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暗殺の青  作者: zan
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5・捕囚奴隷 中編

 部屋を移動する。シャンの自室は地下だ。階段を下りて、通路をしばらく歩いた最奥にある。

 地下通路はどことなく冷やりとしていて、無機質だった。飾り気が何もない。まるきり、迷宮のようだ。こんな奥にシャンがいる理由は、数々の実験やら魔法生物の合成でえらく場所をとるからである。それ以外の理由でこんな湿っぽいところに引っ込む理由があったら教えてもらいたいものだ。こういう深淵のような闇を好む悪魔もいるのだが、シャンはそうでない。

「こんなとこが落ち着くのかよ、シャン」

 ここじゃ落ち着けないといって作戦会議室を出たのに、ますます落ち着けない場所に移動する奴の神経がわからないのである。俺はブルータのポケットに入ったまま疑問を口にする。

「都合だ。そっちのお嬢さんの治療もあるのでな」

「そうかよ。それで、この女はどうするんだ? ガイは好きにしてくれみたいなことを言ってたが」

「魔法使いなんだろう。だったら戦力になるように直してみるつもりだ」

 シャンは、ルイに目をやった。

 両目を潰された人間の魔法使いルイは、特に反応を見せずに裸足のまま石の床を歩いている。服はズタズタで、血や何かの液体でひどく汚れていた。

 ガイの部下から乱暴に扱われたのだろう。恐らく、まるで手加減のない暴力をふるわれたに違いない。当然、そこには性的なものも含まれている。ある意味では、ブルータよりも不幸な目に遭っているといえた。

 俺は単にガイから預かっただけなのでルイの境遇など知りようがなかった。ガイに挑んで敗れたということだが、単独で挑んできたのか、それとも仲間と共にやってきたかもわからない。わかるのは、四天王のガイに挑むほどに勇猛な人物であったということだけだ。体つきを見るにかなり若いので、恐らくは未婚。まだ男の身体も知らなかっただろう。とはいえ戦争とはこういうもので、このくらいの悲劇はあちこちに溢れている。というか俺自身もこういう女を何人つくってきたかしれない。

 たかが人間の女ひとりくらい、気にかけるほうがおかしいのだ。

「こんだけ痛い目に遭ってもまだ終わりじゃないのか。裏切り者と言われながら人間の戦士と戦うことになるんだな」

 それが四天王のガイに敗れたものの末路であった。俺は身の程も知らずにガイに挑んでしまったこの若い女を横目に見る。服が裂けているので素肌もあちこち見えていた。若いってのはいいものだ。

 地下通路の床は、一部に発光する素材を用いていた。そのおかげで普通の人間の視力でも壁にぶつかることなく歩けるようになっている。今のルイにはそれも意味のないことであるが、ブルータが彼女を導いているおかげで、しっかりとついてこれているようだ。

「あいつは容赦ないからな。しかし仕事を増やしてくれるものだ」

 シャンが最奥にある扉に手をかけた。この扉は、魔法で施錠されている。シャンにしか開けることができないようにだ。シャンだけでなく、四天王クラスの魔族はおおよそ自室にこうしたカギをかけている。

「入ってくれ」

 言われなくとも、この冷たい通路で待っているつもりはない。俺が指示するまでもなくブルータも部屋に入り、目の見えないルイを招き入れる。

「入るさ。シャン、酒でも出してくれ」

 俺はさっさとブルータのポケットから飛び出し、入り口付近に置かれているソファーの肘掛に座った。しかし、奴は折角の来客を歓迎しようともせずに壁際の棚をあけている。

「そんな暇あるか。とりあえずその二人の治療だ」

 仕事熱心なことだ。俺はため息をついて部屋の中を見回す。この部屋に入ったのは初めてだ。

 部屋はかなり広かった。かつて忍び込んだことのあるリンの寝室よりもだ。仮眠用としか思えない、寝心地の悪そうな簡易寝台が入り口と反対側の壁に置かれて、右奥の角には何か丸いものが埋め込まれていた。透明な水槽のように見える。中には濁った液体が入っていて、動物の内臓のような薄気味悪い、細長の管がいくつもくっついているようだ。

 その近くにある作業用の台と思われるところには何らかの器具が幾つも散乱し、帳簿や紙の切れ端に何かを書き殴ったようなわけのわからない塵がちらばっている。俺も決して綺麗好きとはいえないが、散らかりすぎだと思う。

「とりあえず、ブルータはそこに座れ。そっちのお嬢さんはこっちに寝てくれ」

 シャンはブルータにソファーを、ルイには簡易寝台を促した。従順な二人はそれに応じる。

 二人の治療が始まってしまうと俺は手持ち無沙汰になる。なんとなくその治療の様子を見ながら、シャンに話しかける。普通なら邪魔だと一蹴されるところだが、奴は何か話をしながら作業をするほうが好きという性質なので問題はない。

「魔王軍が攻め込みだしてから何日経ったんだっけよ、シャン」

 俺の質問に、シャンはすぐに応じた。ブルータの左手に何か刃物を入れながらだ。

「作戦行動を開始してから今日で二ヶ月。実際にリンやガイが軍を動かしてからは七日だ。事前準備はしてあったからな。特に砂漠都市に関しては」

「チマチマしてんなあ」

 俺は砂漠都市に仕掛けられた計略を思い出してしまう。寡兵で幾度も小競り合いを繰り返し、相手から緊張を奪うという手段だった。あれは二ヶ月前から仕掛けられていたらしい。

「とはいえ、さすがに人間達の軍勢に比べると進軍速度はすごいのだがな。リンは砂漠都市を拠点として周囲に攻め入っているし、ガイは海岸にある都市を順次攻略している」

「そうらしいな」

 ガイが統括している海軍と、リンの統括する陸軍はまるで違う侵攻経路をとっている。目指す先もどうやら違うようだ。普通はこういう場合、両者は連携をとっていくものなのではないか、と俺は思うのだが。そのあたりを折角なのでつついてみる。

「しかしよう、なんでまたガイとリンは全く違う場所で活動しているんだ。同じ場所を海から陸から挟み撃ちにすりゃあもっと楽に攻略ができるものなんじゃねえのかよ」

「ああ、それは俺も思う」

 シャンは、大きな身体を丸めて細かい作業をしながら淡々と返答する。

「じゃあ何で放置してるんだ。シャンは最重要参謀なんじゃないのか」

「確かに俺は参謀部の統括だが、リンとガイの仲の悪さは知ってのとおりだ」

「そこをなんとかするのが論客ってやつなんだろ」

「舌先三寸で物事を解決するのは俺の役目じゃないな。どっちかというとそれはお前が得意としているところなんじゃないのか」

 ブルータの左腕に何か怪しい虫を近づけながら、シャンは俺を横目に見る。

「シャンよう、俺のことをなんだと思ってるんだ」

 俺はため息を吐いた。

「言い訳だけで今までやってきた小悪魔で、どうしようもない奴だ。もう少しブルータのことも気遣え」

 この言われようである。俺が何をしたというのか。

「そんなこと言うがよ、俺は期待以上の成果を出したはずだぜ。賢者タゼルも、精霊使いバロックも倒しただろうが。それに妖精のルメルだって捕まえたんだぜ」

「それはホウから聞いている。しかしお前の活躍の話はあまりでていないが。タゼルを殺したのは実際、ブルータの策略らしいな。バロックもおおよそそんな調子でやったんだろう?」

「じゃあ俺の功績は全くゼロってわけなのかよ。そんなんなら最初からこいつだけで行かせりゃよかったんだよ」

 あまりの言葉に、俺は苛立った。タゼルを倒したのは確かにブルータの魔法だが、俺が奴の注意を引かなければその作戦は成功していなかったはずだ。バロックのときにしても、直接倒したのは俺が苦労して覚えた上級魔法『黒矢の呪文』のはずだ。

「そうやって拗ねるから、どうしようもないというんだ。ブルータの負傷が治ったらすぐにも次の指令がおりるだろうし、そこでお前の実力を見せてくれればいいんじゃないのか。俺が今言ったみたいな疑いがもたれないくらいに」

「勝手言うぜ、シャン。死ぬかと思いながら戦ってよ、こんな調子じゃ嫌にもなるぜ、いやならないほうがおかしい」

 もう一度深いため息をついて、俺はブルータに目をやった。奴はシャンのなすがまま、されるがままだ。その左手には、先程の怪しい虫が噛り付いている。何をやっているのか。

「そりゃ、何なんだよ。そのでかい虫は例の魔法生物か?」

「まあそうだな、『虫』だ。寄生生物だが、宿主が傷を負うと自らの細胞をもって欠損部位の代替にしてしまう奇妙な性質をもっている」

 淡々と説明するシャンだが、大分と便利そうな虫だ。

「要するに、腕一本なくなっちまってもその虫を取り込めば、そいつが失った腕の代わりをしてくれるってことか」

「そんなところだ。さすがに腕一本は時間がかかるが、このくらいの負傷なら一日で治るだろう。虫が代替した欠損部位も時間の経過と共に同化していく。要するに、本物の腕と変わらなくなるはずだ」

「いいもんだな。シャンが作ったのか」

「研究の成果だな。リンには気持ち悪いから使うなと一蹴されたが」

 確かに、虫が自分の腕やら足に変化してしまうというのには嫌悪感があるだろう。気持ちは分かる。

「で、そいつを使えばルイの目も治るのか?」

 俺はベッドに横たわる女を見る。両目を抉られた顔。別に哀れには思わない。単に、治るのかどうかと思っただけである。

「あの子はルイというのか。まあ治るはずだが、確証はないな。目ってのは頭の中と直接ガッチリ繋がってるからな」

「どういう意味だよ。腕やら足が生えてくるんだから、目玉くらい余裕だろう」

「治療はするが、この虫であの子の目を再生するのは少し待つ。まだ作りたての魔法生物なのでな。性急に成果を求めるのはあまりいいことにならん」

 どういう意味でそれを言っているのか、俺にはわからない。ああ、そうですかと俺は適当な返事をする。

 シャンはブルータの右手にもう変化を始めている『虫』ごと包帯を巻いてしまった。それが終わると、立ち上がって部屋の扉を押し開く。

「治療は終わりだ。明日までは城の中でゆっくりしていろ。俺は引き続き、この子の治療に当たるからお前たちは帰っていいぞ」

 そう言われては、もう出て行くしかない。

 俺は舌打ちをしながらブルータの頭の上に乗っかり、一階に戻るように言わざるを得なかった。扉をくぐる直前、ブルータは振り返って簡易寝台に横たわっているルイの顔を見やったが、精神攻撃を食らったという彼女の顔は天井をただ見つめるのみだったに違いない。


 明日までゆっくりしていろと言われた。一応この本部の近くには兵舎があり、そこにはブルータにあてがわれた寝台もある。

 この寝台が用意されている以上俺たちも一応は軍属なわけであり、四天王のリン直属の暗殺部隊といえば実に聞こえがいい。部隊といっても俺とブルータの二名だけだが。とはいえ実際は怠け者の俺をうまくおだてて使っているようなもので、しかも困難な任務にぶつけて、いつでも死んでくれと言わんばかりである。俺やブルータよりも実力のある者がごろごろいるリンの部隊内では仕方のないことかもしれないが。

 特にするべきこともなかったので、俺たちは結局兵舎の寝台の上にいた。

 休んでいろと言われたにもかかわらず、ブルータは右手で魔法書のページをめくっている。勉強熱心な奴だ。

 俺も何か本でも読んで過ごそうかと考えたが、『黒矢の呪文』を覚えてしまった今、次の魔法を覚えるのはかなり面倒に感じる。

 実際のところ『転移の魔法』でも覚えれば実に便利になりそうなのだが、魔法書が手元にないし、昔ちょっと読んでみた記憶によると、ほんの数行だけで頭の中が理解を拒むほど複雑な魔力の操作が必要だった。あれを軽々と使っているホウやルイはどういう修練を積んだのかと思ってしまう。しかも、上級悪魔であるホウはともかく、ルイは人間だ。それもあの若さで。どうかしている。

 『転移の魔法』を使える悪魔は、俺の知っている中でもかなり少ない。死んでいる悪魔も含んで数名程度だ。今生きていて、という条件がつくともう四天王のリンとホウくらいしか使い手はない。そういう魔法なのだ。

 となると、あのルイはとんでもない実力だということになるのだが、それを使えるように直す、というのだ。あれもブルータのように人形にして使うというのなら、元もとの技量が違うわけである。恐らくルイの実力はブルータのそれを凌駕するだろう。ハーフダークの力の強さはなくなるが、魔法で強化するのなら問題はなくなるし、一点特化のほうが使いやすい。

 もしかするととんでもないことになるかも、と俺は考える。

 魔法書のページをめくる音が鳴る。ブルータは黙々とそれをただ読み続けているようだ。兵舎のこの部屋の中には俺たちしかいないので、静かなもの。

 俺は窓の外を見た。太陽はすでに赤くなり、落ちていこうとしていた。

 ブルータが手を伸ばし、枕もとの灯りに火を入れようとする。俺はその様子をぼんやりと見ていた。すでに何もやる気にならず、眠ってしまおうとしていたのだ。ブルータのローブも洗いなおしたし、汚泥の中に倒れたにおいはもうなくなっている。何も気にせず眠れると思っていたのだが、まさに俺が目を閉じようとした一瞬になって、部屋の中に誰かが入ってきたのだ。誰か、というよりもよく知っているあの女がだ。

「フェリテ様」

 その存在に気付いたブルータが顔をあげ、あわてて身を起こそうとする。

 俺もそれで気付き、入り口方向に目をやる。確かにいた。大仰なローブを着込んだ女が。背中の翼は折りたたまれているが、その存在は嫌でもわかる。

 起き上がろうとするブルータを制して、フェリテは穏やかに口を開く。

「ああ、怪我をしているのは聞いている。そのまま寝ていろ。四天王のリンが戻ってきた、ということをお前たちに言っておいたほうがいいと思って寄っただけだ」

「リンが?」

 俺は首を傾げた。四天王のリンは陸軍総司令という立場なのに、現場を離れて戻ってくるとは。彼女には『転移の魔法』があるとはいえ、報告だけなら部下を使わせれば済むはずだ。総司令が前線基地を不在にしても軍にあまり良い影響を与えるとは思えないが。

 しかし何にしろ、リンがここにいるというなら報告に出向く必要があると思われた。俺がそう指示すると、ブルータは読んでいた魔法書を閉じて起き上がる。このときまでに、『虫』はほとんど左手に姿を変えてしまっていた。

 ブルータが読んでいた魔法書は『炸裂の呪文』に関するもののようだ。単純な破壊魔法としても上位に位置する精神・暗黒系統の上級魔法だ。どうやらこいつも上級魔法に手を出すつもりらしい。勤勉なことだが、上級魔法をそう簡単に習得されても困る。しかしそもそも、そんな魔法書をこいつはどこから入手してきたのだろうか。気になるが、おそらくはシャンかホウから借りたものと思われた。だとするなら、四天王と付き合いのある俺の配下になっていることを少しは感謝してもらってもいいはずである。

 考えている間に、ブルータは部屋を出る準備を終えていた。

「参りましょう」

 その声に舌打ちで応じた俺は、ブルータのポケットに入りこむ。

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