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暗殺の青  作者: zan
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23・五蘊盛苦 後編

 勇者ラインのあの言い方はかなり気にかかる。ブルータは過去に何度か勇者たちと会っているが、城塞都市で会った時も、フォンハの治療施設で会った時もホウがすぐ近くにいた。だから「あの四天王」という言い方だとおそらくホウのことを指している。

 ブルータがホウの部下だと勘違いしているのかもしれない。それで「あの四天王」のところに行くのか、と考えたのだろうか。

「あの四天王、ね」

 あの、という言い方。私はただ単に上司のところに戻るのか、という予想だけでいちいちそれを口にするはずはないと思えた。何かあるのでは、と考える。

「勇者ラインたちは、もしかするとつい最近、四天王の誰かに出会っていたのかもしれません」

 山道を歩きながら、ブルータがそんなことをいう。その背中にはぐったりしたフーナが背負われていた。両足に添え木を当てられ包帯をきつく巻いて固められた状態だから、背負い続けるには力がいる。私はブルータが木々の根や小石に躓かないように先導しながら、彼女との会話を続けた。

 ううん、そういわれてみればそうかもしれない。勇者ラインと会ったときにだいたいホウが近くにいたからといって、ブルータをみてすぐさま保護者のところに帰るのか、なんてことは連想しないだろう。もう一つこれをくっつける要素が必要になる。

 となるとブルータのいうように、ラインは鉄橋都市にくる前に四天王の誰かに会ったか、見かけたかしていたのだろう。それなら、逃げていく私たちを見て「ああ、あいつのところへ行くつもりなのか」と考えるのは無理のないことだ。

 四天王の誰かが、近くにいる。その可能性が高くなってきた。

 ラインの口ぶりだと、四天王の中でもホウがいるように思える。リンとの戦いの後に所在のわからなくなっている彼女だが、傷をいやしているのだろうか。

 リンでもそれほどおかしくはない。魔王軍陸軍が、ロナとの戦いで疲れた勇者を一気に叩こうとしているのだと考えられる。

 シャンの可能性はないだろうか。参謀部の長である彼は本部にとどまっているのが自然だが、ここにいる可能性が完全にないとは言い切れない。

 あるいはまた、ガイ。首を切断された彼が生きているとはきわめて考えにくいが、それでも彼は上級悪魔で、魔王軍の四天王。しぶとく生き延びて復活の機会をうかがっているのではないだろうか。

 四天王が近くにいるということは、私たちにとってはよい情報であるとは言い切れないのだ。ホウならいいが、それ以外だと非常に困ってしまう。フーナを連れて四天王に自ら接触するなんてことは、お断りしたいところだ。

「どうするの、ブルータ」

 私だけではこれ以上考えを進められない。ブルータに振った。

「ホウさまがいるとしたら、お会いしておくべきだとは思います。フーナの治療もそうですし、結界のことも私たちだけで考えるよりは」

「そうね。確かにそうなんだけど」

 ほかの四天王だったらどうするのか、そもそもどこにいるのか。色々と問題がある。

「とにかくこの子を治療してあげなきゃいけないでしょ。まだ魔王軍の手が入ってない、近くの町にいくべきじゃないかしら」

「そう思います。少し遠いですが、山林都市を目指すべきではないでしょうか」

 南側にある町としては、確かにそこが適当だろう。このまま森の中を突っ切る必要があるが、それだけ軍隊は侵攻しにくい。今日明日で魔王軍に支配されるということもたぶんない。フーナを連れていくのがしんどいというのが、問題だけれど。

「決まりね」

 手を打った。目標を決めてしまえばあとは行動するだけだ。

 もう少し魔力に余裕があれば、私がフェリテの姿を借りて飛べる。ブルータもフーナも小脇に抱えていけるだろう。けれど、手持ちには魔力を取り出せるものが何もないので、今のところは無理。

 これまでどおり、ブルータに運んでもらうしかない。私は彼女より先に進んで、森の中を通りやすいようにしてあげられるから、それほどの危険はないはずである。

「そっちに向けて移動するんだね。ブルータ、そろそろ休んだほうがいいよ」

 私は移動を止めて、ブルータに手のひらを向ける。

「そうですね」

 ブルータは足を止めて、軽く周囲を見回した。私も周辺の魔力を探ったが、特に怖い生き物がいるようには思えない。休息をとるならこのあたりでいいだろう。

 かなり奥深い森で、このまま山林とつながっているようだ。魔王軍の斥候がきても、そう簡単には私たちを見つけられないはずだった。野営の準備をしよう。もう日が暮れようとしている。

 薪を集めて小さな火を焚く。フーナはずっと寝ているままだけれど、起きて痛い痛いと騒がれるよりはましだった。彼女を火の近くに横たえて、毛布を掛ける。毛布を分けてしまったので、ブルータと私は霧の衣装頼みだ。それでも別に問題ないといえばそうなのだが。

「ルメル、少しの間見ててあげてください。食べ物を集めてきます」

 火が落ち着くと、ブルータが腰を上げた。フーナの食べるものを探しに行くのだろう。自衛できない彼女を放置するわけにはいかないから、私が残るのは当然だった。

「わかった」

 こたえて、歩いていくブルータを見送る。

 近くに川が流れているのはわかっているので、たぶんそこで魚をとってくるのだろう。私たちは保存食料で問題ないが、フーナには栄養のあるものが必要だからだ。探せばもっといいものも見つかるかもしれない。

 私もできればついていきたいところだけれど、この山の中に女の子一人を放り出しておくわけにもいかない。ウェイトレスのフーナのお腹の上に乗っかり、足の様子を見る。完全に折れていて、動かすだけでもかなり痛みがあるはずだ。

「痛みをおさえるくらいしか、無理かな」

 何度見ても、その結論に達する。フーナは普通の人間で、二か所も折れている。下手な治癒魔法をかけても、かえっておかしな治り方をするだけだ。

 落ち着ける場所でゆっくり治療できるならいいが、すぐにまた移動しなければならないので無理だ。完全に彼女の両足を固定する道具があるなら別だけれど。無理だろう。

 見ているうちにフーナが目を開けて、こちらを見てきた。さすがにあれだけ寝ていたらそろそろ目を覚ますだろう。

「ここは?」

 か細い声で、彼女はそんなことを聞いてくる。

「森の中。ここならたぶん、誰にも見つからないと思う」

 私は彼女の声にこたえた。フーナは私のこともどうやら魔王軍だと思っているらしく、こちらの事情を詳しく訊いてくるようなこともなかった。もちろん私は魔王軍などではないし、魔族でもない。妖精である。

 しかしフーナに説明しても仕方がないし、訊かれない限りはどうでもいいかと放置してある。

「私、どうなるの……」

 寝転がったまま、心配そうに訊いてくる。フーナは両足を骨折しているので自分ではほとんど身動きできない。今何かに襲われたら、たぶん死んでしまうだろう。

「どうなるって訊かれても。あなたを治療できそうな場所を探してるから、それが見つかるまでは落ち着けないわね。申し訳ないけれど、まだ我慢してもらわないといけない」

「魔王軍の捕虜に、なったということですか」

「違うと思うけど。私たち、魔王軍じゃないもの」

 フーナは私の言葉に少し驚いたようだったが、それ以上の質問をしてこなかった。痛みがひどくてそれどころじゃないのかもしれない。熱もあるようだ。私は周辺から魔力を集めて、彼女の痛みを少し和らげる魔法をつかった。

「少しは落ち着いた?」

「はい」

 こたえて、彼女は大きく息を吐いた。相変わらず顔色は良くないが、これが限界だろう。

 フーナは人間だ。アドラと違って、半魔族ということもない。これはどうも間違いなさそうだ。

 では、どうして勇者たちは彼女に被害を与えることも厭わず、あのような戦い方をしたのだろうか。そのあたりはまだ解決していない。それはもちろん、勇者たちがへんに遠慮して実力を発揮できず、倒されてしまうようなことになれば大変だ。少々の犠牲には目をつむってでも、魔王軍を蹴散らす必要がある。鉄橋都市の半分の犠牲と、世界全ての平和を比べたらどちらに傾くかなんてことはわかりきっていた。

 ただ、今回は少しそれが度を越えたようにみえる。何より勇者たちが良心の呵責をまるで感じていないようだった。おかしなことではないかと私は思う。

 勇者たちは一応、弱者である無辜の民を魔王軍の進撃から守るために自分を捨てて戦っているのではなかっただろうか。その守るべき民に危害を加えてなんとも思わないというのでは、おかしい。

 では、ラインやクレナといった勇者たちは、どうして戦っているのだろうか。私はレイティの記憶を含めて思い返してみる。

 ――お前はともかく、その手の小悪魔は逃がせないな。そいつは災厄の種となりそうだから。

 勇者ラインは城塞都市でそう言っていた。

 災厄の種となりそう、というのはレイティのことだろう。狡く、保身のために平気で味方を売るような性格のレイティをそれほど警戒する意味はいまいちわからないが、彼は正義感をもって勇者をしているのだろう。だから、フェリテに頼まれてもレイティを逃がさずに殺そうとしたのだ。彼なりの考えで、レイティを生かしていては危険だと考えて。

 ――青の暗殺者、君たちは邪魔な存在だ。偽装の呪文を使っていてもわかる。先に挙げた数々の罪状から、もう見逃せない。

 広陵都市近辺で会った時にはそんなことも言っていた。これはブルータが多くの勇者たちを殺したからだろう。罪状という言葉をつかっているあたり、彼は一応人間側の法を振りかざしているということになる。正義をもって、こちらを断罪しようというわけだ。

 では女勇者のクレナはどうだったろうか。

 ――でも、これ以上ないチャンスだと思える。あんたをここで殺っちまえば、今ここで巻き込んでしまう以上の人間がコレから先苦しまずにすむかもしれない。

 フォンハの治療洞窟で会ったとき、彼女はホウにこんなことを言っていた。

 多少の犠牲は気にせず、それで救える多数の命を重視するような発言だ。それでも、多分彼女なりに平和を欲しているんだろうと思える。

 二人の勇者が人間たちの平和と正義のために戦っているのはどうやら間違いなさそうだ。ますます鉄橋都市での振る舞いが謎になる。まるで彼らは鉄橋都市の家々を全くないものとして扱っていたように思えるのだ。

 私にはその謎は解けそうにない。色々と考えてみても、わからなかった。

「魔王軍でないなら、あなたたちは?」

 フーナの問いかけが聞こえた。熱は魔法でやわらげただけだから、おとなしく寝ていてほしいところだけれども。ずっと寝ていろというのも酷だろう。

「私は落葉の妖精、ルメル。あなたを背負っていたのは半魔族のブルータ。魔王軍からも、人間たちからも追われる身よ」

 今の状況を簡単に説明する。詳しく説明していたのでは話が長くなるので、両陣営から命を狙われているとわかればそれでいいだろうと思ったのだ。

「半魔族。あの子、ハーフダークなの」

「そうね」

 ハーフダークという言葉は、蔑称だ。あまりつかってほしくないが、人間たちはあまり意識してつかっていないだろうから私は何も言わないことにした。

「全然、気が付かなかったな」

 彼女の声に、私は何もこたえない。


 周囲がほとんど真っ暗になってしまった頃にブルータが戻ってきた。水の入った袋と、何かを小脇に抱えている。魚も何匹か持っているようだが、もっと大きいものがある。

「どうしたの、それ」

「掘り出してきました」

 そういって見せてきたのは、蜂の巣だった。にしてはかなり大きい。ブルータの頭くらいはありそうだ。中にはたぶん、蜂蜜もいっぱい入っているだろう。蜂になる前の蛹や幼虫もいる。

 私は見慣れているので別にどうということもない。ああ、ごちそうだなと思う程度だ。

「近くの魔力を探ってきましたが、嫌な感じはありません。四天王がいるとするなら、おそらくホウさまだと思います」

 ブルータは少し嬉しそうな表情でそう言った。思わず、私まで笑顔になる。

「そう。ホウなら絶対会っておかないと」

 手放しでそう言えるほど、私たちはホウを信頼しているのだった。ホウが私たちを見捨てるってことはまずない。絶対、断じてない。この状況でも私たちのために力を貸してくれるだろう。

「どこにいるのかわかるの?」

「おおよそは。あの方は、心地いい気配をしてますから」

「なにそれ」

 私は思わず笑ってしまったが、彼女の言いたいこともわかる。確かに、ホウの近くにいると安らいでしまう。不思議に落ち着く。そういう気配を探せば彼女に行き当たる、と思えてしまうのだった。

「今すぐ、行く?」

 大体の場所がわかるというなら、今行くべきだろうか。フーナの治療も早いほうがいいだろうし、そうするべきかもしれない。

「ええ、食べ物は確保しましたから。フーナにはすみませんが、やはり行くべきだと思います」

「そういうわけでフーナ。起きて」

 寝転がったままのフーナに声をかけたが、彼女は目を開いていた。

「起きています」

「傷は?」

「痛みは、少しましになっています」

 鎮痛魔法の効果はもう少し続くはずだ。ホウがいるのなら、彼女がどこかに移動してしまわないうちに会わないと。

 採ってきた食料をすべて背嚢に仕舞い、ブルータがフーナを抱え上げる。

「では、行きましょう」


 光源の魔法をできるだけ少ない光量でつかいながら、私はブルータたちよりも少し先を進んでいる。確かに何か、心地よい魔力が流れてくるのを感じることができた。

 このまま歩いていけば、味方がいるようだと思える。ブルータのいうことは本当だった。

「ああ、いるみたいね」

 私たちは安心して歩く。四天王であるホウがいるなら、ほかに多少手強いのがいたところで何も関係ない。完全に警戒を解くわけにはいかないが、そこまで張り詰めることもないと考えられたのだ。

 そのまま歩き続ければすぐにもホウが見つかっただろうが、途中でフーナが頭痛を訴えた。

 私はブルータの頭の上に乗っかり、彼女の背中にいるフーナを見下ろしてみる。ずいぶんぐったりしている。

「熱はおさえてあるのに、どうしたのかな」

「このあたり、魔力が漂っているからでしょう。私やルメルにとっては何も問題ないかもしれませんが、普通の人間には疲労をためるものでしかありませんから」

「そういわれてみれば、そうかもしれないわね」

 あらためてキョロキョロと周囲を見回してみると、確かに普通よりはずっと魔力が濃い。何か強力な精霊が何十体もここで転生できるような、それくらいのものだ。

 ガイのところにいた死霊たちには及ばないが、それの半分くらいの濃度はある。何か保護魔法をかけてあげないと、フーナには厳しいのかもしれない。

 といっても、そんなに都合のいい魔法はぱっと出てこない。ブルータに防護障壁を意識して使ってもらうしかないだろう。

 そうしたあと、私たちは心地いい魔力を追って歩き続ける。木々の密度が濃くなり、次第に鬱蒼としてくる森の中を分け入っていく。

「魔力はいいけど、ひどい森じゃない? 暗いし、寒いし」

「そうですね」

 ブルータは私の愚痴を軽く受け流した。

 木の根や落ち葉が足元を悪くしているし、そこらに虫が飛び回る。もちろんそのあたりは樹木の精霊に手伝ってもらってできるだけ通行の邪魔にならないようにどいてもらっていたが、それでも快適とは言い難い。

 何度もため息を吐きながら歩いて、やっぱりあの場所で野営をして一晩くらい休んでおくべきだったかと思い直したとき、やっと目の前にぼんやりとした光が見えた。

 大きな木の根元あたりにできた、穴の中だろうか。その中に誰かがいる。

 近づいていくと、大きく黒い翼が見えた。そして、同じ色をした長い髪と、白い肌も。

「ホウ!」

 私は思わず、飛びついていた。

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