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暗殺の青  作者: zan
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22・五里霧中 中編

 アドラは全力で戦っているようだ。勇者たちを相手にしても、退かずに魔法を撃っている。

 様々な系統の魔法を使いこなし、翻弄するような戦い方だが、どうやら最も得意なものは大地・土砂系の魔法らしい。『地裂の呪文』を頻繁に繰り出している。

 おかげで鉄橋都市の道はあちこちに穴があいてしまい、民家も破損していく。だがアドラは特に気にしていないようだ。

 彼女にとっては鉄橋都市よりも魔道具が大事なのだろう。

「とんだ邪魔者がきたもんだ」

 勇者ラインは軽く跳躍して『地裂の呪文』をかわしつつ、器用に会話をしてのける。

「そう言いながら手をだしてないのはどうしてさ。あんたはあれね、女の子なら甘くなる。エッチだから」

「そんなことはない。様子見をしてるだけだ」

 クレナの棘を含んだ言葉にも動じず、ラインはひょいひょいとアドラの攻撃をかわしていく。しかし彼の言葉は信用されなかった。

「口ではなんとでもいえるけど、あんたはあの子を攻撃できないじゃない。現に。そんなんだったら離れてればいい、私があの子を片付けるから」

「君がやるのか。いつも面倒くさがるくせに」

「あんたがやらないから。それに、ちょっと面白そうな相手だから」

 言い終わると同時にクレナが強く地面を蹴りつけた。かなり高い跳躍を見せる。単純な筋力だけでは到底無理な高さまで飛んだ。そうしてアドラの放つ魔法を飛び越え、まだ綺麗な地面に降り立った。

 アドラとの距離は近い。彼女はまだ、次の魔法を放つだけの準備を終えていなかった。そこにクレナが軽く手を振りぬいてみせる。

 ただそれだけで、『地脈の呪文』が発動した。強烈な魔力の波がアドラを吹き飛ばそうとする。

 これをまともに受けたように見えたアドラだが、少しばかり地面を転がっただけでさしたるダメージは受けていないようだった。ちょっと強い風に押されて倒れてしまっただけ、という具合だ。

 クレナは追撃を見舞う。今度は左手でアドラを指差す。高熱の炎がその指先から飛び出し、一瞬でアドラの全身を包み込む。石床が焦げるほどの熱。かなり離れた位置にいるはずの私たちまで熱が伝わってきたくらいだ。アドラは消し炭になっていても不思議でなかった。

 多分、あれは『光熱の呪文』だろう。私も見るのは初めてだが、強烈な熱をもった炎を撃ち込む魔法だ。

「ふうん」

 勝利確実かと思われるような状況だが、クレナはそんなふうに息を吐いて、顔をしかめた。

「面倒な魔法を知ってるみたいで、かったるいね」

 どうやら、アドラは生きているようだ。何かの魔法で今のクレナの攻撃を防いだらしい。

 炎が消えると、平然とした顔のアドラが姿を見せる。確かに、彼女は無事だった。あれほどの炎を浴びたというのに。周辺があれほどの熱にさらされれば、仮に彼女が魔法障壁で炎を防ぎきっていたとしても、空気から伝わる熱だけで瀕死の重傷となるはずである。あるいは炎に周囲の空気を劣化させられて、息がつまってしまうということもありうる。

 しかしながら、アドラは生きている。それも、平然としているのだった。

「けどまあ」

 クレナが右手を突き出した。その手首には、スターロッドが巻かれている。それ一つで大陸一つを消し飛ばす、脅威の魔道具がだ。そんなものを気軽に扱いながら、彼女はこういってのけた。

「たまには本気で戦うのも、欲求不満の発散に必要だしね。やってやろうじゃない」

 アドラとしても、その魔道具の恐ろしさは感じとっているに違いない。彼女としては、ここで即座に撤退するしかないはずだ。私が彼女の立場なら当然そうするが、しかし、

「かかってきたらいい」

 と、クレナを挑発さえした。

 気でもふれたのかと思う。勝てるはずがない。どうあがいたって、あんな怪物に立ち向かって勝てるわけがない。生き延びられる確率もかなり低い。どう想定してみても逃げ延びられるとは思えない。

 とはいえ。

 あの『光熱の呪文』を何かの魔法で防いだのは間違いない。それほどの防御手段を持つのであれば、アドラも生存できる率がないわけではない。もっとも、同じくらいの脅威である勇者ラインがいざとなれば参戦してくるだろうから、勝つということはやはり難しいだろうが。

「魔力遮断の魔法かもしれません」

 ほんの小さな声で、ブルータが囁く。『魔力遮断』だって。

 それは非常に希少な魔法だ。防御障壁よりも、魔法障壁よりも。もっと高度で使い手の少ない魔法だ。その原理はさておき、『魔力遮断の魔法』は魔力と魔法の一切を、その名の通り遮断する。全く、禁じてしまう魔法なのだった。魔法を禁じる魔法という矛盾を抱えるこの障壁魔法は、四天王でさえも習得していないはずだ。小悪魔のレイティが知る限り。

 それをなぜ、鉄橋都市に住む半魔族のアドラが使えるのか。理解できなかった。

 これほどの使い手でありながら、魔王軍にスカウトもされず、勇者として討伐対象になることもなかったアドラ。本当に一体、何者なのだろうか。わからない。

 私の中に生じた疑問、疑念にこたえるものはない。

 クレナはアドラに繰り出す攻撃の準備を始める。アドラはそれを防ごうと魔力を練る。

 だがクレナが繰り出すのは相変わらず魔法であって、アドラは魔力遮断を試みているのだ。結果は自明なのではないか。いや、クレナのことだから恐ろしい魔法で障壁を何らかの方法で撃ち抜くのかもしれないが。

 私は固唾を飲んでその結果を見守るしかない。

 クレナは片腕をさっと振り上げて、何気なく振り下ろす。そこに込められた魔力が光の軌跡を描いた。同時にその空間が切り裂かれた。

 さらには切り裂かれた空間が、こじ開けられていく。これはまるで、リンがつかっていた空間魔法。その空間自体が湾曲させられているような、軋みが感じられた。

「あれは、一体何の魔法?」

 まるでわからなくて、私は思わずブルータに訊ねる。しかし彼女にもわからないようだった。黙って首を振るばかり。

「彼女は、私たちとはまるで次元の違う魔法使いです。想像も及ばない何かをしようとしているのかもしれません。おそらく、あの魔法は彼女独自の魔法でしょう」

「たぶん当たってるわ、それ」

 クレナが本気をだすといっているのだから、実際に本気なのだろう。鉄橋都市が吹き飛ばなければいいけれど。

「空間が捻じ曲がって、いく」

 ブルータが呟く。

 彼女が察知しているのは、クレナの無茶な魔力でゆがめられていくこの鉄橋都市という空間。このゆがみに、別の空間を作り出すのが四天王リンの閉鎖空間という魔法だった。

 だが、このゆがみはそれ以上のものだ。ブルータが捕らえられていた牢獄よりも、ずっと大きなものが入りそうなほど、鉄橋都市がゆがんでいく。

「まさか」

 女勇者のクレナは、このまま鉄橋都市をくしゃくしゃに丸めて潰してしまうつもりなのだろうか。実際にそれが可能であったとしても不思議でないし、それが実行されつつあるとしてもおかしくない。

 私たちの身も危ない。こんなに離れているのに!

《ルメル、耳を》

 短い警告が聞こえて、ハッとした。急いで力いっぱいに自分の耳をおさえる。同時に、身体全体が吹き飛ぶような衝撃が突き抜けた。私の身体が、じゃない。ブルータの身体ごとだ。

 ブルータが地面に膝をついてしまい、私は地面に力なく落ちた。肩から落下して、石床に転がる。

 クレナの魔力に耐え切れず、空間が断裂してしまったのだろう。その衝撃が私たちを貫いたのだ。別に私たちを狙って放たれたものでもないというのに、余波だけでこんなにきついなんて。

 これで攻撃されたアドラはどうなってしまったのだろうかと思ったが、それを確かめようと振り返る余裕もない。足元がふらついてしまう。

 しかし私の小さな身体は即座につかみあげられ、ポケットに押し込まれた。ブルータがそうしたのだろう。彼女は走り出し、跳躍して民家の屋根の上に移動する。

 ポケットから顔を出してみると、見晴らしがよくなっている。アドラとクレナの姿もばっちり見えた。

 彼女たちはまだ戦闘を続行している。今の強烈な一撃も、アドラを倒すに至っていないらしい。半魔族のアドラはしっかりと両足で立って、クレナを見ている。衣服の損傷すらない。

「ふぅん」

 何か得心したように、クレナがそんな声をだす。構えすらとらずに余裕ぶっている感じで、いかにも隙だらけだが、アドラはここへ攻め込まない。

「このくらいは耐えると。それならもう少し、きついのをあげる」

 再びクレナの両手に魔力が宿った。

 ここでアドラは動く。両の掌を突き出し、一挙に魔力を放出する。

「水面の……」

 と、私は咄嗟にいいかけたが、最後まで言い終わらないうちに女勇者のクレナが吹き飛ぶ。

 余裕ぶっていたクレナの身体が馬にでも蹴られたような勢いで横に飛び、崩れかかった民家の外壁に衝突する。衝撃で骨が砕けていても不思議でないようなぶつかり方だった。凄まじい攻撃だ。

 アドラは油断なく、倒れこんだクレナを見ている。追撃はひかえて、敵の損傷がどのくらいであるか見ているのかもしれない。

「あれは水面の魔法みたいだけど」

「それはおそらく間違いないかと」

 私の感想に、ブルータも同調する。ブルータもルイとの戦闘でつかったことのある魔法だ。敵の魔法を一部吸収し、自分の魔力をのせて打ち返す、反撃用の魔法。

「先のクレナの魔法を吸収しておいて、すぐに撃ち返さずに待っていたのでしょう。そうしておいて、クレナが魔法の準備に入る一瞬を待っていた。その瞬間に攻撃すればほぼ相手は無力ですから」

「でもアドラは魔力遮断をつかってたんじゃないの。きいたことあるけど、魔力遮断の魔法は術者自身も他の魔法を使えなくなるはずじゃない?」

 ブルータの考えに、私は疑問を投げる。

 理屈から考えても、魔力を一切通さない障壁を作るということは、内側にいる者は魔力を扱うことができなくなるということだ。

「そのあたりはわかりません。なんらかの魔道具の力なのかもしれませんし」

「ああ、そうね」

 私は頷いて、それ以上訊ねない。答えが出そうにないからだ。

 女勇者のクレナはのろのろとした動作でどうにか起き上がろうとしている。死んではいないようだ。

 いかに魔法使いとはいえ普通なら間違いなく死亡しているところなのだが、クレナは生きている。軽口さえ叩いている。

「ま、ぼちぼちというところかな。まあまあの戦略じゃない。私を転ばせるなんて、大したもんよ」

 かなり余裕を見せているが、おそらく右腕を骨折している。だらりと垂れ下がった腕の先から鮮血が滴り落ちているのも見えた。ところが、彼女ときたらそれを治療さえしないのだ。彼女ほどの魔法使いであるのなら治癒術師のフォンハを頼るまでもなくあのくらいの傷は癒せるはずなのにだ。これは治療のための魔法を使う瞬間を、アドラが狙っているとわかっているからだろう。

「こんなんでも一応人間だから、骨も折れるし血も出るわけよ。だから運がよければあんたも私を殺せるかもね。うまいことなんかのはずみで私の首元にナイフでも刺されば、それで終わりなんだから」

 ぺらぺらと喋りながら、クレナが何気なく魔力を右腕に込める。治療を始めるようだ。

 もちろんすかさず、アドラがそこへ魔法を放った。『暗黒の魔法』だ。

 強烈な一撃!

 『直撃の呪文』と異名をとる魔法なのだ。クレナが常時展開している魔法障壁など無視し、肉体を穿つだろう。私はそう思った。

 しかし、バチンと大気を震わせるような破裂音がしただけで、クレナは破壊されない。彼女はスターロッドで魔法を受けたようだ。大陸全てを消し飛ばすほどの魔力を秘めたそれは、強靭な盾となったのだ。

 まさしく反則モノの魔道具だといえる。先ほどの『水面の呪文』だって、これで受けていれば恐らくほぼ無傷だっただろう。そうできなかったのはつまりそれだけアドラの攻撃が不意をついていたということだ。

 しかし今回は防がれてしまった。女勇者のクレナは悠々と自分の傷を癒し、それでもなお余る魔力をもって、アドラに指先を向けた。

 瞬間、放出されたすさまじい衝撃がアドラを吹き飛ばした。

 たったさっき、あれほど時間をかけて空間を断裂させたときの、数倍以上の破壊力がある。周囲の民家は全てなぎ倒され、瓦礫と化して転がり、細かいものは宙へ浮き上がった。

 攻撃された当のアドラは木の葉のように舞い飛び、民家に激突し、外壁を突き破って所在が知れなくなる。

「一体何あれ」

 私は目の前で何が起こったのかを認識できず、目を見開く。常識をはるかに超える魔法だった。

「おそらく、スターロッドをつかったのでしょうが……。ここまでくると非現実的としかいいようがありません」

 魔法にしたって限度がある。そう言いたげにブルータが呟く。私も同意見なのだが、二人して驚いていても始まらない。思考放棄気味のブルータのおかげで、私のほうは少しだけ現実に返る。

「アドラは?」

「生きています。大したダメージもないかと」

「えっ」

 思わず聞き返す。同時に自分でも気配を探るが、瓦礫の中で何かが動いている気配は存在する。あれがアドラだとすると、実に元気だといえる。

 どういう理屈なのだろうか。クレナの攻撃はスターロッドという規格外の反則行為であるとして納得できるにしても、それを受けてピンピンしているアドラについてはもう理解できない。魔力遮断がどうこうという次元ではないはずなのに。

「半魔族ってそんなに頑健なの」

 私はそんなことを思わず呟いていたが、もちろんそんなはずはない。それならブルータもこれまで、もっと怪我が少なくすんでいたはずだ。

 女勇者のクレナも私たちと同じ考えらしく、アドラが瓦礫から出てくるのを見て首を傾げた。

「随分、頑丈なんだね」

 笑いかけるような語調で、そんな言葉をかけている。

 話しかけられたアドラは軽く首を振り、余計な情報を与えない。だが、二人の戦いはそれまでだった。それまで傍観していた勇者ラインが動いたからだ。彼は剣に手をかけつつ、クレナの近くに立った。

 アドラは何も反応しない。彼女としては元々二人と戦っているつもりだったからだろう。しかしクレナは実に不満そうに口を尖らせる。

「何よ、おいしいところだけ持っていくつもり」

「そんな気はないが、君では少し時間がかかりそうだ。ここは任せて、君は休んでいるがいい」

 ラインはすらりと剣を抜き、殺気を放った。

 立ち上がったアドラもこれを察したのか、即座に勇者ラインに向かって飛びかかった。肉弾戦を挑むつもりらしい。

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