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暗殺の青  作者: zan
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21・悪事千里 前編

 中級悪魔のユイは血だまりに沈み、起き上がってはこない。完全に命を絶たれている。

 盗賊のハティはユイに叩かれた衝撃から立ち直っておらず、倒れこんだままだ。意識不明。

 風の精霊のイーファは私がこの身に取り込み、存在が消え去った。力のある個体ではあったが、魔力に戻されてしまったわけだ。また精霊として生まれ出るにはしばらくかかるだろうし、そうなったとしてもイーファであった記憶など持ち合わせるはずもない。無力化された。

 つまり、ようやく私たちに安全が確保されたということだ。私とブルータ、それに単眼の魔法使いルイの力が合わさり、脅威をはねのけることができたといえる。

「ブルータ、傷は」

 何度となく叩かれ、魔法を打ち込まれたブルータの容態が気になる。私は即座に彼女のところに飛び寄った。彼女は平気なふりをして服のほこりを払っているが、実のところはおそらく痛みもひどいはずだ。

「痛みはありません。少し、疲れたくらいです。私よりも、ルイのことを。それにルメル、あなたも」

「私は別に平気だって。妖精もそんなヤワじゃないよ」

 人の心配をしている場合ではない。ブルータ、あなたは大怪我をしていたはずなのだ。そこへきてあんな相手と戦ってしまったのだ。ハティにイーファ、さらには四天王のリンにも届くような魔法の使い手であるユイ。

 そんな相手と戦って傷つけられてしまったのである。痛くないのだろうか。そんなはずはないと思うが、当人が大丈夫だと念を押す。もしかすると本当に大した傷ではないのかもしれない。

 そのブルータが心配しているルイもそれほど深刻な損傷はなかったようである。彼女はゆっくりとだが起き上がってきて、傷の手当を始めている。長剣はそこらに放り出されていた。

「ルイ、本当にあなたが生きていたことが」

 自分もふらふらなのに、ブルータはルイに声をかけにいく。しかし彼女は簡単に傷の処置を終えるとゆらりと立ち上がって軽く首を振った。わずかな笑みを浮かべている。

「そんな挨拶は抜きにしましょう、ブルータ。私はあなたと友達になった。友達が危ないときに駆けつけるのは、当然のことです。たとえあなたがどのような状況にあろうと、私はあなたのために何かしたかった。そして、こうしてあなたの役に立てた、と思います。それで私は十分満足しています。だから、あらたまって礼を言ってもらう必要はありません」

 単眼の魔術師ルイは、一つしかない目でブルータを見る。まっすぐで、力強い視線。嘘は言ってない。

 たぶん、彼女は本当にブルータを助けるためにここにきている。礼など言って欲しくないというのも本当なのだろう。

「それでも、ありがとう。本当に」

 もちろんブルータがそんなことを言われたくらいで礼を言わないなんてことはない。彼女はしっかりと頭を下げて、感謝を告げている。心底のものだ。私も一緒にお辞儀をしておいた。

 ルイが来てくれなければ、ユイは倒せなかったのである。私も感謝をしてしかるべきである。

 ブルータと私の感謝をルイは素直に受け取った。それから彼女は話を始める。彼女が知っていることをいくつか教えてもらえるようだ。

「情報の交換をしたいのですが、よろしいでしょうか」

「望むところです。しかしルイ、あなたは今までどこに? 勇者と戦ったあとは」

「はい、私は勇者と戦っていました。それこそ、必死で」

 彼女は倒木の上に腰を下ろした。ブルータもそれに倣い、その場に腰を下ろす。荒れに荒れた森の中である。戦いの爪痕として木々があちこちになぎ倒されているので、座るものには事欠かない。薪にも。

 私はブルータが重ねた薪に簡単な魔法で火をつけた。イーファがいなくなったことで嵐の抑制が消えたのか、少しずつ風が強まってきているからだ。しかしそれに気付いたルイが手をかざすと、周囲に防御障壁が展開して風雨を弾き出す。

 防御障壁の中は濡れず、温かい。なかなか快適だ。ブルータは礼を言うように軽く頭を下げて、話の続きを促した。

「結果、どうなったのですか?」

「最終的には逃走に成功しました。ですが、それは私だけの力では無理だったでしょう。助けが入りました」

「誰かが来たのですか?」

「はい」

 それからルイが語ったのは、現在に至るまでの彼女の道のりだった。

 勇者ラインと女勇者クレナの二人と、たった一人で戦っていたルイは全魔法力を注いで足止めを行った。だがラインたちはほどなくルイの動きを見切ってしまい、逆転を許してしまったのだという。

 カイナやヴァレフからは一目置かれるほどの魔術師であり、単身でガイに挑むほどの豪胆さも備える女傑。ルイはそうした人物なのだが、その実力をもってしても勇者二人は強敵。あのとんでもなく強い四天王のホウが恐れるほどの存在なのだから、当然といえば当然だろうか。

 しかし窮地に陥ったルイを助けた存在がある。

 その場にやってきて、女魔法使いクレナの魔力干渉を破壊して逃げた。そんなことをしでかした者がいたというのだ。

 十分時を稼いだと判断したルイはそこで転移の呪文をつかって脱出、勇者たちの追撃をも振り切る。

「誰だったの、それって」

 思わず私は直接的な質問をぶつけてしまう。まずやっていることが実現不可能レベルの難事である。北の洞穴のドラゴンを全滅させ、その秘宝を持ち歩いているような化け物がつくった魔力干渉結界を外から打ち壊しているのだ。明らかに、ドラゴンよりも凶悪な魔力を持ち合わせているということになる。そしてそんな存在がルイを助けるというのも腑に落ちない。

「わかりません、少なくとも私には」

 彼女の答えとしてはそのようなものだったが、ルイは魔王軍に使われているだけの人間である。いくら洗脳されているとはいえ、人間なのだ。転移の魔法を使えるという点で貴重であるが、魔族でもない彼女をわざわざ助けようとするなんて。こんなことをしそうなヒトを、私は一人しか知らない。

 四天王のホウ。彼女であるとすれば納得できる。

 しかし忙しいはずの彼女がそんなところにいるものだろうか。それともこういうことをしかねない、私の知らない悪魔がいるのだろうか。いやもしかすると、この直後あたりにレイティを殺害するリン。彼女が転移に邪魔だったので干渉を破壊したのだろうか。こっちのほうが可能性は高い気がする。

 推理を重ねていても仕方がないので、この問題については保留することとなる。とにかく誰かの助けによって、ルイは勇者たちからどうにか逃げおおせた。しかし重傷を負ってしまったためにブルータとレイティに追いつくことができず、療養のためにそのまま身を隠して傷の回復を待っていたという。

「魔王軍が支配した町にとどまっていました。ある程度の情勢は知っていますが、ようやくあなたに追いつけました」

「そうなの? 私のこととか知ってるの」

「多少でしたら。妖精で、お名前はルメル……間違いありませんか」

「間違ってないよ。私のことは呼び捨てでいいわ。よろしくね、ルイ」

 私は無難な挨拶をすませた。魔王軍本部では基本的にホウの部屋から出られなかった私は彼女と会う機会がなかったのである。この目で見たのは多分初めてなのではないだろうか。

 ルイと少しだけ挨拶がてらに雑談した後、私は倒れているユイの死体を見下ろした。真っ二つに切り裂かれて、血だまりに沈んでいる彼女は間違いなく中級悪魔である。だが、その素性と目的が知れない。

「このユイって悪魔は何者だったのかしら」

「ユエの妹だと名乗っていました。魔王軍の手のものだと思います」

 私の疑問に、ブルータがこたえる。そうだった、確かにユイは「ユエは私の姉だ」と言っていた。

 魔王軍の陸軍総司令である四天王のリン。彼女の補佐を務めるユエ。その妹。

 となれば、魔王軍と大いに関係がある存在だといえる。ユイを殺してしまったことは、すぐに知れてしまうだろう。

「その魔王軍の手のものが、どうして勇者であるハティとつながりをもっていたのでしょうか。ハティの連れていた精霊のことも気にかかりますが」

 ルイがそんなことを言う。私はそれをきいて思い出した。

「あ、それなんだけど」

 イーファを吸収したときに、妙な違和感があったのだ。力を持った精霊を強引に吸収したのでその自我か何かが残滓として違和感になったのかもしれないが、どうもそういう感じではなかった。私はそのことを二人に説明して、意見を求める。

「何かこう、のどにつかえたような感じがあるのよ。これって何かな? イーファが何か私に抵抗したってだけならいいんだけど」

 これにこたえたのはルイだった。

「私が思うに、イーファはおそらくまともな精霊ではなかったのでしょう。ただ土着で地道に力をつけただけの精霊なら魔族と相性が悪いはずで、ユイと手を組みはしなかったでしょう。イーファが彼女とまがりなりにも目的を同じとして行動していたことを考えると、おそらくは」

「おそらくは?」

「イーファという精霊自体を、ユイがつくりだしたのではないでしょうか」

 それは、ちょっと荒唐無稽ではないだろうか。私は一瞬そう思ったのだが、よく考えてみるとそうでもなかった。ユイほどの力を持っているのなら、ある程度精霊たちに干渉して力を与えるくらいはできるのではないだろうか。そして、そこに自分の都合のよいように動いてくれるような命令を組み込むコトだって可能なのではないか。

「つくりだした、ってねえ。でも、それってなんのために?」

 私は自分でも考えながら問いを投げる。しかし、それにもルイがすらすらと答えを述べてしまうのだった。

「つまり、彼女としては盗賊のハティを自由に操りたかった。小さな精霊を彼に押し付けて信用させておき、その実その精霊を操っているのは自分であるという構図になっているとしたなら、辻褄が合うとは思いませんか」

「でも、それはどうして。盗賊のハティなんか操ったって別に何にもならない。だって、ユイはハティよりもずっと強いし。実際にそうしてそこで倒れている彼のことだって、まるで心配しているようには見えなかった」

 そうだ。もしもルイの言っているとおりだとしても、ハティにそこまで利用価値があるとは思われなかった。

 盗賊であり、勇者であるハティを操ったところで得られるものといえば精々、多少のお金だ。そのくらいのものは、ユイにとって価値のあるものではない。

 ルイもこの疑問を解決することはできず、ううんと唸ってしまった。私も考えてみたが、これだといえるような答えが出てこない。だが、ここでそれまで黙っていたブルータが口を開く。 

「ユイは、魔王軍の手のものなのでしょうか?」

 私はポケットから彼女の顔を見上げた。ブルータの視線は倒れているハティに注がれている。盗賊のハティはユイが殴り倒したまま放置されていて、ぴくりとも動いていない。生きてはいるようだが、当分は目覚めないだろう。というより、そのまま死んでしまう可能性が高かった。が、確たる治療の手立てもないので特に気にかけてもいない。

 そんなハティに目をやって、ブルータは言葉を続けた。

「私は四天王のガイに拉致され、シャンのところで洗脳され、リンさまの元で働き、ホウさまに優しくしていただきました。しかし、ユイという悪魔の存在は全く聞いたことがありません。こうして勇者であるハティを操っているのですから、魔王軍の一員であるとしたら相当重要な任務を帯びていると思われます。しかしリンさまから彼女について聞かされたことはありません」

「ん、んん。言われてみれば」

 私はレイティの記憶も含めて色々と思い返してみる。ユエはわかるが、ユイのことは確かにまるでわからない。レイティの記憶の中でわずかにひっかかる部分はあるが、うまく思い出せずにいる。

「古い時代からいる悪魔なのかもしれない。確かに少なくとも今の魔王軍にはいなさそう」

「であるなら、彼女は独立の勢力であったのかもしれません。中級悪魔ではありますが、魔王軍には所属せずにこのあたりで暮らしていたのかも。今となっては確かめようもありませんが、もしかすると魔王軍とは別の勢力として表舞台には出ずに力を蓄えていたのかもしれません。そう考えれば、盗賊のハティを使って人間たちの金貨を集めていたことにも説明はつきます」

 リンのことをさま付けにするのはどうかと思いながら、私はブルータの意見について考えてみる。

 人間たちの社会はいまや、魔王軍によって攻められている。戦争状態だといえる。そこに独立勢力として存在する意味は薄い。何をするにしても、魔族なのだから戦争に巻き込まれる心配のない安全な魔界に引っ込んでいればいいのではないかと思えるのだ。しかしそうしなかった。あるいは、できなかった。

 とすれば、ユイは魔族からも嫌われる存在だったのか。あるいは、ハーフダークのような。

 私はもう一度ユイの死体を見てみたが、無論半魔族である感じはしない。れっきとした中級悪魔だ。どうして彼女は人間が支配するこの地にとどまり、ハティを操る必要があったのだろうか。そうしなければ、このようなところで命を終えることもなかったはずなのに。

「ルメルさん」

 と、ルイが何か思いついたらしい。呼び捨てでいいと言ったのに、なにがしかの遠慮があるのかさん付けだ。初対面で呼び捨てにするほうがおかしいのかもしれないが、私としてはレイティの記憶で散々見てきた相手なので呼び捨てにする以外の選択肢がない。

「ルイ。何かわかったの?」

「ユイは、ユエと姉妹だと言っていたのですね。それで思い当たることがあります。今回の魔王軍侵略以前、といっても十年くらい前のことですが、人間社会を混乱させるために数名の悪魔が入り込んだことがあった、と。ユイはその数名の悪魔のうちの一人。名が記録されています」

「そんなことあったの?」

「はい。私も直接目にしたわけではないので確証があるわけではありませんが。ハイテ、ユイという二名の魔族は名が記録されるほど被害が甚大であったとか。無辜の人や、討伐に向かった戦士たちが数多く亡くなったときいています」

 ほんの十年ほど前に、そんなことがあったらしい。私は全く知らない。その頃だと私はまだバロックとも出会っていない。たぶん、妖精の森にいたのではないだろうか。人間たちのことになんて興味がなかったし、そんな話をきいたことはなかった。

 しかし聞き覚えのある名がルイの口から出たのは聞き逃していない。

 ハイテ。その名前は、確かに覚えがある。何しろ、ブルータの父親だということでフォンハから聞いたのだ。忘れようもない。

「そのハイテとユイは暴れて、どうなったの。誰かが退治したとか?」

「いいえ。そのときは勇者の出現を待たずに魔族は討伐されました。人間の戦士が打ち倒したのではなく、同じ悪魔によって処罰されたとか」

「処罰?」

「はい。そのとき討伐したのが確かラオ、ユエ。この二人のはずですね」

 また新しい名前が出てきたが、これがレイティの記憶が引きずり出した。ラオ。そうだ、ハイテ、ラオ、ユイ、ユエ。この四人だ。

 今の四天王以前に、名を馳せていた悪魔。それも主に、悪名という意味で。特にハイテとユイの二人が人間たちの都市を襲ったことは知られていた。

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