21・悪事千里 中編
魔族の中でも指折りの悪党として知られるハイテとユイ。彼女らを討伐したのがラオとユエだ。
順を追って考えてみると、まずはハイテとユイが人間たちに危害を加える事件がおこる。ラオとユエがそれを止めるために彼らと戦った。戦闘の結果、ハイテは死亡。ユイは封印される。討伐に成功して、ラオたちは凱旋。しかしその後のことは知らない。ハイテという悪魔の名をルイも知っていたのであるから、それほどに人間たちに恐れられていたと考えていいだろう。それを討伐したラオは、四天王の一人になっていてもおかしくはないはずである。なのに、ラオという悪魔の行方はわからない。おまけにユエはただの中級悪魔のように本部で雑務をこなしていた有様である。どうしてこうなったのか、私にはまるでわからなかった。レイティの記憶にはないのかもしれない。そのあたりはどうひねってみても、でてこない。
しかしユイが実際にここにいたということは何らかの原因で封印が解けてしまったのかもしれない。それで再び力を蓄えるべく、イーファをつくってハティを操り、周辺の状況を自分のいいように導こうとしていたのだろう。そのたくらみはこうして潰されたわけだが、さて。
「まあひとまずハティやユイのことはおいとくとして。これからどうするの? ブルータは魔王軍本部まで急ぐってきかないけれど。ルイ、あなたは私たちについてくるつもりなの」
と、私は今後の予定を話してから、ルイに振ってみる。ルイなら今魔王軍本部を目指すということがどれほど危険かわかるだろうし、ブルータを止めてくれるものと信じている。
しかし。
「できればそうしたいのですが、様々な事情があります。今、あなたたちに同行することはできません。私にもすべきことがありますので」
なんてことを、彼女は言ったのだ。私は慌てて、身を乗り出した。
「どこにいくつもりなの、ルイ。魔王軍に戻るつもりじゃないでしょう」
「魔王軍本部に戻るつもりです。が、ブルータと敵対するつもりはありません。もしもまた危険が迫ったなら、私は必ず駆けつけます。今は、しばらく別れておきましょう」
「どうしてそれを信用できるのよ」
私が詰め寄っても、ルイは軽く手を振るだけだった。
「今の私がブルータに同行しても、足を引っ張るだけですから。私はさほど頑丈ではないので、少し休養が必要なのです」
そう言われては私に返す言葉はない。先ほども長剣で突き刺されているし、休養が要るのは確かである。回復魔法もそこまで万能ではないし、何よりルイはある程度の肉体改造こそ受けているが、元はただの人間なのだ。ブルータほどの打たれ強さはない。
大きく息を吐きながらルイは倒れているハティに近づいていく。それから彼の持ち物を探って、何やら確かめている。回復効果のある薬や魔道具を探しているのかもしれない。しかし見つからなかったのか結局は何も持ち出さず、すっと立ち上がってこちらに振り返った。
「それと、ブルータ。あなたがもしも本当に魔王軍本部に行くつもりであるなら、知っていなければならないことがあります。現在の魔王軍はその本部に立ち入ろうとするものに対して強大な結界を張り巡らせ、防御を固めています。その結界をどうにかしない限り、あなたの目的は達せられません」
「結界って?」
初耳だった。魔王軍本部には今まで何のお咎めもなく出入り自由だったのである。今までのブルータは魔王軍に所属していたし、私がくっついていたのも四天王のホウだったので当然だが。しかしいまや勇者が攻め入ってくるのも時間の問題となったので、警備を厳重にしたのかもしれない。
「そうです。ただ侵入を防ぐばかりでなく、領域内を侵そうとするものにたいして痛烈な攻撃を加えます。攻性防壁と呼ぶものもいます。魔王軍に所属しているものでなければ、魔法で転移しても容赦なく攻撃され、弱いものなら炭化します。継続的に攻撃されるので、障壁魔法で防ぎ続けることも難しいでしょう」
その話が本当だとするなら、確かにすごい結界である。無理やりに進入したとしてもそんな具合ではまともに動けないだろうから、すぐに魔王軍に見つかってやられてしまうだろう。こっそり入り込んでさっさと奥を調べ、逃げ出すというような作戦はこれで不可能となってしまった。
しかしそんなすごい結界があるのなら、なぜ今まで起動せずに放置していたのだろうか。それに、これまで誰一人その結界に言及しなかったのか。私は胡散臭さを感じて、問い返す。
「そんなに強烈な結界なの、それって。どうにかして解除できたりしないの」
「シャンさまがその起動を今の今までためらっておられました。ということは、四天王ですら解除に手間取るほどのものであることは間違いなさそうです。我々がどうにかしようとするのは現実的でないと思われます」
「ううん。ダメっぽそうね」
どうもその口ぶりからするとルイもあまり詳しくは知らなさそうだ。が、シャンが起動をためらうとなると彼がつくったのでもないらしい。彼以前の誰かが結界起動式だけつくっていて、今まで使用されずにいた代物と解釈するのが正解だろう。であるなら、結界を突破する方法は非常に限られる。
そのあたりを、ブルータが率直に訊ねた。
「何か、そこを突破する方法はありませんか、ルイ」
「方法というなら、いくらかあります。クレナがもっているスターロッドを奪えばあるいは結界を破壊しうるでしょうし、勇者たちがそれを破るのを待つのも一つの手段でしょう」
「スターロッド?」
「北の洞穴でドラゴンたち護っていた、世界最高の魔法杖です。彼女は腕輪にしているようですが」
限られたいくつかの方法の中でも、最も無理難題といえるような方法をルイが口にする。
女勇者クレナはそのスターロッドを所持して平然としているようなとんでもない魔力をもった女なのだ。戦闘となればそれを容赦なく使ってくるだろうし、今度もうまく足止めできるとは思われない。こちらの手はある程度向こうに知れているし、今度こそこちらが叩き伏せられて一巻の終わりになる予感しかしない。
私としては、勇者たちと戦いたくはないのだった。レイティの記憶で見た勇者ラインはあまりにも強すぎる。フェリテを簡単に翻弄し、魔王軍の海軍の一隊を壊滅させるような敵に対して、いったいどのように自己暗示をかけて立ち向かうべきかわかりはしない。
「そんなものを奪い取れってのは無茶じゃない? 第一、クレナの近くにはラインだっているんでしょう。どうあがいたって無理よ」
「なら、それに匹敵するような魔法武器を手に入れる必要があるでしょう。それさえできれば、結界は破れます」
「そんなのどこにあるって?」
余計に難しくなったようにしか聞こえない。まず探さねばならないし、あるかどうかもわからないときている。四天王ですらてこずるような結界を破壊する魔道具。心当たりがなさすぎる。
どこかで聞いたことはなかったかとうんうん頭をひねってはみるが、やはりでてこない。しかし、ブルータは何か思いついたらしい。人差し指を立てて、こんなことを口にする。
「そういえば魔法使いのアービィが奇妙な魔道具を持ってはいませんでしたか」
「あっ」
そうだ。魔法使いアービィ。クレナの弟子だっていう、彼が持っていた魔道具。フェリテとブルータを焼いたドラゴンブレスを吐き出す強烈な。確かにあれならどんな結界も打ち砕けそうだといえる。
あれは今、どこにあるのだろうか。
「でも、あれって最後に暴走して壊れたんじゃなかったっけ」
考えてみると、確か最後の暴走して以降、その行方は知れない。壊れている可能性が高いが、そうでないとしたら、どこに。私が考えているうちに、今度はルイが意見を述べた。
「魔王軍が回収して、持っている可能性はないでしょうか?」
それはあるかもしれない。というか、最も可能性が高いのはそれだろう。とするなら、持っているのは海軍だろうし、可能性が高いのは。
「広陵都市に駐留している部隊がそのまま抱えているか、まだ現場に壊れたまま落ちてるかってところ?」
「そうだといいのですが、これ以上の推論は無意味だと思います。とにかく行ってみて、探してみるべきでしょう」
ブルータはとにかくドラゴンブレスの魔道具を探す決心をしたようだ。あとは、それを探しているだけの時間的な余裕の問題。
私としては、戦争中の魔王軍本部にブルータを行かせるなんてことは絶対にしたくない。なので、この探しものをしている間に勇者たちが全部終わらせてしまったほうが正直なところありがたい。けれどもそれではブルータが救われない。彼女にとって魔王軍本部の最奥が唯一残された希望の地なのである。
そういう部分を考え出してしまうと、本当にもう。
私はどうしたらいいんだろう。どうしたら、ブルータを。このかわいそうな半魔族の女の子を救ってあげられるのだろう。それがわからない。
ただ一つだけいえるとしたら、ブルータの母親はたぶん魔王軍本部の最奥以外の場所には存在しないだろうということくらいだ。最奥の地にも存在しているという確証は全くとれていないし、彼女を殺害したガイが既に食べてしまっているという可能性も非常に高い。だがその身体が残っているとしたら、もはやそこ以外の場所に保管されているとは考えられない。
ブルータの母親は、四天王のガイに目をつけられるだけの戦力をもっていたのだ。その遺体にもある程度の力が秘められている可能性はある。となれば、魔王復活のための触媒や贄につかわれるかもしれない。となればそうした目的のために『魔王の声』なる女が厳重に保管しているということは十分に考えられる。
と、希望的観測をもつことができる。かなり低い可能性ではあるけれど、ブルータに対して母親と再会するための旅を提言した身としてはこれを頼りにいくしかないのである。
「でも、まさか広陵都市に戻るつもりじゃないでしょう?」
このまま南に行けばそこに着くだろうが、もう完全に魔王軍の海軍が駐留しているはずだ。ノコノコと入っていってしまったらたちまち捕縛されて処刑されてしまうだろう。そこまではされなくとも再び洗脳されて暗殺部隊に戻されるか、より過酷な拷問をうけるかということになるのは間違いない。
とはいえ、アービィが魔道具を使ったのは広陵都市なのだから探すのならそこからということになる。このあたりはどうにかしなければならないだろう。なんらかの方策で姿を隠さなければならないが、それが思いつかない。ガイと戦ったときに隠遁の魔法で隠れていられたのは戦争中だったからで、平時にあんなもので姿を隠した気になっていては確実に見つかってしまう。
「いえ、広陵都市に戻る必要はないでしょう。北に行きます。鉄橋都市を捜索しましょう」
「えっ、どうして」
私は思わず問い返した。ドラゴンブレスの魔道具は誰かが発見して持っていると考えたのだろうか。
「恐らくですが、くだんの魔道具はロナさまが持っています。彼女は欠落都市から鉄橋都市まで一気に攻略するつもりでしょう」
「ああ、前に会ったときそんなこと言ってたような気がする。でも、だからって鉄橋都市にロナがいるとは限らないじゃない。むしろ、海軍の指揮で忙しいでしょう、こないだ欠落都市で会ったときみたいに自分で斥候までやってるタイミングなんて稀でしょう」
「そうですね」
「鉄橋都市で待ってて、魔道具が手に入るの?」
思わず、疑問を出してしまう。魔道具が鉄橋都市にあるだけで、どういう具合にロナが有利になるというのだろうか。ブルータはそれがあると考えているからこそ、鉄橋都市に行こうと言っているのだろうけれど、私にはわからない。
「ロナさまは恐らく鉄橋都市の攻略に魔道具をつかうでしょう。そこで奪い取るしかありません」
「そんなことできるの」
「わかりません。ですが、魔道具を手に入れるならそうするしかないと思います」
ロナは私たちに対してそれほど敵意を露にしているわけではないが、事情を話したところで魔道具を貸してくれるとは思えない。となると、盗むしかないということになる。しかし相手はあのロナなのである。危険きわまる作戦だった。
「勇者はどうするのよ、ブルータ。私たちが鉄橋都市にいる間に、勇者たちが結界を壊してしまうかも」
「彼らが結界を壊すまでに多少の猶予があると思います。鉄橋都市はそれを待っているうちに陥落するでしょう」
「それにしたって」
「そうしなくとも問題ないでしょう」
と、ルイが口を挟んだ。何か思いついたらしい。
ブルータと私が彼女に注目すると、説明を始めた。
「鉄橋都市はあの巨大な橋を建設・維持しています。少なくともあれだけの鉄を加工する技術を人間たちはまだ持ちえていないはずですし、魔法でどうにかするにしても魔法使いの絶対数が少なすぎる。恐らくながら、鉄橋都市には今の話にあった魔道具に匹敵する程度のものが眠っているはずです。それを手に入れれば、結界を砕く一助になるかもしれません」
「なるほど」
私は手を打った。納得の答えだったからである。
しかし、問題はもう一つある。勇者たちが今も進軍中であるということだ。ブルータたちが広陵都市で勇者たちと出会ってからもう随分になる。順調にいっていればそのまま彼らが魔王軍本部に到達するまでもう何日もない。
「そっちも恐らく大丈夫でしょう。勇者ラインたちはあちこちの都市で歓待をうけ、同時に厄介ごとをたのまれているようですから。それに、魔王軍の支配下にある都市に対して何もせずに素通りできるほど、彼らは期待の魔法の効果を軽視してはいないでしょう」
「じゃあ、鉄橋都市に行くことで問題ないと」
ううん。私は少し唸った。できすぎているな、と感じたからだ。
しかし具体的な不安要素が考えつかないのでそれを口に出すのはやめておいた。
「行きましょう、ルメル。来てくれるのですよね?」
ブルータが少し不安そうな目で、私を見る。
おっと、いけない。私はブルータの肩に乗っかり、無理にも笑みを浮かべる。
「もちろん。私はあなたと一緒に行く。お母さんに会わせるって、約束したでしょう」
ブルータは少しすまなさそうな表情をみせたけれども、すぐに笑みをかえしてくれた。うん、そうだ。それでいい。
一方のルイは傷を癒すために魔王軍本部に戻るらしい。つまり、鉄橋都市についてくることはできない。一旦、お別れだ。
「ルイ、気をつけて」
「私の方は何も問題ないです。ブルータ、あなたこそ」
そんな簡単な挨拶を交わしたあと、魔法使いのルイは転移の魔法をもって、その場から去っていった。
私たちは徒歩での移動になる。欠落都市は転送魔法で移動する要件を満たさないし、鉄橋都市には私もブルータも行ったことがない。
しかしたらたらと歩いて移動するわけにもいかないだろう。勇者たちが結界を壊す心配は少なくなったもの、急ぐ必要がなくなったわけではないのだ。盗賊のハティをその場に残したまま、私はフェリテの姿を借りる。
ブルータの身体を抱えて、私たちは北へ飛び立つ。一路、鉄橋都市へ。




