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暗殺の青  作者: zan
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6・深淵洞窟 後編

 洞穴の奥深くに侵入した俺たちの前には、四人の男たちがいる。

 彼らは洞穴にやってくるパーティに襲い掛かって、金品を強奪しているらしい。今も実際に、三人の男女が彼らのために犠牲になったところだ。

 これでは、この洞穴に入って戻ってくる者がいないなどということになるのも無理ない。

 要するに、ドラゴンなどいなかったということだ。

 この場合、二度とこんな噂が立たないようにしてこいと言われていたが、そのためにはどうすればいいのか。俺は耳を伏せて考える。

「とりあえず、隠遁の魔法だ。灯も消せ」

「わかりました」

 ブルータは灯りを消し、隠遁の魔法を使った。自分たちの気配を小さくし、発見されにくくする魔法だ。

 そのまましばらく、彼らの様子を見る。何故かといえば、彼らが言ったことの中に『あと四人来る』というものがあったからだ。俺たちは、ブルータとルイの二人だけだ。俺の存在は感知されていないはずなので、二人。

 残り二人が来る。それも、女二人組み。

 人間の女二人がここにやってくるまで、待ってみようと思う。その結果どうなるかはわからないが、ともあれ人間同士で殺しあってくれるのだからそうなるように仕向けるだけだ。

 その間に、もう少し男の魔法使いたちを観察できる。俺は彼らの会話を聴き取るために意識を向けた。ブルータはルイを引き寄せて、乾いた洞床に座らせている。

 人間で、しかも目の見えないルイに洞穴探検は少々厳しかったようだ。すっかり疲労した様子である。しばらく帰るつもりはないが、転移魔法を使えるのは彼女一人なので、ここで休ませるのは正解だ。俺は何も言わなかった。


「しかしなんだ、冒険者やら勇者やらってのは馬鹿なのか。ちょいと考えてみりゃ、こんな狭苦しい洞窟にドラゴンなんざ棲みつくわけがねえことくらいわかりそうなもんだが」

 半弓の戦士がそんなことを言いながら、すっかり衣服を脱がされてしまった女の魔法使いを蹴飛ばした。白い肌が泥の中に埋もれてしまう。

「おつむの出来が悪いから冒険者になるんだろうが。おかげでこっちゃカネに困るこたねえがな」

「そのとおり」

 俺の目に見えるだけで、彼らはかなりの収入を得ていた。少なくとも十枚以上の金貨を奪っている。

 人間達の通貨にそれほど興味はないが、奴らにとっては大金である。洞穴の奥で待ち伏せをして、疲れ果ててやってきた冒険者を殺すだけでそれほどの収入があるのだから、やめられないのだろう。

 とはいえ、もうすでに魔王軍の耳に入るほどの噂になっている。しかも、沿岸都市はすでにガイによって陥落しているのだ。あきらかに、退き際を間違えている。

 あるいは、洞穴にこもりすぎて魔王軍の侵攻具合などの情報が手に入らなくなっているのかもしれないが。

 どちらにしても彼らの命運はここで尽きた。

「まだ、奥に進む道がありますが」

 彼らに集中していた俺に、ブルータが指摘する。目を凝らしてみると、なるほど。部屋の奥にはまだ、通路があるようだ。

「多分、外に通じているんだろう」

 俺はそう判断した。洞穴の最奥には有毒な気体が溜まっていることもある。ましてやこのように複数の人間が激しく争うような事態がしばしば起こっているのであれば尚更だ。人間の呼気や、魔法によって有毒な気体が多量に生み出されるからである。ゆえに奥にある通路は、どこか外に通じているものと考えられた。

 ともあれ俺たちはここで様子見だ。

 振り返ってみると、ブルータはルイに小瓶から何かを与えていた。甘い匂いがしている。

「なんだそれ」

「果物の蜂蜜漬けです」

 たっぷりと蜂蜜を含んだ果実の欠片。ルイはそれを食べている。味がするのかしないのか、表情に変化がほとんどないが。

 疲労を手早く回復するために蜂蜜を与えるのは確かに良い考えだ。俺としては蜂蜜は漬けるよりも酒にしてもらいたいところだが。

「俺にもくれ」

「はい」

 俺の声に応じて、ブルータが細長いフォークで小瓶から小さめの果実をとりだす。

 口に入れてみると、やはりというか甘い。食えないわけではないが、別に美味いとも思わなかった。寝てばかりいたために疲労していない俺にはあまり効かないのかもしれない。

 しかし、ルイはおかわりをせがんでいる。

「もう一つください」

「はい」

 応じて、ブルータはルイにもう一つ与えた。小瓶にはまだ半分ほど残っていたが、ブルータはそれを背嚢の中に仕舞いこむ。

 顔からはわからないが、ルイはこれを気に入ったのかもしれない。

「近くまで来ています」

 ブルータが部屋の入り口を見やる。

「誰が来た?」

「恐らく人間の、魔法使いを含む二人組です」

 俺も入り口付近を見た。遠い位置から、強い光が放たれているのが見える。『光源の魔法』だ。俺たちと同じように明かりをとっているのだ。ということは、魔法使いがいるということであり、先程の情報から判断して二人組ということになる。

「よし、隠れるぞ。さとられるな」

 俺たちは『隠遁の魔法』の効果に期待して、物陰に隠れた。


 通路を見ていると、すぐにその二人組はやってきた。確かに女二人。一人はブロンドの髪を伸ばして、後頭部でまとめている。もう一人は茶褐色の髪を短く切って、額に布を巻いていた。

 髪の長いほうは真っ黒のローブを纏い、手に杖を持っている。こちらが魔法使いであるらしい。

 髪の短い方は革鎧を身に着けて、短剣を腰に差している。さらに、長剣を背負っていた。

「部屋がある。ちょっと大きそうね」

 髪の長い魔法使いが足を止めて、言う。髪の短い剣士も立ち止まった。

「人の気配がするよ。多分、誰かが待ち構えてる。それと、誰かが死んでる。血のにおいがする」

 二人とも、実力はかなり高いように見受けられる。まだ部屋に入ってもいないのに、もう死の匂いを察知しているのだ。

「慎重に、たぶん敵」

「わかってるよ」

 剣士が先に歩いている。逆行で顔が見えにくい。

 しかし声で大体わかるが、いい顔をしているはずだ。多分、飛びつきたくなるほどには綺麗なお顔。生憎、ここから出るまでにそのお顔が綺麗であるかどうかの保障はできないが。

 隠遁の魔法を使っている俺たちに気付かず、彼女たちは大部屋の様子を窺う。

「生きてるやつらが四人、死んでるやつらが三人いるよ。ヴァレフ、あんたくらいの魔法使いが殺されてる。かわいそうに、身包みはがされてハダカさ」

「それはかわいそうね」

 ヴァレフと呼ばれた魔法使いは、少しもそう思っていない顔であった。

「カイナ、あなたが飛び込んで彼らを全滅できる?」

「ちょっときついよ」

 剣士は左手に短剣を、右手に長剣を握りながらこたえる。剣士がカイナ、魔法使いがヴァレフという名のようだ。

「ともかく、援護頼むよ。お話してみるつもりではあるけど」

「あっちは応じそうにないけど、それでも話してみるつもりね?」

 魔法使いはあきれたように肩をすくめる。剣士が部屋に陣取る四人組に対して奇襲をかけないことを、甘いと思っているようだ。

「そうしなきゃまずいよ。私ら一応は、騎士なんでしょ」

「しょうがないね、ご自由に」

 魔法使いヴァレフの声を受けて、剣士カイナは悠々と部屋の中に進み出た。剣に手こそかけているが、抜いてはいない。

 正面から歩いていくようだ。

 その姿は小細工もなく、正々堂々としたものである。当然ながら、すぐに部屋の中にいる四人にも気付かれる。

「来たか、二人」

「魔法使いと、剣士か」

 部屋の中にいた男魔法使いたちはすぐさま武器をカイナに向けた。

「あら」

 自分に向けられた武器を見て、カイナも短剣を抜く。

「皆様、ドラゴンの退治は終わりましたので?」

 そんなことを冗談めかして言いながら、四人の顔を窺ってみているらしい。しかし、俺から見てもわかる。男魔法使いたちはカイナたちのことを獲物としか見ていない。話し合いの猶予など残されていなかった。

 これは承知なし、戦うしかない。カイナはそう言いたげな表情でヴァレフに振り返った。

「カイナ」

 しかし、そのヴァレフは顔をしかめている。

「魔法の干渉が邪魔されてる。これじゃ脱出魔法が使えないね」

「何それ、周到。小細工してくれるよ」

 カイナは男魔法使いたちに向き直る。

「でもそんなことしたって無駄だよ。私たちってば、強いからさ」

 彼女たちは自分たちの実力にかなり自信があるようだ。二人でも四人を倒せると見ている。


 カイナたちの戦闘が始まろうとしているが、俺はルイを見やった。魔法使いヴァレフが言ったことが気になったからだ。

 俺は密談の魔法を用いて、ルイに思念を飛ばす。

《ルイ、魔法の干渉が邪魔されてるってのは本当か》

 『転送の魔法』にせよ『転移の魔法』にせよ、転送先に指定できる場所には一定の条件がある。その条件を満たさなければ、そこに移動することができないわけだ。しかし、たとえ条件を満たしている場所であったとしても、その位置への魔法による移動を禁止する魔法というものが存在する。

 そうした魔法を敵が使っているとしたなら、その効力が消えるまでは転移の魔法で脱出することができない。

《それは本当です》

 俺はそうした魔法の干渉を察知していなかった。おそらくブルータもそうだろう。

 人間にもかなりの使い手がいるものだな、と俺は思いながら心中で舌打ちをする。

《どのくらい有効な干渉なんだ?》

《干渉されているのはこの部屋付近のわずかなところです。この場所から魔法によって逃走されることを嫌って処置しているのです》

 それなら、少しこの部屋から離れれば転移の魔法は使えるということになる。考えてみれば、彼らだっていちいち何時間もかけて洞穴の中を移動するのは嫌だろう。当然の処置といえた。

 安心して、カイナたちの戦闘を見守ることができる。

 ブルータは黙って、カイナとヴァレフの戦いを見ていた。


 部屋が広いので、カイナは長剣を抜いていた。右手に長剣、左手に短剣を抜き放っている。盾は持っていなかった。

 彼女の実力は、自分で言っていたとおりだった。強い。男魔法使いたちの実力に比しては強すぎるといってもよい。小刀を握っていた男に躍りかかったカイナは、ほんの一撃で彼を殺してしまった。

 深く胴体を切られた小刀の男が血だまりの中に崩れ落ちていく。

 カイナに向けて半弓の男たちが矢を放ったが、素早くその場を離れた彼女には当たらない。その代わりに、カイナから見て右に立っていた半弓の男に向けて『凍結矢の呪文』が飛んできた。彼は避けようもなくその魔法を受けてしまう。たちどころに彼は体の内部から凍結し、彫像となってその場に倒れた。

 矢を避けたカイナは、左に立っている半弓の男に向けて長剣を突きこんでいる。しかし、こちらの男は右の男ほど弱くはなかった。素早く弓を振ってその一撃を避け、懐から短剣を取り出して接近戦に応じた。

 カイナとヴァレフはほんの一瞬で、敵の戦力の半分を殺したことになる。


 男の魔法使いは二人の味方をわずかな間に失ったことで驚愕していたが、すぐに思考を切り替えてカイナに向けて魔法を放とうとする。しかし、それはヴァレフが許さない。

「残念ながら、カイナにはすでに相手がいるようですね。あなたの相手は私」

 闇に溶け込む真っ黒のローブを着込んでいるヴァレフは、悠々と『光源の魔法』を使いながら男魔法使いの前に進み出た。二人の『光源の魔法』が重なり合って、その場はひどく明るく照らされた。洞穴の中とは思えない。ローブの縫い目まで見えるだろう。

「なかなかやるようだな」

 男魔法使いはヴァレフを睨み、片手に魔力を集める。

 同時にヴァレフも杖を構えて魔力を集めた。それを見るや、男魔法使いは即座にヴァレフを指差した。おそらく、魔法の練り上げを阻害する魔法に違いない。ブルータが使ったことのある『魔力拡散の呪文』は難度の高い魔法だが、それよりも難度が低い魔法はいくつか存在する。しかしそれらの魔法は難度の低さのとおり、効果も低い。そしてある一定の実力に達した魔法使いには効果がほとんどないとされている。魔力の操作に優れた魔法使いは、下級魔法のいくつにかに対して抵抗する術をもっているからだ。

 男魔法使いの放った阻害魔法は、そうした次第でヴァレフに何も効果を与えなかった。

「何?」

 実力の差に驚く男魔法使いの顔は傑作だった。俺は笑いをこらえるのがつらかった。

 ヴァレフは何も言わず、杖を男魔法使いに向ける。『黒色の呪文』だった。精神・暗黒系統の下級魔法だ。杖の先から暗黒の衝撃波が飛び出し、男魔法使いを吹き飛ばす。

 少し前に『地脈の魔法』で男魔法使いが吹き飛ばした男よりも、さらに恐ろしい速度で男魔法使いは吹っ飛んでいき洞壁に叩きつけられた。その衝撃だけで男魔法使いは鮮血を吐き出し、体の厚みを半分ほどにしてしまう。地面に落ちるのを待つまでもなく、絶命していた。


 カイナと半弓の男は激しく打ち合っていた。

 と言っても接戦を繰り広げているわけではない。カイナの攻撃に、半弓の男がたじたじとなって逃げ回っているだけだ。握った短剣と半弓でどうにかカイナの攻撃を受けて、致命傷を避けている。

 なんとか逃げまわって粘り、洞穴の通路に逃げ込もうとしているらしい。そうはさせじとカイナも追い込みをかけているが、敵も素早い。

 いざともなれば、俺が『黒矢の呪文』で殺してしまってもいい。ブルータに『幻影剣の呪文』を使わせて三人まとめて叩き切れたらもっといいが、そううまくはいかないだろう。

 しかしそこはさすがに自分たちのことを強いという女。うまく立ち回り、半弓の男は部屋の端に追い込まれる。カイナは短剣を突きこんだ。これで終わりだと言わんばかりだ。

 が、追い込まれた男は渾身の力で弓を振り上げた。これがカイナの短剣を弾く。

 カイナにとっては予想外の抵抗だったのかもしれない。短剣はそのままカイナの手を離れて、部屋の奥へ飛ぶ。拾いにいっている暇などない。

 これに勝機を見た半弓の男が自分の短剣をひらめかせ、カイナの胸元を狙って一気に突きこんだ。これが決まれば逃げおおせる可能性は十分にあった。この時点では。

 しかしカイナは両手で長剣を握り、半弓の男の一撃に応じた。短剣の刺突に斬撃を合わせる。

 間に合うはずがないと思えたが、間に合った。

 両手で振るわれたカイナの一撃は素早く、力強かった。その一撃は半弓の男の腕を切断し、同時に頭部の半分を削ぎ落としていた。

「だから言ったじゃないか、私たちは強いって」

 言葉もなくその場に崩れ落ちていく半弓の男に、カイナは剣をぬぐいながらそんなことを言ってのける。

「カイナ、それよりまだ敵がいる」

 ヴァレフは、死体を見下ろしながらまだ周囲を警戒していた。

「なんでさ、動いている人間はみんな殺したよ。あんたと私以外」

「違うね、ここから感じた気配には確かに悪魔のものが混じっていた。けど、こいつらはみんな人間」

 なかなかこの魔法使いは賢いようだ。俺たちの存在がばれるのは時間の問題らしい。

 だが、この展開も折り込み済みだ。何も問題はなかった。ばれたらばれたで、こいつらを殺して脱出するだけのことだ。俺はもう少し、彼女らの行動を見守ることにした。

 ヴァレフの言葉に、剣を鞘に納めたカイナが肩をすくめる。

「それらしい気配は感じないけど、あんたがそういうならそうなんだろうよ。でもドラゴンの棲む洞窟なんて噂、ヴァレフだって信じちゃいなかったでしょ」

「今それは関係ないね。カイナ、悪魔の気配は確かにしてた。ってことは、ここの一件に魔王軍が関与してたかもしれない」

「へぇ、でもさヴァレフ。今見てみたところじゃどう考えたってこいつらが犯人。変な噂流して冒険者を呼び集めて、ここで待ち伏せして殺して金品を奪ってたんだ。これのどこに魔王軍がかかわってくるのさ」

 カイナは裸に剥かれた女の魔法使いに法衣をかけてやりながらそう主張した。

 俺としてもその理論が勝ってくれることを願う。もともと、本当にここには魔王軍はかかわっていないのだ。

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