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暗殺の青  作者: zan
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1・少女人形 後編

 ホウは、自分の部屋に向かっているようだ。治療室の寝台に寝かせておけばいいのではないか。そう言ってみたのだが、奴はそれを受け付けなかった。治療室の寝台は重傷の者だけが寝てもいいのだと。

 結局、ホウの部屋の寝台にブルータは寝かせられた。纏っていた暗色のローブは脱がせられ、下着だけで寝台の中だ。これから厄介な、それもおそらく暗殺任務を多数受けることになるというのに、それも知らずに夢の中か。俺はブルータの寝顔を見ながらため息をつくのだった。

「随分疲れているようだな、この子は。シャンめ、相当な促成栽培にかけたな」

 ブルータの着ていたローブをたたみながら、ホウもため息をついている。俺のものとは性質の違うものらしいが。

「そのへんはしらねえよ、俺は今日、シャンからもらいうけただけだからな」

「わかっている。だがな、今後はこういうことのないようにしてもらいたい」

「ホウには関係ないことだろ」

 四天王とはいえ、ホウが俺とブルータのことに口を出すいわれはないはずだった。だが、ホウは食い下がる。

「関係がないことはない。お前の勝手で、この子が欠けるようなことになるなら、弾劾してやるからな」

「ひでえ話だ」

「言ってろ。配属の日くらい綺麗な服を着せてやろうとは思わないのか、レイティ。いきなり汚してしまって、悪いと思わないか」

「ああ、はいはい。耳が痛い話ですなあ」

 俺はてきとうに聞き流しながら、腕を振る。ホウは部下を呼びつけて、ブルータのローブを預けた。どうやら、洗濯させるらしい。

「リンとシャンがやってる会議ってのは、やっぱり進軍のことについてなのか?」

 ホウの頭上に座り込み、俺は問いかける。本気で気になっているわけではない。ただの会話だ。

「そうだろう。会議を開くような重大なことが、他にないからな。どこぞの誰かに対する弾劾会議なんてことも考えられるが」

「俺のことじゃないだろう」

「わからんよ、お前はちょっと有名だからな。悪戯が過ぎるんだよ、いい歳の癖して」

 薄く笑いながら、ホウは手近な椅子に座り込んだ。その目線は、ブルータの顔に注がれているようだ。もちろん、寝ているブルータは微動だにしない。疲れた顔のまま眠っている。

「なあホウ。もしかしてこの女のこと何か知っているのか?」

「何を言っている」

「なんか、やたらに甘い気がしてなあ」

「気のせいだ。と言いたいところだが、まあそう見えるだろうな。私は、か弱い女の子には優しいからな」

 ホウは笑っている。頭上にいる俺からはその表情が見えないが、どことなく力のない笑い声に聞こえる。もしかすると、拉致されてきたという、このハーフダークに同情していたのかもしれない。

 リンならこういうことはしないだろう。シャンだってしない。四天王の中でも、ホウはもっとも優しい性格だ。情け深いというだけではない。投降してきた人間の戦士を見逃して、解放してやったことも一度や二度ではないと聞く。とはいえ、そういうところが今まで問題にならなかったわけではなく、今日の重大会議に招聘されていないことも、そのあたりが関係していると考えられる。

 それでも俺がホウを四天王に選んだ理由、そのひとつは実力だ。その一点のみでも、俺は彼女を四天王に選んでいただろう。要するに強い。べらぼうな強さだ。空中での強さは勿論、地上でもその身のこなしと魔力は驚異的だ。圧倒的魔力を持つリンと対峙しても全く見劣りしない。

「ホウは俺たちのことを何か聞かされていないのか」

「何も。まあいいんじゃないか、私はどうせ爪弾きにされるのが常だからな」

「爪弾きねえ」

 俺は頬を掻いた。

「それでもあんたの実力は証明済みだ。魔王軍の誰もが、あんたの力は認めている。重大な会議からのけものにされてることに、抗議の一つや二つはできるんじゃないか、その気になれば」

「余計なお世話だよ、レイティ。私が認められているのは、力だけだ。雑兵とは言わないが、兵卒としてだらだらしてるくらいが丁度いいんじゃないか、私には」

 そう言いながら、ホウは立ち上がってしまう。俺はバランスを崩して彼女の頭から落ちそうになった。

「いきなり動かないでくれよ」

「せっかく寝ているんだ、近くでぺらぺらとお喋りしちゃ悪いだろう。場所を変えよう」

 それはそうかもしれないが、一言くらいあってもいいだろう。ブルータだったら叩いてやっているところだが、ホウが相手ではそういうわけにいかない。俺は舌打ちだけをしておいた。

 俺たちは部屋を出ていき、ブルータは何も知らずに眠り続けている。


 リンがえらく怒った勢いでやってきたのは、それから数十分も経った頃だろうか。俺とホウは、テラスのあたりで椅子に座り込んで他愛もない話をしていたのだが、そこへ全速力で走りこんできた。一体何があったのか、と訊く間もなく彼女は怒鳴る。

「ホウ! こんなところで油を売っているんじゃない。お前までなんだ、会議を放り出して遊び呆けて」

 どうやら、リンはホウを探していたらしい。彼女の頭の上に乗っていた俺は、あまりのリンの迫力にひるみ、そこから転げ落ちてしまった。だが、ホウは落ち着いたものでまるで動じずに言い返す。

「油は売っていない。特に召喚もうけていない。どうした」

 非常に冷淡な返答だ。ホウにはホウの言い分があるらしい。確かに先ほど、彼女は会議に呼ばれていないと言っていた。

「そんなはずはないだろう、主だった上級悪魔には招集をかけたはずだ」

「聞いていないな。例によって私は除け者にされているのかと思っていた。しかし、その会議は随分と早く終わったものだな、リン。聞いた話では結構重要なことを決定する会議だったんだろう」

「ああ、そりゃ早く終わりもするだろうさ。たったの五人しか出席していないのではな。全くやる気が感じられん、こんな調子で攻め込んで人間社会を蹂躙しようなんて本気で思っているのか」

「迅速にことが進むのはありがたかろうよ。それで、どうなったんだ。私を探していたのは、その会議の結果を教えてくれようというんじゃないのか」

 リンは激昂している様子だが、ホウはそれに怯むことなく淡々と応対している。このあたりは、さすがに四天王といえるだろう。

「そのとおりだが、大体は事前に決まっていたことが確認されただけだ。私が陸軍司令、ガイが海軍司令となることが決定された」

「シャンは?」

「参謀部だ。総司令の元から指示を下してくる、戦略的なところでな。私はそれを戦術的に各師団、部隊に指示して行く」

「それはご苦労なことだ。せいぜい頑張ってくれ」

 まるで他人事のように、ホウはそう言う。当然ながら、リンが怒った。

「お前も頑張るんだろうが!」

「なら、私はどこに組み込まれたんだ。君の下か?」

「違う、お前は諜報部だ。お前のところにもシャンから指示がくる」

「諜報か。好きにやっていいんだろうね」

 ホウは大きな黒い翼をまげて、自分の口元を隠した。もちろん隠した口元は、笑っているのだ。

「構わん。成果さえあげられればな。それと、レイティ!」

「あ、ああ」

 突然怒鳴りつけられて、俺は思わず背筋を伸ばしてしまう。リンは美人だが、怖い。

「お前はとりあえず私の下に入れ。例の娘はどこにいる? シャンがお前に預けたあのハーフダークだ」

「ブルータのことか。あいつは今ちょっと休んでるよ」

 リンの下なら、まあ悪くはないな。大体予想していたとおりだが。俺としてもシャンの下で働くよりはリンの下のほうがいい。もちろん、ジジイよりも美女のほうがいいという理由でだ。

「なぜ休んでいる」

「電撃に撃たれたからだ。レイティが躾と称して撃ち込んだ」

 ホウが余計なことを言ってくれる。俺は急いでその場から逃げ出そうとしたが、物凄い速さでリンが魔力を練ったのでその足を止めた。

「今足を止めたのは正解だぞレイティ。無駄に味方を殺傷するのはいただけない」

 凍りつくほど鋭い声で、リンが俺に厳しく言い放つ。俺は冷や汗が吹き出るのを押えられなかった。今足を止めなかったらどうなっていたのだろうか。

「とにかく、今後は控えろ。シャンがお前に託したんだ。参謀部の長がそうしたんだ。当然ながらその働きも今後の魔王軍の動きに大きく関わってくると思ってもらいたい。お前の独断で、あの娘を殺したなんてことになったら」

「わかってる、わかってるよリン」

 怖い顔をするリンをなんとかなだめようと、俺は両手を振り回しながら何度も頷いた。だが、そのようなことで止まってくれるほどリンは甘くなかった。

「そんなことになったら、消すぞ。魔法でも二度と復活できないように、お前の存在そのものを根源からな」

 リンは強力な魔法をいつでも発射できる態勢になりながら、俺を指差す。当然だが、リンにはそれが可能だ。俺の存在そのものを、痕跡も残さず消し去ることが出来る。

「えらく脅されたな、レイティ」

 怯えた俺の顔が面白いのか、ホウが笑う。黒い翼で口元を隠しながらだが、目元まで笑いが広がっているのがわかる。

「脅しだと思うのか?」

「さあね。興味ない」

 リンが横目でホウを睨むが、ホウは取り合わなかった。飄々とした態度である。

 しかしながら、俺としては脅しと思えない。リンはそういうことを平気でする。そこが魅力でもあるのだが、今自分が狙われている立場となっては魅力とか言っていられない。

 勘弁してもらいたい。

「当然だ、リン。俺はちゃんと命令を聞くぜ」

 取り繕いだが、しっかりと約束をする。とにかくリンに消されるのはごめんだ。

「そうだな、それが当然だ。だがな、こっちはお前に置くような信用はないんだ。所詮お前はレイティだぞ。口で都合のいい事をぺらぺらと言いながら、ちょっと状況が変わればそんなことは全部忘れて逃げ出す卑怯者なんだ」

「言いすぎだ。傷ついたぜ」

 お前はずるい奴だ、と宣言されてしまった俺は、大仰な仕草で胸を押さえた。しかしリンはそんな俺の態度を意にも介さない。

「違うとでも言いたいのか。卑怯者の上に嘘まで吐くか」

「そのへんにしといてやれ、リン。話が進まない」

 相変わらず笑いをこらえているホウが助け舟をだしてくれたが、俺を擁護しているわけではないらしい。一体どれだけ信用がないのだ、俺は。それも仕方がないとは思うが、ホウもリンも、遠慮がない。

「わかってる。だが、これだけは言っておくぞレイティ。約束を違えたときは、私も相応の態度でもって臨むからな」

「ああ、覚えておく」

 しっかりとリンの顔を見上げながら答えたが、彼女はそれでも俺を信用しないらしい。深いため息の後、踵を返して行ってしまった。


 それからしばらくして、俺とブルータは予定通りリンの下につけられた。

 本部であった城を出て、駐屯地へと移動させられる。もっとも、俺はブルータのローブに作ったポケットの中に入っているだけだが。揺られながら歩いて、歩いて、歩いてだ。周囲を見回してもむさ苦しい野郎ばかり、列を成して歩いているだけだ。非常に退屈きわまる光景である。もうどうにも仕方がないので、俺はブルータのポケットの中で眠ってしまうことにする。

「着いたら起こしてくれ」

 そう言い捨てて、ポケットの中にもぐりこむ俺。まるでふくらみのないブルータの胸に作られたポケットはよく揺れる。

 ブルータは了解したらしく、黙々と歩き続けた。本部から出撃した悪魔、魔族の数は相当になるが、俺たちはリンが直接受け持っている師団の直下に組み込まれている。つまり、この行列の先頭にいるのはリンだ。さすがに四天王、陸軍司令のリンはブルータのように自分の足で歩いているわけではない。他の悪魔、足の速い獣型の奴らの背に座って、優雅にしている。

 背に座られている悪魔たちは、重いので嫌がるどころか、この上ない栄誉だとして喜んでいる。リンは美人だし、きっぱり物を言うので大人気であるから、当然だろう。

 進軍速度は、遅くない。普通だ。それでも脚の長さ、歩幅という関係からブルータは小走りになっている。寝苦しいが、仕方がない。人間の少女ならとっくに音を上げているところだが、ブルータはさすがにハーフダークだからか、体力も人間以上にある。よくついていっている。

 北へ向かっている。俺たち悪魔、魔族の地は南だ。人間達の住む北を目指して、進軍している。

 俺が眠って、起きてもまだ進軍は続いていた。どれほど進めば目的地に着くのかと思ったが、そのときになってようやく進軍が止まった。

「止まれ!」

 鋭く、強い声が聞こえた。リンの声だ。俺はブルータのポケットから顔を出してみる。

 砂の地だった。周囲には砂が広がり、建物は見られない。駐屯地にしては寂しい限りである。いくらなんでもこんなところで戦争の準備はできまい。どうやら小休止をとるらしい。皆、その場に腰を下ろして休んでいる。

 リンは悪魔たちが疲労していないか見ているが、ここに配属されている連中は見る限り、おおよそ、リンのシゴキにも余裕で耐えられそうな頑健な連中ばかりだ。心配には及ばないだろう。

 ブルータも地面に座り込んで体を休めている。俺は眠りなおすことにして、ふたたびポケットの中にもぐった。

 しかし、その眠りはほんの数分でさえぎられる。誰かがポケットを揺さぶっているのだ。俺は舌打ちをしながら顔を出す。

「なんだよ、寝ついたところだってのに」

 悪態をついた俺を迎えたのは、リンだった。ブルータはリンに乞われて俺を起こしたらしい。司令らしく装飾品を様々にまとったリンは、座っているブルータのポケットから顔を出した俺を、上から見下ろしている。

「そうか、寝ついたところだったのか。いいご身分だなレイティ。早速で悪いがお前たちに頼みがあるんだ」

 全く悪いとは思っていなさそうな顔で、リンが言う。

「そいつはもしかして、例の暗殺指令か」

「そうだな。やれるか?」

 やれるか、と訊いてくれてはいるが、拒否権はありそうにない。俺は承諾するしかないのだ。

「ああ」

「無理でもやってもらうしかないがな。レイティ、ブルータ、お前たちに依頼するのはこの先の砂漠都市にいる一人の男だ。そいつを消し去ってもらいたい」

「わかった」

 リンはこの部隊を統率するのに忙しいし、ホウは諜報のためにあちこちを飛び回っている。俺とブルータが出向いて、標的を殺さなければならないらしい。

「標的の名前はタゼル。実力の方はわからんが、相当な知識をもっているらしい。今のうちに消し去ってくれ」

「ああ、やってみる」

「なら、今からだ。すぐにそれにかかれ」

 俺は、リンを見上げた。本気の目だった。

 小休止が終わる前に、さっさと行動を開始しろと言っているのだ。どうにも、融通はききそうにない。俺は、やむなく頷く。

「ブルータ、行くぞ」

「わかりました」

 人形のようなハーフダークは立ち上がり、無表情のままでローブについた土ほこりを払う。

「リン様、いってまいります」

「ああ、行け」

 ブルータの挨拶に、リンは簡単に応じた。そのあとは何もなく、さっさと列の先頭に戻っていった。俺たちはもう、この隊列に戻ることを許されない。

 俺とブルータは列を離れて、砂漠都市に向かう。

 そこに最初の標的がいる。彼を暗殺しなければならない、俺たちは。

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