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暗殺の青  作者: zan
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10・愚神礼賛 前編

 ブルータは昏睡状態だった。血液を失いすぎている上に、重要器官を幾つも破壊されていて自然治癒が不可能だ。左腕の欠損も深刻であった。

 左手が落とされるのは二回目になる。よく怪我をするもんだ。この勇者暗殺という任務がいかに危険なものかわかるというものである。

 俺たちは魔王軍本部の、ホウの部屋にいた。

 シャンからブルータを引き渡された日以来のこの部屋だ。今はかなりの人数がこの部屋の中にいた。

 ホウ、フェリテ、ブルータ、俺、そして妖精のルメルがいる。

 とはいえ、動けるのは俺とホウ、それに枯葉妖精のルメルだけだ。ブルータとフェリテは大怪我をしているので、急遽持ち込まれた長机の上にシーツを敷いて寝かされている。

 それでもフェリテはなんとか意識を保っていたが、ブルータは完全に意識を失っている。突付いても叩いてもぴくりとも動かない。

 ホウとルメルはブルータに治癒魔法をかけている。ホウがいるのだから間違っても妙な治り方をするということはないだろう。その点は安心していた。

 実際、俺もホウの治癒魔法をうけて既に完治している。


 俺はフェリテの顔を見ていた。

 ホウと枯葉妖精のルメルはブルータにかかりきりである。それほど奴の傷が深いということでもあるが、よく死んでいなかったものだ。おそらくはホウが救出した段階で治療魔法をかけていたのだろう。そうでなければ助かる道理などない。

 それにしても、俺はまだ事情を聞いていない。なぜあの場に勇者が乱入し、それを追うようにフェリテとホウがやってきたのか。まずはその説明があってもいいはずだ。

 しかしどうやら、ホウはブルータの治療に忙しいようだ。

 フェリテは部屋に運ばれたときはうんうん唸っていたが、静かになっている。傷がかなり痛むらしいので、ホウが魔法で眠らせてやったのだ。傷口は治癒魔法でふさがれているものの、それで全快というわけではない。俺よりもはるかに傷が深い。

 シャンがいれば、例の『虫』を使うことで簡単に治療ができたはずだ。だがシャンはルイの最終調整のためにとても手が離せる状況ではないということだった。それでホウが自ら治癒魔法を使っている。

 さすがに四天王のホウが使う治癒魔法は俺のものとは桁違いの効果だった。俺の傷はすぐに完治したのである。

 しかしフェリテとブルータは相変わらず寝ている。予断を許さない。

 要するにそれほどあのラインという勇者が強かったということでもある。あんな奴を暗殺するのは無理だと思えて仕方ない。

「このくらいにしておこう。あまり魔法で治しても仕方ないし、一時に使いすぎるのもよくない」

 ホウがそう言いながら、ブルータに向けていた翼を戻した。どうやら今日の治療は終わりにするらしい。

「ホウ」

 馴れ馴れしい口をききながら、ルメルがホウの肩に乗っかった。

 彼女は精霊使いのバロックを倒した際に捕まえて、ホウに預けているはずのものだ。未だ、妖精のルメルの所有権は俺にあるはずだった。なのに、ルメルは俺をまるで無視している。

 別に好かれたいとは思わないが、俺はお前の持ち主なのであるから少しは言葉を交わそうとは思わないのだろうか。

 とはいえ奴の主人を殺したのは俺であるから、これも仕方がないが。

「ブルータは助かる?」

「多分な。そう心配しないでいい、ハーフダークも結構頑丈だ」

 ルメルの言葉に答えながら、ホウは椅子に座り目を閉じた。治癒魔法をたくさん使ったので、さすにが疲れたのだろう。その前に転移の魔法を使っているし、勇者ラインに向けて『魔力拡散の呪文』を放ってもいる。いかに四天王の一人といえども疲労するのは当然だった。

「なあ、ホウ」

 今度は俺がホウを呼ぶ番だった。今のうちに、訊いておきたいことが山ほどあるのだ。

 それはホウもわかっているのだろう。何度か頷いてから、

「何が訊きたい」

 と俺に問うてきたのである。

 何から訊くべきか、と俺は少し考える。しかしまずは勇者があの場にいたことと、フェリテとホウがそれを追うようにやってきた事情を聞くべきだと思った。

「勇者ラインがどうして城塞都市にいたんだ?」

「それは知らない」

 言いながらホウが椅子に座り込み、両の翼をだらりと下ろした。立っていても引き摺るほど長大な翼が、床に広がった。

「勇者がなぜあの都市にいたのかははっきりしないな。推測になるが、おそらく王妃がルークスの旅立ちに際して呼び寄せたのではないか。ラインはあの王妃とはわずかばかり付き合いがあったからな」

「それなら変だぜ。なんで勇者は旅立ちの儀の警備にあたってなかったんだ? 酒場のおっさんだって城塞都市に勇者がいることはまるで知らないようだった」

「人間達の事情だ、それは。私がなんでも知っているとは思って欲しくない。私も実際に城塞都市にいって初めて知ったことだが、ルークスは女だったんだろう?」

 俺は頷いた。確かにルークスは女である。間近で見たし、間違いない。

「詳しいことはわからないが、城塞都市の中でもきなくさい政争事情があったのかもしれない。たとえば、王家の威勢が弱まっていたので世継ぎがすでにいることにしたかったとかだ。その世継ぎが勇者として功績をあげれば、さらに磐石になるだろう」

 ああ、なるほど。俺はさらに頷いて、話の続きを促した。

「それで?」

「しかし、今まで実戦を経験したことのないルークスをいきなり戦わせるのは危険だ。そこで王妃はすでに本物の勇者として名声を高めているラインを呼び寄せた。ルークスの実戦を見守らせるためだ。本当に危ないときは助けに入ってくれと頼んで」

「そうだとしたら納得はできるな。民衆がラインがやってきていることを知らなかった理由も。しかし俺たちが騒ぎをあれだけ起こしたのに、ラインは出てこなかったぞ」

「そのくらいの秘密だったんだろう、勇者ラインがそこにいるってことが。ルークスの警備はカイザード将軍がしていたし、機密保持のほうを優先したということだな。この推理があたっているとしたら、それが仇になったわけだが」

 そういうことか。あとは、そこに何故フェリテとホウがやってきたかだ。

 それを訊ねると、ホウはため息をついた。

「助けてくれてありがとうの一言くらい、あってもいいはずだが」

「それは感謝してる。けどよ、疑問には答えてくれるんだろ」

「そうだな。勇者ラインの居場所を探っていて、城塞都市に向かったことが明らかになったから向かっただけだ。そこにお前たちがいることはわかっていたから、確実に戦闘になるとふんでな。間一髪というところだった」

「そうよあんた、さっきからえらそうにしてばっかりで。ちょっとは申し訳なさそうにしたらどうなのよ」

 ホウが説明を終わると同時に、ルメルが俺に向かってそんなことを言う。その顔は「お前のことが気に入らない」とはっきりわかるほどの不快感をにじませている。

「勇者に追いかけられていたところを助けてもらったのはありがたかったけどな。俺は命令に従って任務遂行をしていただけだし、何も悪くない。申し訳ないと思う必要がないだろ」

 俺はそう反論してやった。ルメルはそれを聞くと表情に怒りが混じらせ、語勢を強めてくる。

「何言ってんのこの変態悪魔! 助けてもらっておいてそれが当然というようなその態度はなんなの? あんたがどんだけ偉いっていうのよ」

「俺にそんな命令を与えたのは四天王のリンだぞ。リンの命令でやったことだ。結果俺が死に掛けたんだからホウに助けてもらっても別に悪かったとは思わない。感謝はした」

「した、って何? あんたにとってありがとうってのはその程度の言葉? もうすでに過去形にしちゃって、終わった話なの。どんだけ性根が腐ってんのよ!」

 ルメルはまだ言い足りないらしくホウの肩の上でギャアギャアと騒いでいる。が、耳元で騒がれて迷惑なのか、ホウが翼を持ち上げてルメルをなだめた。

「そんな言い争いは、怪我人がいないところでやってくれ。それで、他に質問はないのか」

 言いながら、ルメルを摘み上げてブルータの枕元に置いてしまう。とりあえず、話に入ってくるなということらしい。と同時に、妖精はハーフダークの容態でもみていろということなのかもしれない。

 さすがの枯葉妖精もそれで黙ってしまう。ブルータの寝顔に顔を向けながら、横目でホウを睨んでいるようだった。

 俺のほうは、とりあえず城塞都市に勇者たちがいた理由はわかったので他に聞いておくべきことは考えつかない。フェリテが誘導していた女勇者がどうなったのかなど、疑問に思うことはあるが今の俺には関係のないことだ。そういうことは、問題があるようなら四天王たちでなんやかやと対策をとるだろう。

「ああ、ひとつだけ」

 俺は訊くべきことをもうひとつ思い出した。ブルータの背嚢を探って、マントをとりだす。

「これってどういうのかわかるか? 洞穴で見つけてきたんだが、どういう効果があるのかわからない」

「またそんな相談か。鑑定料をとったほうがいいかもしれんな」

 ぼやきながらホウがマントを摘み上げる。ばさりと広げて、生地の上に翼の先を滑らせた。

「結構いいものだな。生命力を強くさせる魔法が込められているようだ」

「霧の衣装みたいなもんか?」

「さすがにあれには劣るが、希少なものであるには違いない。『力の衣装』とでもいうべきか。ブルータかフェリテにかけてやるといい。傷の治癒力も若干高まるはずだ」

 そんなにいいものだったのか、と俺は思いながらブルータの上にマントを持っていった。それに気づいたルメルが、ブルータにかけるのを手伝ってくれる。こいつ、俺には無愛想なくせにやたらブルータには懐いてやがる。

「質問は終わりか。なら、しばらく休んでいろ。その間私の部屋を使っていてもかまわない」

 ホウが立ち上がる。

 俺にはまだアービィを暗殺しにいくという任務があるし、ルークスの暗殺も指令が取り下げられたわけではない。それに、リンへの報告もしなければならないはずだった。

「リンは明日にもここに戻ってくるはずだ。そいつがかかっていればブルータも起き上がることくらいはできるはず、報告はそのときにでもすることだ。あまり無理をして動かすなよ、できるだけ寝かせておけ」

「なんだ、リンはまた戻ってくるのか」

 この間忙しい忙しいとか言いながら、シャンの奴に文句を言いに戻ってきたはずだ。それで中級悪魔のユエを連れて行ったと思ったが、また何か問題でも発生したのだろうか。

「あ、ホウ」

 部屋から出て行こうとしているホウを、ルメルが呼び止めた。

「お世話係の人が起きたらどうすればいいの」

 ひどい言われようだが、お世話係の人というのはフェリテのことらしい。名前くらい覚えてやれと思ったが、ルメルと言葉を交わすのは癪なので黙っておいた。

 ホウは首だけで振り返る。

「指示があるまで休んでおけと伝えてくれ。そいつの傷もすぐには治らない。あとお前たち、喧嘩もいいがほどほどにな」

 余計な一言を付け加えて、ホウは部屋から出て行った。おそらくフェリテが倒れた仕事の穴を埋めるため、諸々の雑事を片付けにいったに違いなかった。それと、この件をリンやシャンに報告しにいったのかもしれない。


 ホウがいなくなったので、部屋の中にはルメルと俺だけになった。

 ブルータとフェリテは意識を失っているので、数に入らない。俺はルメルを嫌っているし、あっちも俺のことを好きではないだろう。魔法をかけて犯してやってもいいかもしれないが、ホウにばれると色々まずそうだ。そもそもルメルのような口うるさい小娘に、あまりそういう気にもならない。

 だが、こいつは本当に自分の立場をわかっているのだろうか。というかホウに懐きすぎだ。

 俺の視線に気づいたのか、ルメルが振り返った。俺と目が合うが、すぐに顔をゆがめて

「ふん」

 と鼻息も荒くそっぽを向いてしまった。こっちだっていつまでも目を合わせていようとは思っていないからいいが。

「そんなところでふんぞり返っている暇があったら、水でも汲んできてほしいんだけど」

 俺にそんな立場をわきまえない発言をしつつ、奴はブルータの額にかかっていた手ぬぐいを絞りなおそうとしている。妖精の小さな体では重労働だろうに、よくもやってるもんだ。

 もちろん俺はそんなどうでもいい指示を聞き流し、欠伸をしながらフェリテの隣に寝転がった。眠ってしまうに限る。

 フェリテは寝汗をかいていて、時折苦しそうに呻いている。多分、熱もあるだろう。こっちも丁寧に看病してやれよと思っていると、ブルータの方の手ぬぐいを替え終わったのか、ルメルがこちらにもやってきた。

「邪魔よ」

 そんなことを言われた気もするが、俺は動かなかった。ため息をついて、ルメルはやりづらそうに手ぬぐいを替えている。

 俺はそれを見ながら目を閉じて、意識が落ちていくのに任せた。


 なんだかものすごくいやな夢を見ていていた気がする。

 回復魔法の代償か、若干の頭痛とともに俺は自然に目を開けた。身を起こすと、すでにフェリテも起きだしている。シーツを肩にかけて、ソファーに座っていた。彼女の寝ていた長机はすでに片付けられている。

 ルメルは看病疲れか、ブルータの枕元で行き倒れたような格好で眠っていた。

 俺はよほどそのまま永久に眠ってしまえと思ったが、捕らえた妖精という俺の手柄の一部である以上実際に死んでしまっては損をすることになる。ため息をつきながら、俺はフェリテに話しかけた。

「ようフェリテ、助けに来てくれたんだな」

 フェリテは俺の声に気づいたのかこちらに目をやる。

「起きたか。助けに行ったのは命令だからだ。私個人の考えからいけば、お前などあのままくたばるべきだった」

「ひでえ」

 それでもフェリテの声は回復しきっていないためか弱弱しいものだったので、俺はそこまで傷つかない。

 フェリテは、目を閉じて大きく息を吐いた。その表情は若干暗く、疲労を感じさせる。

「疲れてるのか?」

「ああ。女勇者クレナは結構な実力だった。あいつを振り回すだけでもひどく疲れるな。その上今回お前を助けるために勇者と組み合った。ホウさまが来てくださらなければ、私もあそこで終わっていただろう」

「しかしよう、フェリテもこき使われてるな。あの勇者ってのは四天王でもてこずるくらいの強敵なんだぜ、ホウも無茶苦茶いうよな」

 俺は本当にそう思っていたので、若干の同情もこめてフェリテに言ってやった。俺もリンにこき使われていると思っているので、似た境遇だと感じてもいたのだ。

 だが、フェリテはかぶりを振った。

「私自身はそう思わない。ホウさまが私を使うのは、私を信頼してくださっているからだ。その期待に、応えなければと思うだろう」

「そんなのありえないぜ。過剰な期待は俺を押しつぶすだけのものでしかないな」

 へっ、と俺は苦い笑みをもらす。

「そういう考えでは、つらいだけではないかと思うぞ。期待をされるということは、誇らしいことだと思えないのか?」

「おっと、それで思い出した」

 俺はホウに訊こうと思っていたことをもうひとつ思い出した。この場にはフェリテしかいないが、一応訊いてみようか。

「何を思い出した?」

「フェリテは、『期待の魔法』って聞いたことないか」

「もちろん、知っている。勇者たちがあちこちから湧き出てくる原因ともなっている魔法だろう」

 なんとまあ。

 俺はてっきり『期待の魔法』なんてのはルークスに勇者をやらせるためにカイザードが適当に考えた嘘だとばかり思っていた。しかし、フェリテが知っているということは実際に存在しているものらしい。

「そんなのがあるとしたらよ、勇者は殺しても殺しても湧き出てくるってことじゃないのか」

「だから、よく言われる。人間たちから希望を奪うことが彼らを征服することへの近道だと」

 フェリテはそう言いながら額を押さえて、ソファーに寝転がる。まだ不調であるらしいが、さすがにあの傷からそう簡単には立ち直れないのだろう。

 少しけだるげに息を吐くフェリテは、なかなかそそる。

「悪いが、もう少し寝かせてくれ」

「ああ」

 フェリテまで眠ってしまうと、話し相手がいない。

 俺も眠りなおすとしよう。

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