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暗殺の青  作者: zan
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18・死灰復燃 中編

 正直言って危なかった。あの場から脱出するだけでも結構な苦労があったのだ。

 私が妖精だからこそ、四天王のガイの死体を魔力に変換吸収することができた。そうでなければ、こうやってフェリテの姿を使ってブルータを持ち運ぶなんてことはできない。

 既に、ガイが討たれたことは何かしらの方法で魔王軍に知れているはずだ。私たちと戦ったということまで伝わっているかどうかはわからないけれども。

 両腕にブルータを抱えながら、背中の羽を開いて飛ぶ。行くあてなんてないけれども、とにかくガイを殺した現場にとどまるのはまずい。

 死霊たちはそりゃあ喜んでいるけれども、重傷を負ったブルータの傷が癒えるわけでもない。私だってガイの身体を無理やり魔力に変換しなければあの場から動けなかったはずだ。

 何とかあの場は脱したけれども、本当にどこにいけばいいのかわからない。もっと北に逃げた方がいいか。

 あるいは、フォンハのところに戻ってみるとか。今後十年治療費はタダでいいとか気前のいい事を言っていたし、フォンハのところでブルータを治療してもらった方がいいのは確かだ。

「どうする、ブルータ」

 私は腕の中でぐったりしているブルータに囁いた。残念ながら返事もない。当たり前か。あれだけの力を振り絞って戦ったのだ。二、三日は目が覚めなくても不思議でない。

 一先ず広陵都市から北に向かっているけれど、アテなんかないのだ。とりあえずどこかで休まないことには、どうしようもない。

 幻術魔法はあまり得意じゃないが、頑張らないと。

 私は魔王軍にまだ支配されていない地域を目指して飛び続けて、日が暮れかける頃にようやく、一つの街に降り立つことができた。

 この都市の名前がまた、ひどいもの。欠落都市。

 広陵都市も地図に乗らないほどの小さなものだったが、それに輪をかけて小さな街だった。魔王軍の支配地域からは離れているが、それでも本気を出して進軍してくれば二日ももたないだろう。

 しかし人々はそんなことを知らない。その日を平然とこなしている。


 そんな欠落都市の端に、私は降り立った。村といってもおかしくないだろう。そのくらいに小さな都市。多分、この都市を占領するために攻めてくるようなことはない。そうするくらいなら、もっと奥にある鉄橋都市を支配する。では魔王軍もこの欠落都市を無視するかといえばそうではない。おそらく、この欠落都市は鉄橋都市に向かう途中にあるからという理由だけで、ついでのように攻め落とされるだろう。

 魔王軍の支配下にはないから、偽装の魔法が必要だ。

 ブルータが半魔族と知れてしまったら、厄介なことになるに違いないから。

 フェリテのようにうまくはないけれど、ブルータの身体に偽装の魔法をかけた。一先ず、角だけでも隠しておかないとまずい。それと、血まみれになっている身体も。

 角と血を隠すために何とか魔法をかけ、自分自身はフェリテの身体からバロックの肉体に変わっておく。途端、抱えたブルータの身体が重くなった。非力なバロックの身体では半魔族のブルータを運ぶのがつらいのだ。

 しかし、ホウやフェリテの身体では目立つ。バロックかブルータ自身の身体を使うしかない。

 私は疲れながらもなんとかブルータの身体を宿屋に運び込んだ。事前に調べていたわけではないが、ちゃんと看板があるのを確認してから降り立ったので、探し回る間ブルータを抱え続けずにすんでいる。さすがに私でもそのくらいの知恵はある。

「えっと、二人で三日くらい……」

 宿の主人にそう言いかけて、私は固まった。

 お金がない。まるっきりない。無一文だ。

「しまった」

 なんて言っても、手遅れ。広陵都市にいる間はフェリテが何もかも出してくれていたのですっかり忘れていた。こんなことなら彼女の持ち物を探って、失敬してくるんだった。ガイのほうは期待できないにしても、フェリテは多分もう少しお金をもっていたに違いないのだから。

 そこに、背後から小さな手が伸びてきた。銀貨が十枚近く、その場に置かれる。

 思わず振り返ると、背丈の小さな女の子がそこにいた。ブルータよりも小さい。彼女の半分くらいの年齢だろうと推測された。

「ありがとう、はどうした」

 私がその子を見つめていると、思わぬ威圧的な声。私はそれにもびっくりしたが、お金をだしてもらったことは間違いないのだから礼は言わねばならないと気付いた。

 というより、こんな女の子にお金をだしてもらうわけにはいかない。どう応えるべきなのか、と思っていると。

「なんじゃ、遠慮しておるのか。お前さんの口付けをいただいたんだから、このくらいはサービスしてやるってことじゃ」

 げっ。

 私はその言葉でやっと気付いた。この女の子は、フォンハだ。治癒術師の死霊、フォンハ!

「なんで、あんたがこんなところに」

「それは後でな。金がないんじゃろう、ここは払ってやるからブルータを早く寝かせてやれ」

 言うとおりだ。ブルータは早く治療してあげたいし、いつまでも抱えているわけにもいかない。

 私たちは二階の一番奥の部屋をとって、そこに入った。

 すぐにブルータを寝台に寝かせる。偽装を解くと、まだ出血が止まっていない。止血処置はしたが、じわじわと血が滲んでいる。

 フォンハが扉を閉めて、カギをかける。即座に偽装を解いた。

 彼女の偽装解除で、ブルータの偽装も解ける。もうブルータを動かす必要はないから、私も妖精の姿に戻った。

「お前たち、ガイを倒したのか」

 フォンハはブルータの服を緩めながらそんなことを訊いてくる。耳が早いこと、もうそんなことを知っているんだ。

「倒したよ、フェリテは」

「死んだのか」

「うん」

 多分もう知っているんだろう。私は頷くだけだった。フォンハはそうか、とだけ言って治療を始めていた。助手は連れてきていないみたいだけれど。

「何をしてる、水を汲んで来い。それと、湯を沸かせ」

「ええっ」

 突然妙なことを指示された。何だっていうんだろう。

「助手がおらんのじゃぞ。少しくらい手伝え」

「わ、わかったよ。水?」

「水と、湯! 魔法でも何でも使え。そっちの器に水、こっちの器に湯を出せ、早くせんか」

 なんてことだろう。確かに私は多少の魔法をつかえるけれども。こんな雑用をさせられるなんて思ってもみなかった。水くらい井戸で汲んできたらいいと思うが、わざわざまた擬態するのは面倒くさいし、どうせお湯も出さないといけない。

 しかし、どっちにしても魔法を使うのだ。私は宿屋の裏手にある井戸水に潜む精霊に呼びかけてみる。

 なかなか清涼な水質らしい。機嫌よく、力を貸してくれそうだ。私は重い窓を身体全体で開き、器を窓枠に置いた。それから水の精霊を引っ張る。

 爽やかな飛沫をあげ、井戸から水が噴出した。一塊だけ。フォンハの用意した器を満たすだけの水。それが意思を持ったように吹き上がって、窓枠に置いた器に飛び込む。あとは普通の水になり、波紋をたたえるだけだ。

 もう一度水の精霊に呼びかけると、今度は部屋の中に置いていた器まで水が飛んでくる。綺麗に水はおさまり、汲んでくる手間は省けた。しかしこちら側の器は湯にする必要があるので、大人しく高温・火炎系の下級魔法をできるだけ小さい威力で使い、じりじりと沸かす。

「さっさと用意せんか、湯が沸いたらこっちの器具を湯につけて消毒しろ。それとブルータの服を早く脱がせろ。傷口が見えん、灯りをもっと用意しろ」

「もう、一度にそんな色々言われても困るだけよ。ゆっくり言って!」

 フォンハの人使いは非常に荒かった。確かに妖精の中には人間の手伝いをするのもいたって聞いたことがあるけれど、そんなことになったのは妖精の歴史が始まって以来非常に希少だ。

 その希少な妖精たちもこんな風にめちゃくちゃに厳しい仕事を押し付けられていたんじゃないかと心配してしまう。

 あわただしく、私は言われるままにフォンハを手伝った。かなり飛び回ってしまった。四天王のガイの身体を吸収して得た魔力は、多分この手伝いだけで枯渇してしまっただろう。そのくらいに疲れた。しかし、治癒術師のフォンハの腕は確かだった。以前から見て知っているが、このときも彼女の治癒術は遺憾なく発揮され、ブルータの傷は丁寧に処理された。私の処置では恐らく何日もかかっていただろうが、この分なら明日には動き出せるというお墨付きを貰った。

 一日くらいそんなに変わらないかもしれないが、それは情勢的な話だ。怪我が治らないということは、それだけブルータが苦痛を感じる時間が長引くということであって、早く治るにこしたことはない。

 フォンハの治癒術は傷口を大まかに処理した後、ブルータ自身の自然治癒力を高めるというものだった。包帯を巻かれたブルータは元のように衣服を整えられて、寝台に横たわっている。

 あわただしい時間を終えて、私はブルータの寝台をちょっと借りてうつぶせになった。前のめりにぶっ倒れたようになりながら、深い息を吐く。

 とても疲れたからだ。もう朝まで起きたくない。

 フォンハはどうしたのかと見れば、部屋にもう一つ用意されている寝台に入って、眠ってしまおうとしている。なんでこんなところにやってきたのかとか、聞きたいことは色々あったけれどももう眠くて身体が動かない。とりあえず全て明日でいい。

 私は目を閉じて、意識が闇へと落ちるのに任せた。すぐに、私は深い眠りに入ったらしい。

 暗い闇の中で時間が過ぎて、たちどころに朝になった。


 日差しがまぶたに刺さって、目が覚める。

 すごい倦怠感。爽やかな朝だっていうのに、頭痛が抜けきらないような。私は両手で頭を抱えながら立ち上がる。カーテンを開けようと思ったが、うまく飛べずによろめいてしまった。

 もう少し寝た方がいいかなと思ったが、下から手が伸びてきて私を叩き落とした。

「きゃあ」

 小さい私は慌てて体勢を立て直そうとしたが、高度が足りない。そのまま寝台に墜落してしまった。最低なことに、顔から落ちた。

「ふ、なんじゃ……ハエでも飛んだのかと思ったぞ」

 ブルータの寝台に墜落した私の隣で、フォンハが起き上がっている。のんきに欠伸などしているが、彼女に叩き落された私は顔を押えながら自分の目が細くなるのを抑制できない。背一杯睨んでいるつもりだが、きいていないみたいだ。

「ふぁあ、まだ少し眠いな。昨夜も頑張ってしまったことだし、ここは一つ若い女と契って、魔力の回復をするか」

 早朝から下劣な話をしながら、フォンハがブルータの寝顔を見つめている。

 もちろん、私が生きている間はそんなことを絶対にさせるわけにはいかない。ひりひりする顔面の痛みをこらえて、私は背一杯虚勢を張り、フォンハに強い視線を送った。やるのなら私を倒してからだ、という意思表示。

「なんじゃ、お前がお相手をするっていうのか。朝から元気じゃな」

「違うってば! ブルータに手をだしたりなんかしないでしょうね、フォンハ。そうだったら私が許さないから」

 どうも身体が小さいせいか、まともに相手をされていないらしい。これでも一応、レイティとブルータを追い詰めたことだってあるのに。見くびられているようで面白くなかった。

「それも悪くないが、まあとにかく着替えさせろ。できれば療養させてやりたいが、そうもいかん。お前たちがガイを殺したせいで、情勢は大きく動きつつあるのじゃぞ」

「な、それってどういうこと? 四天王が一人欠けたくらいで魔王軍は傾いたりしないでしょう」

 フォンハの言葉に、慌てた。

 確かにガイは強かったが、副官のロナは生き残っている。彼女でも十分に魔王軍は機能するものだと私は考えていた。情勢が大きく動く、切欠になるだなんてことを想像もしていない。

「とにかくここを出るぞ、戦火がいつ拡大するかもしれん。人間側にするか悪魔側にするか判断は任せるが、もっと奥に進まねばなるまい。こんな前線に近いところではおちおち休むこともできんぞ、多分な」

「具体的にどうなってるってわけ?」

「ガイが死んだってのはもう人間たちにも伝わってるってことじゃ。さすがにお前たちが倒したということにはなっとらんが、さすが勇者様、とばかりにラインが持ち上げられてな。主だった軍隊が反攻に転じようと計画を練っておる」

 どうやら今まで以上に戦いが激化するということらしい。

 ガイが死んだからといって、海軍が壊滅したわけでもないのに。四天王という存在が、人間にとってそれほど強大な魔王軍の象徴だったということなのかもしれない。確かにガイはとんでもない強さだったが、四天王はあと三人も残っている。ホウとリンはどうなったのかわからないが、死んだということはないだろう。シャンは魔王軍本部にいるはずだ。

 勇者ラインと女勇者のクレナがやってきたとしても、四天王が三人そろっていれば撃退することも不可能ではない。

「なんだか単純な考えだと思うけど」

「人間なんてそんなもんじゃ。全体的にかなり追い詰められておるしな。魔王軍の支配下に入った地域は四割をこえるのだぞ」

 残りの六割が魔王軍の手に落ちるのも時間の問題と見られているわけだ。そこへきて、四天王の一角が崩れたとなれば、さすが勇者様、人類の反撃だ、といきり立つのも無理はない。ということらしい。

 四天王の中でも直接的に人間達を襲い、支配し、残虐性が知られていたガイが死んだということも多分大きいのだろう。

 しかし冷静に戦力を分析してみると、魔王軍にもまだまだ戦力はいる。

 まず四天王の残り三名。

 言わずと知れた魔王陸軍総司令のリン。それに匹敵する実力のホウ。策謀と知略のシャン。

 さらに海軍副司令のロナ。今頃はたぶん海軍を必死に指揮しているはずだ。

 次にリンの補佐役となっていた魔王軍つきの中級悪魔のユエ。彼女の実力もかなりあるはずだ。

 それに、勇者と戦って以後行方不明になっている単眼の魔法使いルイも生きていれば脅威になりうる。

 これらの戦力に加えて、「魔王の声」と呼ばれる女性。そして魔王自身。

 忘れがちではあるが、魔王軍を構成している雑兵一人一人をとってみても、人間のそれとは比較にならないほど屈強だ。海軍の慰安に借り出された夜魔たちでさえ、寝込みを襲われれば人間の兵士達の一部隊程度、一夜にして骨抜きにできるはずだ。

 こうした現実が見えていないのか、勇者ならなんとかできると思っているのか。どちらにしても勇者ラインにかかっている期待は大きい。

 とはいえ、確かにあの勇者ラインならこの強大な魔王軍全てを打ち負かしてしまうかもしれない。そういう予想を私もたててしまうほどに、ラインという勇者は凄まじい。

 輪をかけて強そうなのが女勇者のクレナ。あの右腕に巻かれた金属輪だけでも恐ろしい。ホウの話ではそれだけで大陸一つを消し飛ばすほどの魔力があるとか。北の洞穴に棲んでいたドラゴンたちの秘宝。私が聞いた話だと杖のような形ということだったが、クレナは自分が持ちやすいように形状を変えたのかもしれない。

 この二人の勇者の力は、「こちらも四天王がそろえばまず勝てる。私とリンなら、二人でも戦いになると思う」と、ホウが以前言っていた。そのあとに私一人では負けるかもしれないという気弱なことも言っていたので、恐らく冷静な判断だろう。

 とはいえ、勇者たちも経験を積んで力をあげているだろうし、ホウやリンもただ無為に日々を過ごしているわけではない。今のパワーバランスははっきりとわからない。

「で、その持ち上げられた勇者様はどうしてるわけ」

「四天王の一角が勝手に崩れたのじゃ。好機と見たのじゃろうな、本部に攻め入ろうとしていると専らの噂になっておる」

 説明しながらフォンハは服装を整えている。どうやらすぐにでもここを離れたいらしい。

 というより、こいつはいつまで私たちにくっついてくるつもりなのだろうか。そのあたりも聞かなくてはならない。お金を出してもらった以上、あまり邪険にもできないが。

 とりあえずブルータを起こして、この宿を引き払わないと。私は包帯だらけのブルータの頬を叩き、彼女を起こす。


 しばらく後、ブルータは欠落都市の通りを歩いていた。私は彼女の胸ポケットに入っている。周囲を見回すと、いくつかの店が出ているようだ。

 魔法でさっさと別の都市に移動してしまいたいのは確かだが、朝食くらいは買っておこうとフォンハがいうので従っている。

 果物を売る店をみつけたフォンハは、何枚かの銅貨を払って何かの果実を買いこんだ。ブルータの手のひらくらいの大きさで、厚手の皮に覆われている。私の目には珍しいもののように見える。今までこれを食べたことはなかったからだ。

 この果実をフォンハは二つ買って、一つはブルータにくれた。

「ナイフで皮を剥いてな、中の甘いところを齧るのじゃ。なかなかいけるぞ」

 死霊のフォンハは別にものを食べる必要なんてないと思うが、意外にも美食家らしい。それとも生前の記憶か。しかし、自分でも一つ持っているのでやはり食べるつもりなのだろう。

「じゃ、買い物終わったら広場で食べよ。他にも買うものある?」

 実のところ、広陵都市で旅の道具はだいたい揃えてもらったので、これ以上買うものは思い当たらなかった。

 私たちは通りの両脇にならんだお店を見つつ、広場を目指して歩いていく。

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