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暗殺の青  作者: zan
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11・戦闘奴隷 後編

 ブルータは、倒れたルイを気遣っているようだ。

 気絶しているだけのはずだが、目覚めさせようというのか、その身体を抱き起こして揺さぶっている。

 しかし勝者であるブルータも決して無傷ではない。『水面の魔法』は、打ち込まれた魔法の全てを反射できるわけではないからだ。『霹靂の呪文』や『爆砕の呪文』の影響は、確かにある。

 その証拠といってはなんだが、ブルータはぺたりと座り込んでしまって動けないでいる。ルイを揺さぶっているだけだ。こちらに戻ってこようともしていない。

 俺はそれを放置して、爪を噛んだ。まさか、勝つとは思っていなかったのだ。本気でだ。

 ルイは、完全に魔力でブルータを上回っていた。それを生かしてブルータをあしらっていた。途中までは完全にそうだ。ブルータが短剣を振り回しても、見事に回避しながら魔法を練るということをやってのけていた。要するに負ける要素は見つからなかった。なのに、実際に負けている。

 決め手になったのは当然ながらあの忌々しい『水面の魔法』である。

 俺は、低温・氷結系統の中級魔法であるのその魔法の特性を思い返してみた。そいつは受けた魔法を一部吸収して魔力に還元し、再構成して撥ね返すものだ。中級魔法のくせに上級魔法も返せるとは思っていなかったが。ブルータはそこまでこの魔法を訓練していたのだろうか。だが今までの実戦でブルータがこれを使ったのは見たことがない。

 そもそも、それを仕込んでいた『地臥の魔法』も、タゼルを倒すときに使ったとき以来だ。それも手のひらに仕込むなどという使い方は機知に富んでいるともいえるが、まったく常識はずれである。『炎壁の魔法』を直接相手の身体にまとわせる使い方と同様に、生物の身体に直接魔法を書き込むのは技術が必要だ。俺の見立てではブルータはそこまでの力をもっていない。

 そこで怪しくなってくるのが、ホウだ。

 四天王ホウはあの決着のとき、『卑怯とは言うまいな』などと口走っていた。どうも怪しい。ブルータの手に魔法を書き込んだのはホウではないかと思えて、ならない。というか、間違いなくそうだ。でなければ、おかしい。

「ホウ、どうも納得いかない」

 そんな声をあげたのは、俺ではなくガイだった。

 愚痴を言い放つのにも飽きたのか、奴はこちらに戻ってきて、ホウに因縁をつけている。

 俺はまだホウの頭の上にいるが、またこの口論に巻き込まれることになりそうだ。

「納得がいかなかったらどうするんだ。私とお前で戦う、とでもいうのか」

「そうやっていいのなら、やってやらあ。お前が負けたら今度こそ俺とベッドインっていう条件ならな。ついでにロナも返してもらう」

 ガイはひどいことを言っている。そこは普通、ロナを返してもらうのが先だろう。奴らしいともいえるが。

 俺は思わずロナに目をやった。少し離れたところでフェリテと話をしていたロナは、聞こえない振りをしている。

「それは条件が合わないな。ロナの返却なら考える。だが、今ここで私たちが争うのはまずいだろう。直接戦闘は、四天王のバランスを崩すぞ」

「へ、なんだよホウ。俺に負けるのが結局怖いだけなんだろう」

 ホウの淡々とした返答が気に食わないのか、ガイがさらに突っかかる。こいつは誰かに喧嘩を吹っかけてないと生きていけない病気なのだろうか。俺はホウの頭上で腹ばいになって寝転がり、頬杖をついた。なんだかさっきの繰り返しのように思えて退屈になってきたからだ。

「私の魔法を盗んで、いい気になっているのだな」

 そんなことを言って、ホウは白眼をガイに向けた。ようやく感情らしきものを見せた気がする。

 これを受けてガイは、にやりと笑う。

「あのくらいの魔法なら、一度使ってるところを見れば自分のものにできらあ。ホウさまの主力魔法があの程度じゃ大したことないな」

「勝手にそう思っているがいい。どちらにせよ、今ここでお前と直接戦うつもりはない」

「ロナを返してもらうぜ、お前にとられっぱなしってわけにゃいかん」

 おお、ガイが珍しくまともなことを言った。俺は何の間違いかと思って、ガイの顔を見上げた。

 しかし、ガイがホウから盗んだ魔法というのは一体、何なのだろうか。ホウが得意としている魔法といえば、彼女自身が開発したとされている破壊魔法『灰燼の呪文』であるが、それをまさか盗んだというのではあるまい。

 だが主力魔法といっているあたり、やはりそれである可能性が高かった。ガイはどちらかといえば直接戦闘を得意としているはずだが、魔法も苦手ではないらしい。

「なら、俺自身はやらねえよ。今みたいにほかの奴らに戦わせて、その勝敗を賭けりゃいい」

 また妙なことを言い出した。

「なるほど。しかし、誰と誰が戦うというんだ?」

「あっちで仲良くしている二人がいるだろう。あの二人にやらせればいい」

 ガイが指差した先には、何かを話している二人組みがいる。それは、ロナとフェリテである。

 ガイとホウの副官ともいえる存在だ。あの二人が戦うというのであれば、実質、四天王の争いに他ならない。

「そんなことしていいのか?」

 思わず俺も口を挟んでしまった。

「直接戦うんじゃあないし、殺し合いをするわけでもないんだからいいだろう。そうだな、これは試合だ。お互いの力を高めあうための切磋琢磨の一環だろう?」

 言い訳を口にするガイであるが、ホウはそれを止めもしない。どうでもいいと思っているのだろうか。

「またお前たちは勝手にそういうことする」

 この会話が聞こえていたのか、シャンが戻ってきた。ようやく清算が終わったのか、手に金の入った袋を握っている。

「俺は戻るぞ。これ以上お前らの勝手な行動に付き合いきれん」

「待てよ、賭けの胴元はどうするってんだ」

 離脱しようとするシャンを、ガイが引き止める。だが、シャンは足を止めない。

「勝手にしろ。とにかく俺は戻るからな。ホウ、あの二人はお前が連れて帰れ。ルイは怪我が治ったら約束どおり、そこの手乗り悪魔につけるから」

「誰が手乗り悪魔だ、聞こえてるぞシャン!」

 俺は先ほどの怒りも含めてシャンに手を伸ばしたが、届くはずもない。

 とはいえ、これでルイも俺のものになった。それはいいのだが、ブルータが邪魔になってくる。二人連れて行けばいいと思うかもしれないが、ハーフダークの姿を隠せないのでは仕方がない。ルイに偽装の呪文を使わせてもいいが。

 ルイの怪我はたぶん大したことがないだろう。シャンもそう見たからこそ、治療もせずにさっさと帰ってしまったのだ。


「胴元なら私がやる。安心しろよ、別にどっちにも賭けやしない」

 リンが割り込んできて、胴元の問題は解決した。いや、解決したというか、本気でやるつもりなのか?

「しかしよ、もう観衆たちは盛り上がってるじゃねえか。いまさら中止にするつもりか?」

 ガイが指差した方向を見ると、清算が終わったらしい悪魔たちがこちらを見ている。負けた奴らは負けを取り返そうと次の賭けが始まるのを待っているし、勝った奴らはその勝ちをまるごと転がそうと同じように待っている。誰一人帰ろうとしていない。城の中に戻ったのはシャンだけだ。このあたりなんというか、人のことは言えないがさすがに悪魔である。

「倍率は調整させてもらうが、そのかわり私も賭ける」

 リンは早々に賭けの整理を始めている。さきほどどちらにも賭けないとか言っていたその舌の根も乾かぬうちにこの始末である。俺は彼女の補助役であるユエを見たが、興味なさそうにぼんやりしているだけだった。賭けの対象にされているフェリテとロナはといえば、まだ二人だけで話しこんでいるようだ。

「勝手に進めていいのか、あの二人はまだ楽しそうに話しこんでるぞ」

「そうだな、そろそろ伝えよう」

 ホウが思念会話を飛ばした。

 少なくとも、二人以上に何かを伝えたようだ。が、それ以上はわからない。『密談の魔法』という別名は伊達ではなく、今回は誰に飛ばしたかもわからなかった。しかしフェリテに賭けのことを伝えたのは間違いない。フェリテが困ったように首を振っているのが見えた。

「俺はロナに賭ける。それで勝てば、ロナは返してもらう。ついでにあんたも俺の褥に入ってもらう」

 嫌そうにしながらもフェリテとロナが広場の中央に集まるのを見ながら、ガイが言う。それに対してホウは首を振り、

「ロナは返却してもいいがお前の相手はごめんだな」

 と、つれない。

 ホウにとって、この賭けは得るものが少ないといえる。負けても問題ないのだろう。

 というより、ホウはどうも最初から負けるつもりでいるようだ。先ほど得た『ロナの所有権』など、彼女にとってはどうでもいいものだし、むしろ面倒なだけである。わざと負けて、ガイに返却しようとしているのがわかる。

 ガイとしてもそれを承知しているようだ。だからこそ、ロナの返却に加えて、さらなる条件をくっつけようとしていると考えられる。

 二人がそんな調子で言い争っている間に、フェリテとロナは準備が完了したようだ。

 一方、ブルータが意識を失っているルイを抱えて戻ってきた。それを見たホウは、そこらで座って休んでおけと指示する。ブルータはそれに従った。

「だったらよ、ロナを返してもらう。そのついでにフェリテもいただくというのでどうだ」

 ガイはまだあきらめないのか、問答を繰り返す。それに答えるホウも辟易してきたようだ。

「それも無理だ。ロナを返す、それだけで十分だろう。そもそもこの賭けに付き合う義理も私にはない」

「それじゃつまらねえだろ、賭けに必要なのはスリルだ。この一発で破滅しちまうかもしれねえっていうアレだ」

「なら、フェリテや私の貞操を賭ける代わりに、お前も何かそれに匹敵するものを賭けると言うんだな」

「おうとも」

「いいだろう、それならお前の持っている船をもらいうける。それと、夜魔たちもだ」

「何だと?」

 思わぬ言葉に、ガイはホウをにらみつける。俺は自分がにらまれているようで、怖かった。

 射抜かんばかりににらむガイに軽く微笑み返し、ホウは調子を変えずに言った。

「それなら釣り合いがとれているだろう? こちらはフェリテもロナも賭けるんだ。お前も相応のもので応じてもらわなければ」

「よし、それでいい」

 馬鹿か。勝手に何を賭けているんだ、こいつらは。

 俺は驚きのあまりに固まる。シャンがここにいたら間違いなくこいつらは怒られている。しかし、ここにいるのはリンだった。面白ければいいのか、リンはこの会話が明らかに聞こえているにもかかわらず、聞き流している。俺も聞かなかったことにしたい。

 というのも、今回は結果が見えているからだ。

 フェリテはホウの部下であり、ロナはガイの部下だ。互いに部署が違うし、対立しているので八百長はできない。しかも、俺の見る限りではまず間違いなくロナのほうが実力が上である。ロナの戦っているところは見たことがないが、直接戦闘に参加することも多いと聞いている。フェリテも勇者との戦いを見てわかるように決して弱くない。だが、ロナはガイの参謀役でもある。切れる女だ。

 実際のところロナの戦闘力は未知数なのだが、ガイの部隊の大半が無骨な荒くれどもであることを考えると、その中で直接戦闘に参加して成果を残しているロナはただものではない。この間までは女であるロナを手放したくないガイの部隊による事実無根の賞賛である可能性もあったのだが、直にこの目でガイの部隊の戦闘を見てそれはないと確信できた。そこを踏まえてフェリテと比べてみると、どう見てもロナのほうが強く感じるのだ。

 フェリテが誰かと戦って勝っているところをあまり見たことがないというのも少しはあるのだが。これは彼女が常に強敵と戦っているので仕方ない部分でもある。が、やはりここはロナだろう。

 俺も賭けることが許されるのなら、ロナに賭けているところだ。

 ガイもそういう考えで賭けをうけたはずである。ロナが負けるとはまったく思っていないだろう。リンが取りまとめている賭けの様子を見ても、ロナに賭ける悪魔が大半だ。フェリテに賭けているのは穴狙いと見える。倍率もロナのほうが低い。

「おい、ロナ。手加減いらないからそいつをぶっ飛ばせ。死んでも勝て、負けるなよ」

 物騒な応援をするガイであるが、ロナはあまりやる気がなさそうだ。

「死なないようにします」

 そう答えながらごそごそと靴を脱いでいた。

 対するフェリテは病み上がりの身体である。無理はするなとホウに言われて、頷いていた。その手にはすでに槍を抜いている。

 もう止めようがない。別に止めようとも思わないが。

 俺はただ、はじまるのを見届けた。


 とりまとめを終えたリンが、無造作に銅貨を放り投げる。

 綺麗に弓なりの曲線を描いて飛んだ銅貨が、フェリテとロナの間に落ち、乾いた音をたてた。試合開始だ。

 先手必勝とばかり、フェリテが槍を握ってロナに飛び掛った。

 俺はロナが戦うところを初めて見ることになる。どのような戦闘スタイルなのか、と期待した。

 そのロナの身体がずるりと溶けた。下半身がずぶりと融解し、上半身がくずれおちる。そのせいで、胸元を狙って突き出されたフェリテの槍が外れた。

 飛び掛ってきたフェリテが、今度は急いで後ろに退く。ロナの解け落ちた下半身が伸び、長い腕となってフェリテに迫った。

 ロナが溶けたのは、フェリテの攻撃によるものではない。いまやロナの半身はどろどろになり元の形がなくなっているが、不定形となっているその姿がおそらく、本来のものだと考えられた。ロナは、そういう種族の悪魔であったのだ。

 ロナの下半身がうねり、何本のもの太く長い腕をつくりあげていく。それらひとつひとつが素早く飛び出し、フェリテに迫った。


「なんだありゃ。あんなのありかよ」

 俺は思わず、そんなことを口にしていた。

「ありに決まってるだろ。あれでも部隊で俺の次に強いんだぜ、無敵の参謀サマだ」

 ガイは自慢するように笑う。さらにもう勝負はついたとばかり、ホウを横目に見た。

「鳥女なんかじゃ、相手にならねえよ」

「どうかな」

 この有様を見ても、ホウはなお冷静だった。


 槍を振り回して、フェリテがロナの腕を受ける。背中の翼は開き、素早い動きを補助していた。

 何本もの腕、すでに触手と呼べるかもしれないそれを次々と槍で受け、華麗に舞う。フェリテは押されてはいたが、それでも防戦を続けていた。

 負けると予想されてはいたが、さすがに強さを見せている。そう簡単に押し負けてしまうようなことはない。

 ある程度攻撃をさばいたところで、フェリテが地面を蹴った。背中の翼をはばたかせて、飛ぶ。どうやら魔法を練る時間を欲したようだ。ロナは空中に浮いたフェリテにも触手を伸ばすが、届かない。

 おお、と賭けに参加していた悪魔たちから声があがった。

 俺も一瞬、このままフェリテが魔法で地上を焼き払ってしまい、勝つのかと思った。

 だが、ロナは触手を振り回し、観戦していた悪魔たちが腰に下げている武器を強引に奪った。不意の一撃を食らって悪魔たちは悲鳴を上げ、文句を言うがそんなところで観戦しているほうが悪い。というより、油断しているのが悪い。

 奪った武器の数は七本ほどだ。それら全てを触手に握り、ロナは空中に静止しているフェリテを見据えた。

 魔法がきた瞬間、それらの握った武器を投げつけるつもりでいるのかもしれない。そうなると魔法を放った直後のフェリテはかわしきれるかわからない。相打ちとなる可能性が高かった。

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