13・魍魎大系 後編
ブルータは後ろを振り返ることなく走った。周囲の景色が背後に流れていく。
クレナは俺たちに向けて魔法を放とうともがいたようだが、ブルータは全力疾走で振り切った。もはや、戦況がどうなっているのかはわからない。ハーフダークの身体能力に強化魔法をかけておいたおかげで、どうにか勇者から逃げおおせたようだ。
ルイに勇者二人を拘束させておいて、そこにブルータが幻影剣の呪文を振り下ろせば全てが終わっていたような気がしなくもないが、それで終わるほど勇者達も甘くはないだろう。恐らく、全力で逃げて正解だったはずだ。
魔力干渉の内部でもクレナは『転送の魔法』を使っていたが、これによって魔力干渉を行ったのがクレナであることが確実となった。術者だけは干渉の対象外にする方法を聞いたことがあるからだ。
足を止めずに走り続けて、俺たちは都市にたどりついた。闇に紛れて、一気に中に突入する。城塞都市のような厳重な警戒はなかったため、それだけで簡単に内部に入れた。
ここまでくれば、一先ず安心である。この広陵都市の内部には転移の魔法で移動して来れないからだ。クレナが魔法で即座に追いついてくるということはなくなった。
しかし、時間ができたわけではない。ルイが必死に時間稼ぎをしていることには違いない。
俺たちはルイが命を削って稼いだ時間を使っている。無駄遣いしているわけにはいかないのだ。教会を探すべきであった。
標的は司祭と、修道女だ。教会を探せば二人とも見つけることができる。
都市の内部は雑多で、手当たり次第に増築したという感が否めない。中央にある三階建ての建築物は恐らく庁舎と思われるが、そこを中心に必要なものを作りながら都市を広げていったのだろう。そのせいか、中央付近に必要な施設が集中し、後から建てられたものほど外側に追いやられている。
教会は時代が下ってから建てられたらしく、比較的外側にあった。都合のいい事だ。事が終わった後、都市の外へ逃げやすい。
手当たり次第の増築による副作用で、広陵都市の通りは整っていないのである。曲がりくねり、うねり、細くなり、太くなっている。中央の庁舎へ物資運搬は面倒なことだろう。都市計画を適当にしてきたツケだ。
そうした次第で、もし教会が中央付近に建っていたなら都市からの脱出に手間取るところだった。
教会の位置を手近な民家の屋根の上から探した後は、そこに向かっていく。霧の衣装を闇の中に揺らしながら、ブルータは民家の屋根を走った。通りを歩くのは、先程言った理由から面倒だからである。目的地まで一直線だ。
ブルータは急ぎのためにほとんど口をきかない。平素から無口な方だが、本当に何も言わなかった。
急ぐあまりにフードがはずれて、髪が夜風になびいた。角は偽装の呪文で消えているので問題ないのだが、民家の屋根を夜中に走っている時点で怪しいので大した意味はない。
結局今回も力押しで司祭たちを殺すしかないようだ。策を考えている時間もない。
教会にたどり着く。位置は都市の中でもかなり外側、南側だった。俺たちは転移場所の都合上、西側から入ったことになる。暗殺が終わったあとはそのまま南から都市を抜けて、そのまま本部に戻ることになるだろう。ルイの転移魔法に比べるとかなり時間はかかるだろうが、魔王軍の支配している都市まで行けば誰かしらに転送の魔法で送ってもらえるだろう。
広陵都市自体がそれほど大きなものでないので、教会もこじんまりとしている。聖堂らしき建物の隣に、居住区らしき小さな建物があるだけだ。
ブルータは屋根伝いに来たため、聖堂の屋根に立っている。標的はこの建物の中にいる可能性が高い。
一先ずブルータをその場に留まらせて、俺はポケットから飛び出した。そのまま聖堂の窓をのぞいてみる。
司祭はそこにいた。修道女もいる。恐らくは彼らがラビル、ソーシャなのだろう。
最奥に高齢の男が控えて、その右脇に若い女が控えている。
男も女も法衣を着込み、決然とした表情でいる。司祭と修道女に間違いないだろう、全く油断の無い戦闘体勢だ。俺も気配を殺しているはずだが、修道女ソーシャの目がこちらを向いたような気がする。あわてて俺は撤退し、ブルータのもとへ戻った。
思念会話でブルータに内部の状況を伝えた。用心されている以上、魔法を使うと感知される可能性が高い。城塞都市でやったように、建物の外から幻影剣の呪文で襲撃するのはうまくいきそうにないと考えられた。
《敵はすでに、私たちがここにいることに気がついていると考えられます。しかし、幻影剣の呪文の射程が長いことを知らない可能性はあります》
ブルータはそんなことを伝えてくる。気を張っているとはいえ、思念会話に使う魔力は微細なものなので感知される可能性は低い。伊達に『密談の魔法』と呼ばれているわけではない。
《いくらなんでもばれているだろう、城塞都市に行ったときにも使ったから、勇者から話を聞いているだろう》
司祭は予言をしたという。おそらくはある程度未来が見えると考えられる。
魔王軍がこれを知っていたら真っ先に狙われていたに違いないが、その危険性を察して念入りに秘匿してきたのだろう。先程ラインが口を滑らせたわけだが、あれは恐らく奴の一世一代の失言だ。
しかしここで黙っていても仕方ない。第一、時間が無いから行くしかない。ルイが死に物狂いで稼いだ時間だ。作戦会議などする時間も惜しかった。
小細工は多分無意味だ。正面から突撃するしかない。
《入り口から堂々と入って、全力で修道女を攻撃しろ。その一撃で絶対に殺すんだ。二対一はもうごめんだ》
《了解》
《その後、全力で司祭を殺せ。何が何でもだ》
《抹殺指令、了解》
指令を出すと、ブルータはすぐに屋根から降りた。すぐにも行動を開始するつもりなのだ。俺は奴のポケットには入らず、聖堂の窓から様子をうかがった。
ブルータだけでは殺せないと判断した場合、俺が魔法を撃つこともできる。
俺は今回、魔道具を持っていた。リンから褒章としてもらってきたものだ。本来はペンダントなのだが、俺の大きさでは人間サイズに調整された装飾具はつけられないため、飾り紐を短くして背負うような格好になっている。あまり見た目がいいとはいえないが、魔道具の効果は欲しいので仕方がない。
この魔道具の効果は単純で、魅惑の効果がある。俺と話をするだけで、全く耐性のない人間や悪魔なら俺がどれだけつっけんどんな態度をとっていても好感を抱くようになるのである。実に俺好みの魔道具だ。リンは開放された宝物庫の中にあったからおすそわけみたいなもんだと言っていたが、褒章のはずである。俺が本来もらえるはずだった褒章は当然別に『魔王の声』から出ているのだが、リンから渡されたそれはあまりにも俺の好みでなかったので、代わりのものもらったというわけである。
余談だが、元々もらえるはずだった褒章は『飛翔の呪文』を封じ込めた杖で、魔力で宙に浮ける俺としては無用のものだった。
魅惑の魔道具は当然ながらそんな杖と違って俺にも有用である。さらに、封じられた魔力を全て使うことで、他者に対して一度だけ抵抗不可能な命令を下すことができるらしい。らしい、というのは使ったことがないからである。使えば魔力を失って役立たずになるというのだから、使用に慎重になるのも当然だ。
その命令を下す効果も、いざともなれば使うことになるかもしれない。勇者に対しても有効であるかは不明だが。言って悪いがたかが魔道具の効果である。それも、リンが簡単に俺に渡すようなもののだ。こいつを使って、ラインに自殺しろと命令したところで効くとは全く思えない。
要するに、この命令効果は忘れてよさそうだ。魅惑の効果だけで十分である。
考え事をしている間に、聖堂の扉が開いた。
ブルータが開けたのは間違いない。だが、聖堂の中の空気はほとんど動かなかった。
ソーシャも、ラビルも、ブルータがやってくることがわかっていたかのように当然のこととして受け止めた。
つまり、何をしてもよいということだ。
俺の命令に従って、ブルータは一気に踏み切って飛んだ。ラビルに向けて、限界まで両手に溜めた魔力を見せつける。それまで静かで震えなかった聖堂の中の空気が一気に動き出す。
ラビルは即座に魔法障壁を展開、ブルータの魔法に備えた。無視された格好のソーシャも限界まで溜め込まれた魔力を引き出し、ブルータのわき腹を鋭く指差す。
ブルータは突撃しながら、左手を伸ばした。
そこから鋭く伸びた幻影の剣が、修道女を突き刺す。司祭を狙っているものとばかり思って、自分の防御をおろそかにしてしまった修道女は、おそらくまだ若かっただろうに、胸元を突き破られて鮮血を吐いた。
修道女が操っていた魔力が、使い手を失ってその場に霧散していく。
司祭が飛び出す。修道女が傷つけられたのを見て、激昂したのか。しかしブルータも左手に幻影剣の呪文を纏ったままだ。そのまま、司祭に向けて左腕を振りぬく。
だが、ラビルは跳躍してかわす。俺が見た限りでは結構な高齢であるはずだが、がんばるものだ。
その手には杖。勇敢にも、打ちかかってくる。
迫ってくるラビルの杖を、ブルータは呆然として見た。避けずにいる。
結果として、まともにそれを受けた。振り下ろされた杖で頭を強く打って、前のめりになる。次いで突きこまれた杖を受け、背後によろめいていく。
反撃をしろ。
俺はすぐさま思念会話でそれをブルータに送ってやった。霧の衣装が泣いているぞ、お前は人形だろうに。最後まで戦わないか。
ラビルは倒れたソーシャにちらりと目をやってから、ブルータを見下ろす。
修道女のソーシャはこちらの狙い通り、一撃で倒されていた。胸元から切り裂かれて、床に崩れ落ちている。おそらくもう動くことはないだろう。
倒れたブルータはのそのそと起き上がった。隙だらけの、どうしようもないほど緩慢な動きでだ。
ルイが稼いだ時間を無駄にするつもりか。俺が出て行くしかないのか。
しかし、ブルータが起き上がるまでラビルも攻撃を仕掛けない。いつの間にか溜めていた魔力も散らしてしまっている。
ブルータはその場に棒立ちとなって、ラビルを見ている。呆然として、動けないでいるようだ。何故なのかは、わからない。
ラビルも杖を持ったまま、ブルータを見ている。攻撃もせず、目を見開いている。何かに気がついたのだろうか。
聖堂の中央で、決して明るくはないその中で、ブルータとラビルは向かい合っていた。
そういえば、ガイの奴が言っていた。面白いものが見れるはず、と。これがその面白いものなのだろうか。そうだとしたら、俺は下手に手を出さないほうがいいかもしれない。
「お前は」
ラビルが口を開いた。驚愕に満ちた声である。
この二人は、もしかすると知り合いなのか。そうだとするなら、ラビルが驚くのも無理はない。
「お前は、ブルータなのか。半魔族の、あのブルータか」
「そうです」
驚いているばかりのラビルに対して、あっけないほど冷淡な声で応じるブルータ。
ブルータが知人に会ったくらいで呆然としてしまうなどとは、俺のほうが驚きだったが。今までこんなことはなかったはずだが、やはりルイに限るのかもしれない。確か洞穴の奥で知人に会ったときも淡々と流していたはずである。殺した後でなにやら立ち尽くしていたようなことはあったが、少なくとも命令がきけなくなるということはなかった。
「お前は、何をしている。魔王軍の手先になったのか。お前の意思なのか。どうして、どうしてだ」
ラビルは困惑していた。
ブルータは複数の質問をされたせいか、少しの間黙ってから答えた。
「今の私は魔王軍陸軍司令リンさまの配下、暗殺部隊の一人です。ここへは、ラビル司祭と修道女ソーシャの暗殺を命じられたのでやってきました」
「私を殺しにきたのか。お前がか」
「そうです」
きっぱりと答えたブルータを、ラビルは見た。困惑し、動揺し、狼狽していた。
ラビルはどうやら、ブルータと親しかったらしい。そうでなければここまでうろたえはしないだろう。
「お前は、花を愛でる優しい子だったではないか。どれほど人から蔑まれようとも、決して人を恨まぬ、争いを好まぬ子だったではないか。どうした。誰がお前を変えた」
「私を変えたのは、魔王軍のシャンさまです。今の私は魔王軍の命令に従うだけの、人形です」
「おお」
ラビルは、嘆くような声を上げた後、両腕を握り締めて歯を食いしばった。それから相変わらず倒れて動かないソーシャを見て、魔力を集めだした。暴力的で、容赦のない集め方だ。瞬く間に彼の両腕が光を放つ。
「戦いを好まぬお前を、魔王軍は洗脳で戦場に引き出したのか!」
ブルータは答えなかった。しかし、ようやく自分の仕事を思い出したのか、こちらも魔力を集めだした。
怒りに燃えているらしいラビルは、溜めた魔力を魔法へと変換しながら叫ぶ。
「私は悪魔たちを、危険なものとは思っていなかった。その昔には我々と同じ姿だったのだからな! 魔界の瘴気の中で姿は変われども、その心は人間と同じだと私は信じていた! 勇者たちにも和平の道を探すようにと説いたが、おお、魔王軍よ。お前たちはそこまで腐り果てたか!」
悪魔が昔は人間と同じ姿だった。ラビルはそんなことを今、言った。
しかし俺の常識ではそんなことは信じられない。悪魔は人間よりもはるかに強いし、魔力も高いものが多い。第一、魔界の瘴気の中で姿が変わったというが、それだけでこんな多種多様な悪魔が生まれ出るはずがない。
まったく死ぬ間際までいい加減なことを言ってくれる。予言者の癖に。
俺は熱で窓を少しだけ溶かし、カギを開けて中に忍び込んだ。小さな俺のことなど、ラビルは気付かない。
「ブルータ、お前にも辛い思いをさせてしまった。今、救ってやる」
悲しみと怒りと、よくわからない感情で震えているラビルの目から、涙が流れている。ブルータはそれを見ても、何もいわない。ただ、身構えた。
どうやら知人であるからという理由で呆然とするのはもうやめたらしい。俺は思念会話でブルータに指示を飛ばした。
《お前の全力で、奴を殺せ》
《そのつもりです》
近距離からの勝負が始まった。
先に仕掛けたのはラビルで、杖を振り回した。ブルータはそれを背後に下がってかわす。
ラビルはさらに追撃、右手一本で杖を打ち込んでくる。ブルータがそれを左手にもったナイフで受ける。
両者はすかさず、同時に空いた片手で互いを指差し、魔法を発動する。
その結果、同時にラビルが発動したはずの、破壊魔法が発動しない。
ブルータの発動した魔法が、『水面の魔法』だったからだ。ラビルの放った魔法の一部を吸収して、打ち返す魔法だ。吸収した魔法は、『地脈の魔法』だ。即座に右手から解放。
ところが、ラビルは多少足を踏ん張っただけでそこにとどまった。魔法障壁の呪文がまだ有効なのだろうが、かなり強烈な障壁のようだ。上級呪文であるはずの『地脈の魔法』で貫けないとは。
そこで俺の出番である。隠れていた俺は、ここぞとばかりにラビルの背後から『黒矢の呪文』を放った。




