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暗殺の青  作者: zan
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2・暗殺指令 後編

 ブルータとタゼルの攻防はほぼ互角にみえる。

 強化魔法の効果はまだ持続しているものの、ブルータに当初のような勢いはなくなっている。ブルータのせいではなく、タゼルがブルータの強化魔法の程を見極めて対処してきているらしい。最初こそその効果に気圧されたが、さすがにタゼルは歴戦の戦士ということか。俺は、タゼルが俺に背中をみせる瞬間をじっと待つ。奴は、敵がブルータ一人だけだと思っているはずだ。

 その一瞬で、俺の魔法が奴を打ち貫く。魔法防御など関係なく、奴を貫けるだけの魔力を練らなければならない。

 俺は、魔力を集中させながらタゼルが背中を無防備にさらす一瞬を待った。ブルータとタゼルは恐らく、同等ほどに身体能力を強化している。しかしながら、経験の差というものがあり、接近戦闘のことをよく知るタゼルは立ち回りにおいてブルータを圧しはじめていた。

 だが、それが逆に俺にとっては好機になる。人間というやつは自分が有利に立つと油断を生じるものだ。

 存分にブルータを追い詰めるがいい。俺は、奴の気が緩むその一瞬を待つだけだ。

 ブルータは、すでに魔法による攻撃がタゼルに通用しないことを悟っているらしく、攻撃魔法を使おうとはしなかった。ひたすら、打撃による直接攻撃に切り替えている。とはいえタゼルのほうが直接戦闘に関しては一日どころか千日の長がある。すでに、ほとんどその打撃は通用していないし、圧倒すらされていた。ブルータは存分に打撃を受けている。ダメージを蓄積し放題だ。

 だが、勝負を諦めてはいない。奴は最後まで任務遂行のことだけを考える人形だ。ほんのわずかな隙を突いて、ブルータは飛び退いた。同時に魔力を展開し、防御障壁の呪文を練り上げた。障壁に対してタゼルの拳がぶつかるが、いかに魔法で強化されていようとも、防御障壁の呪文を素手で貫通することなどできない。障壁はびくともせず、タゼルの拳は跳ね返った。

「そいつで俺の攻撃を防いだつもりかな」

 弾かれた拳を気にもせずタゼルは余裕を見せた。防御に専念する構えのブルータに対し、追撃を緩めないようだ。何かの工夫をもって、防御障壁を貫通するつもりか。だとすると、その術式から奴の魔法防御の根拠を知れるかもしれない。俺は奴に注目。

 タゼルは振りかぶって、右腕に何か、身体能力強化とは違う魔力を込めた。そのままブルータの防御障壁に殴りかかる。

 まさか、防御障壁の呪文を解除するつもりか。すでに完成した障壁魔法を解除するなど、俺でも不可能だ。

 そのようなことができるはずがなかった。だが、どういうからくりなのか、タゼルの拳がブルータをとらえる。奴は得意げな顔で追撃に入った。およそ信じがたい。呆気にとられそうになったが、だが、俺が待ち望んだ瞬間でもある。

 この瞬間こそ、好機であった。謎を解明することは後回し。

 奴がブルータを殴ることができるというところのからくりは不明だが、それによって奴は慢心しきっている。誰にもわかるはずのない、できるはずのないことをできるというだけでも、自信に繋がる。油断しているはずだ。俺は溜め込んだ魔力を練りこみ、一気に奴の背中めがけてぶち込んだ。

 『黒矢の呪文』、俺が使える数少ない上級魔法だ。覚えたのはつい最近、リンの配属になることが決まってから必死に習得に努めた成果である。これをもって、俺はブルータよりも優位に立った。面目も保たれたというものだ。

 ともあれ、奴に向けた俺の指先から魔力が黒い矢となって飛び出す。この魔法の特徴として、直進せずに弧を描いて飛ぶというものがある。これを利用すれば正面に構えた盾などを回避して側面から攻撃することが可能だ。それだけでなく、上級魔法にふさわしい破壊力をもあわせもつ。

 タゼルといえども、この魔法で打ちぬけない道理はなかった。俺から見て左に飛んだ黒い矢は、カーブを描いてタゼルの側面から奴をとらえる。その速度も素晴らしい。

 俺がやつを指差してから半秒も経っていない。反応することなど不可能のはずだった。

 だが、奴は倒れない。俺は両目を見開いた。何故だ。直撃したはずだった。

 タゼルが振り返った。俺を見る。俺に気付いていたらしい。そんなはずはないが、そうとしか考えられなかった。

「背中からの不意をついた一撃のつもりだったろうが、残念だったな」

 そのまま奴は、こちらに突進してくる。

 これはまずい。俺はこのとおりの小さな身体。強化魔法で固められた奴の、タゼルの一撃を受けてはダメージゼロというわけにいかない。かといって、逃げるには時間がない。

 防御魔法を練るだけの魔力も、黒矢の呪文を撃った直後の俺には集められない。詰んでいる。

 どうやら俺は、泳がされていたらしい。最初から奴は俺がいることを知っていたのだ。そして、致命的な隙を見せる一瞬を待っていたというわけだ。俺が奴を泳がせていたつもりでいて、その実、奴に俺が泳がされていたということか。まったくもって笑えない。

 人間ごときに俺が、叩き伏せられていいわけがない。ブルータは何をしている。俺がピンチだ。さっさと助けに来るのが当然だろう。このような事態を看過するとは、ダメな奴だ。

「ブルータ!」

 俺はブルータを呼んだ。だが返答がない。あの馬鹿、早々にやられてしまったのか。

 タゼルが俺に接近してくる。どうしろというのだ。どうすれば俺は死なずにすむのか。

 待てよ、おい。まだリンの褥にもぐりこんでもいないし、ホウの側近たちにも手をだしていない。なんでこんなことになった。シャンが俺に欠陥だらけの人形なんか渡すからこうなったんじゃないのか。全部シャンのせいだ。

 本心ではいやいやながらももうだめだと覚悟しながら、しかし表層意識では言い訳をしつづける俺に、タゼルがあと一歩と迫った一瞬、奴の踏んだ地面がわずかに輝いた。

 魔法の気配。『地臥の魔法』。

 タゼルの足元に魔法陣が展開し、それに気付く間もなくそこから光り輝く剣が突き出した。剣は植物のように天を向いて、しかし矢のような速度で伸び、タゼルを砕いた。奴は恐らく、何が起こったのか知る暇も、苦しむ暇もなかっただろう。何しろ俺があっ、と思ったときにはすでに、全てが終わっていたのだから。

 役目を終えた魔法陣が消え失せたときには奴の衣服が血に染まっており、出血から一瞬遅れて倒れた身体は、飛沫をとばした。

 タゼルは倒れた。絶命しているのは明らかだった。奴は、身体を『前後』に真っ二つにされており、縫い目の解けたぬいぐるみのような有様だ。とめどもなく、奴の血が地面に流れ続ける。

「ブルータか、これをやったのは」

 完全な一撃だった。『地臥の魔法』に仕込まれた『幻影剣の呪文』が、ただの一撃でタゼルを仕留めたのだ。するとブルータは、俺がタゼルに気付かれているということを、知っていたのだろう。それだからこそ、俺と奴の間の位置にこれを仕込んだ。それも、俺でさえも気付かない間にだ。

 それを俺にさえも黙っていた。そう考えると、怒りが湧いてくる。張本人を殴ってやろうと、俺は死体の確認もそこそこにしてブルータのところへ飛んだ。


 血みどろになって死んでいるタゼルは、ぴくりとも動かない。それをこえるとすぐにブルータの姿が見えた。奴もまた倒れたままで、起き上がることもできないようだ。外見からはわからないが、相当な重傷らしい。最後に受けた一撃がよほど重かったのか。結局、奴がブルータの魔法防御を解除していた原理は不明なままだが、奴が死んだ今、それをわざわざ解明する意味は薄れている。もはや、どうでもいいことに成り果てていた。

 ブルータは倒れているが、意識までは失っていない。血や泥に汚れながらも、細い目を開いている。

「タゼルは、仕留められましたか」

 搾り出すような声で、奴は俺に訊いてきた。

 俺は奴に電撃を浴びせたかったが、そうするとこの後の身動きがとれなくなる。俺はとりあえずブルータの損傷の具合を確かめることにした。目的を達成した以上、手っ取り早くこの場所を離れなければならないのだ。

 ハーフダークであるブルータは人間に比べてもかなり頑丈なはずだが、あばらは折れているし、内臓にもかなりの損傷があると見受けられた。無理やりに動かすことは危険らしかった。俺が治療魔法を使えるなら問題なかったが、それは不得手なのである。まるで使えないわけではないが、下手な治癒魔法は損傷を拡大させてしまうこともある。

 くそ、普通の悪魔ならこのくらいの傷、しばらく休めば回復するというのに。ハーフダークであるブルータはそこまでの治療能力をもたないだろう。しばらくはかかる。

 ひとまずどこかに無理やりにでも退避して、じっくり傷を癒すしかないと考えていたとき、何かが俺の真上に出現した。

 灯りを持っている、何者かがそこに出現したのだ。

 気配から悪魔であることはすぐにわかったが、顔をあげてみると見覚えのある悪魔だった。思わず、俺はその名を口にした。

「フェリテ」

「あなたは、フェリテさま」

 やってきた悪魔を見て、ブルータも消え入りそうな声を出す。

 魔王軍にいる悪魔だ。大仰なマフラーとローブを着込み、背中に黒い翼を背負った女。四天王の一人、ホウが側近と頼む実力者であり、高温・火炎系の魔法を得意としていたはずだ。

 確か、俺とブルータが初めて会った日、気絶した奴を着替えさせたのもこの悪魔だった。魔王軍のフェリテは灯りを持ったまま俺たちを見ている。大方、ホウかリンのどちらかの命令で俺たちを監視していたに違いない。

「任務、ご苦労」

 フェリテはすぐに地面に降りてきた。ねぎらいの言葉をひとつ放つと、それでもう俺には興味ないと言いたげに視線をはずし、ブルータに心配げな目を向ける。扱いがひどい。

「おいおい、そいつは俺の人形で、がんばったのは俺なんだぜ。フェリテ、もう少しねぎらいにもやり方があるだろ、そんな事務的にささっとやられたんじゃやる気が損なわれる」

「そうか悪かったな」

 当然ながらその言葉にも心などこもっていなかった。フェリテはすぐに地霊を集めて魔力を練りだした。魔法を使うつもりだ。

 しかし、その魔力の練り方は、つい先程にも見た。何の魔法を使うつもりなのか俺は察したが、これは『転送の魔法』だ。つまり、どこかに俺たちは送り届けられる。上空の彼方にいる仲間の下にとどけられたあの二人のように、俺たちは魔力でどこかへ送られていく。

 魔力が俺とブルータを包み、強制的な移動を促してくる。拒否権のない俺は、移動先も告げないフェリテを睨んだ。

「何しやがる、フェリテ! どこに送るのかくらい言えよ」

 奴は答えなかった。かわりに俺が見たのは気遣いの目をブルータに向ける奴の顔。最後まで俺のことは無視か。ふざけやがって! 俺がブルータの付属物みたいな扱いでは、いかん。逆なんだぞ、本来的に。

 魔法は発動し、俺たちは砂漠都市から姿を消す。

 当然ながら、そこに残ったものは俺たちの戦闘によって崩れた砂漠都市の一部と、タゼルの死体、それにフェリテだけだ。


 ふと、中空に放り出された。俺は重力に引かれ、なにか固いものの上に落ちる。

 あわてて身を起こし、周囲を見回すと四方には布が張られていた。目の前には、誰かがいる。下をみるとブルータのローブ。俺が落ちたのはどうやらブルータの胸元らしい。

「ここはどこだ?」

 俺は思わず目の前にいる誰かに尋ねた。ブルータは無理にも身体を起こそうとしている。

「随分早い帰りだったな、たった今この天幕を張り終わったばかりだ」

 その声を聞いた瞬間、うっと俺の声は詰まった。この声を俺は知っている。四天王のリンだ。

「リン……ってことは、ここは魔王軍の本陣か」

「そういうことだ。どうやって帰ってきたのかは知らんが、そう言っておいてやる。衛生兵!」

 俺たちは血みどろのままでリンのいる天幕の中に出現したことになる。しかし、リンは取り乱しはせずに冷静に衛生兵を呼びつけて大怪我を負っているブルータを天幕から運び出させた。

 漆黒の衣装をまとい、三つの目をもつ黒髪の悪魔リンは、突然現れた俺たちに驚きもしない。淡々と処理を進めるだけだった。

「まずは結果から聞こうじゃないか。タゼルはどうなった」

 リンが訊ねてくる。俺はリンの顔の高さに浮き、ため息をつく。

「それはいいけどよ、まずはねぎらいの言葉でもねえのかよ。フェリテだってご苦労の一言くらいはあったぞ」

「ねぎらうかどうかは、首尾をきいてからだな。早く言え」

「ああ、とりあえずタゼルと名乗っていた奴は殺した。幻影剣の呪文で縦半分に真っ二つだ、腹と背中が永遠にさよならしちまったぜ」

「腹と背中が? 前後に真っ二つか。珍しい死に方をしたもんだ。まあご苦労、目的は達せられたわけだな」

 大してご苦労と思っていなさそうな調子で、リンはねぎらいの言葉を吐いた。勿論、ありがたいと思うわけがない。

「それでよ、褒美は何かないのか」

「褒美ね、考えとく。正直なところを言うと成功するとは思ってなかったが、裏切られたな」

「なんだそりゃ、負けると思ってて俺たちを行かせたのか」

「ホウから情報が入ってきたんだ、お前たちを行かせた後に。奴は魔法解除の技術に秀でていたらしいな。魔法しか先頭手段のないお前たちには荷が重いと思ったんだが、杞憂だったようだな。ま、これで砂漠都市は踏みにじれる。次の任務まで休んでいてくれ」

 ひどい話だ。そう思うのなら呼び戻してくれてもよかったものを。

 しかし、結局俺たちはただの駒なのだろう。所詮その程度の扱いだ。

「どうした、休んでいていいぞ」

 とっとと出て行けということらしい。俺は不満げな顔をしたままでリンの天幕を出た。天幕の外には魔王軍の兵士達が座って身体を休めていた。すでに横になっている者もいる。


 俺は特に行くあてもなかった。ブルータの負傷はどういう具合なのかと、奴を訪ねる。陣の端のほうに、奴は安置されていた。この軍はまだ戦闘を行っていない故にブルータが最初の負傷者ということになるが、しっかりと負傷の処置はされているようだ。大人しくしているように言われたのか、疲労がでたのか、ブルータは既に眠っている様子だ。

「負傷はどのくらいで癒える?」

 俺は衛生兵の一人に尋ねるつもりで、そう口に出した。

「二日ほどはかかるな。あまり無茶をさせるなと言っただろう」

「言っただろう、ってなんだ。こいつは俺の人形なんだぜ。口出しされるいわれはないと思うが」

「ほう、レイティ、お前随分と偉くなったな」

 反射的に、俺はびくりとふるえた。衛生兵だと思っていた相手は、どうも違っているようだ。高圧的な口調は、リンかと思ったが先ほど別れたばかり。では誰なのかというと、思い当たる相手は一人しかおらず、しかもどうもそれで間違っていないらしい。

「い、いやすまない」

 あわててそう口にするも一瞬遅かった。

「反省しろ」

 一撃が俺を襲い、まともに食らった俺は地面に叩きつけられた。大層痛い。大激痛である。

 呻きながら身を起こして見上げてみると、そこにいたのは予想通りの人物。四天王のホウだ。俺を殴りつけた右の翼を優雅に戻し、相変わらず全身黒に包まれている。

 諜報任務で飛び回っているはずのホウがわざわざここに戻ってきた理由はわからないが、とにかく本物のホウで間違いないらしい。俺は慌てて言い訳する。

「い、いやホウ。フェリテからじきに報告があると思うが、俺は決してぞんざいにこいつを扱ってはいないぜ。ちゃんと連れて帰ることを考えていた。俺が口悪いのはわかっているだろう?」

「そうだな、少し早計だったかもしれん」

 そんなことをまるで思っていなさそうな顔で、ホウはそう言い放った。それからすぐに、踵を返して陣から出て行こうとする。

「おい、どうしたんだ」

「諜報任務はこれからが本番なんでな。お前と遊んでいる暇はない」

 魔力がホウから放出されていく。上級の転移魔法だ。俺があっ、と思う間もなくホウはその場から消え去っていた。

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