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暗殺の青  作者: zan
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7・勇者暗殺 前編

「そうね、今の時点ではわからないけれど」

 ヴァレフは周囲を見回した。

 そこに転がる死体は七つ。うち四つを殺したのはヴァレフとカイナだ。残る三人は、恐らく被害者。

 ドラゴンが棲む洞窟という噂を振りまいておき、集まった冒険者達を殺して金品を奪う悪人。彼らを殺し、この一件はひとまず解決ということでいいはずだ。そのまま帰ってくれれば俺たちも彼女達に手を出さずにすむ。

「けれども、ここに悪魔の気配がするのは確か」

「隠れているというわけ? ドラゴンじゃなくて悪魔がこんなとこに隠れて、なんの利点があるっていうのさ」

 カイナは周囲を見回している。ヴァレフの言うことを疑ってはいない。疑問を口にしているだけだ。

「これは私のカンだけどね。ここにはその悪魔が、まだいると思う」

「隠れていると?」

「用心して。奇襲に備えて」

 言われるまでもなく、カイナは先程から警戒を怠っていない。ゆえに、俺も手出しができないでいるのだ。

「わかってるさ。あんたも油断しないで」

「当然ね」

 『光源の魔法』は、男魔法使いが倒れたことで一つ減ったが、一つでも十分すぎるほど周囲を照らしている。物陰に隠れて隠遁の魔法を使っている俺たちであるが、いつ発見されてもおかしくはない。

「だから、彼らを見つけ出して直接訊いた方がよさそうというかね」

「賛成、そうしようよ」

 ヴァレフとカイナはそんな言葉を交わして、さらに周囲への目を厳しくした。これはもう見つかる。間もなくだ。


《話し合いが通じると思うか?》

 俺は一応、ブルータに訊いてみる。

 発見されてしまった場合、ヴァレフとカイナを殺してしまえばいいと俺は思っていた。しかし、考えてみればここにいるのは俺とブルータだけではない。ルイがいるのだった。ルイの疲労はまだ回復していない。

 彼女を守って戦わなければならないのである。相手も二人いる。ブルータが一人を倒したとしても、一人を相手にしている間にルイを殺されたのでは終わりだ。

 ルイは借り物だ。この場を俺とブルータだけが生き残っても、帰ってからシャンに殺される。シャンに殺されなくてもリンが放っておかないだろう。ブルータはホウが庇ってくれるかもしれないが、俺を庇ってくれそうな上級悪魔など思いつかない。

 この場からルイを生きた状態で連れ戻すことは絶対条件だ。そのためにカイナ、ヴァレフと話し合いをしてみることも辞さない。

《おそらく無理です。彼女達は騎士だと言っていました》

 ブルータはしかし、話し合いで解決できる可能性を否定する。そういえばカイナが確かに言っていた。自分たちは騎士だと。

 騎士というやつには規律がある。詳しくは知らないが、人間には寛大で悪魔には攻撃的な規律のはずだ。

《しかしそれでもここは、話し合いです。こちらから姿を見せて、話し合いに持ち込むべきだと考えます》

《なぜそう思う》

 俺は問い返した。ブルータには何か考えがありそうだ。

《ルイの存在を隠すためです。彼らが私たちを発見するまで黙っているのは、彼らの心象をよくしないばかりか、ルイ発見の可能性を引き上げます。こちらから私たち二人だけ存在を明かせば、彼らはそれ以上隠された存在を探すことをやめるかもしれません。そうした場合、ルイの存在を秘匿できる可能性があります》

《そう都合よくいくか?》

 ブルータの考えは、俺にはわずかな可能性にすがりたいだけの理論にしか見えない。

《多分、ルイは発見されるでしょう。しかしわざわざその可能性を無にする必要はないと思います》

《わかった、その案を採用する。隠遁の魔法を解いて、話し合いにいけ》

 すがりたいだけの理論にせよ、他に選択肢はどうやらないようだ。俺はため息とともにブルータのポケットにもぐりこむ。わざわざ俺の存在までアピールする必要などなかったからだ。

 ブルータは隠遁の魔法を解き、立ち上がった。ルイに対しては魔法を継続している。

「探している悪魔とは、私のことですか」

 声をかけると、カイナとヴァレフは武器に手をかけた状態でこちらを見た。


「あんたが、悪魔?」

 カイナは戸惑っているようだ。ブルータの見た目はちょっと栄養状態の悪い少女にしか見えないのだから当然だろう。霧の衣装を着ていても、普通の人間の女。

「はい、私はハーフダークです」

 かすれた声で、ブルータは応じた。

「半魔族なのね、あなた。それで、こんなところで何をしていたのか教えてもらえるかしら」

 ヴァレフも近寄ってくる。油断なく杖をこちらに向けながら、ブルータの全身をじろじろと観察しているのがはっきりとわかった。

「調査に来ました。この洞穴にドラゴンが棲み、ここに入った冒険者達が戻ってこないという話を聞いて」

 嘘は言っていない。ブルータはよどみなくそう答えて、あとは沈黙した。

「ハーフダークか、あなたみたいに成長したのを見るのは初めてだけどね。その調査ってのは、誰に依頼されて?」

 切り返すヴァレフの質問はさすがに鋭いものだった。

「依頼者の出自は明かさないものです。その質問にはこたえられません」

「では別の質問をするけれど、なぜそのようなところに隠れていたの。あなたの力なら、多分だけれど彼らを倒すことができたのでは?」

「疲労が回復するのを待っていました」

 これも嘘ではない。ただ、ブルータ自身の疲労ではないが。

「ヴァレフ、どう判断するよ?」

「嘘は言っていないみたいだけど、信用できない。あなたはもう少し周囲を探って」

「わかった」

 ヴァレフの指示で、カイナがさらに周囲の調査を続行する。まずい、ルイが発見される。

「待ってください。信用いただけないなら、戦闘するしかありません」

 ブルータが言い切った。その言葉に、カイナが足を止める。

「私たち二人を相手に、あなたが戦うと? それなりの実力だとは思うけれど、私たちに勝てると思うのね」

 緊張が強くなる。ヴァレフは、今にも魔力を集めようとしている。カイナも右手を長剣に伸ばしかけていた。

 精霊使いに勝ったブルータと俺だが、面倒くさそうな二人組だ。まともに正面から戦うと無傷ではすまないだろう。

「あれ。ヴァレフ、そこにいるのって、ルイじゃないか?」

 戦闘準備にかかりながらも周囲に気を配っていたらしいカイナは、そんな言葉を発した。


「ルイ!」

 見つかった。ばれた。

 カイナとヴァレフは、『隠遁の魔法』で隠していたルイを発見してしまった。もともと隠遁の魔法は気付かれにくくするという程度の効果しかない。他の事に気を取られているならともかく、注意深く探されては、いつかは見つかる。

「ルイ? あなた、なんて」

 どうやら、カイナとヴァレフはルイと面識があったらしい。両目を失ったルイの姿を見てかなり動揺している。

 今のうちに魔法を撃って二人とも殺してしまいたかった。しかしブルータが行動しないところをみると、動転しながらも油断なくブルータに武器を向けているらしい。

 とはいえ条件は最悪だ。もう話し合いでは無理だろう。殺すしかない。

「この傷は、魔王軍四天王ガイによってつけられました。今の私は、魔王軍の保護監視下にあります」

 抑揚のない淡々とした声でルイがヴァレフの呼びかけに応じた。守秘義務も何もあったものではない。ブルータと違ってはっきりとした洗脳をうけているわけではないのだから当然といえば当然だが。

「ルイ、やっぱり魔王軍に挑んだんだ。相談してくれればよかったのに、なんで私たちに一言もなく早まったことを!」

 カイナが嘆くような声をあげた。

「今そんなことを言っても無駄よ、カイナ。それよりも半魔族、あなたが魔王軍の手の者だってことははっきりした」

 静かだが怒気をはらんだ声とともに、ヴァレフがブルータを睨む。

「ルイを返してくれるね?」

 脅しだった。返さなければすぐにでも魔法でお前の心臓を貫く、と言わんばかりである。

「その願いはきけません」

「なら、あんたを殺してでも!」

 瞬間、ヴァレフの杖から『凍結矢の呪文』が飛び出した。ブルータは『魔法障壁の呪文』を練り上げてそれを防ぐ。『凍結矢の呪文』は中級呪文だが、魔法障壁の呪文はそれを防ぎきった。霧の衣装の効果もあり、俺は寒いとさえ感じなかった。

 カイナが飛び込んでくる。魔法を防いで一息つきたいブルータだが、否応なくこれに対応しなければならなかった。素早くナイフを抜いてこれに応じる。ナイフに込められていた魔力は使い切ったが、武器としてはまだ使えた。

 だが、カイナの剣さばきはかなりの腕前であった。ナイフ一本程度ではハーフダークの身体能力をもってしても防ぎきれない。

 短剣での突きこみをさばき、後ろに下がる。しかし短剣を弾かれたカイナはすぐさま長剣を振り回し、ブルータの足を狙ってきた。恐らくヴァレフによる身体強化魔法がかかっている。そうでなければ、ブルータが白兵戦で人間に押されることなどありえない。

 ブルータは右足を振り出し、足でカイナの長剣を止める。同時に上半身を沈め、引き戻されるように振りぬかれた短剣をかわす。カイナとブルータの戦闘は互角に近かった。

 カイナの怒涛の攻撃を、ナイフと何とか食い止める。そうしながら反撃のための魔力を集めていた。

 だがカイナにばかり気をとられているわけにもいかない。ヴァレフも指をくわえて見守っているだけではないのだ。魔力を集め、必殺の魔法を練り上げているに違いない。

 敵の戦法は正攻法というか、まともなものだ。前衛と後衛に別れて、それぞれの仕事をきっちりやっている。面倒な相手といえた。

 しかも、魔法使いのヴァレフの実力は相当に高い。先程彼女が簡単にあしらった男魔法使いも、上級魔法である『地脈の魔法』をまがりなりにも使った。その彼からの阻害魔法を無効にするほど、その技術は洗練されている。

 『地脈の魔法』の地位が俺の中で若干下がったような気がするが、とにかくそれでも強力な魔法であることには違いない。

 ヴァレフを倒すには、相応の魔法を使わなければならない。


 カイナの剣をかわしながら、それでもブルータは魔力を集めている。ここを乗り切らなければならない。敵はルイを奪還することを目的にしたらしいので、彼女を殺害される可能性は低くなった。しかし、それでもカイナとヴァレフを生かして返すわけにはいかない。

 倒すのだ。

 俺はブルータのポケットにおさまったまま、周囲を注意深く見ていた。カイナの攻撃で、ブルータは壁際に少しずつ追い込まれている。

 このままでは先ほどの半弓の男と同じようになってしまう。逆転のためには魔法を使うしかない。

 魔力は十分に溜まってきた。戦いながら使う一瞬を探る。この状況下では、身体強化の魔法が適切だろうか。タゼルと違って、ヴァレフの身体強化はそれほど極まったものではない。ブルータが身体強化を使えば恐らくだがカイナを圧倒することが可能だ。そうしておいてから、二人を追い込むようにしたい。

 数歩下がった背後にはもう洞壁があった。あまり余裕はない。

 そこでブルータはあえて左足を振り上げ、振り下ろされてくるカイナの長剣を止めた。同時に右手でナイフを投げつける。

 投擲したナイフはカイナの胸に吸い込まれていく。右手に握った短剣を引き戻して投げ込まれるナイフを防ごうとするカイナ。

 瞬間、ブルータは左腕を振りぬいた。

 そこからは、魔力で形成された幻影の剣が伸びている。生きているものはすべて切断する、『幻影剣の呪文』だ。間違いなくその一撃は、カイナをとらえた。

「えっ?」

 離れた位置からブルータの隙を探っていたヴァレフの動きが止まる。カイナが崩れ落ちたからだ。

 断末魔の叫びをあげる暇もなく、女剣士のカイナは血だまりの中に沈んでいった。右足の付け根の辺りから、左肩まで一直線に切り裂かれている。これで生きていられる人間はいまい。

 俺がカイナの死体を見ている間に、ヴァレフが動いていた。

 気配に気づいて顔を上げた俺の目に、迫ってくる魔法が見える。魔力で形成された矢だ。何の対策もなく触れればそれだけで手足を引きちぎるほどの威力がある。それほど魔法の矢が、ぱっと見ただけで片手の指では数えられないほど。

 ブルータは魔法障壁の呪文をすでに練り上げていたが、洞床や洞壁に当たった魔法が土埃を巻き上げる。

 この魔法は目くらましで、俺たちの視界を封じることが目的か。この隙にルイをどうにかしようというのかもしれない。

「ブルータ、ルイを確保しろ」

 俺はそのように指示を出す。

 頷いたブルータが走り出すが、すぐにその足が止まった。真正面に向けて魔法障壁を練る。何をしているのか、と俺が言うよりも早く衝撃が俺たちを襲った。

 魔法障壁でも殺しきれない、何か強力な魔法が打ち込まれたらしい。ブルータの体が簡単に吹き飛ばされて、背中から洞壁に叩きつけられる。俺がブルータの背中にしがみついていたなら、これで大怪我をしていただろう。胸ポケットにいてもその衝撃は大したものであったのだから。

 今のはヴァレフの攻撃に違いない。カイナが殺されて、怒りのままに遠慮のない魔法を放っているのだ。

 ブルータは洞壁から体を引き剥がし、小さく咳き込みながらも前を見据えた。ハーフダークであるブルータは、人間の華奢な魔法使いたちと違ってそう簡単にやられはしない。

「逃がさないからね」

 土埃の向こう側から、低い声が通ってくる。ヴァレフだ。強い怒気をはらんだ殺気を隠しもせず、貪欲に精霊を吸収しながら魔法を練り上げている。自分の疲労も、精霊のことも、洞穴に対する衝撃もお構いなしだ。

 魔力で輝くヴァレフの右手が、強く振りぬかれる。その軌跡にそって、空間に赤く輝く傷がついた。

「あれは、『炸裂の呪文』か!」

 ブルータが魔法書を読んで勉強していた、まさにその魔法だ。敵が先に使ってきてしまった。

 空間についた傷から、多数の魔法矢が飛び出す。少なくとも六、七発。ブルータは当然ながら魔法障壁で防御するが、ヴァレフは『炸裂の呪文』を連発していた。

 上級魔法を連発するような馬鹿な真似をするやつが、バロック以外にもいたとは驚きだ。ヴァレフは俺たちを殺そうと無茶を押し通している。

 このまま魔法障壁の呪文で粘っていて、敵の魔力が尽きるのを待ってもいい。むしろそうするべきであった。俺はこのまま粘るようにブルータに指示した。

 しかし、『炸裂の呪文』による攻撃が止まる。俺はいやな予感がした。

 周囲は魔法矢によって巻き上げられた土埃のために何も見えない。ヴァレフは何をしようとしているのだろうか。

 俺はそう考えて、最悪の可能性に思い当たる。同時に、ブルータが飛び上がった。直後に何かが俺たちのいたところを通過した。

「なんて奴!」

 隠遁の魔法を使って突進してきた、ヴァレフだ。ブルータは壁を蹴りつけて、綺麗に着地を決める。

 ヴァレフは『幻影剣の呪文』を使っていた。使い手の珍しい魔法ではあるが、全くいないわけではない。少数ではあるが障壁魔法を貫通する特性に注目し、使いこなそうとする魔法使いもいる。ヴァレフもその一人であるらしい。

 俺たちの魔法障壁を貫けないために、これで決着をつけようとしたらしい。あるいは、最初から土埃にまぎれて切り裂きにくるつもりだったか。

「しぶとい!」

 仕留めそこなったことに苛立ったのか、ヴァレフが毒づく。それを言いたいのは俺も同じだ。

 しかし、わざわざ近づいてきたのは失策だろう。所詮ヴァレフは人間の魔法使いだ。

 ブルータは徒手空拳のままでヴァレフに飛び掛った。白兵戦なら、ハーフダークにただの人間が勝てるはずがなかったからだ。多少は身体強化の魔法で補えるかもしれないが、カイナと違ってその動きは洗練されたものではない。

 事実、ブルータの一撃は簡単にヴァレフをとらえた。

 奴は接近をかけたブルータを幻影剣の呪文で切り裂こうとしていたらしいが、腕の振りが遅すぎる。振り下ろされるよりも早く、ブルータの拳がヴァレフの右腕を砕いていた。

 ブルータはすぐに足払いをかけ、ヴァレフをその場に転倒させる。バロックにしたように、そのまま倒れた彼女の首元を踏み潰そうとした。

 が、そこで動きが止まった。ブルータは、ヴァレフの首に足を置いたままルイに目を向けている。

 カイナとヴァレフは、ルイと顔見知りのようだった。目の前で殺すことを躊躇ったのかもしれない。だが、今ヴァレフを生かしていても無意味だ。

「殺せ」

 俺は命じた。ブルータは右足に体重をかける。ヴァレフがもがいて洞床を掻き毟るが、無駄な行為だった。

 ヴァレフの首の骨が折れる。

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