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暗殺の青  作者: zan
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7・勇者暗殺 後編

 洞穴での一件を、ブルータがシャンに報告した。俺がポケットの中に隠れて出てこないのを、ブルータは負傷のため療養中ということにして誤魔化したらしい。

 ブルータのポケットの中で寝入ってしまっていた俺が目覚めると、既に太陽が真南に差し掛かっていた。場所は兵舎で、ブルータは寝台で眠っていた。昼間に休息していたとはいえ、夜の間はずっと洞穴の中にいたのだから疲れてしまうのも無理はない。

 ルイはどうしたのか気になる。俺は起きだして、兵舎を抜け出した。ブルータはそのまま寝かせておいた。どこに行くにも連れて行くような必要はない。

 なんだか久々に自分の力で移動をしているような気がする。乗り物がなくなって面倒くさい。

 俺はそんなことを思いながら、シャンの私室へ飛んだ。例の長い地下を抜け、部屋の戸を叩く。誰何の声に応じると、戸が開いた。

 部屋の中にはシャンと、ルイ。それにホウがいた。

「ホウ!」

 俺は思わず声をあげた。荷物持ちのブルータを連れてこなかったことを少し後悔する。ヴァレフの持っていたマントを調べてもらえたかもしれないからだ。

 黒色の翼と髪を持つ、紙のように白い女。四天王のホウは疲れた顔をして、身体の前で翼を交差させていた。

「お前か。相変わらず指令の厳しいところを部下に押し付けて、自分はのうのうとしているそうだな」

「なんだよそりゃ。俺はそんなことしてないぞ、危険を顧みずしっかり陣頭に立って任務を果たしているぜ」

 手厳しいホウの言葉にも俺は負けなかった。俺はブルータという道具を使って戦っているだけである。戦うのに剣と盾を使って何が悪いというのか。

「そんなことよりホウ、とんでもない化け物みたいな勇者が出てきたらしいな。なんか、そいつの足止めをしに行ったって聞いたが大丈夫だったのか?」

 俺の聞いた話では、シャンの奴がホウに勇者の足止めを頼んでいたらしい。ここにホウがいるということは、任務から戻ったということに違いない。

「骨が折れた。文字通りの意味でもだ。こっち、まともにやり合っていたら危なかった」

 言いながらホウは翼を開いた。そこに隠されていた足は、ひどく傷ついている。おそらく骨まで達しているであろう深い傷があった。

 俺は目を見開く。四天王のホウは、悪魔の中でも最上級の使い手だ。そのホウの足をこうまで痛めつけるような勇者、すなわち人間がいる。そのようなことはあり得ていいことではなかった。

「油断でもしたのか」

「不意を突かれた。こちらが奇襲をかけたつもりだったが、裏をかかれたようだ」

 俺の問いに淡々と答えながら、ホウは翼を閉じる。どうやら、自分で治癒魔法をかけているようだ。シャンのもっている『虫』を使えば足を治癒させることはたやすいはずなのだが、リンと同様にそうしたやりかたを嫌悪しているのかもしれない。

「それで、シャンの部屋で何をしていたんだ?」

「ああ、ルイのことで少しな」

 ホウはシャンに目配せした。壁際に立っていたシャンは、それを受けて頷く。

 たったそれだけで意思疎通ができているようで、あやしい。俺は二人の関係を疑った。即、直接訊くことにする。

「なんだよ二人して。もしかしてこれからお楽しみだったのか」

「どうかな」

 シャンは肩をすくめる。

「変な勘ぐりをするな、ゲスめ」

 ホウはもっと辛辣だった。どうやらそういうわけではないらしい。実力的にも四天王に選ばれる二人なのでありえない組み合わせではないのだが。

 ため息をついたホウが、俺にいう。

「ブルータから聞いたが、ルイは強力な魔法を使っていたらしいな」

「ああ」

 俺は頷く。俺の態度を見たのか、その先はシャンが語りだす。

「それで、彼女をどうするか決めた。ブルータと同様命令をよく聞くように調整されて、さらに魔力が備わるように強化もされる。これだけでもブルータの魔力を上回るようになるはずだが、細かい改良点をいくつかふまえる」

「結局どうなるんだ」

「理論上ではブルータの三人分くらいは力がつくはずだ。『幻影剣の呪文』は使えるかどうかわからないが」

 それはすごいんじゃないか。もしかして。

「そんな戦力を作って、どうするんだ。リンの部隊に配置するくらいなら、俺にくれよ」

 咄嗟に俺はそんなことを言っていた。

 ブルータでも俺に褒章をもたらすだけの活躍をしたのだ。強化されたルイが彼女の代わりになるのなら、ひょっとすると例の勇者だって倒せるかもしれない。

 なぜなら、ルイはハーフダークではないからだ。人間なのだ。人間であるから、人間たちに溶け込める。悪魔の気配を感じさせないはずだ。真の意味での、暗殺が可能となる。寝首をかき、食べ物に毒を入れ、群集に紛れて弓を用いて、勇者を殺すことができる。

 真正面からの対決となってもルイの力なら大抵の相手をあしらえる。問題なかった。

「人間なら、暗殺も容易になるはずだぜ」

 俺の主張はそういうことだ。ルイは、俺に使われるべきだと思った。

「ふうん。なるほどな」

 シャンはとりあえず俺の意見を認めたようだ。だが、首を振る。

「しかしまあこれで決定というわけではないんだ。実は『奴』から余計な注文が入ってな。それで頭を痛めてるところだ」

「なんだよ、奴ってのは『あの女』のことかよ。で、その余計な注文ってのは」

「今お前が言ってたこととまさに矛盾することなんだよ」

「だから、どういう」

「人間に戻れなくしろ、というんだ。絶対に俺たち悪魔を、魔族を裏切って人間に戻れないように。角を生やすなり肌に鱗を備えさせるなりして、人間が受け入れられないようにしろとな」

 そんなことをされれば、俺の目的には使えなくなる。俺は余計なことを言う『あの女』に腹立たしさを覚えた。

「レイティ、お前の言うことも筋は通ってる」

 ホウが口を開いた。

「だが、あいつには逆らえまい。私たちだってそうだからな」

「あんな奴魔王の声が聞けなきゃクソだってのにな」

 俺たちはこの場に『あの女』がいないのをいいことに言いたい放題だった。『あの女』とは、魔王の声を聞く女のことだ。形式上では『あの女』の声はそのまま魔王の声であるはずなのだが、そこに『あの女』の意志が入る込む余地は十分ある。

「ふん、そういう説もあるな」

 俺の言葉を、ホウは軽く受け流して目を閉じた。

「あいつが何を考えてるにせよ、命令はきかなきゃならないのがつらいところだな。私も、お前も」

「ホウ」

 俺は、治癒魔法をかけ続けているホウを呼んだ。目を閉じたままで、ホウは生返事をする。それに向けて、俺は言った。

「あんたなら、勝てるんじゃないのか?」

「何にだ?」

 片目を開いて、ホウが俺を見た。

「『あの女』にさ」

 俺は答える。実際に奴を見たことはないのだが、それでもリンやホウを圧倒するような実力の持ち主であるとは思えなかった。

「勝てると思っているのか?」

「思っている」

「随分私を高く評価しているようだな、お前は。こんな体たらくだというのに」

 目を閉じなおして、ホウは口元だけで笑った。

 勇者相手に痛い目をして帰ってきたのはわかるが、それはその勇者が異常すぎるだけだろう。それに、不意を突かれたと先ほども言っていたではないか。

「実際のところ」シャンが口を開いた。「四天王全員でかかって倒せないこともない、というくらいの力だろう。ホウがいかに優れた魔法使いであっても、単独で打ち倒せるとは思えんな。あれでも一応は魔族すべてを束ねる存在なんだから」

「そんなに強いのか?」

「レイティ」

 シャンは怪訝な表情を浮かべて、俺を見る。何かまずいことでも言ったのか。

「何だよ」

「『あの女』が例えそこらの下級悪魔程度の実力であったとして、それが何か問題になるのか?」

「そうだとしてもシャンたちは黙って命令に従うのか?」

「ああ、たぶんな」

 頷くシャンに、今度は俺が怪訝な表情を浮かべる。

「なんでだよ。こないだからあいつらには不満があるみたいな話ばっかりしてるじゃないかよ、なんで殺しちまおうと思わないんだ?」

「そんなことしてみろ、また荒れるぞ。そしたら人間どもに構ってる場合じゃなくなるし、下手したら真っ二つに割れて殺しあうことになる。泥沼の最悪なヤツがはじまることになるが、お前はそういうのを望んでるのか」

「知ったことじゃないだろ、そんなの。目の前にむかつくヤツがいるんだから、殺せるんなら殺すだろ」

「そういうあたり、お前も実に下級悪魔だな」

 シャンは俺から目をそらして、グラスに入っていた透明な液体を喉に流し込んだ。おそらく、水だ。

 この話はこれ以上しても、無駄らしい。俺は話題を変えることにした。

「ところでホウ、例の勇者の足止めには成功したのか? そんな大怪我してるってことは失敗したのか?」

「フェリテがうまくやってくれている。偽情報を流してあちこち放浪させてやっているはずだ。失敗はしていない」

 ホウの声は淡々としたものに戻っている。ちょっとつまらない気分になりながら彼女をからかう材料を頭の中から探していると、シャンがグラスをテーブルに置いて俺に視線を戻した。

「おお、それで思い出した。お前にはリンから指令を与えるように言われている」

「何を?」

 振り返った俺の体が、つまみ上げられた。シャンの太い指が俺の背中をつかみ、逃げられない体勢だ。げんなりした俺は耳を伏せる。尻尾も垂れ下がってしまう。

「喜ぶがいい、今度こそ暗殺指令だ」

「なんでだ。褒章はどうしたんだよ」

「今後、勝手に暗殺対象の装備を奪って使っていいそうだ。それが褒章」

「実質ないも同然じゃねえか!」

 ひどいことになってきた。後で、と言っておいてこの有様か。

 楽しみにしていた俺の気持ちを無視して肩透かし、台無し、あわせる顔もなしだ。どういうことなんだ、俺が何をしたというのか。

「その代わりに、指令がある」

「ああそうかよ」

 投げやりな気分で俺はそれを聞いた。すぐに後悔した。

「城塞都市の王太子ルークス。田園都市の魔法使いアービィ。この二人の暗殺だ」

「待て」

 一気に二人。しかも王族が含まれている。さらに城塞都市。

「それが終わったら、例の化け物の暗殺を任せるそうだ」

「待て!」

 俺は声を張り上げた。無茶苦茶すぎる。いつかは来るかもしれないと思っていたが、早すぎるだろう。

「言いたいことはわかるがな」

 シャンは苦笑している。

「だが、一応言っておいてやる。例の化け物の暗殺は先の話だ。とりあえずはルークスとアービィの暗殺にかかることだな」

「で、ルイは?」

「それも先の話だな。とりあえずどっちかを暗殺したら戻って来い、そのくらいには結論が出ているだろう」

 ふむ、と俺は腕を組んだ。

 シャンが指を離した。俺は落下して、テーブルの上に落ちた。咄嗟で浮けない。腰を打った。痛い。

 痛みに呻く俺を見下ろして、シャンはため息を吐いた。

「ブルータは毎回怪我をして帰ってくるというのに、お前はそのくらいで痛いと言うのか」

「それとこれは話が違うだろ。それで、化け物勇者の暗殺ってのはマジなのか。だったら名前くらい聞かせろよ」

「いずれはそうする、とリンが言っていただろう。それを明確にしただけだ。まあ予定としてな」

「俺に死ねって言ってるのと変わらないじゃねえか」

「戦争ってのはそういうもんだ。都市部を攻撃してるリンの部隊のやつらだって、人間相手に存分殺しまくって楽しいというだけではないんだぞ。こちらでもマークしていなかった勇者たちが湧いて出て、あっけなく全滅することだってあるんだ。実際、海軍の別働隊が全滅しただろう」

 その言い分もわからないわけではないのだが、どうも俺にばかりつらい指令が下っているような気がしてならない。

「そうかよ。で、俺が殺すべきその化け物勇者の名前はよ」

 あらためて訊いてみると、ホウが両目を開いて俺を見た。

「クレナだ。女勇者の名はクレナ。北のドラゴンたちを全滅させたという話も、有り得るくらいには強かった。気をつけることだな」

「何をどう気をつければ対処できるというんだ」

 思わずそんなことを口にしてしまう。

「そんなこと私が知るわけないだろう。さっきお前自身が言っていたことを実践してはどうだ」

「俺が言っていたこと?」

「寝首をかき、食べ物に毒を入れ、群衆にまぎれて弓矢で狙う。そうしたことだ」

「ブルータを連れた俺がそんなことをできると思っているのかよ。これまでだってそうできるのならそうしてた。勇者どもには魔族のにおいがすぐにわかるんだろ? だからわざわざ正面から魔法で戦って殺してきたんじゃないか」

「先程わかったことだが」

 ホウは翼を開いて、床に立った。足の傷はすっかりふさがっている。

 さすがに四天王のホウの立ち姿は、美しいものだ。黒い衣装に包まれてなお、その身体は男を魅了するに足りる。地を踏む足は力強く、肩から下がる長い翼は雄雄しさの中にもどこかに儚さを秘める。

「ルイも、『偽装の呪文』を使えるようだ」

「何?」

 『偽装の呪文』は、幻惑・幻視系統の上級魔法だ。汗臭い筋肉に包まれた野郎を、やせぎすの女に見せかけることもできる脅威の魔法である。ガイが得意にしていたような気がする。もっともヤツの場合は好みでない女しか確保できなかったときに、女に使って美人と寝ている気分になるという悲惨な使い方だったが。

「それをまさか、ブルータに使うってのか」

「そうだな、それなら可能だろう。少なくとも成功する可能性はみえてくる」

 ふむ、と俺は唸った。

 洞穴でヴァレフが俺たちの存在を感知したように、魔法使いの中でも優秀な連中には『悪魔のにおい』というものがわかるらしい。これのために、俺たちは奇襲を仕掛けていくということが難しいのである。だが、『偽装の呪文』はそれを隠してくれる。上級魔法であるので、そう簡単に看破されるということもないだろう。

 まさしく、暗殺ということが可能となる。魔法や剣だけが、暗殺の手段ではない。

「ひとまずは、城塞都市のルークスと田園都市のアービィだがな。そのあとのことは、それが終わってからだ」

 俺は頷いた。ブルータが起きたら、早速行動を開始するつもりでいる。

 しかし、『偽装の呪文』か。すっかり存在を忘れていた。この魔法をブルータに覚えさせるべきかと一瞬考えた俺だったが、すぐにそれを却下した。

 どうせもうすぐ、ルイが俺の手駒になるのだ。今更ブルータに覚えさせたところで何になるだろうか。

「だが、ルークスとアービィのことも甘くみないほうがいいぞ」

 シャンがいう。

「ルークスは城塞都市の王族。それもたった一人の世継ぎだ。都市の軍勢を率いる将軍、カイザードがその警備体制にも目を光らせている。そうやすやすと殺させてくれると思わないほうがいい。そして、魔法使いアービィは化け物女勇者クレナの元弟子らしい」

「なんだその、元弟子らしいなんていう不確かな情報は」

「フェリテの情報だ」

 ホウが答えた。諜報部の長らしい。

「元々はしっかりと学んでいたらしいが、態度が問題で破門されたようだ。その後は独学で魔法を研鑽している」

「その実力のほどは?」

「不明だ。山の中で獣たちを狩っているということはわかっているが、どういう魔法を使っているのかはわからない」

 俺は頷いて、ため息をついた。

 王子様と、魔法使いの暗殺か。ルイはおそらくこれからシャンによって施術されるのだろうし、次の暗殺には連れて行けない。となれば、やはりこの二つの指令も正面から魔法でなんとかするしかないのだ。

 ブルータを連れて。

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