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暗殺の青  作者: zan
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10・愚神礼賛 中編

 目覚めに際して、今度は何の苦痛もない。

 俺はまぶたに射し込んでくる光に気付いて、目を開ける。

「起きたか、お前が一番最後だ」

 体を起こした俺にそんな声がかかる。そちらに目をやると、部屋の中央にホウがいた。翼を交差させて、腕組みをしているような格好だ。

 他にフェリテ、ブルータ、ルメル。全員起きている。

 壁際に立っているフェリテの傷は、既に癒えているようだ。

 俺の近くで寝台に腰掛けているブルータはまだ力の衣装を着込んだままだが、立ち上がったり歩き回ったりするぶんには問題がないらしい。その肩にルメルが乗っていた。

「俺が一番最後ねぇ。全員お目覚めってわけか。これからみんなでピクニックにでも行くっていうんじゃないだろうな」

 俺はブルータの頭の上に移動しながら、ホウを見やった。

 四天王のホウは軽くため息をついて首を振る。

「もちろんそんな用事じゃない。お前に言うことが二つある」

「へえ、どんな用事だよ」

「まず、ルイの調整が終わった」

 それはそれは。

 俺は笑みを浮かべた。これを待ちかねていたからだ。

 シャンがルイの調整を終えたとなれば、それを俺が使役できるはずだからだ。そういうことをシャンには頼んでいたはずだし、奴のほうでもそれほど悪い返事はしていなかった。期待をしていいはずだ。

「それで、もう一つは」

 二つあるうちの一つは聞いた。もう一つもいい話題のはずだと勝手に期待をして、俺はホウを見つめた。

 ホウはブルータの頭の上に立っている俺に見つめられてもどうということはなく、淡々とした調子で口を開く。

「もう一つは少し重要なことだ。ついさっき、リンが戻ってきた。それと、ガイもだ」

 確かに重要なことだった。

 リンには報告に行かなければならない。ああ、だから恐らくブルータもフェリテも起きだしていたのだ。

 俺はブルータの頭の上に腰掛けて、一応身なりを整えた。すぐにも、リンのところへ行かねばならない。


 しかし、どういうわけかホウもフェリテも俺たちについてくる。

 というよりもホウが先導して部屋を出て、俺たちがそれにくっついているような格好だ。

「なんだよホウ、リンへの報告だったら俺たちだけで十分だろ」

「ちょっとした野暮用だ。黙ってついてこい、すぐに終わる」

 ホウがそう言うので、俺は黙っていることにする。彼女は珍しく、マントを羽織っている。

 ほんとうにすぐに終わるのだろうなと思いながらも、俺は言われたとおりに黙っていることにした。

 やがて俺が入ったことのない扉の前にやってきた。ホウが右の翼をかざして、開錠する。

 あっけなく扉が開く。小部屋だ。

 床に複雑な模様が刻まれている。魔法陣だ。俺の見る限り、転移の魔法を刻みつけてあるようだ。

 こいつは恐らく、謁見の間に続いている転移魔法陣に違いない。魔王と、その声を伝える女のいる部屋に移動するためのものだ。

 俺は下級悪魔にすぎない。魔王に会っていいのか、という意味でホウの顔を見た。

 しかしホウは俺の視線に気付いていないように、転移の魔法陣を使い始める。魔力を注がれた魔法陣が、光を放つ。

 少々あせった俺は返事をしない上役から目をそらし、フェリテの顔を見た。彼女は俺の疑問に答える。

「今回、お前たちも呼ばれている。心配しなくてもいい」

 それこそわからない話だ。

 確かに勇者は暗殺しているが、魔王直々に俺なんかに何の用があるというのか。任務失敗に関する問責ならリンに任せればよいことだ。

 何があるのやらと緊張する俺だったが、ブルータは平然としている。何があっても淡々とこなすだけだ、と言わんばかりの態度。

 こういうとき、自我を奪われているということも多少は役に立つと思える。そうなりたいとは思わないが。

 そんなことを考えている間に、ホウが魔法陣を発動させた。

 魔法陣に書き込まれた転移の魔法が、俺たちを移動させる。嫌でも緊張してしまう、早く終わることを期待するしかない。


 移動した先は、広々とした空間だった。

 床の上から伸びている篝火だけでは天井が見えないほど、高さのある部屋の中。

 足元に、赤い敷き布。部屋の奥へ伸びているその敷き布の先に、仰々しい玉座があった。そこには誰も座っていない。

 かわりに、玉座の隣に女が立っていた。

 まさか、と俺は思う。

 こいつが、魔王の声を担う女か。

「一同、ご苦労」

 女が前に進み出ながら、低い声を発した。

 ハッとして俺は周囲を見回す。俺の右隣にはフェリテ。その隣にはロナがいる。

 ロナはガイのブレインだ。ここにロナがいるということは、ガイもいるに違いなかった。

 俺のその予想は当たっていた。ロナの奥に四天王が並んでいる。俺に近いほうからホウ、リン、シャン、ガイの順だ。

 ホウはいつもと同じように、上から下まで真っ黒の姿。マントを羽織っていたのはこうした場にでるためだったらしい。

 リンは前に比べると精気が戻っている。疲労困憊の極みにあった彼女も、ユエを得てから多少は休めるようになったらしい。それにしても相変わらず美しい姿である。

 じろじろとリンの顔を見ていると額の目が俺を睨んだような気がした。俺はあわてて目をそらす。

 さらに奥にいるシャンは、この間見た姿と何も変わらない。ただし上半身がいつものような半裸ではまずいのか、ホウと似たようなマントを着けていた。

 一番奥にいるガイはといえば、この男らしく本当に何も普段と変わらない格好だった。顔に入った刀傷は隠しもせず、上半身の衣服は邪魔臭そうにうち脱いだまま腰から垂れ下がり、魔王の声を相手にしても腕組みを解かない有様だ。

《こりゃいったい、なんの集まりだ》

 俺は思念会話をホウに飛ばしてみるが、返事が無い。

 四天王とその側近二名を招く『魔王の声』の集会。そんなところに、俺やブルータが参加する意味があるのかどうか。

 しかし、今さら逃げ出すことはできそうにない。

 俺はブルータの頭の上で、大人しくしておくことにする。

「多忙の中、呼びたててなんだ」

 ガイが『魔王の声』に、面倒くさげな目を向けた。ロナが困った顔になるが、ガイはそのようなことを気にしなかった。

「何かくだらねえ用事だったら、さっさと終わりにしてくれ」

「ガイ、少し黙ってろ」

 機嫌の悪そうなガイを、シャンが制した。

 渋々引き下がったガイを見て、『魔王の声』が俺からガイまでを見回して、重々しく口を開いた。

「魔王陛下のお言葉を伝えよう」

 格好つけやがって、と俺は思いながら女を観察する。

 『魔王の声』は赤い髪を伸ばし、白いローブを着込んでいた。そのローブはかなり上等のものと見られるが、特別な魔力が秘められているのかどうかはわからない。

 一応あちこちに青や赤紫の刺繍が散っているので、おそらくただのローブではないと思われる。

 顔はといえば、やる気も覇気も感じられないやる気の無い目に、小さな口。どうしてこんなやつが『魔王の声』なんかをやっているのかと思うくらい、平凡な顔だ。美人とはいえるかもしれないが、絶賛するほどではない。リンとは比較にもならないくらいである。

 その『魔王の声』が、四天王に片手を向けた。

「まず。ここにいるリン、ガイ、シャン、ホウの四名に対して伝える。この四名は先からの人間社会制圧に関して、比類なき功績を挙げているものばかり。そこでこの四名を魔王より正式に、『四天王』として認めるものとする」

 俺はそれを聞いて、口元をゆがめる。俺が多数の意見を集めてつくった『魔王軍四天王』が、とうとう魔王から正式に認められてしまったのだ。

 実力的に抜きん出た四人なのだから功績がすさまじいことになるのも当然とはいえるが、俺の目に狂いはなかったということだ。別に俺が認められたわけではないが、なぜだか嬉しい気分になる。

「役職として『四天王』を設けることになるが、職務としては今までと変わらない。これまでどおり、それぞれの仕事をしてもらいたい」

「かっ、それじゃなんのために呼んだんだよ。四天王って呼ばれるだけなら何にもかわらねえぜ」

 ガイは組んだ腕をといて、後頭部を掻き毟っている。

「新たな役職を組んだ以上、報酬は与える。宝物庫の一部を四天王に対して開放する」

 『魔王の声』がそんなことを言ったが、どこの宝物庫のことを言っているのか俺にはわからない。ホウは興味なさそうにしている。リンも同じだ。シャンは首を振っているし、ガイに至ってはそれを口に出す始末だ。

「そんなもんより、俺はあんたが夜のお相手をしてくれるほうが嬉しいね。俺は別に武器やら防具やらなんぞ欲しくねえよ」

 こいつは本当に物怖じしないやつだ。

 俺は昔馴染みの悪魔のひどさに笑みを強める。

 『魔王の声』は、魔王軍の中でも最大級の地位を持っている存在である。情欲に対象にしてよいはずがなかった。

 しかしこうしたガイの態度にもある程度慣れているのか、『魔王の声』は自分の髪に触りながら不躾な態度をとる四天王の一人を横目に見た。

「四天王ガイ。ならば、お前の満足する報酬とはなんだ」

「へっ、おわかりだろ。俺らの軍勢は荒くれの集まりだ。そいつらが望むものっていやあ、一時の快楽だ」

「女か」

「そうだ」

 そうだ、とずばり言ってしまうガイもどうかと思ったが、

「了解した。魔界より夜魔たちを手配する」

 それにあっさりと応じてしまう『魔王の声』もひどいものだ。ガイたちが相手にした女たちがどうなるのか、わかっていないわけでもないだろうに。

 いや、夜魔たちならそれに耐えられるのかもしれないが。

 夜魔は、性交渉に特に秀でた種族の悪魔たちだ。人間を堕落させるなら絶大な力を発揮するが、人間の戦士たちと直接打ち合うには向かない種族が多い。そうした事情で彼らの大半は魔界に留まっているはずだ。魔王軍の本部にいる夜魔でさえも、ほんの数人だ。

 それをガイたちのためだけに手配して呼びつけるというのだから、『魔王の声』の権限はさすがといえる。

 しかし、夜魔か。俺にも一人くらい専属の夜魔が欲しいものである。

「シャン、ホウ、リン。お前たちも宝物庫の解放よりも欲しいものはあるのか」

 『魔王の声』が、ガイ以外の三人にも声をかける。

 ガイだけが特別報酬というのでは不公平だと思ったのだろう。

 それに対してシャンは『禁断書庫』の一部開放を求め、了解された。ホウはシャンと同じものを望み、これも了解される。ただし、ホウとシャンは異なる分野の開放を求めている。

 最後にリンは長期の休暇を求めたが、これは承認されなかった。

「それは無理だ、お前は陸軍の要。それはわかっているはず」

「わかった、それなら私は宝物庫の開放でよい」

 意外にもリンは素直に引き下がり、報酬を確定した。

 しかし、この流れからいくと俺にも何か報酬があるのだろうか。俺は四天王たちが『魔王の声』とやり取りをしている間、そんなことを考えていた。


 正式に四天王と呼ばれるようになった『四天王』たちへの用事は、どうやらその称号と報酬を与えることだけで終わったようだ。

 『魔王の声』は四天王たちへの用件を終えると、俺とブルータを見る。次にフェリテを見て、最後にロナを見た。

「四天王についてはそのくらいだ。さて、ここに呼んだ四天王ではないお前たち。ロナ、フェリテ、レイティ」

 俺の名前まで呼んで、『魔王の声』は妖艶なしぐさで腕を組む。

「お前たちの活躍も聞いている。四天王には及ばないまでも、彼らをよく補佐しているようだな」

 俺は補佐した覚えがない。

 とはいえ、ロナはガイにとって手放せない存在だろうし、フェリテもホウの片腕だ。俺以外の二人についてはいえることである。

「これという地位は与えられないが、お前たちにも報酬を与えよう。四天王たちに渡しておくから、受け取っておくがいい」

 どうやら俺たちには報酬を選べるような権限がないらしい。

 四天王の功績と比べては仕方ないが、何がもらえるのかわからないのでは。

 俺はため息をつきかけて、あわててそれを飲み込んだ。

 くそう、俺も夜魔にお相手を頼みたい。ガイがうらやましい。

 そう思っていると、俺の心を見透かしたのかガイがこちらを見てニヤリと笑う。うざい、と思いながら俺は歯噛みする。


 報酬が何かはわからないまま、俺たちへの褒章は終わった。

 どうやら四天王を正式に地位として認めるということが、この集会の本分だったようだ。

 解散してもよい、と『魔王の声』が告げる。

 俺たちは部屋を後にしようとしたが、その前にリンが転移の魔法を使った。

 『魔王の声』を除いた、その場にいた全員がその魔法に巻き込まれる。

「おい、何しやがる」

 ガイが文句を言っているが、ガイの魔力ではリンの魔法に抵抗できるはずがない。気がついたときには、俺たちは魔王軍本部の中庭に移動させられていた。


 揃って中庭に着地。

 俺はブルータの頭の上に。それ以外の面子は地面にだ。

 豪華な顔ぶれ。四天王に加えて、その側近も二名存在する。

 俺とブルータだけ悲惨なほど地位が低い。

 ガイは勝手に転移させられたのが気に食わないらしくリンに突っかかっていたが、リンは相手にしていない。ガイもそれほど怒ってはいないのか、すぐにリンから離れた。

 用件も終わったし、四天王たちは忙しいのですぐに行ってしまうだろう。特にガイとリンは、直ちに前線に戻っていく必要がありそうだ。

 俺はそう思っていたので、ホウについて部屋に戻ろうと考えていた。

 だが、リンはその場で伸びをしているし、ロナもフェリテと何か言葉を交わしている。格別忙しいというわけでもなさそうだ。

 そう思った矢先、ガイがホウに絡んでいるのが見えた。

「よう、鳥女」

 あまりいい雰囲気ではない。

 というより、一方的に因縁をつけているような感じだ。ガイとリンの仲が悪いのは知っているが、どうやらホウにもあまりいい印象を抱いていないらしい。

「私のことか」

 ホウは明らかに侮蔑を込められた呼び名にも動じた様子を見せず、ゆっくりと振り返った。ガイはそれも気に入らないようで、腕を腰に当てて剣呑な目をする。

「お前は一体、何の仕事をしているんだ。俺たちが前線で戦ってる間によ、どういうことをしてくれているんだ」

「諜報だ」

 淡々と、ホウは答える。

 それぞれの補佐役であるフェリテとロナは、顔を見合わせていた。ロナは慌てて頭を下げ、フェリテは首を振っている。

 補佐役であるロナはまともだが、生憎ガイが止まってくれそうにない。

「気に入らないな、お前は戦えるくせに前線にも立たないでこそこそ敵の情報を探ってるだけだ。それなのに、なんで俺たちと同じように評価されているのかがよ」

「よせ、ガイ。魔王に逆らうつもりか?」

 リンが止めに入った。四天王を止められるのは、四天王だけだという判断からだろう。

「そういうんじゃねえ。ただ、気に入らないって言ってるんだ」

 不仲なリンの仲裁では効果がなかったのか、ガイはホウに手を伸ばす。

 ホウはその手を無視しようとしたが、ガイが一歩踏み込んで、ホウの胸倉をつかんだ。乱暴な男だ。

「聞いてるのか」

「ああ。それで、どうすればいいというんだ」

 つかみあげられたホウは、平然としたまま言う。特に慌てた様子などなかった。

 ガイはますます怒ったようで、そのままホウを持ち上げた。片腕だけでだ。ホウの身体は簡単に浮き上がり、シャンでも見上げなければならない位置にいってしまった。

 主が危険だと感じたのか、フェリテが槍を抜きかける。

 おいおい、こんなところで仲間割れか。

 俺はガイたちの争いと、フェリテの動向を交互に見た。

 フェリテがかかっていってもガイには勝てない。フェリテ自身もそれはわかっているはずだが、忠誠心の高い彼女はこれを黙ってみていられないのだろう。

 慌てたロナがフェリテの服をつかむ。が、ロナは別に、ガイの身を案じたわけではないだろう。どちらかといえば、フェリテが死ぬことを恐れてのことのように見える。

「お前、四天王を降りろ」

 ガイは、そんなことを言い放った。

「報酬も辞退しろ。命をかけて戦ってもいないお前が、図々しいとは思わないのか」

「ガイ、ホウは何度も勇者とまみえている。命をかけていないとはいえない」

 さすがにまずいと思ったのか、シャンが口を挟んだ。

「そんなんは、言い訳だ。まみえていたって、結局ただ逃げてるだけだろ。俺のところは分隊がまるごと潰されたんだぜ、一人も逃げずに最後まで戦ってな」

 シャンの仲裁を蹴り飛ばし、ガイがホウへ目を戻す。

 つかみあげられているホウは、冷静な目をガイに向けていた。

「断る」

 当然の返答だった。ガイは瞳を光らせて腕に力をこめる。

「てめえ、くだらねえこと考えてるとぶち犯して焼き殺しちまうぞ」

「やめとけ」

 胸倉をつかんでいた手を引き絞って、ホウの首を絞めようとするガイ。だが、ホウはそれでも平然としている。

 するりと翼を持ち上げて、ガイの手に触れる。

 瞬間、その場に電撃が走った。

「うおっ」

 ガイは手を離していた。

 ホウが何か魔法を使ったに違いなかった。が、ガイはそれを察知して電撃を受ける前に手を離していたようだ。

 どちらも、ありえないほど素早い行動である。互いに無傷だ。フェリテとロナは胸を撫で下ろしたに違いない。

 自由になったホウは華麗に着地して、翼を戻す。優雅な動作だ。

 ガイは尚も食って掛かろうとしたが、その彼の前にロナが割り込んだ。

「戻りましょう。このようなことで仲間割れをしては、いけません」

「ちっ」

 さすがにガイも、自分を日ごろから助けているロナの言葉には逆らえないらしい。舌打ちをして、ホウに背を向けた。

「いつか鳥料理にしてやらあ」

 捨て台詞を吐いて、中庭から出て行こうとする。

 が、その足が止まった。今度は何に因縁をつけるのかと俺は思ったが、ガイのやつは俺に近づいてくる。

 何だ、俺の何が気に入らないんだ。

 情けない話、俺は不機嫌なガイにあまり近寄りたくなかった。

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