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暗殺の青  作者: zan
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13・魍魎大系 前編

 そんな会話はどうでもいい。フォンハが何を考えていようが、ユエが自分が死ぬことをどう考えていようが、どうでもいい。

 問題は、俺だ。俺も死ぬらしい。フォンハの言っていることが戯言でなければ。一ヶ月経たないうちに、俺も死ぬらしい。あれだけ熱心に周囲に吹聴してるってことは、どうも今思いついた嘘ではないようにみえる。

 この部屋にいるホウ以外の悪魔すべてが死ぬと言い出したときは嘘くさいと思ったが、逆に考えてみればそれは当然ともいえる。ロナやフェリテが死んで、ユエが生き残るということは考えにくい。

 それに、先ほど俺たちは見たではないか。勇者二人がパーティを組んでいる現場を。それは、四天王のホウが動揺するほどのものだ。ホウが率いる諜報部はこれを避けるために熱心に動き回っていたというのに、その甲斐なくこの有様なのだから、当然ともいえる。

 この二人の勇者が怒涛のように攻め込んできて、その結果、魔王軍本部が半壊して防衛に当たった悪魔がほとんど死に絶えるという結末が待っているのかもしれない。そのように考えれば、フォンハの言っていることも何の根拠も無い虚言であるとは言い切れない。この俺も死ぬらしいが、それほどの惨事になるのであれば、そうした結論になるのも納得できる。自分の死を承認できるわけではないが。

 なのにブルータやルイは死なないという。これはおかしいことであった。俺は命令できる。二人に、俺を守れと命令できる立場にあるはずだ。なのに、俺だけが死んで二人が生き延びるというのは変だ。

 それとも何か、俺もブルータもルイもまとめて致命傷を負うが、人間の血が入っている二人だけは治療されて、俺は放置されて死ぬとかそんな落ちなのだろうか。もしそうなら辻褄が合う。

 ホウはそのあたりまで考えて、フォンハの死相とやらが信用できるという判断を多分したのだろう。

 考えても仕方がないのだが、俺は死にたくなかった。あらゆる可能性を模索してでも生き延びたい。畜生、このまま死んでたまるものか。

「わしは治癒術師だ。他人の死ぬのなんて見慣れたものさ。それよりユエよ、お前はこのまま自然に、身を任せようというのだな」

「そういうことかもしれません」

「死がそこまで迫っていてもそれは変わらないというんだな」

「おっしゃるとおりです」

 部屋の中ではあまり意味の感じられない問答が続いている。ユエは死のうが生きようが、とにかく自分のするべきことをして生きていくだけだという考えのようだ。フォンハは多分それが信じがたいのだろう。誰もが生に執着して、足掻くものだと思っているに違いない。

 俺に関して言えば、それはあたっているわけだ。しかしユエは違っていた。

 リンに対して何が何でも休息をとるようにと迫った強さはあるが、基本的にユエは淡々としている。

 自らの死の間際まで、多分この調子で「私は死んだとリンさまに報告してください」などと言い残しそうである。簡単に想像ができるあたり実にそのとおりになりそうだ。

 なんだか期待するようなことはなさそうだと感じた俺は、扉から離れた。

 瞬間、ぞっとするような気配が目の前に出現した。とてつもない魔力をはらんだ風が吹き抜け、俺の毛皮をふるわせる。背筋が凍る、俺は飛び上がらんばかりの格好で硬直した。

 のん気な余裕は消え去っていた。出現した気配は、魔王軍を束ねる四天王の威容を見せ付ける。

 四天王のうち、二人。参謀部の長シャンと、諜報部の長ホウだ。

 ホウはともかく、シャンはふざけた調子を全く消し去っていた。強烈な魔力を周囲に撒き散らしながら、俺の姿になどまるで興味がない様子で大股に歩き、そしてフォンハと怪我人のいる部屋の扉を蹴り破る。

「フォンハ!」

 大きな声をあげ、シャンはズカズカと中に押し入って、ロナの治療をしている小さな死体の女を掴む。背丈の低い女は、あっけなく摘み上げられてしまう。

 四天王の一人にこうまで圧力をかけられて、それでも平然としているのはさすがに治癒術師フォンハといったところだろうか。胸倉を掴み上げられながらも、余裕の表情で目を細める。

 そしてこう言ってのけた。

「離せ、グズ」

「口の利き方に気をつけろ、フォンハ。お前、俺たちの部下に死相を見たそうだな」

「ああ」

 そのとおりだ。否定する意味も無いだろう。フォンハも素直に頷いた。

「一ヶ月以内に、みんな死ぬというのか」

「そうじゃな。シャン、お前もだ」

「俺もか?」

 表情を変えないまま、シャンは問い直した。フォンハは頷いて応じる。

「お前にも、死相がある」

「そうか」

 それだけ言って、フォンハを投げ捨てる。ただならぬ雰囲気である。

 四天王の二人は扉の壊れてしまった部屋の中に立った。俺は部屋の外で呆然としている格好。シャンは怖いくらいにぷりぷりと怒った様子であるが、ホウはそれほどでもない。俺は落ち着く場所がほしくなり、なんとなくホウの頭の上に座ってみる。

 ホウは俺をちらりと見やったが、特に何も言わない。何も言わないということは、どうでもいいことだと思っているのだろう。

 シャンは仁王立ちで、すばやく周囲を見回した。そんなことをしなくとも、奴ならどこに誰がいるかくらいは把握していると思うが、何かのアピールか。

「どうやら、近いうちに勇者たちがここに来ることになりそうだな」

 当然の推論、といった調子で奴はそう口にした。それにこたえたのはホウだけだ。

「私もそう思う」

「対策は」

「ない、というよりも防衛策も考え付かない」

 あっさりとホウは降参の意思を見せる。身体の前で両の翼を交差させて、首を振った。お手上げということらしいが、頭の上に入る俺は振り落とされてしまった。学習した俺は、頭の上に乗るのをやめて肩につかまることにする。

 そんなことをしている間に、シャンが苛立ち紛れの言葉を吐き捨てる。

「すべてお前のせいだ。あれだけ時間をかけて勇者の合流を防ぎ、進撃を遅らせてきたのにこの有様だ。合流を許してしまった以上、どうあっても奴らを止める手立てはあるまい。結果として、俺やフェリテ、ロナは一ヶ月以内に死ぬというわけだな」

「そうらしいな。そのフォンハの言葉が正しければだが」

「正しかろうとそうでなかろうと、あまり関係ない」

 シャンは手近な椅子に腰を下ろしたが、大きく足を開いて腕組みをしている。まったくリラックスしてはいないようだ。

「どちらにせよ、勇者どもに対抗できるだけの力のある手駒は限られている。奴らがここにくることはほとんど確実なことだ。そうなれば、多くのものが死ぬだろう。お前のやってきたことは水泡に帰したな。気分はどうだ」

 問われたホウは、超然としたままである。

「別に何も。それよりもいろいろと考えることがあって忙しい」

 本当にホウは平気なようである。今までの努力が無になったというシャンの言葉は、全くもって正しい。それなのに、落ち込みなどしていない。もう次のことに意識を向けているのであった。そうなれば、確かに四天王の一角であるホウは忙しいといえる。

「それは俺の台詞だ」

 だが、シャンはそれを一蹴する。なるほど、確かにシャンも四天王の一角であるし、特に奴は参謀部の長である。考えることなどいくらでもあるだろう。

 当然の言葉だと俺も思ったのだが、ホウはそれを否定した。

「それは違う」

「何を言っている」

「お前の気持ちでもあるだろうが、私の気持ちでもあるはずだ。シャン、さすがのお前も今は冷静じゃないな。考えてみるがいい、勇者たちはきわめて強力で、困った事態になっているのは確実だ。危機が我々に迫りつつあり、こうして死期を予言されたものもいる。私やブルータは死相が出てはいないらしいが、だからといって死なないとは限らないし、死なないだけで無力化はされるかもしれない。あるいは、人間たちに従属することになってしまうかもしれない。そうした中にあって、打開策を考えなければならないのは当然だ。それは無論、参謀部のお前が考えるべきことは多くてその責任も重いかもしれないが、お前一人だけがその状態にあるとは思わないことだ」

 よどみなくホウはつらつらと自分の考えを述べて、さっと両の翼を開いた。長大で乱れのないその黒い翼は美しく開いて、肩に乗る俺も一瞬それに見惚れるほどだった。

「緊急会議でも開くか?」

 そう言って笑ったホウは、その場の空気を呑んでいた。さきほどまで怒りと威圧で場を支配していたシャンから、その地位を完全に奪っている。

 俺は彼女の肩にいたわけだが、たぶん俺の存在など何の妨げにもならなかっただろう。むしろ、変なところにいたせいで、極上の笑みを見せているホウの姿を見逃した。

 シャンは一瞬にせよ、ホウに圧倒される。同じ四天王で、同格のはずなのだが、この場に限っては気圧されていた。

「いや。そうだな、少し冷静になって考えるべきだった。お前たちに当り散らしても仕方がなかったな」

 落ち着きを取り戻したらしいシャンはそう言って、自分が投げ捨てたフォンハを見やった。動く死体の治癒術師は、投げつけられたままに座り込んでいる。多少不機嫌な様子で、長身のシャンを見上げていた。

 それに対して軽く頭を下げ、シャンは質問をぶつけた。

「俺はどうやって死ぬんだ」

「一撃で、何か強力な力で影だけを残して消えるだろう」

 フォンハは淡々と答える。俺の感想だが、こいつもしかしてただ適当なことをぶっこいているだけではないのか。

 しかしそんなことをしても何のメリットもないし、今のように騒ぎになってフォンハ自身に八つ当たりがくることもわかりきっている。本当に、何かの根拠があっての発言なのであろうことは確実だ。

「そうか、そんな死に方は嫌だな。そいつを回避するためにはどうすればいい? なにかいい意見はないか」

 腕組みをして、少しだけ柔和な表情になったシャンはその場にいる者に意見を求めた。その名を挙げるとホウ、フォンハ、ユエ、ブルータ、そしてこの俺だ。

 メンツが間違っているのではないかと思った俺は、とりあえず肩をすくめて言い放った。

「なあシャン、そういう建設的な意見を求めるのは間違いだぜ。おかたい真面目な会議は参謀部の連中やリンとやるべきじゃねえか?」

「もっともな意見だな」

 いきなり出鼻をくじかれたシャンは、軽く息を吐いた。しかし引き下がらない。

「しかし、早急に打開策を考えなければならないだろう? 色々考えることがあって忙しいと思っているのは俺だけの気持ちではないはずだ。勇者たちが合流してしまった以上、もちろんそういう会議は開く。しかしな、その現場にいたお前たちの意見も聞いておきたいと考える」

 確かにさっきホウが言っていた「考えなければならないことがあって忙しい」というような意見はお前だけの気持ちではないだろう、シャン。だが残念ながら俺の気持ちではないんだな。

 死相が出てるといわれた俺は、どうやって自分だけが生き延びようかと考えることに忙しい。シャンたちは自分を含めた魔王軍全軍の存続を考えているのだろうが、俺としては俺だけが生き延びれればそれでよいのである。そして魔王軍の存続よりも、俺だけがこそこそ生き残るほうが簡単そうなのであった。

 そうした次第で俺はブルータとルイという手駒を使って、独自の打開策を練る。シャンの考えには付き合わない。俺が策を考え付かなかったり、奴の提唱する策のほうが確実そうで簡単そうなら付き合っても良いという程度だろう。

「確かに、考えることが多くなりそうです。ですが、まずは一刻も早くこの事態をリンさまにお伝えしなければ」

 シャンの言葉に、ユエは発言を許されたととったのかそんなことを言った。

「落ち着け。リンやガイには既に伝令を飛ばしている」

「そうですか。それならなおさら、私はリンさまのところに戻り、その補佐をする義務があると考えます」

 ユエはリン第一主義であるらしい。確かにリンは圧倒的なカリスマをもっているが、心酔しすぎではないだろうか。いや、これが補佐役という役職にある人物の普通の考え方なのかもしれないが。

「考えなければならないことがあって、忙しいというのは私の気持ちでもあるのです」

 付け加えるようにそう言ったユエ。だが彼女の場合、それが魔王軍のためにではなく、リンのために、というところでありそうだが。

 しかしそれにシャンが応じるよりも早く、声が上がった。

「私の考えでもあります」

 声は寝台から聞こえた。そちらに目を向けると、フェリテが身体を起こそうとしている。フォンハの治療が早くも効果をあらわしたのか、顔にも精気が戻ってきているようだ。

「話を聞いていたのか」

 ホウが訊ねると、フェリテは頷いた。

「勿論です。私もどうやら、このままでは死ぬことになるようだとか。それで何も考えずにいられるようなことはありません」

「死ぬのは誰だって怖いからな」

 俺は一応そう口を挟んだ。ユエは死など当たり前であって特段気になどしないと言っていたが、それがまさか一般の意見ではあるまい。死ぬのが怖いから、回避するために頑張る。これが普通だろう。フェリテもそうあってほしい。

 だが、俺の願いはまたしても裏切られた。

「それは別にどうでもいい。私は苦痛の末に死ぬらしいが、気にしても仕方がない。私はホウさまについていくだけだ」

 ダメだ。こいつも終わっている。俺はフェリテの言葉を聞きながら目を閉じて首を振った。どいつもこいつも上司に心酔しすぎである。

 とりあえず、俺はこんな会議に参加していても仕方がない。俺だけが生き延びればいいと思っているのだから、何も述べられるような意見をもっていはいないし、考えつくはずもない。

 上司に心酔していないどころか半分呆れているロナなら俺の求めている意見が聞けるかもしれないが、ロナは意識を回復していない。これ以上ここにいても時間の無駄だと感じた。ルイが回復したら、さっさと出て行こう。

「なあシャン、会議をするならするでいいけどよ。俺はあまり大した意見を出せそうに無い。それより先に、リンからの暗殺命令をこなしたほうがいいと思うんだが」

「ん、それは確かにそうだな。確か、田園都市のアービィだったか?」

 シャンは俺に目を向けて、少し考えるような仕草をみせる。

 ホウがそれに訂正を入れた。

「違う、広陵都市のラビル司祭だ。それに、修道女のソーシャ。この二人だ」

「そうか、まあ暗殺任務も重要だからな。放置しておいて力をつけたら新たな脅威になる可能性がある」

 あっけなく、シャンは俺に暗殺命令を遂行するように言った。

 よし。

 これでひとりになって、ゆっくり考え事ができる。俺はホウの肩から離れて、部屋の隅に突っ立っているブルータの肩へ移動した。未だに血に汚れた侍女服を着ている。さっさと霧の衣装に着替えさせよう。

「ルイの傷が治ったら、連れて行ってもいいんだろう?」

「私ならもう動けます。後は、時間経過でどうにでも」

 ソファーで寝ていたルイが目を開けた。意識は戻っていたらしい。まあ半分、タヌキ寝入りのようなものだったのかもしれない。

「すぐに行くのか?」

 ホウが俺とブルータを見た。言外に、もう少し休んでいってもいいと言ってくれているようだ。

 しかしこのままぐずぐずしていると会議に巻き込まれそうだった。すぐに出立すると告げる。ホウは頷いて、「気をつけてな」と言った。

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