した建物もそのまま、何も変わらずだ。太陽が真南にさしかかっているというのに人々の姿が見えず、代わりに魔族がうろうろとしているくらいなものである。魔族が歩いているのはわかるが、人間達がどこにいってしまったのか、という点についてはわからない。リンが皆殺しにするように命じたか、あるいはどこかに監禁されているのか。

 別に急ぐわけでもないので、俺はブルータのポケットにおさまって、顔だけを外に出している。ブルータの歩く速度は大したことがない。のんびりと周囲を観察できる。

 リンが直接指揮を執っているこの部隊は、精鋭だ。当然ながらその統率も素晴らしい。誰一人無意味な破壊活動やら虐殺行為やらを行うことなどない。指示通り、仕事をこなすだけだ。血の気の多い魔族たちの中でも、指折りの豪傑を集めているにもかかわらずこのような律された集団行動ができるのは、やはりその統率者がリンだからである。

 上級悪魔のリン、という女はそれだけの実力者であるのだ。

 ブルータののろい歩みがようやくにして目的地に近づいたとき、その女はすでにそこにいた。建物の前に立ち、数人の悪魔たちになにやら指示を飛ばしている。それが終わると、こちらに視線を向けてきた。

「治ったか。無理することはないんだぞ、ブルータ。次の指示を与えても大丈夫か?」

 奴は俺のことをまるで無視し、ブルータにだけ声をかける。

「おいおい、リン! 俺のことを無視するんじゃない。俺だってタゼルの暗殺に貢献したんだぞ。というより、こいつのほうがオマケで俺が作戦をたてて奴を除外したようなもんだ。贔屓じゃないか」

 俺はこのように怒ってみせたのだが、リンはそれをあっさりと無視してのけ、ブルータにだけ視線を向けている。それを受けて、ブルータは返答をせざるを得ないわけだ。

「はい、もう万全です。次の指令をお与え下さい」

「そうか、なら中に入れ」

 リンは踵を返して、建物の中に引っ込んでいく。ブルータはそれを追って歩く。

 庁舎のように使われていたらしいこの建物は二階建て、そこそこの広さがあった。民家にしては豪華すぎ、宮殿にしては狭すぎるという具合だが、まあとにかく広い建物であるには違いない。部屋の数は二十くらいあるだろう。

 二階の最奥の部屋にリンは招く。ブルータはそこに入った。入り口には警備にあたっているらしい屈強そうな魔族がいる。もちろん、ブルータが相手になるような実力ではない。陸軍総司令の護衛なのだ。ちょっと魔法が使えるくらいのハーフダークが倒せるような相手ではお話にならない。

 部屋の中はというと、これが質素極まりない。背もたれのついた椅子が四脚、それと小さなテーブルがあるくらいだ。テーブルの上には酒瓶があり、奥には事務処理をするのに適しているらしい、でかい机がある。リンはここに座って面倒くさい書類その他を書き上げているのだろう。

「それで、指令ってのはなんだ」

 俺はリンに尋ねた。彼女はうるさそうな目で俺を見た後、椅子に腰掛けてしまった。

「せっかちだ、お前は。黙っていろ」

 そう言いながらテーブルの上に置いてあった酒の瓶を開けた。グラスをとって注ぎ、そのまま自分で飲み干してしまう。

「こっちにこい、ブルータ。少し飲むといい」

「はい」

 酒の誘いにあっけなく応じてしまうブルータ。ハーフダークであるブルータにも、悪魔であるリンにも、人間の酒はそれほど効かないのではないかと思う。どちらにしても、俺は仲間に入れてもらえないらしい。

「まずは、よくやってくれた。あの賢者タゼルを排除したことで仕事はあっけなく終わった。しかし、ここの制圧は終わっているし、私たちは一通りの処理が終われば次の都市を攻略にいく必要がある」

「リンが直々に出向かなきゃならんほどのところがあるのか?」

 俺は思わず口を出した。総司令がうろちょろと前線に出て行っていいものではないことくらい、俺にもわかる。

「黙っていろ、と言っただろう。要するにだ、それくらい厄介な連中がいるってことだ。例えばお前が排除したタゼルは、魔法を打ち消す力に優れていた。ということは、私が魔法を打ちかましてくれても、奴一人のためにその魔法が全く効力を失うということもありえる。面倒くさいだろう、そんなことは」

「それで、そういう奴をまた俺たちが消さなきゃならないってことなのか?」

「まあそうなるな」

 リンが酒を注ぎ、ブルータにすすめた。ブルータはそれを受け取って、舐めるようにして飲む。よほど強い酒でもないとそんな飲み方はしないものだが、お子様な奴にはぴたりだろう。

「ではリン様、仔細を」

「そうだな。お前たちの標的は、ここから西に向かったところにある丘陵都市だ。そこにいるバロックという男を消してもらいたい」

 ブルータの問いに、リンはあっさりと答える。俺たちが次に消さなければならない暗殺対象の名は、バロックということだ。

 そのバロックという人物がどのように魔王軍にとって邪魔なのかは知らないが、とにかく俺たちに対して指令は下った。あとは実行しなければならない。

「では、すぐにも?」

「そうするか? 少しは休んでもいい。万全とは言うが、セカセカと動くこともあるまい」

 リンは遠まわしにもう少し休んで行けというのだが、もちろんシャンによって人形にされているブルータがそのような命令をきくはずがない。

「いえ、すぐにも行きます。命令は、速やかに遂行いたします」

「わかった、好きにしろ」

 ブルータは立ち上がり、一礼して部屋を出る。リンはまだ、部屋の中で酒を飲んでいるようだった。


 俺はその建物を出なかった。ブルータにそう命じた。知っている気配を感じたからだ。もちろん、野郎の気配ではない。女だからだ。苦手な相手ではあるが、女であるというだけで顔を見ておくに足りる。

 そういうわけで、俺は気配を頼りにしてその部屋に踏み入った。部屋の中には何もなく、がらんどうの空間が広がるばかりである。その中でも端に、一人の悪魔の気配。俺が感じていた気配の主。

 フェリテだ。魔王軍四天王の一人ホウの側近。砂漠都市から俺たちを転移させた張本人。今回も俺たちの任務遂行振りを監視しているのかもしれない。

 例の大仰なマフラーとローブもそのまま、黒い翼を背に負って、俺たちを待ち構えていたようにこちらを凝視していた。そのまま口を開く。

「任務、ご苦労なことだ。次は丘陵都市のバロックだな」

「聞いていたのか? 盗み聞きはよくないと思うぞ」

 俺がからかってやると、奴は首を振った。

「かねてから聞いていた。次の任務はこうだとな。それで私に何か用なのか」

 用、と言われると返答に窮する。そこで俺はてきとうに質問をすることにした。

「ちょっとした情報収集だ。バロックとやらは、どういう外見の奴で、どういう力をもっているんだ? 知っているなら教えてもらいたい」

「そのくらいリンは教えてくれなかったのか」

「俺は訊こうとしたんだぜ、しかしこいつがすぐさま行こうってせっかちなこと言いやがるから」

 あわてて俺はブルータのせいにして取り繕う。が、通じなかった。

「人のせいにするんじゃない。レイティ、お前はそうやってすぐに責任転嫁をはかる。改めろ」

 俺は返答に窮する。実際にそのとおりだからだ。改めようとは思わないが。俺が困っているのを察したのか、ブルータが口を挟んだ。

「私が早々に退室したのは事実です。フェリテ様、申し訳ありませんが、情報をくださいませんか」

「わかった」

 フェリテは頷き、簡単にバロックの情報を話した。

「奴は、“精霊使い”だ。人間たちの中にもいる“魔法使い”とは大いに性質を異にする使い手。ゆえに、暗殺の対象となったのだ」

「精霊使い」

 魔法使いではなく、精霊使い。極めて希少で、厄介な相手である。その話は俺も聞いていた。

 精霊の力を奪い取って魔力として溜め込み、それを魔法に練り上げて行使するのが一般的な魔法使いだ。しかし、精霊使いと呼ばれる連中はそうしたことをしない。直接精霊たちと契約し、その力を引き出す。ゆえに、魔力をためるという行為を必要としない。それだけではなく、常識的に使われている魔法使い同士の戦いの定石がまるで通用しない、らしい。らしいというのはその精霊使いがあまりにも希少ゆえに、相対した魔法使いたちの記録もまた希少。ゆえに、その実態が把握しきれていない。それが、精霊使いという連中なのだ。

 悪魔にも精霊使いがいればいいのだが、生憎、精霊と悪魔の折り合いは悪く、そうした話は聞かない。

 そんな相手を暗殺してこいというのだから、全くリンは無茶振りだ。

「つまりそいつがいちゃあ、既存の戦略が通用しない可能性があるってことだな」

「そういうことだな。私も精霊使いについてはあまり詳しくないが、今回のこのバロックという男はまだ若いらしい。少年、といっていいかもしれんな」

「そんなやつが精霊使いになってるってのか。大丈夫なのかよ、丘陵都市は? 確認されてないだけで精霊使いがごろごろいるんじゃないだろうな」

 俺は思わずそんなことを口にしていた。その可能性があれば、もちろん困るのは俺だ。俺が一番困る。ブルータの戦闘手段は魔法しかないし、俺だって魔法以外に攻撃手段なんてわずかばかりしかもたない。直接対峙することになっちまったら、勝利の可能性はそれこそわずかばかりだ。

「バロックという少年を、殺せばいいのですね」

 ふと、ブルータがそんなことを言った。確認するまでもなく、そのとおりである。しかし、それがどんなに大変か。

「だが、ただの少年ではない。精霊使いだ。魔法の常識が通用しないんだぞ」

「しかし、指令です。いかないわけにはいきません」

 フェリテの指摘も意に介した様子がない。やはり、ブルータにとって指令は絶対なのだ。まあそれは人形である奴にとっては当然のことで、俺が気にすることでもないのだが、暴走されても困る。

「それはそうだが、そのための作戦は俺がたてる。ブルータ、お前はその作戦に従ってくれればいいんだ」

「承知しています」

 頷くブルータであるが、いまいち信用できない。

「独断専行など、こいつはするまい。それより無茶な作戦をたてて、あまり大きな負担を強いるなよ」

 そんなことを言うフェリテは、部屋から出て行こうとしていた。いったいこの部屋で何をしていたのか、この女は。

「私にも指令が届いたのでね。失礼するよ。いつまでもお前たちのお守りはしていられない」

「だが、監視役を言いつけられているんじゃないのか、フェリテ」

「それは知らないな」

 素っ気無く、奴は部屋を出ようとする。それを、ブルータが呼び止めた。

「フェリテ様」

「どうした」

 振り返るフェリテは、冷たい無表情のまま。俺たちを気にかけているとか、心配しているとか、そういったことが感じられない。少なくともその顔からは。

「この間は、本陣まで送っていただいてありがとうございました。感謝しております」

 何を言うかと思えば、ブルータはそんなことを言う。確かにあのとき俺たちは窮していた。リンのもとへ送ってもらったことは、有難かった。しかし問答無用に転送魔法をくらったのでは、礼など言えたものではない。が、ブルータにとってはそのようなことは瑣末なことだったのだろう。ありがたいことであったから、礼を言った。それだけなのだ。

 これに対して、フェリテの反応は一見の価値があった。

「ああ」

 口ではそのように冷淡にしながら、表情は乱れきっている。不意を突かれたように目を丸くして、しかもそれを誤魔化そうというのか慌てて口元に手をやって隠してしまう。そして奴は、逃げた。

 これ以上ここにいると危険と判断したのかもしれない。もちろん、俺にからかわれる材料を増やすだけだと思ったのだろう。それは正解だ。

 俺はひとしきり笑った。ブルータのポケットの中でだ。フェリテの奴、あんな顔もできたのかと。

「いきましょう。指令は、期限を決められてはいません。できるだけ、速やかに遂行しなければならないと推測されます」

 ブルータが俺を促した。さすがに俺もそれを怒ったりはしない。

「そうだな、丘陵都市へは西に向かわないと」

 移動手段を考える必要があった。前回のように、リンたちと一緒に歩いていく必要はない。できるだけ早く移動できる乗り物を、調達したかった。

 俺たちは庁舎を出て、西に向かった。とりあえずは、徒歩でだ。


 フェリテやホウのように飛行したり、転移の魔法を使ったりして移動できればいいのだが、生憎とそういうことができない。ブルータの背に翼などないし、転移の魔法は諸々の条件があり、その条件をクリアした場所にしか転移できない。丘陵都市はその条件を満たさなかった。そもそも転移の魔法は上級魔法であり、俺もブルータも習得していない。

 地図を出すようにブルータに言った。奴は背嚢を下ろして地図をとりだす。丘陵都市までのおよその地図だ。人間たちの手によって描かれたものなので、多少は信頼性がある。何しろ悪魔たちが飛び回って描いた地図は全く測量という要素を欠いていて、カンで描かれたに過ぎない。こういうとき、地道に測量されて描かれた人間たちの地図は役立つ。

 砂漠都市からはだいぶと距離がある。歩いていくなら一週間はかかるだろう。しかし、近くに海がある。丘陵都市に出るのなら船を利用するのがいいかもしれない。

「船に乗るか」

 俺はそう決めて、ブルータに港町に向かうように告げた。とりあえず船の時間を見るためだ。それでよさそうなら船で移動することにする。

 ブルータの外見なら、人間のふりをすることくらいたやすい。それは砂漠都市で実証済みだし、船賃くらいは持っている。これは当たるだろう。ブルータも早く移動できることに反対はするまい。反対したところで、無視するだけだが。

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