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暗殺の青  作者: zan
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13・魍魎大系 中編

 部屋を出てから一時間ほど後、俺たちはルイの『転移の魔法』によって、広陵都市付近に移動した。すぐに移動しなかった理由はいくつかある。

 まず第一にリンから報酬を貰うためだ。散々先延ばしになっていたので、ここで貰っておかなければいつ貰えるかわからない。

 第二に愚痴をいうためである。せっかくフォンハを連れてきたのに、治療時間の大幅な短縮とはいかなかった。ホウが治療してもフェリテは半日程度だといっていた。フォンハが治療した場合でも六時間かかるということなので、その程度なのだ。

 第三に、ルイの体力が回復するのを待つためでもある。一応、洞穴で手に入れた『力の衣装』をかけておいたおかげか割と早く回復したようだが、まだ万全ではなかった。

 この三つの理由のうち、二つ目の愚痴を言う目的は、リンが非常に怖い顔をしていたので達せられなかった。委細構わず、ということをすると間違いなく命の危険があった。

 俺は軽く息を吐いて、ブルータのポケットから顔を出した。周囲を見回してみると、森林。やや遠くに、広めの道が見える。どうやら街道近くの森の中といったところらしい。

 直接丘陵都市の内部に入れないのは、都市が転移の魔法の条件を満たさないせいである。

 すでに日は落ちて久しい。真夜中には少々遠いが、すでに夜の帳が落ちている。

 『光源の魔法』を使うことはできるが、あまり目立ちたくもない。あの魔法は光が強すぎる。ブルータは荷物の中から灯りをとりだして使う。右手に持って、道を照らした。

 そこまですることもなく、俺もブルータも夜目は利いている。が、灯りもつけずにこんな時間にウロウロしていては不自然きわまる。念のためだ。

 この先の広陵都市はそれほどにぎやかな都市ではないが、まだ深夜とはいえない。『転移の魔法』を使ったばかりではあるが、ルイに『偽装の呪文』を使わせる。

「わかりました、どのような姿に?」

 そう言われて、俺は考える。目立たなければどうでもいいのだが、女二人。片方を男に偽装してカップルにすれば変な男たちも寄ってこないだろうか。しかしそこまでいちいち考えるのも面倒くさい。

 とりあえず人間であるように見えればそれでいい、と開き直る。

「ブルータの角を隠して、お前を二つ目にしろ」

「では、そのように」

 ルイが魔力をためて、自分とブルータを指差す。二人の姿は魔力によって変わり、普通の人間とそれほど変わらなくなった。

 ブルータは『霧の衣装』を着ている。少し青みがかった暗色のローブに、銀色の刺繍が多少入ったものだ。いつもはこれにフードを目深にしているのだが、偽装の呪文の効果を確かめるため、それを下ろしている。側頭部から生えている角は魔法によって隠されていた。今の姿をぱっとみる限り、おかしな点は肌の色が少々白すぎるかというくらいで、病弱な魔法使いの女と言われればそれで納得できる。

 ルイは例によって人間たちが使っている法衣を着込んでいた。その上に『力の衣装』を纏っている。『力の衣装』はヴァレフが持っていたもので、ホウによれば生命力を強化する効果があるらしい。ブルータとの試合で怪我を負ったルイは病み上がりなので、そうするべきだとブルータが言うので着せている。力の衣装はくすんだ赤茶色なので、血に汚れたようにも見える。

 二人は街道に出て、歩きだす。ブルータは十三歳くらいの痩せた女、ルイはそれよりも少し年上の女だ。ブルータは幼すぎて俺の対象外だが、将来には期待できる顔。ルイはなかなかの美貌だ。初めて見たときは両眼を抉られているという痛ましい姿だったこともあるが、偽装の呪文で作られた彼女は美しく見えた。なるほど、これはガイたちに陵辱されまくるはずだ。

 俺は両目のそろったルイを初めて見たが、じろじろ眺め回してしまうほどには綺麗だと思える。不躾な俺の視線にも、ルイは何も言わない。ただ目的地を目指してブルータと並んで、街道を歩いていった。

 ブルータとルイ、二人を連れて行くのは洞穴に行ったとき以来だ。あのときはルイの目が抉られたままだったので戦力として期待していなかったのだが、今回は問題ない。完全に戦力として期待をしてよい。ブルータとの試合を見る限り、シャンの言うほどの力はなかったようだが、それでも強大な力だ。

 あのとき、ルイはブルータに殺意をぶつけていた。しかしどうやらガイがルイに仕込んだ薬だか魔法だかは一時的な効果しかもたらなさかったらしく、今はもう殺気など放っていない。旅の準備をしている間も、二人でなんやかやと話していたくらいだ。二人の折り合いについては問題ないだろう。

 正直言ってルイ一人がいればもう、問題ない。ルイにはできて、ブルータにはできないことが多いからだ。偽装の呪文さえ使えれば毒でも矢でも使い放題であり、もう正面から敵に戦いを挑む必要などないのだ。今回も無論そうするつもりでいる。

 ブルータは、今回の任務の最中で不幸な事故によって命を落とす算段である。ルイが正式に俺のものになった以上、別に殺さなくても使わなければいいのだけだと外から見れば思うかもしれない。しかし奴はハーフダークだ。連れていると色々と面倒であるし、今までこいつとやってきた暗殺もルイならもっとうまくやれたのではと思うことが多い。要するにもう邪魔なのだ。

 無用の長物は、捨てなければならないといったところだろう。

 さしあたっては、敵の最後の一撃を受けて死んだというところだ。これはルイにやってもらってもいいが、万一のことを考えると彼女の見ていないところで俺が手を下した方がいいだろう。寝ている間に後頭部に『黒矢の呪文』でもぶちこんでやればさしもののハーフダークも生きてはいられまい。

 ブルータのポケットから、奴の顔を見上げてみる。手元の小さな明かりだけで浮かび上がるその顔は、表情を作っていない。これから自分に何が待っているのか、想像もしていないのだろう。人形である以上、当然ではあるが。

 広陵都市は、世界地図からは記載を省かれるような小さな都市だ。人口はほどほど。それでも、酒場や宿泊施設といった、外来者を受け入れる準備はある。

 一晩くらい泊まってからいくか、とも俺は考える。

 このあたりには魔王軍にとっても、勇者たちにとっても、重要といえるようなものは無い。精々、教会くらいなものだ。その教会にラビル司祭と修道女のソーシャがいるわけであるが。

 そういう次第で、ここに標的以外の勇者がやってくる気遣いはほとんどいらない。偽装の呪文もあることだし、のんびりしても問題なかった。特に今頃魔王軍本部で開かれているであろう緊急対策会議に参加したくない俺としては、できるだけこの暗殺に時間をかけたいところである。

 しかし、広陵都市の入り口が見えてきたところで、ルイが足を止めた。

 どうかしたのか、と訊く前にブルータが身構える。ルイもそれに倣う。精霊がわずかに騒ぐ気配がした。

 誰かが魔法を使ったのだ。だが、何のために。

 俺たちは偽装の呪文を使っている。この魔法は上級魔法だ。さらに、俺とブルータが発散する悪魔のにおいを遮断してくれるはずのもの。

 よほどの人物でなければ、俺たちが悪魔であるとは見抜けないはずだった。

「まさか、ラビル司祭か。俺たちの襲撃に気付いていて、出向いてきたのか」

「違うと思います」

 かすれた声で、ブルータが俺の呻きに応じた。

「この気配は、つい最近にも察知しました。おそらく、勇者ラインです」

「なぜだ」

 俺は、心臓が跳ねるのを感じた。思わず両手で胸をつかむ。

 どうして俺にばかり、奴らはかまってくるのか。二人そろっているのなら、直接魔王軍本部にいくとか、砂漠都市や沿岸都市を開放するとかすればいいではないか。

「気配は二つですね。恐らく、勇者ラインと勇者クレナでしょう」

 ルイは淡々とそう言ってのけた。人形らしくそこには一点の怯えも恐れもなかった。

 だが、俺は違う。俺は下級魔族だ。お前たち人形とは違う。恐れる。命が惜しい。そもそも死相が出ていると宣告されている身でもある。

「ルイ、転移だ。一度本部に戻れ」

 即座に俺は命令を下した。上級魔法を連発させることになるが、命にはかえられない。

 逃げるためにそうするように言ったのに、ルイは首を振った。

「無理です。魔力の干渉が施されました」

 干渉、というのは洞穴の最奥に施されていた処置だ。魔法による移動を制限するもの。

 となれば、転移の魔法で逃げることができない。俺だけを『転送の魔法』で送り届けてもらうというのも無理だ。つまり、逃げられない。走って逃げても勇者から逃げられるとは思えない。

「ここは、私が引き受けます」

 ルイが一歩前に進み出てそんなことを言った。

「その間に、広陵都市へ行けというのか」

「それがこの場での最善の行動だと思われます」

 淡々と応えるルイだが、仮にここで勇者の足止めに成功したとして、俺とブルータで司祭たちを暗殺した後に帰ることができない。安全に帰還するにはどうしてもルイの魔法が必要なのだ。そのルイをここに置いていくより、ブルータが残る方がよいと考えられた。

 俺としてはそのほうがよい。勇者相手にブルータが負けるのなら俺の名声も落ちずにすむ。厄介払いもできて一石二鳥だ。しかしこの提案にもルイが首を振った。

「話を聞いた限りでは、勇者はブルータにそれほどの敵対心を抱いていないと思われます。拘束魔法を持たないブルータでは、彼らを相手に時間を稼ぐことはできないでしょう。私には転移魔法がありますから、干渉されている領域を抜けさえすれば逃げることができます。心配には及びません」

 む、と俺は小さく唸った。考えてみれば、ルイにもブルータにも死相は出ていないらしいのだ。ならば、ここはルイの策にのってみてもよいのかもしれない。

 もう慣れてしまったあの気配がやってくる。血と死のにおいを濃厚に漂わせる、あの男の気配がだ。

 闇の中に、マントを揺らして近寄ってくる男が見える。そのすぐ後ろに、同じような服装の女もだ。闇の中に色は見えないが、見えていたら赤紫の髪やマントが見えていたに違いない。

「幻影剣の呪文で薙ぎ払っても、死んでくれそうにないな」

 以前、城塞都市でラインがブルータの幻影剣の呪文から生き延びたことを思い出す。恐らく今回も徒労になるだろう。

 勇者達は広陵都市からこちらに向かってきている。つまり、彼らの脇を抜けていかないとラビル司祭や修道女ソーシャを暗殺できない。

 当然ながら、このまま歩いていって穏便にすれ違いをさせてくれるはずがない。彼らの横を抜けるには、足止め役が必須だ。ルイを足止めに残して俺たちが脇を抜け、標的を殺して。その後はどうする。

 ルイは恐らく負けるだろう。運が良くても、逃亡できるかどうかだ。そうなれば、ラインたちは広陵都市に俺たちを追ってくる。ブルータでは勇者に勝てない。手詰まりだ。

「ご心配に及びません」

 何か秘策を用意しているのか、ルイはそう言い切った。

「彼らが挑みかかってきたなら、即座に広陵都市へ行って下さい」

 偽装された二つの目で、ルイは俺を見た。俺を、というよりブルータをだ。ブルータは頷かない。俺の指示を待っているのだ。

「何かその、彼らを封じる秘策があるのか」

「足止めだけなら」

 死ぬ気か。それはまずい。

 ルイは俺の今後を左右する、重要な女だ。こんなところで死んでもらうわけにはいかない。死ぬのはブルータ一人だけで十分なのである。

「絶対に死ぬなよ」

 死相が出ていなくとも、死ぬことはあるとフォンハは言っていた。俺はそれを忘れたわけではない。俺の命令に、ルイは頷いて応じた。

 近づいてくる勇者達の足が止まった。まだかなり遠い位置だ。剣はおろか、弓も魔法も狙いが定まらないほど遠い。

 俺は意識を集中して、耳をそちらへ向けた。彼らの声が聞こえる。

「そこにいるのは、城塞都市で会った半魔族だな」

「治癒術師の洞窟でも会ったじゃない、忘れたの?」

 クレナがラインに呆れたように言う。ラインも忘れたわけではないだろう、たぶん初めて会った場所を言っただけだ。クレナを無視してラインは呼びかけを続けた。その声は少し大きめで、闇の中によく通る。恐らくブルータとルイにも聞こえているはずだ。

「お前たちのことは知っている。『青の暗殺者』、お前には砂漠都市のタゼルと丘陵都市のバロックを殺し、それに城塞都市のルークスを狙った罪状がある」

 罪状ときたか。正当な戦争行為だと思うがな。

 そもそも、判事もいないし裁判が開かれてもいない。勇者だからといって何をねぼけたことをいってやがる。

 ブルータとルイは反論しない。ただ、魔力を集める準備をしながら彼らを見ている。

 『青の暗殺者』というのは、ブルータにつけられたあだ名だろう。人間達に見せた姿の中でブルータに青っぽいところはなかったはずだが、俺が青白いからか。もしくは、どうでもいいような理由があるかもしれない。

 いずれにしても、残留魔力の調査か何かで、タゼルとバロックを殺したのも俺たちの仕業だとばれているらしい。

 そのあたりはさすがに勇者だということだろう。城塞都市では直接対峙をしたわけであるし、仕方がない。

「この教会の司祭に、君たちがここに来ると予言されて待っていた」

 何?

 ちょっと待って欲しい。人間ごとき、それもたかが司祭が予言だと。

 俺はラビル司祭に対する評価を引き上げた。リンの態度から贔屓目に見てもタゼル程度の相手だろうと考えていた。しかし、予言とは。

 それにしてもこれはない。魔王軍本部の緊急対策会議は根本から見直す必要があるんじゃないのか。もっとも、俺たちのラビル司祭暗殺が成功すれば予定に変更など不要だが。

 いや、予言が口頭によるものだけとは限らない。ここから戦争終了まで多くにわたって予言が書かれていたらどうする。

 やはり、フォンハのあの死相はあたっているのかもしれない。

「逃げ」

「逃げられません」

 俺の指示は、即座に否定された。ラインが話をしている隣では、すでにクレナが魔力を発散させている。奴は、いつでもこちらに上級魔法を撃ち込めるだろう。ルイとブルータはそれに備えて動けないでいる。二人のうちどちらかでも逃げ出そうとすれば、その瞬間にクレナは遠慮なく何かの魔法を撃ってくるだろう。

「青の暗殺者、君たちは邪魔な存在だ。偽装の呪文を使っていてもわかる。先に挙げた数々の罪状から、もう見逃せない」

 ラインが駆け出した。こちらに突進してくる。

「行って下さい。私が引き受けます」

 そう言うと同時に、ルイが両手を突き出した。障壁魔法が展開される。

 突進するラインの背後で、クレナが指を向けた。そこから放出された魔力がラインの背中を押す。瞬間、ラインの姿は掻き消えて、同時に斬撃がルイにぶつかった。

 クレナが準備していたのは攻撃魔法ではなく、『転送の魔法』だったのだ。ラインの突進の速度を上げるための。

 魔法によって目にも止まらぬ速度で動いたラインは、それで混乱することもなく直ちにルイに斬りかかったわけである。ルイはそれを防御障壁の魔法で防ぐが、ただの一撃で障壁魔法は押し破られた。

 衝撃でルイにかかっていた偽装の呪文が解ける。単眼の顔をあらわにしたルイは、それでも右足で地面を強く蹴りつけた。

「『地捕縛の呪文』か」

 ラインは呻いた。大地・土砂系統の中級魔法だ。ルイの蹴りつけた地面は直ちに液状となり、ラインの靴を沈ませた。

 すぐさま脱出しようとするも、泥が生き物のように蠢いて勇者を縛り上げる。魔力を集めることもできない。手にした剣を振るって、泥を斬り飛ばす。

 その間にルイはクレナに向けて魔法を放っていた。

 クレナはその魔法を障壁魔法で防ぐが、瞬間、その表情が驚愕に変わる。防げない魔法だったからだ。クレナに撃ち込まれた魔法は、『魔力拡散の呪文』だったのである。折角溜めた魔力を全て奪われて、さすがのクレナも動けない。

 俺とブルータは、そのクレナの脇をすり抜けて、通過した。

 不安は残るが、あの調子ならなんとかなるかもしれない。ラビル司祭と修道女ソーシャを殺した後、そのまま駆け抜けて、逃げ続けることができれば何も問題ない。

 ルイは恐らく勇者二人を相手にしても生き延びるだろう。死相が出ていなかったことを良い方向に考えることにする。生きてもらわなければ困るのだ。

 となれば、急がなければならない。

 ルイの足止めも長くもたないはずだ。標的の暗殺をその間にすませて、脱出しなければ。

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