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暗殺の青  作者: zan
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21・悪事千里 後編

 休憩しながら飛び続けて、鉄橋都市が見えてきた。少々の嵐にも負けず、頑張って飛んだので非常に疲れた。

 フェリテの姿はとても便利だ。背中の翼は力強く羽ばたけて、向かい風の中も進むことができる。そしてブルータ一人くらいの体は簡単に持ち上げられるくらいに浮く力も強い。

 しかし、今回はとても疲れている。少しばかり頑張りすぎたかもしれない。

 都市が見えてきたので、思わず私は息を吐いた。ブルータは申し訳なさそうにしている。

 早速、人気のないところに降下。完全に下に降りる前に偽装の魔法を使う。ブルータの角を隠して、普通の女の子に見えるように。

 以前はブルータが大怪我をしていたので私が宿をとるなどする必要があったが、今回はその心配がない。妖精の姿に戻った私は、ブルータのフードの中に入り込む。

「路銀には余裕がありますね、休むところを探しましょう」

 ローブのしわをのばし、ほこりを払いながらブルータがそんなことをいう。

 そのとおり、ユイやハティのもっていたお金をもらっているので懐が暖かいのである。宿にしばらく泊まっても全く問題ないだろう。

 しかしその前に周辺を見回して妙なものがないか確認しておく。魔王軍の一員とばったり出会ってしまうなんてことは避けておきたい。周囲は夜の帳が下りているが、夜目の利く勇者がいないと決め付けるのはまずい。

 ブルータと私は二人で鉄橋都市の様子を探ってみたが、特に変化があるようには見えない。

 ここは山岳地帯で、大きな谷に鉄橋がかかっている。陸橋というやつだが、これが長大にして雄大。町の象徴となっているというわけだ。鉄橋都市という名前がつくのも当然だといえる。

「鉄橋以外は別に普通の町と変わらないみたいね。宿を探しましょう?」

 さすがに疲労が限界にきている。私はそう提案した。

 しかしながら、ブルータはもう少し探索を続けたいようだ。

「魔道具のありそうなところは、目に付きませんか」

「急ぐ気持ちはわかるけど、後にしましょう。私、結構疲れているのよ。それにブルータだって万全じゃないでしょ」

 目的のために早速動こうとしているブルータをなだめる。いやこれはもちろん、ブルータの身体を気遣ったのだ。確かに私自身だいぶ疲れているが自分が休みたいからこれ以上探索は続けないでおこうなどと思ったわけではない。

「とにかく宿で休まないと、もたないよ」

「そうですね、わかっています。ここにしましょう」

 ブルータは歩き出し、数分も行かないうちに宿を見つけ出した。酒場と一体になったような施設で、一階が酒場で二階が宿という具合である。

 情報収集にも使えるだろうし、別段不具合はない。私は了解し、いいんじゃないとこたえておく。

 押し戸を開け、ブルータが酒場に入る。店はそれなりに繁盛していた。テーブルの数も多いし、繁盛しているのだろう。お酒が入っているのか、騒いでいる人たちもいるようだ。

「にぎやかだけど、空いてる席はどこかある?」

 そんなことすら心配になるくらいだった。が、ちゃんと小さめのテーブルが空いていた。

 騒がしい人たちの近くだけれども、つつましく飲食するくらいは大丈夫だろう。情報収集は明日にして、今日は疲れを癒すことにする。

 ブルータが小さな椅子に腰掛けると、若い女性が近寄ってきて何を注文するのかと問いかけてきた。少し癖っ毛の、かわいらしい女の子だ。

 フードの隙間からちらりとメニューらしきものに目をやってみたが、特に目新しいようなものはなかった。なので注文はブルータに一任する。彼女は水といくつかの料理をみつくろって注文したようだ。

「そう、飲み物は水でいいのね」

 ウェイトレスは確認してきた。これにブルータが頷くが、ウェイトレスは納得せずにミードを勧めてきた。

 彼女の話が正しいなら、近隣の村では養蜂が盛んで、蜂蜜がよくとれるらしい。そのため、ここらでは酒といえばもっぱら蜂蜜酒ミードを指すのだという。

 欠落都市では樹液からつくったシロップが流行ってたくらいなのでどうも嘘くさいが、試してもバチはあたらないだろう。

「私が飲むわ。ブルータ、お願い」

 興味をひかれたので、オススメのミードを飲んでみることにした。ブルータは酒を嫌がっているが、私が飲むぶんにはかまわないだろう。洗脳されていたときのブルータは平気で麦酒エールを飲んでいたが、本来の彼女はそういうものを好まないのかもしれない。

 思ったよりも早くウェイトレスは戻ってきた。ブルータが注文したものはおよそ簡単に調理することができるものばかりではあるが、これほど素早くつくってくるとは考えていなかった。この驚きはブルータも同じだったらしく、彼女はウェイトレスのために銅貨を何枚か差し出す。これに気付いたウェイトレスがにっこり笑って受け取り、胸ポケットに仕舞いこんだ。

「ありがとう、マスターがケチでさ。結構生活きついんだよね」

 軽く笑ったウェイトレスはそんなことを言い、戻っていく。それと入れ違いに調理場から別の女性が姿を見せた。白い衣服に帽子をかぶっているところを見ると、料理は彼女がつくっているらしい。先ほどのウェイトレスは接客に専念しているようだから、チップはむしろ料理人に渡すべきだったかもしれない。

 なんて私が思っている間に、ブルータは何かに気付いたらしい。ちらりとコックを見てから、

《彼女は恐らく、魔法使いです》

 と、そんなことを伝えてきた。私は全くそんなことを考えていなかったのに。

 少しばかり探りをいれてみると、確かに何か感じられる。幾度か魔法を使ったらしい痕跡があった。余剰魔力、魔法の残り滓がそこらを漂っているように見える。

 しかしなぜこんなところに魔法使いがいるのだろう。そして敵がいるとも思えないこの平和な場所で一体何の魔法を使うことがあったのだろうか。それにこちらを気にしてきたということは、ブルータのわずかな《魔族のにおい》を感じとって確かめにきたということなのだろうか。そうだとすると、とても困る。

 私たちはこの町にある魔道具を盗みに来たのだから、ああいうのに目をつけられてしまうのはまずい。行動の自由が利かなくなってしまう。

 ではどうすればいいのか。

《どうするのよ、ブルータ》

《頭の片隅にとどめておくだけで十分です。放っておきましょう。特に争う必要は感じません》

《じゃなくって。魔道具を盗むつもりなら魔法使いに目をつけられてたらまずいでしょ》

 私はそう説明して、どうにかして彼女の目を欺いておく必要があると言ったのだが、ブルータは涼しい顔をしたままだった。

《警戒するに値するほどの勇者なら、魔王軍から情報が入っているはずです。問題にする必要はないと思います。それに私たちが警戒したところでどうにもならない可能性があります》

 なるほど。そういわれてみれば、確かにそうともいえる。

 しかし私にはあのコックが警戒すべき相手に思えて仕方ない。コックが……本当に?

 私はなぜか、固執している自分に気がついた。ブルータがそう判断したが、おそらくあのコックは魔法使い。当然私たちの邪魔になるから対処を考える必要がある。しかし、彼女の実力も大したことがないと思われるのだからどうにでもなる。私たちのほうをはっきり見たわけでもないし、何かされた気配もない。となれば隠遁の魔法で十分だろう。

 なのに私はこれを気にしていた。

 当のコックはすでに厨房に引っ込んでしまっていて、私たちの前から姿を消しているというのに。

 どうしてこんなに、彼女が気になるんだろう。ブルータも放っておきましょうと言いながら私に報告してくるくらいには気にしているんだ。捨て置けばいいのに、気にかかる。

「食べましょうか、冷めてしまう前に」

 放置するという方針を変えることなくブルータは食事にとりかかる。ナイフとフォークをつかって彼女は器用に食べ進めていく。食べる様子がなんだかかわいらしい。どうせ偽装で隠しているのだから、フードをとって食べればいいのに。

 せっかくきれいなのに、もったいないな。

 私はそんなことを考えながら、彼女の袖口のあたりに隠れながら蜂蜜酒を手にとって味を確かめてみる。悪くはなかった。

「普通ね」

 特別おいしいわけでもないので、そんな感想しか出ない。ブルータはというとお腹が空いているのか、私の声には軽く頷くだけで食べ進めることに集中している。

 考えてみれば今までお腹いっぱい食べる機会なんてそうそうなかったのかもしれない。ホウのところで養生していたときくらいだろうか。あの数日間は思い返してみても楽しかった。ルイもホウもフェリテもいたし、あの憎たらしい小悪魔がいたこと以外は何の問題もなかったんだ。

 勇者ラインが進軍を続けて、魔王軍を打ち滅ぼした後ならまたあんなふうに安らいで暮らしていけるのだろうか。フェリテはいなくなってしまったけれど、ルイは生きているし、ホウもそんなに簡単にやられてしまうとは思えない。

 ああ、またみんなでゆっくりしたい。勇者だの魔王だの、そんなことは私にとってはどうでもいいこと。こんな戦争は早く終わってしまえばいいのに。本当に、あんなふうに静かに楽しく暮らしていけるなら、それが一番いい。そこにもしもフェリテやバロックもいるなら言うことなかったけれど。

 私はどうにもならないことを考えながら、ちびちびと蜂蜜酒を飲んだ。


 ひととおりの料理を楽しんだ私たちは、そのまま酒場の二階にある宿に泊まりこんだ。宿の主人はブルータが一人で宿泊すると聞くなり、なんやかやとお節介を焼いてくるがその全てを断って部屋に入る。

 あてられたのはシンプルな一人部屋だった。簡易寝台とからっぽのクローゼットがある。

 部屋にカギをかけたところで、彼女は窓際に置かれた椅子に深く腰掛けて、息を吐いた。たぶん、疲れているのだろう。

「今日はもう寝た方がいいんじゃない。明日から探すのでも、遅くはないと思う」

 私は彼女の身体を気遣って、そんなふうに提案する。別にお酒を飲んだわけでもないのに、少し眠そうにしているのも気になった。

「私より、ルメルが疲れているのではないですか。今日は、たくさん飛んでくれたのですし」

「別に私は平気だから」

 ブルータの言葉に、私は嘘でこたえた。疲れていないわけではない。しかし、両目をごしごしこすって申し訳なさそうな目をしているブルータを見てしまっては、自分が疲れているなんて言えない。

 彼女をこの戦いに引っ張り出したのは、私なんだから。

 だから私は平気なふりを続けた。多分、こんな嘘をついたところでばれているのだろうけれど。

「わかりました。先に休みますね」

 ブルータは寝台の中に入って、目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてくる。

 明日から魔道具を探して盗みだし、そして魔王軍の結界を破って本部に行く。ブルータの母親の手がかりを探すために。

 それにしても私はどうしてこんなバカな選択をしてしまっているのだろうか。徒労に終わるとわかっていることを、命がけでやろうというのだ。そんな自問もでるというもの。

 しかしそれでも、私はブルータを見捨てられない。だから、彼女と一緒に行くしかない。

 蜂蜜酒はおいしかった。しばらくしてから私も灯かりを消して、ブルータの隣に寝転がった。警戒のために魔法を使っておいたので何かあればわかるだろう。自分は、少し寝ておいた方がいい。


 しかし朝に鳴らないうちにがばっ、と私は跳ね起きた。外はまだ真っ暗なのに。

 とうとう思い当たったからだ。

 どうしてあのコックのことが気にかかったのか。気配を感じたからだ。わずかだけど、あのコックから魔族の気配が、だ!

 正確には魔族じゃない。

 彼女は、半魔族なんだ!

 巧みに誤魔化していたけれど、確かにあれは半魔族の気配。ブルータの近くにいすぎて、感覚が少しおかしくなっていたのかもしれない。こんなことに気づかないなんて。

 どうしよう、と思うけれどもどうしようもない。既に真夜中。ブルータも完全に熟睡している。動きようがなかった。

 しかしながらもう、眠っておこうなんて気にはなれない。焦りが私を苛む。寝かせてくれそうにない。


 翌朝になって私たちは動き出す。

 少しは疲れがとれたはずだがむしろ身体が重くなってしまったように感じるのは、気のせいだろうか。私はブルータの胸ポケットにおさまって、ぐったりしている。小悪魔のレイティよりも働いていないようにも思えるが、すごい倦怠感のせいで全くやる気が湧いてこない。

 もちろんしないといけないことはわかっている。わかっているのだが、どうにもならない。

「鉄橋都市は、なかなか栄えているようですね。お金もあるので、補給をしておきたいです」

「そうね」

 私は少しだけ顔を出してこたえた。ブルータはどうやら通りにある市場にやってきたらしい。町の象徴でもある陸橋から続いている通りだから、かなり道幅は広い。

「特に問題はないようですね」

 市場を歩きながら、ナイフや保存食などを買う。ブルータのいうとおり、特に問題はなかった。あのコックらしい気配も今のところない。

 つまりは例の探し物の気配もないということだ。ううん、そうあっさりとは見つからないものだとはわかっていたが、時間をかけてはいられないのだ。

 どうしたものかと考えていると、例の陸橋近くに差し掛かる。道の真ん中には衛兵が立っているようだ。

「陸橋を使うには、お金がかかるのかもしれません」

「ああ、そうでしょうね。通行料でこの町を潤沢にしてきたのかも」

 こんな辺鄙なところにある鉄橋都市がそれなりに発展してきた理由の一つでもありそうだった。

 しかしこの陸橋こそが魔法道具の在り処としては怪しい。調べないわけにはいかなかった。衛兵たちにマークされない程度に近づいて、魔力の変化を探ってみるも何もない。

「何か感じる?」

「いいえ、何も」

 ブルータも特に手がかりを得られていないようだ。時間をかけてはいられないというのに。

「ただ、この大きな鉄橋自体には多少の魔力を感じます。これが純粋な建設技術のみで建てられたのでないことは確実なようです」

「そうね」

 私は彼女の言葉に頷く。確かに、そうだと思ったからだ。

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