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暗殺の青  作者: zan
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25・魔王胎動 前編

 丁寧なつくりの鳥かごみたいな檻の中に閉じ込められて、私の行動はすっかり制限されていた。

 不満はない、不便は不便だけれど望んでそうしてもらったからだ。この鳥かごのおかげで、私という存在は誰にも知られない。私の身体から発散される魔力の一切を遮断する魔法が込められているからだ。これで、私は危険なこの場所での活動ができている。

 ブルータは鳥かごをしっかりと抱えてくれていて、念入りにかけられた隠遁の魔法で警戒の目をやり過ごしていた。魔王軍本部の内部は、例の結界によって部外者が入り込む余地などないと思っているのか、それほど警備が厳しくはない。奇しくも暗殺者として色々なところに潜入してきたブルータにとっては。

 私たちをここへ連れてきたのは、四天王のホウだ。魔王軍本部に行きたいと考える私たちのために、転移の魔法で連れてきてくれた。

 作戦を提案したのはブルータだが、そうはできないのかと質問しただけだ。それなのにホウときたらそれはいい案だとばかりに同意して、実行してしまった。こんな鳥かごまで用意してだ。

 そうだ、私たちは今や魔王軍本部にやってきている。ブルータの母親に会うために。”魔王の声”の間に入り込み、イフィーの魂を開放するために。

 その後はどうするつもりなのか。たとえ私たちが誰にも悟られずに首尾よくそれを終えたとして、逃げ出せるのか。誰にも会わずにここから脱出できるのか。それは、わからなかった。

 魔王軍全ての恨みをかって、即時探し出されて袋叩きにされるという最悪の結末もないではない。しかし一時的には何とかなるものとふんでいる。私は魔王軍最高幹部であるリンの血を手に入れているからだ。妖精の擬態は、まず見破れないはずだ。本人が出てくれば事情が違うだろうが、リンの姿をとれば警備の悪魔たちは全て言いなりにすることができるだろう。

 ここで死ぬわけにはいかなかった。母親と会うという目的を果たしたからといって、ブルータをそのまま死なせるなんてことはできやしない。人並みの幸せを彼女にと、私はそう願ったのだから。

 リンの血をどこで手に入れたかというと、実のところこれもホウ頼みである。ホウがあの戦闘の時に着ていた服に付いていたので、それをもらったのだ。使えるものはなんでも使っておくべきだった。

 私が姿を借りられて、なおかつここで使えそうなのはフェリテ、ホウ、リン、ガイくらいだろうか。ブルータやバロックの姿ももちろんとれるが、役に立つかどうかはわからない。

 なんにしてもここでの行動は全て慎重にしなくちゃいけない。些細な失敗で全てが終わってしまう。

 ホウがいてくれたら心強かっただろうが、一緒に行動をしてはくれなかった。

 

 ここに『転移の魔法』で連れてきてくれたのはホウなのだが、彼女は魔王軍から追われる身となっている。彼女は私たちをここに置いたら即時、再度の転移魔法で逃げ出すはずだった。私たちはそう提案していたし、ホウもそうすると言っていた。なのに、実際に本部にやってきてみるとホウは逃げ出さずにすたすたと歩いて行ってしまったのだ。

 勝手知ったる様子で気負いもなく歩いて行って、警備の悪魔たちに気さくに声をかける始末だ。それから彼女はすぐさま本部の奥の部屋へ案内され、閉じ込められてしまった。

 そうして彼女は今や、四天王のリンと二人で部屋の中にこもってしまっている。『査問』とやらが今から始まるのだろうかと私は不安で仕方ない。幸いにもその部屋は窓があったので、鳥かごと窓ごしに、外から部屋の中をうかがってみている。

 外から見れば私たちの姿は怪しいことこの上ないが、隠遁の魔法は念入りにかけたのでたぶん大丈夫だろう。結界を過信しているらしい悪魔たちは警備のほうもかなりおざなりのようだ。

 

 リンは部屋の中央付近に仁王立ち、相変わらずの仏頂面で、三つの赤い目でホウを見つめている。何を企んでいるのか見抜いてやろうという意図が透けて見えるようだ。

 ホウには何もされていなかった。彼女が本気で力をふるえば、手枷などは意味がないということだろう。かわりに目の前に、四天王のリンがいるということらしい。忙しいはずの陸軍総司令がここにいなければならないのはそれだけで魔王軍にとって痛手であるに違いなかった。

 たっぷり三十分以上、リンは彼女の全身を観察していた。それから不意にぐっと背筋を伸ばして、両手をぱたぱたと振った。ようやく口を開き、ホウを指さす。

「まずは確認からいこう。お前、何しに来た」

 低い声だった。威圧感たっぷりの、沈黙も逆質問も許さないという命令の含まれた声だ。

 問われたホウはこれを軽く受け流した。

「出頭命令が出ていたから、帰ってきただけだ。何の問題があるんだ?」

「私の部下を殺して、そいつを連れて逃げただろう。出頭命令は確かに出したが、のこのこと帰ってきて何をする気なんだ。査問を受けに来たというのなら、そうするが」

 魔王軍のリンは、やはり淡々とした低い声で応じた。これに対してホウが笑ってみせる。

「なんだ、出頭しろといったのはそっちだろ。用事がないなら私はもう行かせてもらいたいんだがな」

「少し黙れ。だいたいわかってる」

 腕組みをしたリンは、再びホウをにらんで口を閉じる。わざわざホウが戻ってきたという事実だけで、彼女には色々なことが察せられているのだろうか。

 口を開いて言い合いをしてもあまりいいことにはならないと判断したのかもしれない。三十分以上も黙っていたのに、まだ何か考えることがあるというのだから、恐れ入るというか。ホウはそうしたリンの態度にもどこ吹く風という感じで、涼しい顔をしている。

 今度は少し短い時間で思考が固まったらしい。リンは一分かそこらで質問を再開した。

「勇者は何をしている?」

「ロナを倒した後、城塞都市に戻っている。そこからはチョロチョロと権力者たちと交渉しているようだ。何を企んでいるかは知らないが」

「数少ない魔法兵を動員するつもりかもしれないな。それか、結界をどうにかしようと文献をあさっているのかも」

 勇者たちの動きについては私たちも初耳だ。ついさっきまで寝ていたはずのホウが情報を握っているのはすごいけれど、これも各地にいる部下からの報告があるからだろう。密談の魔法で色々な報告が飛んでいるに違いない。

 リンは何事かを考えながら、足を踏み出して歩いた。窓のほうに近づいてきたので慌ててブルータが隠れる。

「奴のことが気になったのか」

 そんなことを問いかける。リンの口調からは敵対的なものがほとんど消えていた。

「追い込む準備が整ったから、防衛に徹してるんだろう。違うのか」

「そう思って帰ってきたのなら、間違いだ」

 私たちは懸命に耳を澄まして声を聴いた。が、あまり話の内容がわからない。

 四天王にしかわからない話なのかもしれない。誰を追い込むつもりなのか? 奴とは誰なのか? わからないので何も言えない。

 リンは窓を開けて、空気を入れ替えるようだ。そうしておいて、窓際にとどまった。

「しょうがない、はっきり言うが魔王の意志なんか正直言ってどうでもいい。今度の戦いはいまさら軍を魔界にひっこめたところで終わるものでもないからな」

「じゃあどうする気なんだ。リン、この戦いの落としどころをどこに求めてる」

「何?」

 びっくりしたような声をあげて、リンは少し黙ってしまった。

「どうしたんだ?」

「いいや、なんでもない。魔王は人間たちを完全に制圧する、と決めてる。奴を担ぎ続けるならそこしか落としどころはないだろ。一時撤退とかはあるにしても、人間たちがやってる休戦協定とかそういうのも無理な話だ」

「それは奴の望みだ。”魔王の声”を詐称するカスのな。私がきいているのは四天王のリンさまの望みだ」

「う、うむ」

 リンは少しばかりうろたえているようだ。何が原因かはわからないが。

 ブルータに少し手を伸ばしてもらって、鳥かご越しに中を覗き見る。リンはこちらに背を向けていて、ホウと向かい合っているようだ。

「私としては、そこまでする必要もないかと考えている。勇者が出現する以上、こちらの軍も無傷とはいかないからな。人間たちを根絶やしにするつもりがあるなら別だが、そんなことをしても割に合わない」

「割に合わないか、人間たちは私たちをひどく憎んでいるぞ。近しいものが直接悪魔に殺されたという者も多いし、私たちさえ倒せば人間たちは永久に平和でいられるものと思っている。制圧するだけで終わろうというんなら、こいつらを統治していく必要がある。本当にそんなことができると思っているのか? 一人残らず殺して、悪魔や精霊だけで地上を支配したほうがいくらか平和になりそうな気はしないか」

「お前にしては殺伐とした意見だな。本当にそうしたいところだぞ、私は。人間どもはすぐに約束を破るし、裏切る。それでいてこちらが同じことをすると激怒しおる。厚顔無恥とはこのことだ」

「そうできるならそうしたい。しかし地上は私たちだけで完全に支配できるほど狭くはない。それに人間たちは数が多いから、完全に殺し切るのは無理だ。どこかでうまく彼らを支配する方法を見つけなければならなくなる」

「シャンも同じことを言っていたな。色々と準備をしていたのに全部ご破算になったと愚痴もきいた」

 ホウが頷く。

 どうやら参謀部のシャンは随分前から人間社会を制圧する準備を進めていたようだ。何か月も前から砂漠都市を落とす準備をするような彼のこと、きっと周到な準備だったのだろう。それがご破算になった原因はわからないけれど。

「どうせムダになるって言ってやったのにな。いうことをきかないからだ」

「それでお前はどうしてこの時期になって戻ってきたんだ。もっと前に傷は治ってたはずだ」

 リンが軽く両手を開く。じわりと魔力を溜めながらの質問だ。

 返答次第ではここで戦うこともいとわない、ということらしい。だがホウはこれも軽く受け流している。

「治療に万全を期した。女なら、自分の身体に傷跡が残るのは耐えられないものだろう」

「傷跡なんて気にするなら、その部分ごとえぐり取ってフォンハのところへ行ってくればいい。前線で戦ってた奴らは、傷跡どころか不具になっててまだ治らないんだからな」

「それはいえたな。そっちはどうなんだ。戦えるのか」

「あのくらいはすぐに治癒できる」

 ふん、とリンが不満そうに息を吐いた。少し苛立っているようだ。

 この分ではすぐにホウをどうにかしようとは思っていないらしい。今の魔王軍にはホウを処刑したり幽閉したりするほどの余裕がないということなのだろうか。

「ああ、お前の怪我は心配していない。私の攻撃を受けたくらいでどうにかなるもんじゃないだろ、心配してるのはお前たちの軍勢だ。陸軍はまだしも、海軍はどういう状態なんだ。あのロナまで使い捨てにするほど後進が育っていたとは記憶していなかったからな」

「私は反対したんだ!」

 リンが壁を叩いた。その一撃で本部の壁が吹き飛び、部屋の入り口が一つ増えてしまった。破片が飛び散って廊下に散らばり、余計なゴミを増やす。これに気づいたらしい警備の悪魔たちが集まる。私はあわてて引っ込み、ブルータも少しその場から離れた。


 どうやらリンはロナを使い捨てにしてしまうことには反対していたらしい。となると、これを決定したのはシャンだったのだろう。リンの反対を押し返せるほどの権力を持っているとなると彼以外にはない。いや、もしかすると”魔王の声”という女がそうしたのかもしれないが、参謀部であるシャンがかかわっている可能性はやはり高い。

 話の続きは気になったが、見つかる危険を冒してまで知るべきものでもなさそうだ。私たちがここにいるのは魔王軍と人間の戦いをどうにかすることではなく、ブルータの母親であるイフィーの魂を開放するためなのだ。

 相手にするのは四天王ではなく、”魔王の声”だ。彼女のところへ行って、それがあるかどうかを確認しなければならない。できるだけ誰にも見つからずにだ。

 問題なのは何がどこにあるのかさっぱりわからない点である。レイティはすべて把握していたようだが、それを全部覚えられるほど私の記憶力はよくなかった。ブルータを頼りにするしかない。

《そろそろ、魔王の声の間っていうのを探しに行かないと。どのあたりが怪しい?》

 私は思念会話を送ってみる。すぐにブルータが答える。

《以前に彼女と謁見したときにはかなり特殊な転送魔法をつかわれたはずです。どの位置にあるかは全く不明ですね》

《どうする? 前に使った転移魔法陣のところにいってみる?》

 確か、前は小さな部屋から魔法陣で移動していたはずだ。そのときは四天王も一緒で、表彰されたり報酬を与えられたりした。

 そこは仰々しく天井の高い、玉座のある広い部屋だった。あの場に魔王の声がいる確率は高い。”魔王の声の間”なんてものがあるのかどうかは知らないけれど、ホウがいうにはそこにイフィーの魂も保存されているとか。

《あれはおそらく、謁見の間です。儀礼用の部屋だと思います》

 そういわれてみれば、そうかもしれないという気になる。なら、”魔王の声”が魂を保存するのに使っていそうな場所があるかどうか、この魔王軍本部の中をくまなく探してみる必要がある。

《つまり城だけじゃなくて宿舎の中も、倉庫の中も、全部探すわけね》

《そうするしかありません。ルメル、やはり無理に私についてきても危険なだけです。ここで引き返しては》

《イヤだけど? ブルータを一人にはできないでしょ。それに、私がお母さんに会おうって誘ったのだし》

 身の危険を真に感じたのか、ブルータが私を返そうとしたが即座に断った。どうしたって、私はここで帰れない。ブルータに人並みの幸せを、なんてのは本当に今更というほど思い返した誓いだ。

《リンが騒いである間に、倉庫を探したほうがいいんじゃない?》

《そうしましょう》

 そういうわけで、私たちは本部を離れていった。武器庫や食糧庫が並ぶところへ、陰に隠れながら移動していく。

 壁を破壊したことは大きな騒ぎになっているらしく、あちこちから警備の悪魔たちが駆けつけている。本人たちはそんなことを気にもしていないようで話を続けているようだが、それを聞いている余裕は私たちにない。

「ロナを使い捨てにするくらいなら、陸軍によこせと私は何度も言ったんだ! フェリテだって死なせるくらいならどうしてこっちにくれなかったんだ? あれほど私は望んでいたのに!」

「ああ、フェリテのことは言ってくれるな。あいつはいいやつだった」

「お前にしてもそうだろうが! 出頭命令が出てるのにのこのこと戻ってきてだ。死ぬ気なら私に仕えろ、仕事なら山ほどあるんだからな!」

 リンは何が気に入らなかったのか、かなり大きな声で叫び倒している。普段はもう少し冷静な感じだと思っていたのだが、一度感情に火がつくとああなるのかもしれない。

 あるいは私たちが行動しやすいようにホウが援護してくれているのかもしれないが、これは考えすぎか。

 とにかく、騒ぎはしばらく続きそうだった。ありがたいことに。

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