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暗殺の青  作者: zan
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19・是非曲直 中編

 フォンハはあえて突き放して、ブルータに自立を促している。たぶん、彼女なりの優しさ。

 しかしブルータも折れない。それはそうだろう。母親のことを忘れろとか、近寄るなとか、そんなことを大人しく聞けるほどブルータは大人ではない。成長させてもらえなかった。これまでに逆境と苦痛ばかりで、成長などできなかった。

 とはいえここに残るわけにはいかない。彼女自身が死んでしまっては、本当にどうにもならないのだ。フェリテも死んでしまい、ホウの所在もわからない今、本当に彼女を守るのは彼女自身しかいない。

 つまり、そうなるように私が説得するしかない。フォンハよりも私の言葉のほうが届くかもしれないのだ。

「何を考えることがある。さっきから見ていれば、おぬしはどうも短絡的すぎやしないか、ブルータ」

 しかし私が口を開くよりも早く、フォンハが畳み掛けた。

「おぬしは今しかない今しかないと言っておるが、いくら勇者たちが本気を出したとはいえ魔王軍本部がそう簡単に陥落するものか。たった今ロナも本気を見せていただろう。あれは、いざとなれば魔道心を破壊するつもりでおる」

「魔道心?」

 私は聞きなれない単語に、思わず聞き返してしまった。

「なんじゃ、知らんのか」

 その問いに、私は頷く。ブルータも首を振っている。

 ふむ、とフォンハはあご先に指を当ててから説明を始めてくれた。

 それによると魔道心は魔道具の一つで、理性を保てぬ魔物の精神を落ち着かせて、魔力の安定をはかり、知力を与える。ロナは元々、シャンの実験失敗でできた邪悪な粘体生物で、敵も味方も見境なく飲み込む突然変異の化け物であったらしい。それを落ち着かせているのが、魔道心。

 今のロナの、意識。その本体、自我そのものと言っても過言ではないような魔法道具なのだという。

「つまり、ロナは元々敵味方も区別できない化け物で、魔法道具の力でどうにかなってるって。でも、勇者たちが攻めてきたらその魔道具を壊すって言ってるわけ」

 確認するように私が問い直す。するとフォンハはそのとおりだという。

「実に、そのとおり。狂気の化け物に逆戻りしてでも、本部に勇者たちを通さないつもりじゃ。そうなった場合、たとえ勇者たちを撃退したとしても、ロナが元に戻ることはないがな。魔道心を破壊されれば、魔力回路の流れが狂ってしまう。同じ道具を使っても、二度と奴の心は安定せん」

「えっ」

 それって、死ぬのと変わりないのでは。私は思わず、呻いた。

「自分を失うという意味では、同じじゃな」

 フォンハはあくびをしながらこたえた。

 どうしてそんな重大なことを、あたかもどうでもいいことのように言えるのだろうか。

 彼女は軽い調子で言い捨てているけれども、これってつまりロナが死ぬ覚悟をしているってこと。そういうことなのだ。

「本気を見せるって次元じゃない。それって、自爆するってことと変わらないじゃない。フォンハ、それは本当なの。ロナは、本当に自分を殺しても勇者の進撃を止めるつもりでいるの」

「間違いないな。あいつはシャンが生み出し、リンの魔道心で動く怪物。さらにはガイに長年従い、ホウからも気にかけられていた。四天王全てとつながりをもっている。生憎魔王自身とのつながりはないが、そのようなことは瑣末なこと。ロナは、魔王にしたがっているのではない。魔王軍にしたがっているのじゃ」

 リンの、というところをみると。ロナの魔道心はリンが作ったらしい。その割りにはリン自身はロナのことをそれほど気にしていたようには思えないけれども。

「それって何か違うの? 魔王に頭を下げるのと、魔王軍に仕えるのと何が違うの」

「お前にそれはわかるまい。魔王とはいえ個人にすぎん。それを崇拝するのと、付随する組織に愛着をもつのとはまた別の問題じゃ。言ってみれば帰属意識というやつじゃろう」

 フォンハはなにやら難しいことを言っているが、いまひとつ理解が追いつかない。とはいえ、あまり重要でもなさそうだった。

「まあそのへんはいいけど。何が言いたいのよ、結局」

「ロナという悪魔は、自分を魔王軍の一員だと思っている」

「当たり前じゃない、何を言っているの」

「魔王の臣ではなく、魔王軍の一人だと思っているということじゃぞ。仲間のために、なんとしても勇者たちを食い止めるつもりなのじゃろう。あいつの性格からして、率先して動くはずじゃよ。その中にはお前も含まれておるのじゃぞ」

 ブルータを見て、フォンハはハッキリと告げる。

「奴が守るものは魔王ではなく、魔王軍なのじゃからな」

「聞いた? ブルータ」

 私はこれ幸いとばかりに、ブルータに問いかけた。

 今のブルータが焦って魔王軍本部に戻ろうとしているのは、勇者によって本部が壊滅させられる可能性があるからだ。その可能性が低くなってきているのならば、何も問題ない。人間側にも、魔王軍側にも逃げることができる。わざわざここで戦火に巻き込まれる必要などないということだ。

 その要因に顔見知りのロナの死が含まれているのはつらいところではあるけれども、自分たちの命には変えられない。

「ロナが戦ってくれるんだよ。それならあっけなく魔王軍が滅んだりすることはないじゃない。あなたがここで無理して戻ることはないみたい。ゆっくり傷を癒して、それから考えればいいよ。あなたのいうように、お母さんの手がかりが本部にあるとしてもそれは逃げたりしないでしょう」

「いけません」

 しかしブルータの口からは拒絶の言葉が出た。

「ロナさまでは、あの二人を止められません。私が早く、お母さんのところへ行かないと」

「大丈夫だって、フォンハも言ってるじゃない。ロナが本気を出すんだって。フェリテと戦ったときもあんなに強かったのに、あれよりさらに暴れまわるんでしょう。あなたが傷を癒す間くらいは、きっと勇者たちを食い止めるはずだから」

 自分でも相当ひどいことを言っているなという自覚はあった。さっきも少し話をしたわけだし、海軍司令にもなったロナをほとんど見殺しにするようなことを私は平気で口にしている。けれども、これ以外の選択肢はないのだ。

 私はなんとかブルータを説き伏せようと必死に言葉を放つ。

 そうしている間にフォンハも、

「そろそろ戻らねば助手が怒るのでな」

 と言い残して帰っていってしまった。彼女は転移の魔法が使えるのか、随分気楽なものだがこっちはそういうわけにいかない。

 必死の説得が功を奏したのか、ブルータの首を縦に振らせることには成功した。とにかくここから離れなければならないというところにも同意してもらえる。なんとかうまくいった。

 とにかくロナを信じていいということと、ここで無理をしてブルータ自身が身体を壊すようなことになれば母親も悲しむからということで押し切った。何にしても母親のことになるとブルータは頑固なので説得には骨が折れた。

 ところで、フォンハが帰ってしまったので私たちは今、二人きりだ。座り込んだブルータの肩に私がしがみついているだけ。他には、誰もいない。

 今まで忙しく動いており、頼りにもしていたフォンハが消えたことで、何か寂しく感じてしまう。ここに来るまでは別にこれが普通で、なんとも思っていなかったのだが、やってきて半ば強引に合流して半日も経たないうちに何か、仲間になったような錯覚を抱かせた。

 しかしいつまでもここに残っているわけにはいかないし、移動を始めなければならない。

 ブルータの提案によって魔王軍の支配域に引き返すことになってしまったが、そこは私が妥協した点だ。できれば脅威の少ない人間側の支配域に移動したかったのだが、ブルータは少しでも早く魔王軍本部に引き返したいのだろう。どちらにしても半魔族のブルータは迫害されることには違いないが、四天王のリンが作った閉鎖空間を切り破って脱走している身でもある。魔王軍配下の悪魔に見つかればどんな目に遭わされるかわかったものではない。ロナが見逃してくれたのは本当に奇跡のようなことなのだ。

 そんな魔王軍の本部に行こうとしているブルータの考えは狂気としかいえないが、彼女の一命をかけても行かねばならないところである。それに付き合うつもりでいる私自身も相当におかしいが、仕方がないだろう。こんな女の子を一人でそんなところに行かせられない。

 とにかく今は、ここから離れないとまずい。

 私自身の力もかなり戻っているし、今なら地霊から魔力を借りてしばらくフェリテの姿を借りることはできそうだ。


 しかし、しばらく後の私は妖精の姿のままでブルータのローブにもぐりこんでいるだけだった。

 ローブについているフードをことさら深くかぶり、ブルータは森の中を走っている。こうなった原因は一つ、豪雨だ。最初こそ私はフェリテの姿を借り、ブルータを抱えて飛んでいたが、そのうち空が曇って大嵐になった。

 凄まじい嵐で、そのまま飛んでいると吹き飛ばされると判断した私は、仕方なく地上に降りたのである。ここでもまだ、人間の支配域から逃れていない。それどころか次の戦場になりそうなほど、危険な地域だった。仕方なかったとはいえこんなところに降りてしまったのは私のミスだ。

 フードに雨を受け、ずぶ濡れになりながらもブルータは走ってくれている。まだまだ万全ではないし、身体もあちこち痛むはずなのにだ。

「まだしばらく降りそうね。ブルータ、少し休憩しないと。痛むでしょう」

 私はそうやって声をかけるのだが、彼女は首を振っている。

 おそらく魔王軍本部に近づいておきたいのだろう。しかし、無理をしすぎるとかえってよくない。仕方がないので、私はそろそろ精霊たちの声を落ち着いて聞きたいからなどと適当な嘘をついてブルータを押しとどめた。まだまだ危険な場所ではあるが、ブルータの頑張りで戦場になりそうな場所からはかなり離れている。一息つくくらいの余裕はあるはずだ。

「念のために、木の上でちょっと休まない?」

 もう少し休ませたほうがいいと判断した私は、そんな提案をする。彼女も本当は疲れていたのだろう、少し言葉を重ねるとどうにか頷いてくれる。

 かなり走った。隠れていれば少し休むくらいはできるだろう。魔法で保護すれば、人間の兵士たちに見つかるなんてことはない。カイザード将軍のような大物はまずいが、ああした本物の英傑はなかなかいないはずだ。

 そこで私は太い枝の上に屋根をつくった。ロープと適当な小枝、それに落葉やぼろ布でだ。私にもこれくらいはできる。

 屋根の下の枝にブルータを座らせて、マントをかける。少し不安定かもしれないが、そこは半魔族のブルータ。苦もなく落ち着いた姿勢を探し出して、幹にもたれかかる。屋根のおかげで雨もかなり防ぐことができており、悪くはない。

 霧の衣装のおかげで寒さはそれほどでもないが、風が強い。周囲の精霊に命じて少し保護を強くする。目立ちにくくする効果もあるはずだ。

 幸いにして、この嵐の中でも森の精霊たちは元気であり、私に力を貸してくれる。特に風の精霊は大暴れだ。今の彼女たちに話は通じないだろうが、多少は力を弱めてくれるように頼んでみる。これは徒労に終わった。とはいえ、地の精霊の保護は得られたのでかなりマシになった。吹き飛ばされる心配はなく眠れそうだ。

 以前フェリテとともに魔道具の暴走を防いだときは力を貸してくれた風の精霊だが、こっちは今回、だめだった。大嵐に無我夢中になって、存分に力を振るっている。

 今日のところはこのままでいるしかないようだ。少々の風には目をつぶって、休むしかない。雨に濡れても効果を減じない、霧の衣装が本当にありがたかった。

 ブルータと私は、夜まで木の上で休息をとる。

「大丈夫、どこか痛いとかない?」

 すでに日が落ちようとしているし、空は厚く黒い雲が覆っている。精霊の保護と霧の衣装があるとはいえ、既に私たちの周囲は真っ暗だ。人間の目では何もとらえられないだろう。

「傷は少し痛みますが、問題ない範囲です。平気です」

 フードをかぶったままこたえるブルータ。明日晴れたら、このローブも乾かしておきたかった。しかし、なんとかしてもう少し奥に逃げなければ火も使うことができない。

「傷もだけど、風邪とか。濡れてるでしょ、だから訊いてるの」

「いいえ、霧の衣装は問題なく機能しています。保温はされているようで、問題はありません」

 少し荒い息を吐きながら、目を閉じる。問題ないとは言うが、疲労は濃いようだ。

 かくいう私の服もすでにかなり濡れている。びしょびしょで、脱いでしまいたいくらいだった。魔力で構成された妖精の肉体も、即座に乾燥させたり瞬間移動したりするような自由はない。

 申し訳程度に服のすそを絞って水を出し、それから私はブルータの胸ポケットにもぐりこんだ。霧の衣装のおかげで暖かい。

 だいぶ疲れたことだし、私も休んでおく必要がある。

 これから先、やっぱりかなり危険なことになるのだろうなと考えながら目を閉じる。けれども、ブルータがそう望んでいるから仕方がない。あんまりにも、彼女がかわいそうだから。

 昨日の夜のように、自然に落っこちるような感じで眠りに入ろうとしている。それに身をゆだねる一瞬、私は誰かに呼ばれた。

「ん」

 思わず半目を開けて、ポケットから顔を出す。ブルータがこちらを見ている。

「どうかしたの、ブルータ。眠っておかないとダメだよ」

 眠い。私はそれだけ言って寝床に戻ろうとしたが、ブルータは上体を起こしてしまう。もう移動を始めようとするように。

 突然焦って、どうかしてしまったのだろうか。

「何、何。ねえ、ブルー……」

 そこまで言いかけて、私は嵐がやわらいでいることに気づく。うなるような風がほとんど感じられない。

 地の精霊の保護がかかっている私たちには、もうほとんど無風になってるのだ。保護を解いてもらったとしても、大嵐のような状態にはなっていないだろう。

 妙だ、確かに妙だ。あの嵐は一日で過ぎ去るようなものではないはずだった。風の精霊の騒ぎようから考えても明日の朝までは吹き荒れておかしくない。それなのに、こうなっているということは、誰かが精霊の活動に干渉したのだ。

 そんなことができるのは、高位の魔法使いか、勇者。それもただの魔法使いや勇者ではだめだ。四天王クラスの実力者でなければ、あの嵐をこうもおさえられないだろう。暴走に近い状態の精霊をなだめるなんていうのは、よっぽどの力がなければ。妖精である私でさえ無理だったのだから。

「敵です」

 小声で、ブルータがはっきり告げた。

 たぶんそうだろうな、ということは私にもわかっている。

「そうみたいだね。こんなんじゃ戦えないから、逃げなきゃ」

「いえ、すでに居場所を探られています。おそらく、戦うしかありません」

 ブルータは短剣を手にして、すでに魔力を集め始めていた。そんなことをするのは、居場所をここだと教えているようなものだ。要するに、ブルータの見立てでは相手にはもうこちらの居場所が察知されているということらしい。

 私にはまだ敵の姿が見えない。だが、ここは森の中だ。精霊の力を借りることはたやすい。本来なら。

 問題はあの大嵐を鎮めてしまうような相手に、精霊の力がどれほど通用するか実にあやしいというところだ。

 私が周囲を探っている間に、ブルータが乗っていた枝から飛び降りた。彼女のポケットにいた私も一緒に降りたことになる。

「きます」

 ほんの一瞬後、私たちがいたところに細身の男が降り立っていた。額に黒い布を巻き、暗色の服をまとった男。その手には短剣が握られている。

 顔はよく見えないが、それなりに女性うけしそうな顔立ちだとは思った。

「もしかして、あれって」

 私は思わず呟くように言う。ブルータは思念会話でこたえた。

《おそらく、勇者ハティだと思います》

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