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暗殺の青  作者: zan
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22・五里霧中 前編

 少し歩いて、物陰に入る。そこで少し静かに、周辺の魔力を探った。

 結果、確かに魔法道具らしい波動を探知する。未だに陸橋を支え続けているのかもしれない。しかしそれの正確な位置までは割り出せなかった。何か、探知がうまく効いていないのである。

「ここのあたり、ひどく波長が乱れてるみたいね。元々そうだったのかな?」

 私は小さな違和感をおぼえながらも、ブルータに話しかけた。彼女は少し前から閉じていた目を開く。

「たぶん、そうでしょう。これほどの魔法道具です。奪おうと狙う輩が建設当時から存在していたとして不思議ではありません。となれば、ありかを隠すためにこの程度の細工をするのは当然でしょう」

 なるほど、いわれてみればその通りである。しかし私たちにとっては不都合であって、どうにかしなければならない。

 もういっそのこと、権力者らしい人物を探してそいつから聞きだすなどの強引な手段をとってもいいのではないかと思えてきた。何しろ私たちには時間がないし、そうするだけの力もある。ただ、それは最後の手段。魔王軍本部に戻るよりもずっと、ブルータを危険に晒す。それもかなりの長期にわたって。

 だから、なるべく穏便な手をとらなければならないというのに。そいつは私たちの前にやってきたのだ。

 わざと音を立てて、彼女は私たちの前に歩いてきた。地面の砂を靴の底でこするような歩き方をして、私たちの隠れている物陰に近づく。

 すぐにブルータと私は彼女に気付いた。それが誰かもすぐにわかった。

「き、昨日のコック」

「そのようですね……、このまま隠れていても無駄のようですから、出ましょう」

 こちらの居所は割れているものと判断し、ブルータは物陰から通りに出た。彼女の接近はそこで止まり、こちらを見据えてくる。

 昨夜はコック帽で見えなかったが、少し暗い色の髪を短くした大人しそうな顔の女。かなり注意してみなければわからないが、半魔族だ。ブルータのように捻じ曲がった角こそないが、その肌の色は透き通るような白さと彼女から発散する魔力はそれを伝えている。

「私に何か、御用ですか」

 ブルータはフードで顔を隠したまま、訊ねる。コックは軽く首を振った。

「いいえ、大した用件ではないのですが。同族が珍しいので、ご挨拶にと。少し、場所を変えませんか」

 こちらから問いかけすらしないのに彼女は同族と認めて、にこりと笑ってさえみせる。目的を優先するのなら彼女に関わっている暇はないのだが、そういうわけにはいかなそうだ。


 促されるままにコックの後について歩くと、ベンチが見えた。

 しかしそれがあるのは落下防止の柵が設けられた町の端、柵の外はもう断崖絶壁、落ちれば即死だろうというところだ。コックはそこに気負いなく腰掛けてしまった。ブルータは立ったまま、彼女とある程度の距離を置いている。

「私はここでアドラと名乗っているコックで、あなたと同族です。そんなに警戒しなくてもいいですよ。こんな田舎町に何をしにきたのか、それを聞かせてもらえれば」

 アドラ、という名前らしいコックは緩やかに笑ったが、目をブルータからそらしてはいなかった。

 警戒をしなくてもいいと言ったくせに、当人はこちらを警戒しっぱなしなのだ。笑うべきところだろうか。いいや、ここはそんなことを考えている場合ではない。多分、戦闘になる。私はこのアドラを場合によっては始末しなければならないと思う。

 彼女は自分から、ブルータと同族だと話した。つまり、半魔族だということを明かしたのだ。

 ハーフダークと呼ばれ、蔑まれる半魔族。もしブルータがそうでなかったら、唾を吐かれても不思議でない。しかしブルータはそれで警戒心をわずかに緩めたようだ。

「魔王軍の本部周辺に張られた結界を突破するために、この都市にある魔道具を拝借しにきました。時間がありませんので、急いでいます」

 目的は多少ぼかしつつも、正直なところをこたえる。

 ここでごまかしが通用するとは思えないからそれは別に構わないが、やはりアドラは敵対的な表情に変わる。さらには腰から何やら怪しい短杖を取り出した。せっかく、半魔族と自ら明かすくらいにはこちらに心を開いていたのに。

 魔道具、には違いないがスターロッドに匹敵するようなものではなさそうだ。おそらくは私やバロックが持っていた杖よりも劣るだろう。

「私は魔王軍の味方でもないし、人間たちに与するものでもありません。しかし、この鉄橋都市から魔道具を持ち出すことは許せません。どうしてもというのであれば、貴方を排除しなければなりますまい」

 短杖をぐっと握り締め、彼女はそれでこちらを示す。特に魔法を練ってはいないが、その仕草は彼女の決意を私たちに確かに伝えてくる。

 どういう事情があるのかはわからないが、このアドラという半魔族は魔道具を守る意志があり、それはとても堅い。しかも、彼女の裏をかいて盗み出すということも難しそうだ。隠れているこちらをあっけなく発見するほど、アドラは目ざとく、鋭敏であるらしいから。

 やはり戦って倒すしかない。私はそう決意したが、ブルータは軽く首を振った。

「そうですか。私としては無益な争いを避けたいと考えています。私たちに話し合いの余地が残されていないとは考えられませんが」

「ではあなたたちの事情をまず、聞きましょうか。それと、立っていては疲れるでしょうから、ここへお座りください」

「いいえ、ここで結構です」

 ベンチに腰掛けるように促されるも、これを拒否する。

「私たちはただ、人を探しているだけです。そのためには魔王軍の防壁が邪魔で、これを乗り越えたい。それだけです」

「ああ、防壁というのは近頃張られた魔王軍本部の大結界のことですか」

「おそらく、それのことだと思います」

 多分、間違いないだろう。他にアドラが知るような結界があるとは思えなかった。

「そんなところに人がいるとは思えませんが。そのような理屈で私が魔道具を差し出すとお考えではないでしょう」

「強奪したいわけではありません。少しの間借り受けるだけです」

「借り受けるというのは」

 アドラが少し怒ったような口調で言いかけ、言葉を途切れさせる。続きは言わなかった。

「何か?」

 彼女の怒りを無視し、ブルータが続きを促した。だが彼女は大したことを口にしない。

「いいえ、話は終わりです。私は貴方になんの助言も与えない。ただ貴方がこの会話に懲りず、魔道具を持ち出すというなら全力で妨害する。同族だからと手加減をすることはない、塵と化してでも」

 そうしてアドラという半魔族は去った。私たちの攻撃など想定しない様子で、すたすたと歩み去ってしまったのである。

 ブルータはその背中に攻撃もかけない。アドラを見送った。

「鉄橋都市から魔道具を持ち出して欲しくない理由があるようですね」

 すっかり彼女が見えなくなってからブルータが呟いたが、そのくらいは私にも想像がつく。それが何なのかはわからないけれど。

 半魔族のアドラは、私たちと敵対することになるようだ。

「私たちは私たちの理由がありますから、引き続き魔道具を探しましょう。その結果、アドラと戦うことになってもそれは仕方ありません」

「そうね」

 多分彼女は、同じ半魔族のブルータに興味を抱いて接近してきたのだろう。とはいえ、それは争いを回避するほどの理由にはならない。

 恐らくアドラは私たちが探しているものの在処を知っているだろうが、教えてはくれそうにない。彼女は先回りして、私たちを待ち構えるだろう。

 地道に魔力を探りながらいくしかなさそうだ。


 その恐ろしい気配に気付いたのは、ブルータが先だった。

 おそらく魔道具はアドラが丁寧な幻惑魔法で隠しているのだろうという考えの下、少しずつ場所を絞っていたときだ。彼女は即座に隠遁の魔法をかけなおし、この町の出口に向かって急ぎ足に移動し始めたのだった。

「どうしたの」

 と訊ねると同時に、私もそれを察知する。これは、レイティの記憶の中で察知したことのある気配だ。

 今恐らく、私たちが最も会いたくない者。勇者だ。しかもどうやら一人ではないらしい。二人。

「もう既に近くにいるようです」

 ブルータが私の問いに答えた。私はそれに頷く。

「一応確認するけど、これってやっぱり」

「勇者たちですね」

 足を止めず、ブルータはこたえた。

「逃げなければなりません」

 しかしながらその言葉が終わるかどうかというところで、彼女の足が止まる。轟音が聞こえたからだ。

 耳が痛くなるような強烈な音だった。それも一瞬ではなく。ズズズと地鳴りのように響き続けていた。地鳴り、というよりはむしろ鉄を引きずるような、ねじ切れるような、軋むような。そんな音が混ざり合い、激しく大きなものとなって私たちの鼓膜を打つのだ。

 おそらく、鉄橋が落ちている。落ちていないにしても、破損させられている。

 町の象徴とも言うべき鉄橋が、そのような被害にあっているということが容易に想像できるような騒音が、その場に突き抜けているのだ。

 ブルータは踵を返した。勇者がここにやってきているというのに、逃げることをやめた。

「勇者たちはどうする気なのよ」

「しかし、放置しては魔道具が破壊されるかもしれません」

 そうなっては母親の手かがりが失われるかもしれないので、ブルータは戻ろうとしているらしい。だが勇者の強さは恐ろしい。あのホウの上をいくほどの強さがあり、魔王軍の艦隊を一人で撃滅するほどである。


 勇者たちはそこにいる。

 鉄橋の上に立っていた。見張りをしていた兵士は追い払われたのかいない。鉄橋には大穴が開き、傾いている。崩れた支えは全体を維持できずに、風に揺れ動きながら少しずつ崩壊を進めていく。

 そうした様子を彼らは見ていたのだった。

 血のにおいがするのは、おそらく勇者ライン。もう一人そこにいる女勇者のクレナは、笑いながら崩壊する橋を見ているようだ。

「さすがに鉄の橋というだけある。私の魔法でも落ちないなんて」

「お前は短絡的でいいな。おかしいとは少しも思わないのか? 橋のこちら側にも住人がいる」

 ラインが振り返ったが、特にこちらの気配に気付いたということではないようだ。すぐに橋に目を戻してしまった。

 彼らはどうやら、橋を完全に破壊する目的でいるようだ。ラインの指摘に対し、クレナは首をかしげている。

「ああ、そう言われてみれば。まぁでも関係ないでしょう、私たちは受けた依頼の通りにこなすだけ。ちゃんと結界をつくっておいたから、こちら側に人が残されていたとしてもそんなに心配することないんじゃない」

「そうかもしれないが、結界があるということは誰もここから逃げられないということだぞ」

「私たちがここにいるのに、誰がここから逃げる必要があるって。そうしたいのは、たぶん私たちの敵だけ」

 女勇者のクレナは笑った。

 さらにもう一度鉄橋に向けて手のひらを向け、魔法を放つ。高熱を放つ魔法だった。しかも、ただの高熱魔法ではない。鉄をも寸断する、超高熱だった。

 それがとどめになり、都市を象徴する大鉄橋は完全に破壊された。轟音と共に、鉄橋は川底に落ちていく。

 彼らはなぜこのような行いをしているのだろうか。やはり、くだんの魔道具を手に入れようとしているからだろうか。それともクレナの言葉にあったように、誰かから破壊するようにいわれたのだろうか。

 しかしいずれにしても、鉄橋を支えているはずの魔道具は、鉄橋と共に川底に沈んだのではないだろうか。

 私が心配をしていると、勇者たちのところへ一つの小さな影が舞い降りた。アドラだ。

「あなたたちは魔道具を持ち出すつもりですね」

 彼女は登場するなり、そのように決めつけたのだった。

 半魔族のアドラは建物の屋上に潜んでいたらしい。そこで勇者たちが何をしているのかを見て、そして鉄橋が崩壊するに至って姿を見せたのだ。

 アドラは鉄橋自体を破壊されることよりも、魔道具を持ち出されることを防ぎたいようだ。彼女にとって、魔道具はそれほどのものなのだろうか。

 私はてっきり、魔道具を持ち出されると鉄橋が自壊してしまうかもしれないので守っているのかと考えていた。だが、それは間違いだったらしい。ではなぜアドラは魔道具を守ろうとしているのか。

「半魔族か」

 さすがに勇者ラインは一目でアドラの正体を見破った。剣に手をかけて、戦闘に備えている。アドラは土色の髪の勇者に対してもおそれをみせず、堂々としている。

「鉄橋を破壊したことは別にかまいませんが、魔道具をこの鉄橋都市から持ち出すことは認められません。お帰りください」

 はっきりとそう宣言したのだった。しかしクレナがこれを拒否する。

「あの厄介な防壁を壊すのに、ちょっと借りるだけ。ちゃんと返すから、別にいいでしょう。どこにあるのか教えてくれたら、痛い目をみないですむと思うけど」

 言葉は丁寧だが脅迫に近い。アドラが激昂した。

「恐れ入りますが、死んでいただけますか」

 さっと手を挙げた。同時に大地が爆ぜる。

 石で舗装されていた道が砕け、亀裂から炎を吹き上げた。『地裂の呪文』と呼ばれる上級魔法だ。まともに食らっていれば、勇者とてただではすまないだろう。

 今の魔法で町全体が揺れる。鉄橋都市の住人で、この騒ぎに気付かない者はおそらく誰一人いないだろう。

 勇者たちは咄嗟の『飛翔の呪文』で空に逃げているので無傷。しかし即座にアドラは追撃をかけた。左手を力強く振りぬき、空間に赤い傷跡を残す。『炸裂の呪文』だ。

 アドラが放った魔法の光弾はゆるやかな曲線を描きながら勇者たちに向かって飛び、彼らを撃つ。

「しっ」

 クレナが舌打ちをしながら障壁魔法を展開し、これを防ぐ。

「上級魔法を余裕で防いでいるみたいだけど、なんなの」

 私は思わずそんな声を出してしまった。女勇者クレナの魔力が規格外のものであるのはわかっていたが、目の前で見せられると驚きを隠すことができなかったのだ。

「よほど、魔法障壁の練りが上手いのでしょう。あるいは、魔力遮断の障壁なのかもしれません」

 ブルータがこたえてくれるが、私は頷けない。あんなのはありえない。

 私でも、ブルータでも、多分二人が力を合わせて障壁を練っても、あんなことはできないのだ。クレナという勇者は、とんでもない規格外だ。

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