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暗殺の青  作者: zan
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24・乱臣賊子 中編

 ブルータの怪我は、かなり治ってきているらしい。それならそう心配することもないだろう。念のため、ちゃんと治癒魔法を使えるホウに見てもらったほうがいいけれど、あとでもいい。

 それにしても、ホウ。そんなことに私以外の妖精や精霊を使っているとしたら、あまりよろしくない。じくじくとした痛みが、心のうちに広がった。

「と、こんな具合に」

 さっ、とホウが翼を広げた。私はハッとして背筋を伸ばす。今、私は何を考えていたんだろうか?

 なんだかとても不安なことを考えていたような気がしたけれど。よく思い出せないことに気づく。

 そんな私をホウは楽しそうに見て、斜に構えて笑った。

「ルメル、心を操られた感想はどうだった?」

「操った? いつ」

 思わず聞き返す。私はそんな気配を何にも感じていなかったからだ。大体、さっきも普段から魔法障壁をもっている生物には効かないって話をしたばかりであるのに。

「私に少し、悪感情を抱くように仕向けた。そのあとそれを解除した。どんな風に感じたか、教えてくれないか」

「あっ、えっ?」

 そうだ、思い出した。私、ホウが使っている精霊や妖精に嫉妬したんだ。なんでかわからないけれど、他の妖精たちを使役しているのが許せなく思えて、確かにホウに悪感情を抱いた。そんなこと今まで一度も思ったことないのに。以前の主人であるバロックはたくさんの精霊を使っていたけれど、それでも私は彼女たちにやきもちなんて焼かなかった。いまさらどうしてホウが少しくらいの精霊や妖精を使ったからって、妬かないといけないのか。

 しかも解除したって。それで私はそういう嫉妬をすっかりきれいに忘れてしまったってことだ。能動的に、自分で自分が思ったことをすっぱり忘れるのって難しいのに。魔道具って怖い。

「その様子だと魔道具の効果はあったみたいだが。どういう風に思ったんだ」

「効果はあった、それでいいじゃない」

 ホウがしつこく訊いてくるが、嫉妬したなんて言いたくない。私は強引に話を終わらせてしまった。

「今のは私がお前ひとりに使ったから障壁も突破したが、アドラが町全体に使うんではやはりお前たちに効果は与えられなかっただろうな。しかしもっと恐ろしい使い方を考え付くやつがいるかもしれない。捨ててしまうか、封印するかしたほうがいいんじゃないか」

「ホウさまなら、よりよい使い方を考え付くかもしれません。このままお持ちになっては」

 ブルータはホウを信頼しているらしい。当初の予定通り、彼女に譲り渡す気でいる。

 私たちが持っていてもあまりいいことにはならなそうだし、悪いことを考えそうな輩に盗まれるのが落ちになりそうだ。ホウに渡してしまうのがいいだろう。壊せるならそれでもいいけれど。

 押し付けてしまおうと思っていたのに、ホウは困った顔をしてやんわりと拒否してくる。

「お前たちあんまり私のことを信用するなよ。私だって魔王軍で、四天王の一員なんだから」

「しっ」

 意識があったのか、フーナがかなり驚いた顔をしていた。ブルータが彼女をなだめにかかる。

「心配いりません、ホウさまはお優しい方ですから」

 確かにそうなのだが、人間のフーナからしてみれば説得力のかけらもない。彼女は首を振って、なんとか逃げようとじたばたしている。足のケガはまだ完治したわけではないので、そんなことは無理なのだが。

「落ち着いてください。ホウさまがあなたを殺すつもりでいるのなら、足を治したりはしていません」

「でも」

「四天王でも、ホウさまは諜報を専門にしているお方です。直接あなたを害することはおそらくないでしょう」

 しばらく話して、ようやくフーナが落ち着く。彼女は再び横になり、信じられないような目でホウを見上げていた。たぶん、ブルータの説得で完全に納得したわけではないのだ。半分くらいは、どうせ逃げられっこないという諦念から逃げるのをやめたにちがいなかった。

 そのホウはといえばフーナの視線なんて全く意にも介していない。ブルータの全身をあらためて眺め、こういった。

「色々あったみたいだが、やはりシャンの精神操作は解かれていたか。よかったな、ブルータ」

「はい」

 今更その話、と思ったが考えてみればホウはブルータが牢獄から逃げて以来会っていなかった。本当に洗脳が解けたかどうかも、確認できていなかったのだろう。報告はあがっていたろうが、自分の目で確かめたのはやはり今が最初、ということになる。

「今までどうしていたのか、お前の口から聞きたいが。構わないか?」

「もちろんです。お話しします」

 というので、ブルータはリンのつくった閉鎖空間から逃げ出してから今までのことを全部話した。私もそれを聞いていたが、フーナが一番びっくりしているようだ。魔王軍と人間たちの戦いの狭間で、こんなことをしている輩がいるなんて普通は思わないから当然だろう。

 ブルータの境遇はかなり特殊で、フーナたち人間には理解しがたいだろう。その出生からまずもう、極めて希少なことだ。その後のことともなれば、なおさら。

 もちろん、リンの閉鎖空間から脱出した後のことしか話していないから、その辺のことはフーナにわかりっこない。それでも勇者アービィと戦ったことや、ガイに襲撃されたこと、フェリテを助けるためにガイに挑み、これを破ったことは話した。さらにそこから盗賊のハティ、妖精のイーファに襲撃されたことも。ユエの妹を名乗ったユイのことも話す。

 日数はそんなに経っていないはずなのに、ずいぶんたくさんのことがあったもんだと思い返してみて思う。ようやく話し終わったとき、フーナは眠ってしまっていた。まだご飯も食べていなかったのに。

 聞き終わったホウはゆっくりと何度か頷いた。どうやら満足したようだ。

「だいたいわかった。長々と話をさせたお詫びといってはなんだが、夕餉をつくってやろう」

 彼女は先ほどまで座っていた木のうろから金属の小さな道具をいくつか取り出し、それを組み合わせてかまどを作ってしまった。簡素な鉄の深皿をその上にのせれば、調理器具が完成だ。炒めるも焼くも煮るも思うがままだろう。

「あ、よければ私たちが採った食料がありますが」

 ブルータも背嚢をまさぐって、蜂の巣や魚をみせる。魚は血抜きをしてわたもとってあるし、それほど痛んでいない。蜂の巣も分解すらしていない状態なので、問題なく食べられる。

「ずいぶんいいのを見つけてきたんだな。よしよし、再会を祝って豪華な食事といこう」

 私たちの持ってきた食材を見てにんまりとしたホウが、深皿に油を入れた。結構贅沢にドボドボ入れたような気がするが、なんというか見た感じ結構貴重そうな油に見えるが。というか、フェリテと違ってホウは両手とも翼なので人間態の腕はもっていない。なのに、翼の先だけで器用に調理しているのだ。

 おもわず、それを私はまじまじと見つめてしまったが、彼女のほうでは気にしていないようだった。淡々と調理を進める。

 短時間で調理は終わりそうだ。私たちもただ見ているだけではなく蜂の巣を分解して中身を取り出したりと手伝った。

 蜂のほうは中身をそのままさっと油で揚げて食べる。魚はただ火に近づけて焼くだけなので簡単だったが、ホウの持っていた塩やたれをかけて食べた。両方とも特に味について不満がない。たいへんおいしかった。

「うん、おいしいです」

 魚をかじったブルータが、おいしそうに咀嚼する。笑顔とはいかないまでも、十分に嬉しそうだということはわかる。おいしい食事は、気分を高揚させる効果があるのだ。

 私も蜂の子をぽりぽりとかじっている。そんなに量はいらないけれど、おいしいということは間違いない。

 ブルータの採ってきた蜂の巣はどうやら肉食の蜂だったらしく、蜂蜜がないかわりに一匹一匹が大きい。かなり食べごたえがありそうだ。フーナのために少しとっておけるだろう。

 食べ物が大体片付いてしまうと、疲れていたブルータは眠そうにし始めた。いつもならもう少し動いているし、このくらいで完全にへばってしまうほど体力がないわけでもない。ホウに会って安心してしまったのだろう。

 会わなきゃ、と思っただけでホウに会って話も聞いてもらったけれど、これからどうしよう。ホウがどういう事情でここにいたかというのにもよるし、まだ話をしなきゃいけない。ブルータには悪いけれど、まだ寝るわけにはいかなかった。

「私たちのことは話したけど、ホウは今まで何してたの」

 とりあえず聞いておいたほうがいいだろうと思って、私は気軽に訊ねる。彼女は倒木に座ったまま足を組んで何やら瞑想していたが、私の声に目を開いた。

「リンと戦ったときに、色々あってな。治癒術師にも頼れなくなったからここで治療に専念していた」

「色々って?」

「至高の呪文を五回くらい食らった。片方の翼がまるごともがれて、残った体の半分は黒焦げだった。さすがの私も命の危険を感じたな」

 ひぃ、と私は呻いた。四天王の一角であるホウをそこまでできるなんて、とんでもない。

「よく生きてたね」

 今のホウは五体満足にそろっているし、黒焦げになってたという体もすっかり回復しているように見える。白い肌も、黒い髪も特に変わりない。治癒術師にも頼れなくなったと言っているから、たぶん自分で癒したのだろうが、さすがの魔法というか体力というか。おそらくその両方。

「リンも似たようなことになっていたが、互いに全力を出してないのはわかってた」

「あれで?」

 私はきっと、怪訝な顔をしていただろう。

 少し見ただけだが、ホウとリンの激突は凄まじいものだった。同時に三つの魔法を使うリンに、先鋭化した魔法で飛び回るホウ。虚空から武器をつかみ出して攻撃するリン、それを回避するホウ。あれは思い出しても恐ろしい攻防としかいえない。それが全力でなかったなんて、悪い冗談としか思えなかった。

「私もあいつも、奥の手を出してないってことだ。そうしていたら、共倒れの可能性があったからな」

「出してたじゃない?」

 リンは『至高の呪文』や『束ね撃ち』を使っていたし、ホウも先鋭魔法で対抗していた。二人の奥の手のはずで、伝家の宝刀としてレイティが記憶していたものだ。

 私がそう言うと、ホウは薄く笑った。

「だとしたらあんな早々に使うわけがないし、魔王軍の戦力バランスが狂う。それに、『至高の呪文』を束ね撃ちしているのを何度か見たことがあるが、個人に向けて使うようなものじゃない」

「じゃあ、最初からリンが本気で来てたら負けてた?」

「それはやってみたことがないからわからない。なんともいえないな」

「うぅん。それで? リンと戦ってまでブルータを助けちゃったら、立場が悪くなったんじゃないの」

「悪くなったどころじゃないな。即帰還して出頭しろ、という命令が来てる」

 やっぱり! 出頭しろなんていったって、もうものすごく怒られるのが目に見えている。ホウの性格だから謝ったりなんてしなさそうだし、処分も重くなるだろう。

 私は少し重い気分になりつつ、即帰還しろというのにこんなところにいていいのかと問いかけた。

「いいわけない」

「じゃあどうして帰らないの。魔王軍のことは平気?」

「平気というか、帰ったら間違いなく査問だ。のこのこ帰る馬鹿がいるか」

「さもん?」

 聞きなれない言葉に、私は首を傾げる。

「人間たちがいう軍事裁判。ありていにいえばただの拷問と処刑だな」

「なっ、なにそれ」

「陸軍の総司令に直接攻撃をしたんだから当然だろう。それ以外の判断をする軍隊があったら見せてほしい」

「じゃあこれからどうするつもりなの。魔王軍のこと、抜けるとか?」

「事実上そうなるが、仕方ない。今のうちに私に聞きたいこととかはないか」

 あっさりしたもので、ホウは魔王軍からの足抜けをあっけなく決めてしまっているようだ。帰ったら殺されるともなれば確かにそうなるだろうけれど、葛藤も躊躇もまるでみせてこない。私たちを気遣いさえする始末だ。

 これ以上彼女のことを心配してもどうにもならないので、質問したいことを考えてみる。思い返すと聞きたいことは結構な数になり、時間がかかりそうだ。

 私はいくらかかいつまんで質問をしてみることにした。

「えっと、まずホウはこれからどうするつもりなの? それとルイが私たちの友達だって言って味方についてくれたけど信じていいの。あとあの突然出てきたユイっていう魔族は何者だったのか、それに女勇者クレナが変な魔法を使ってたけどあれはどういう理屈のものなの」

 今思いつける疑問はこのくらいだろうか。全部まとめてぶつけてみる。

「質問は一つずつにしてほしかったが」

 ホウは渋い顔をしたが、ちゃんとこたえてくれるようだ。

「まずユイのことからいこうか。他から聞いているかもしれないが、ユイは昔暴れていた魔族だ。ハイテ、ラオ、ユイ、ユエの四人が特に甚大な被害を人間たちにあたえたと記録されている。だいたい十年くらい前のことだ」

 私たちもそれは知っている。ハイテの名前を出したのはフォンハだが、ルイがその詳細を語ってくれた。ブルータの父親に当たるのが、そのハイテという悪魔であるということも私たちは既に知ってしまっているのだ。

「ハイテは特にガイのような強い欲望をもっていて、しかもガイのように群れることを嫌うタイプだった。勝手に魔界を出ては人間社会に飛び込み、略奪と破壊を繰り返す迷惑なやつだった。そいつが唯一傍に置いたのがユイで、こいつもかなり自分勝手で暴れ者だ。正直に言って魔界というか魔王軍側でもこいつらの扱いには困っていた。そこらの取るに足らない未熟者が調子に乗っているだけならまだよかったのだが、なまじハイテとユイは戦闘に関しては天才肌で、半端な悪魔では取り押さえるどころかなだめることさえ無理だった」

 つまり、相当に強かったんだ。確かにユイもかなりの腕だった。勝てたのはたまたま策略があたったからで、少し違っていたら真っ二つになっていたのは私とブルータだったかもしれない。

「それで、仕方ないので同時期に同じようなことをしていたラオとユエをこいつらにぶつけることにしたんだ。ユイとユエは姉妹だったが、仲は悪かったので特に問題にならなかった。これがうまくいったわけだ。ラオという悪魔はハイテに比べるといくらか理性的で、報酬やら美女やらで操ることができたからな。その後に首尾よくラオも生け捕りにされて、この話は終わりだ。彼が連れていたユエはラオに精神操作をされていたので、それを解除したうえで魔王軍に組み込んだというところまでいけばあとは大体わかるだろう」

「大体わかるだろう、っていわれても。ハイテが倒されたのはわかったけど、ユイはどうしたのよ」

「取り逃がしたんだ、十年前に。といってもハイテほど危険視されていなかったからそのまま放置された。幸いその後も目立って破壊活動を繰り返していたなんてこともなかったからな。まさかお前たちに倒されるとはあいつ自身夢にも思ってなかっただろうが」

「魔界から逃げてきたんだから、魔王軍でしっかり処理しておいてよ。私たち死んでたかもしれないのに!」

「そういわれても、困るな。私は一度たりとも軍の実権を握ったことなんかない」

 ホウはそんないいわけをしていたが、犯罪者を野放しにしておくなんて。いかに悪魔たちが人間社会をどうでもいいと思っているかがよくわかるというものだ。

 もちろん、だから心が痛むとかそういうことでもない。私たちが被害を受けたので怒っているだけだ。

 そこで私はふと、気づいた。

「あれ、それが十年前の話だったらそのラオって悪魔はまだ生きているの?」

「いや、死んだ。生け捕りにされた後に魔界で軟禁されていたんだが、ガイが殺してしまった。それでガイの名前は魔王軍でも広がったわけだ。これがいいことかというとそうでもないが」

「えっ、どうして」

「ラオはガイよりは話が分かるし、頭も切れたからな。たぶん、リンなら使いこなせた。あいつが生きていればと嘆いているのをレイティも目にしていたはずだ」

 ああ、そういえば。そんなこともあったような気がする。

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