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暗殺の青  作者: zan
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12・治癒術師 前編

 フェリテの魔法が練りあがる。空から見下ろすフェリテに対して、ロナは地面を踏んだまま武器を構えていた。

 躊躇なく、フェリテが即座に魔法を放った。『業火の呪文』と名づけられた中級魔法だ。フェリテの右手から炎が走り、地上に向けて突き進む。激しい炎に空気が焦げる。

 同時に、ロナが武器を投げつける。七本の剣や槍が飛び、フェリテに襲い掛かる。

 魔法を放った直後のフェリテに対し、容赦なく刃が突き刺さった。こうなることはわかっていたはずだが、それでも攻撃を優先したということらしい。

 フェリテの放った炎も狙い違わずロナを焦がしている。しかし、気合いとともに触手が何本か振り抜かれるとその衝撃だけで炎は消しとばされる。無傷とはいかず、半数近い触手が使用不能となったが、それでもロナはまだ戦闘を継続する構え。

 対して空中に浮いていたフェリテにもロナの投げた武器は突き立っていた。七本投げたうちの半数近くはどうにか槍で叩き落としたが、残りはすべて体に食い込んでいる。右腕と左足、脇腹には剣が突き刺さり、右足の甲は槍に貫かれていた。

 二人とも、痛々しい姿といえる。だが、ロナは地上でまだ残りの触手を構えているし、焦げてしまった触手もじわじわと再生していた。フェリテも刺さった武器を抜き取りながら地上に降り立ち、槍を構える。どちらもまだまだ戦闘を続行するつもりでいるようだ。

 ともなれば、観戦している悪魔どもは盛り上がる。接戦であるからだ。どちらが勝つかまだわからないのである。

 フェリテは槍を構えたままでロナに飛びかかった。けがをする前よりもむしろ速度を上げたように感じるほどの、本気の攻撃だった。ロナは触手を操ってそれを防御するが、本数が減っているのでうまくさばけない。今度防戦になるのはどうやらロナのようだ。

 次々と繰り出される槍の突き込みに対して、ロナは残り少ない触手を振り回して応じる。焦がされた触手の再生はまだ終わらないようだ。フェリテも相手の戦力が削がれているうちに決着をつけようとして突撃したに違いなかった。

 それでもロナは戦いながら魔力を練っている。魔法はそれほど得意としていないはずのロナだが、いったい何をするつもりだろうか。触手を戻すための治癒魔法を使うつもりなのか。

「精神・暗黒系統のようだな。幻惑か」

 ホウは冷静にそんな解説をした。なるほどそのとおり、俺の目から見てもロナの集める魔力は精神・暗黒系に練り上げられていく。この状況からでは魔法による直接攻撃は効果的ではない。押されっぱなしで放つ機会がないからだ。となれば、この状況を押し返せるような戦闘補助の魔法を使うのがよいと考えられた。

「幻惑だと?」

 ガイが笑う。

「そんな定石をあいつがやると思ってるのか。冗談じゃねえぜ」

 ではなんだというのか。この状況で他にすることがあるというのか。俺はその答えがでないので、黙って試合を見つめる。

 フェリテは巧みな槍さばきでロナの触手をかわしながら本体に傷を付けていく。一方のロナは蓄えた魔力を眼前に集中していく。

 警戒したフェリテが一歩退く、と同時に魔法が発動した。ロナから飛び出したのは直線上の魔力。『黒色の呪文』だ。ロナのその魔法に対する練度は高かったらしく、放射速度も効果範囲もかなり大きなものだ。申し分ない破壊力を秘めたその魔法は、確かにフェリテを直撃しようとしていた。

 しかしロナが戦いながら魔法を練っていたように、フェリテも魔法を準備していた。

 ロナの放った『黒色の呪文』が自分に突き刺さらぬうちに、彼女は槍を水平に差し出す。同時に魔法が発動。

 当然ながら、障壁魔法だ。しかしただの障壁魔法ではない。『魔力遮断の呪文』だった。最上級の障壁魔法だ。

 フェリテがこの魔法を使えるとは全く知らなかった。どれほどの威力があろうとも、この魔法ならば全く関係がない。その威力のすべてを遮断し、障壁の内側に通さない魔法だ。前線の魔法使いに対する壁としては最優秀のものといえる完全な障壁魔法である。

 この魔法によって防げない魔法というものもいくつかあるが、それを扱えるのは四天王くらいだ。つまり、四天王と戦うのでなければ無敵の障壁魔法といえる。そうした魔法をフェリテが使った以上、ロナは魔法で彼女を倒すのは不可能となった。

 こうなった時点で俺はそう思っていた。

 ところが、その直後にフェリテの胸から槍が生えた。

 背中から槍で突かれて、突き刺さったらしい。奇襲攻撃だ。

 それをしたのは、当然ながら相対しているロナに他ならない。魔法には無敵の障壁魔法を使ったものの、物理的な直接攻撃までは防ぐことができないわけである。ロナとしても、先ほどの『黒色の呪文』を防がれることは想定済みだったのだろう。フェリテがそれを防いだ一瞬の隙を突いて、こうするのが狙いだったに違いない。

 よく見ると、焼け焦げたはずのロナの触手が一本、地面の中に埋め込まれている。

 つまり地中を掘り進んだロナの触手が、フェリテの背後から地上に姿を現し、攻撃を仕掛けたのである。必死に槍をさばいているのかと思えばこのような小細工をしていたわけだ。フェリテの身体に突き刺さり、捨てられた槍まで拾って。

 これで決着したか。勝負はロナの勝ちだ。俺の予想通りである。

 途中ヒヤッとしたが、終わってみればロナの計算どおり。

 それなのに、ホウはまだその場を動かない。顔を戻してみると、フェリテがまだ動いていた。

「おいおい」

 思わず俺はそんなことをつぶやいていた。四天王たちは平然としている。動じていなかった。このくらいは常識だと言いたげである。

 少なくとも俺の中の常識では悪魔といえども心臓をつぶされれば動けなくなるはずだが、胸を槍で突かれたはずなのに、フェリテは大層元気に動いている。とっさに急所をはずしたのだろう。

 それでも、「まだ動けるのか」というのはその場にいる誰もが言いたい台詞のはずだ。四天王を除いては。

 呆然とするロナに向かって、フェリテが突撃する。槍を振り、一気に突撃。その胸に刺さったモノはそのままで。

 勝ったと思ったのか、やや気を抜いていたロナが慌てて防御をとろうとするが、間に合わない。人の形を保ったままの上半身部分に、槍が突き刺さった。

 逆転、かと思ったがまだ終わらない。ロナの上半身が一気に崩れ落ちた。もはや彼女の姿は全身が不定形となり果てている。

 そして開いた口を閉じるように、不定形の身体でフェリテの身体を一瞬のうちに包み込んだ。

 肉色の不定形、ロナがフェリテを取り込んだ格好だ。

 中でフェリテが暴れているのか、唯一、不定形から突き出ている槍がばたばたとうごめく。


「どうなってんだ、ありゃ」

 俺は思わずガイを見た。奴は勝ち誇った笑みを浮かべており、ロナの勝利を確信しているようだ。

「何って、ロナが本気出しただけだろ。ああやって捕まえちまえば脱出なんて無理だ。あとは溶かされるだけだな。おいホウ、さっさと白旗をあげたほうがいいんじゃねえか? 大事な部下がとろけちまうぜ」

 ホウを横目に、ガイは笑う。

「黙っていろ」

 俺の下にいるホウは、静かに見ている。部下が今にも溶かされているというのに、冷徹なまでの落ち着きだ。

 これは、フェリテを信頼しているからだろうか? それとも自分の貞操やらがかかっていて、最後まであきらめられないからか。

 いずれにしても、フェリテを助けるつもりはないらしい。そのあたりはホウらしくないといえば、らしくない。

「フェリテは溶けやしないよ」

 俺の心を読んだのか、そんなことを言う。

「どうしてそんなことがわかる?」

「あの子は、信頼にこたえる。大丈夫さ。それに、お前が思っているよりもずっと強い」

 根拠のない信頼だけか。要するに、ホウの貞操もこれまでのようだな。

 俺は別にフェリテが特別に好きということもないし、執着もしていない。女だからそれなりに欲望を抱きはするが、それだけだ。とはいえ、目の前で死んでいくのを見るのはちょいと勿体無いと思う。フェリテは結構美人でもあるし。

 死ぬ前に一回くらい無理やりでもお相手願うんだった。今日死ぬとわかっていたら、昨夜のうちにやっておいたのに。恨みを買おうが何をしようが今日死ぬのがわかっていたなら問題なかったはずだ。


 フェリテの胸に刺さっていたはずの槍が落ちる。ロナに包まれている中身が、どろどろに溶け果てたせいに違いない。

 俺もガイもそう思ったはずだが、次の瞬間にロナが吹っ飛んだ。

 粉々に分散して吹っ飛んだのである。

 観戦していた俺たちのところまでロナの破片が吹き飛んできた。べたべたとした不定形が泥のようにはねて、地面や服や顔にくっつく。

「あれ?」

 俺はあっという間に地面を汚してしまったバラバラのロナを見て、間抜けな声を出してしまう。

「なんだよ、脱出不可能なんじゃないのかよ」

「知るか!」

 ガイが怒ったようにそんなことを言う。

 爆心地には、当然のようにフェリテが立っている。が、フラフラだ。

 なんとか力を振り絞って何か魔法を使ったのだろうが、ロナに包まれている間に相当な苦痛を受けたらしい。手に握っていた槍を地面に立てて、そこによりかかるようにしている。べたべたになった羽はだらりと下がり、持ち上がる気配もない。

 しかし、なんにしてもロナの攻撃をフェリテは耐え切ったということになる。では、ロナはバラバラになって、死んでしまったのか。

 そうではなかった。少し離れた場所に、ロナは出現していた。少し以前よりも身長が小さくなっているが、確かにロナである。どうやら、地面の中を通っていた触手だけは爆散を免れたらしく、それでもって身体の再構成を行ったというところだろう。

 が、こちらもすでに足元がおぼつかない。服までは作り出す余裕もないのか、素裸だった。

 フェリテもあちこち身体を溶かされてボロボロ、ロナも身体の大半を失ってフラフラという有様である。二人は同時に倒れて、起き上がらない。

 結構な戦いであった。今度もどちらかが奥の手を用意してはいないかとしばらく待ってみるが、その気配はない。

 完全に二人とものびていた。引き分けだといえる。

「引き分けだな、ガイ」

 ホウが歩き出し、倒れているフェリテを抱き上げる。翼になっている両手でたやすくフェリテを抱えて、優雅に歩いて戻ってきた。

「そうだな、引き分けだな。ってことは、賭けはどうなる」

「賭けは、ナシだ。どちらも何も得ない。それでいいだろう?」

 ガイは黙って頷いた。それ以上何も言えないようだ。


 リンに目を向けてみると、賭けが胴元の総取りだということになっているようだ。胴元はリンなので、賭けられた金は全て彼女の懐に入ることになる。

 当然噴出している不満を一睨みで黙らせ、ふんぞりかえっているリン。そんなことをしても、その美貌のせいか人気は落ちない。それだけが理由ではないが。

 この場ではカネ全部を独り占めするようなことを言っていても、なんだかんだで酒やらつまみに変えて周囲にいる連中に振舞ってしまうのが、リンである。あぶく銭は一気に使うものという頭があるらしく、親分肌なリンは大体カネを貯めこむということをしない。

 ユエもそのあたりは了解しているのか、特に口出ししていないようだ。というか、こいつは何をしにここへ来たんだ。

「おい、そこの二人は平気なのか?」

 こちらに顔を向けて、リンはそんなことを言う。

 どうやらフェリテとロナのことが気になるようだ。二人とも貴重な戦力であるし、四天王の片腕なのだから当然だろう。

「ロナは二日も放っておけば治るだろ。そっちの貧弱な鳥はしらんが」

 ガイは無責任にそんなことをいう。倒れたロナを確保しに行くような素振りも見せていない。本当にこのまま二日間放置するつもりだろう。

「私が治療する。前ほどひどくはないのから、半日もあれば」

 やる気のないガイと違って、ホウはフェリテを抱えている。すでに治療魔法もかけている。

「いや、そんなに長い間諜報部や海軍が動けないのはまずいだろう。ホウ、ちょっと行ってフォンハを呼んできてくれ。あいつならもっと早く治療できるはずだ」

「フォンハをか」

 リンの提案に、ホウはあまり気乗りしないような表情を作る。

 俺の記憶には、フォンハという悪魔はいない。リンとホウが知っているということはそこそこ名が知られている治癒術師なのだろうが、俺の耳には入ったことのない名である。

「なんだ、誰かを迎えに行くのか。そんなのそこらへんの奴らに任せればいいだろ? 俺たちは忙しいんだぜ。それによ、治療ってんならシャンの奴にいえばいいだろ、あいつの変な虫を使えば治療なんてすぐに」

「あれは却下だ」

 ガイの提案に、リンが即座に首を振る。

「ああそうかい、俺の提案は一蹴かよ。じゃ、俺は戻るからロナが回復したら送ってくれ」

 ただでさえ嫌っているリンとホウに、折角の意見を蹴られて不機嫌になったらしいガイは怒ったままその場を去っていった。どうやら、本当にロナを放置したまま帰ってしまうらしい。多分、腹いせにいくらかの夜魔が犠牲になるだろう。勿体無い話だ。

「あいつはなんであんな突っかかってるんだ?」

 疑問に思っていることが、つい口に出る。

「心当たりはあるがな」

 ホウが応える。何があったのかと訊いてみると、実にくだらない話だった。

 俺たちの傍らで座っているブルータに抱えられた、ルイに関することだ。最終調整も終わりかけていたルイが眠っている際に、あの外道は無理やりに抱こうとしたらしいのである。それを見咎めたのがホウ、ということで逆恨みされているらしい。

「それっていつの話だ?」

「三日前だ、ロナでも無理やりには止められないからな。私が止めるしかなかった」

「なんで止めるんだ、好きにさせときゃよかったろうが。恨まれるのはわかってたろうに」

「あいつは大体、抱いた女を殺すからな」

 ああ、そういえばそうだった。ホウはルイの命の心配をして、守ってくれたのだろう。俺としてもルイの戦力は当てにしているので感謝すべきところかもしれない。

「そんな話はどうでもいい」

 リンが困ったような声で、俺たちの会話をさえぎった。それからルイ、フェリテ、ロナを順番に指差した。

「彼女たちの治療が必要だろう。シャンは怒らせちまったし、私とお前は魔力をあまり消費するわけにもいかんだろう、予定がある」

「だからフォンハを呼ぶのか」

 ホウはまだ気乗りしない様子で、首を振っている。

「必要だから仕方ない。確か、あいつはまだ最前線近くにいたはずだがな。そっちでは場所を把握してないのか」

 フォンハという悪魔は、どうやら軍に属していないようだ。魔界にいるわけでもないらしい。

 なんでそんなことになっているのかはわからないが、リンとホウの会話からするとそう察せられる。

「一応場所はわかっている。しかし、私が行くのか?」

「お前が一番ヤツと気安いだろ。それに、フェリテとロナがこうなったのはお前にも責任の一端がある」

 リンの説得に、結局ホウは折れる。あるいは押し問答しても無駄だと悟ったのか、いずれにせよその頼みを引き受けることになった。

「私はこの辺を片付けて、けが人を中に運んでおく。頼んだ」

「仕方がない、了解した。ブルータ、お前の傷は多少軽いはずだ、ついてくるといい」

 うんざりした様子で、ホウがブルータを誘った。

 声をかけられて、ブルータはホウを見上げる。今の話は聞いていたはずだが、いまいち自分を誘う意味が理解できないのだろう。俺だってそうである。

「私が同行しても、ホウさまの負担を増やすだけだと思うのですが」

「いや、あの治癒術師は気難しくてね。お前がいたほうが説得がたやすい。来てくれるな?」

 そう言われれば、ブルータに断る手段はない。こちらも頷く。

 となれば、俺もついていくしかなさそうだ。俺は別に何の役目もないし、役に立てそうにもないがフォンハという悪魔には興味がある。

 軍にもおらず、魔界にも残らずにいるのだ。つまり悠々自適にのんべんだらりと暮らしているということに他ならない。俺の理想の生活ではないか。どういうことになればそういうことができるのか、見ておきたかった。

「ついてくるのは勝手だが、フォンハはお前の好みの女ではないと思うぞ」

 いそいそとブルータのポケットに移動する俺を見て、ホウが釘を刺すように言う。

 なんだと、と俺は言い返した。

「フォンハって女なのか」

「まあ一応はな」

 一応は、というのはどういう意味なんだ。外見が動物に近い種族なのか。

「すぐにわかる、あいつがいる場所は幸いなことに『転移の魔法』が使えるからな」

「それは重畳。すぐに行ってくれ」

 リンがロナを抱えながら俺たちを促す。ロナを抱える、というよりはかき集めるという表現のほうが正しいかもしれないが。

 しかしまあ、どういう女なのか。興味はある。

 ブルータが服のほこりを払うのを見てから、ホウは『転移の魔法』を発動させる。俺とブルータ、それに術者のホウは魔力の波にさらわれ、即座にその場から消え去っていた。

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