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暗殺の青  作者: zan
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8・暗中模索 前編

 ブルータのことを考えて、俺はシャンに訊こうと思っていたことがあったのを思い出した。この場にはホウもいることだし、都合がいい。

「なあ、シャン」

 顎に手を当てながら奴を呼ぶ。

「なんだ。褒章ならさっき言ったとおりだが、不満があるのならリンに抗議してくれ」

「いやそれはどうでも、よくはないが違う話だ。ブルータのことなんだが」

「ブルータの?」

 ふむ、などと言いながらシャンが腰を下ろす。

「俺に褒章がでるという話になったとき、ホウがブルータにも褒美をやるといったんだ」

「ああ、その話は聞いている。実にホウらしい話だと思う」

 ホウに目を向けつつ、シャンは笑みをつくった。当事者であるホウは特に面白い反応はせず、黙ったままルイに目をやっている。自分に関する話題が出てもまるで興味をしめさないらしい。話を聞いていないだけの可能性もあるが。

「それでブルータに何が欲しいかって訊いたとき、奴は母親が欲しいといった」

「母親か」

「人形にしてはおかしいだろ。任務に必要そうな魔法書やら杖やらが欲しいってんならわかるけどよ。母親だぜ」

「まあ確かにそうだな。人形としては変だ」

「おいおい、つくったのはシャンなんだろ」

 どこか他人事なシャン。俺は追及するが、奴はその態度を崩さなかった。

「しかし子供が母親を求めてもそう無理のある話ではないだろう。あいつもハーフダークではあるが、まだ子供だからな」

「何歳なんだ?」

「正確なところはわからん。前にも言ったがガイが拉致してきただけのものなんだからな」

「いやそもそも、あいつは何者なんだ」

「ハーフダークだが」

 そんなことはわかっている。俺が言っているのは血筋のことだ。ハーフダークである以上、ブルータの両親のどちらかは悪魔で、どちらかは人間のはずだ。しかしながらその、片親であるはずの悪魔が誰なのか不明だ。

 ブルータのことをよく観察すればわかるのかもしれないが、誰もそのようなことを気にしていない。今俺が言わなければこれから先もずっと気にされていかなかったに違いない。

「父親が誰なのかって話だ」

 確か、以前に母親と二人で住んでいたところをガイが拉致したと言っていた。その母親が実母であるのなら、父親が悪魔ということになる。

「そんなことわかるわけないだろう。お前かもしれないし、ガイかもしれない。調べようがない」

 シャンはこの問題に無関心のようだ。

「まあそうなんだけどな。で、母親が欲しいっていうのは人形としては変なんだろ。それってシャンの洗脳が完璧じゃないってことじゃないのかよ」

「洗脳な」

 首を振る。シャンは、俺を見た。

「実のところ、それほど強力に洗脳したつもりはないんだが。というより、洗脳ではないな」

「なんだって?」

「呪縛してやっただけだ。もともと意志薄弱そうな感じだったし、俺のところにきた時点でかなり精神的に消耗していたからな」

 母親を目の前でガイに殺されたらしいから、それで消耗してなければ只者ではないだろう。それはともかく、シャンは何を言っているのか。

「呪縛ってのはどういうことなんだよ。人形にしたんじゃなかったのか?」

「人形だ。一応はな」

「シャンよう、ブルータに何をしたんだ? これから先、あいつがふとしたきっかけで洗脳を解いてしまうなんてことはあるのか?」

 俺の問いに、シャンは少し考えてから答えた。

「あるかもしれないし、ないかもしれない。まあ心配は要らないと思うが。とりあえずだ、お前は完全な人形になったあいつを欲しいと思うのか?」

「そのほうが役に立つんだろ?」

「『人形』になってしまったら、自分の判断ができなくなる。あいまいな命令は全て聞けないことになるぞ。敵と戦えと命令したところで、棒立ちだ。右手で剣を抜いて真っ直ぐ突きこめとか、右に転がって攻撃を避けろとか、いちいち命令しなければならない人形が欲しいのか、と聞いているんだ」

「そんなの使えないだろ、いらねえって。そういうのが、『完全な人形』だってのか」

「そういうことだ」

 シャンは頷いて、もう一杯水を飲んだ。

「自分の判断というものを残しておかねばならない。そもそもそうしなければ魔法が使えないだろう。知ってのとおり、魔法は精神力と魔力を感応させてつくりだすものだからな」

「それはわかった。それで、ブルータは今どういう状態なんだ」

「自我のない人形、と俺は前に言ったかもしれないが。それは正確じゃない。自我がなければ大雑把な命令に従えないだろう。今のブルータは我欲と感情を大幅に制限された状態だといえる」

「なんだ、そりゃ」

 そんなことは初めて聞いた。今まで完全に自我をなくして洗脳状態にあるものだと俺は信じていたのだ。

「つまりどういうことなんだよ」

「自分の判断というものを残しつつ、命令に従うように考えた結果だ。我欲と感情の起伏を制限してある。お前にも同じことをしてやろうか、どういう状態なのかよくわかるぞ」

「やめてくれ」

 俺は首を横に振り、それからシャンを見上げる。

「で、なんであいつは母親なんかを欲しがってるんだ」

「それは本人に訊くしかないだろ。俺に訊かれても困るってもんだ」

「なら、ホウ」

 振り返って、ホウを見る。ホウはルイと何か話をしていたようだ。俺の視線にも構わず、右の翼を伸ばしてルイに触れている。

「ホウ」

 もう一度呼ぶと、やっとこちらを向く。嫌々ながらという態度である。

「どうした。私も忙しいのだが」

「ブルータがどうして母親なんかを欲しがってたのか、わかるか」

「お前にはわからないのか?」

「わからん」

 俺は何の気なしにそう答えたのだが、ホウはその回答にかなり不満があるようだった。下を向いて、しばらく黙ってしまう。

「ルイ」

 顔を上げたホウが、ルイを呼んだ。俺たちが会話している間ずっと座っていたルイが、始めてこちらを向く。相変わらず両眼は包帯に隠れていて見えない。

「はい」

「お前にはわかるだろう。欲しいものはないかと訊かれて、母親と答えたのはなぜか」

「わかります」

 頷いて、ルイがそういった。俺はそこに口を挟んだ。俺だって子供が親を求めることの意味がわからないわけではない。

 しかし、ブルータは人形なのだ。

「ホウよう、ブルータは人形のはずなんだぜ。ましてや、我欲を抑えられた状態だってシャンが言ってるじゃないか。それなのに、どうして母親なんか欲しいと思うんだ? シャンの施術の効果が切れかかってるってことじゃないのか」

「我欲じゃない。本能なんだ」

 両の翼を腰に当てて、ホウはため息を吐くようにいう。

「本能?」

「だから、抑えられるはずもないってことだ。気遣ってやれよ」

 ホウは翼を下ろして歩く。

「もう行くのか」

 シャンが扉を開けた。

「休んでいきたいところだが、これでも忙しい身でな」

 開いた扉から、ホウは出て行く。シャンはそれを見送ってから、俺に目を向けた。

「まあ、そういうことらしい。疑問が解決したのならお前もさっさと任務に行ったらどうだ」

「そうだな」

 そう言われては仕方がない。俺はため息をつきながら、シャンの部屋を出た。


 新たな命令も下っていることだし、ぐだぐだと眠りなおすわけにもいかなかった。俺とブルータは、その日のうちに出立するしかない。

 兵舎に戻ると、ブルータはすでに起きだしていた。寝台に腰掛けて相変わらず魔法書を読んでいるようだ。声をかけようとして、踏みとどまる。

 ブルータは、俺に気づいていないらしい。まだ本から目を離さない。寝癖のついた髪のままで、本を見ている。

 俺はシャンが言っていたことを思い出していた。奴は洗脳されているわけではなく、我欲と感情を抑えられている状態なのだと。

 感情が抑えられているから、俺が電撃を落としても怒らないのか。我欲が抑えられているから、食べ物が悪くても文句を言わないのか。しかし、本当にそうなのか?

 ブルータの顔立ちは、整っている。子供ではあるが、あと数年もすればいい感じになると俺は思う。多分だが母親も相応の美人だったろう。その美人が目の前で、ガイに殺されたのだ。ガイのことだから肉体的にも精神的にも陵辱の限りをつくしながらのことになったはずである。それを、ブルータは見ているはずだ。

 なのに、ガイを目の前にしても怒れないのだ。

 このような状態のブルータを、ガイが嘲笑するのもわかる。

 俺は本に夢中になっているブルータの頭に、いきなり腰掛けた。

「戻られましたか。おはようございます」

 ブルータは少し驚いたようだったが、何事もなかったように挨拶をしてくる。俺はあえてその挨拶を無視して、次の指令を説明した。

「わかりました。城塞都市のルークスと、田園都市のアービィですね。どちらを目指しますか」

 その問いに、俺は城塞都市と答える。田園都市よりも近いからだ。とりあえず一日二日で達成できるような内容ではないので急ぐ必要はないかもしれないが。

 ひとまず、次の俺たちの目標は城塞都市の王太子ルークスだ。

 といっても、徒歩や船で移動するのはあまりにも面倒になってきている。

 誰かに転送の魔法で送ってもらうのがいいだろう。『転移の魔法』はリンやホウしか使い手がいないが、『転送の魔法』なら何人か心当たりがある。兵舎から城へ移動をするようにブルータに命じようとして、俺は

「ブルータ」

 と彼女を呼んだ。

「はい」

 ブルータは普段と何も変わらない声で応じた。人形だから、それが当たり前だ。俺の命令には素直に従う、人形。大雑把な命令にも自分の判断で応じる、高度な人形。

 となれば、今までの戦闘で見せてきたような咄嗟の判断はすべて、ブルータがもとからもっているものであるということになる。地臥の魔法を使ってタゼルを殺したこと、黒矢の呪文の過剰魔力を引き抜いて使ったこと、そうした判断がだ。

 俺は首を振った。あまり考えすぎるのはよくない。

「お前、どうして母親が欲しいなんて言ったんだ」

「あのとき、それがもっとも私の欲しいものであったからです」

 俺の質問に、ブルータは答えた。人形なのに、欲しいものがあったのか。

 ホウはそれを本能だからと結論していた。本能の部分で欲していたのであれば、そのあたりを本人に突き詰めてもおそらくわからないだろう。

「母親なんて、何に使うんだ。何に必要なんだ?」

「失くしたものを取り戻したいと思うのは、自然なことではないでしょうか」

「なくしたことを覚えているのか?」

 俺は、思わずそう訊いていた。すぐに返答があった。

「覚えています」

「誰がお前の母親を奪ったかも知っているのか」

「知っています」

 それで思い出したが、丘陵都市に向かう途中の船の中でガイと会ったときに話は聞いていた。そのときもブルータは超然として、まるで反応がなかった。

「そいつを前にして、殺してやろうとは思わなかったのか。悔しいとは思わなかったのか」

 俺はいつかのガイと同じことをブルータに訊いている。ブルータはためらいなく答えた。

「思いません。今の私は、魔王軍の人形です」

「そうかよ」

 今度は笑い飛ばす気にならなかった。俺はため息をついてから、ブルータの胸ポケットに入る。

「本部に戻るんだブルータ。誰かに転送魔法をもらわないと時間がかかりすぎる」

「はい」

 何も変わらないブルータの返答を聞いて、俺はポケットの中にもぐりこんだ。


 それから、二日が経過した。

 太陽は真上にある。ブルータはフードをかぶって、陽光に耐えながら歩いている。熱は霧の衣装がかなり緩和してくれているが、光はそのまま目を刺してくる。フードを目深にして、ブルータはただ歩いていた。

 転送魔法で沿岸都市まで飛んだものの、そこから先は徒歩だった。この二日、日中はひたすら歩き通しだ。俺は別に何も疲れることもなく周囲の景色を楽しみつつポケットの中で眠るだけである。疲れるのはブルータの役目。

「見えてきました。あれが城塞都市のようです」

 ブルータの報告に、俺はポケットから顔を出す。草原が広がる中に切りつけられた街道、その先に大きな建築物が見える。都市を守る壁と、城塞都市の名に相応しい巨大な城だ。

 見栄えだけを重視したつくりではない。かなり堅固な城塞だ。

 リンの部隊が突っ込めば破壊できそうではあるのだが、ブルータの魔法ではどうにもならないだろう。ルイでも五分五分か。

 とにかく都市に入らなければならないのだ。俺はそのまま歩き続けるように指示して、しばらく城塞を眺めていた。


 日が傾き、陽光が赤くなる頃にブルータは城塞都市の入り口に辿り着いた。当たり前の話だが、俺たちがやってきたのは魔王軍が支配する地域からだ。そちら側からやってくる存在を、城塞都市の連中が友好的に受け入れるはずもない。堂々と入れるわけもなかった。

 ブルータは隠遁の魔法を使っているが、入り口を守っている番兵たちはそれだけで見逃してくれるとも思えない。

 金貨十五枚で買収されてくれないかとも思ったが、ホウが言っていたな。将軍カイザードが警備には目を光らせているとか。買収が失敗したら目も当てられない。やめておくべきだろう。

 隠遁の魔法で俺たちの姿は目立たない。ひとまずはどうにかして進入する手段を考えなければならない。

「強引に突破するべきでしょうか」

 ブルータが提案してくる。身体強化の魔法を使って、一気に番兵の間を駆け抜ける作戦か。できないことはない。その奥に扉などがあったとしても、一気に蹴破ってしまえばいい。

 しかしそれをすると誰かがこの中に入り込んだということがまるわかりになる。

「どうせ警備は厳しいのでしょう」

 そう言われればそうだ。俺は唸った。どの道、厳しい警備をかいくぐってルークスを始末しなければならない。だが強引に突破となれば俺たちの容姿も知れてしまう。

 と、そこまで考えて思いついた。変装をすればいいのだ。

 変装した状態でわざと正面突破すれば、何も問題なかった。

「わかりました、その手でいきましょう」

 偽装の呪文は使えないが、今あるものを使えばブルータの印象を大きく変えることは可能なはずだ。ブルータの荷物を開けてみる。


 しばらく後、ブルータはルイの着ていた法衣に着替えて、フードだけをかぶっていた。同時に、髪も黒くなっている。

 これでかなり印象は変わるはずだが。

「声は出すなよ」

「はい」

 いつものかすれ声で、ブルータ。この声はさすがに特徴的過ぎるだろう。

 では、強行突破だ。門を突破した後は急いでどこかに隠れてこの変装を解けばいい。

「静かにな」

 頷き、ブルータは入り口に向かって歩き始める。俺はフードの中に潜んでいる。

 番兵が接近するブルータに気づいて、呼び止めてくる。簡易な鎧を着込んだ姿で、槍を持っている。

「とまれ、ここは城塞都市だ。現在警戒体制に入っているので身分の保証がなければ入れない」

 番兵は二人。それだけではなく、周囲にも目を光らせている兵士が見える。見えるだけで五名。ブルータは一先ず番兵の言葉に頷いて、ポケットに手を入れた。

 そして身分証明になるものを出すふりをして、素早く右腕を振りぬく。

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