5・捕囚奴隷 前編
翌日の昼ごろ、俺たちはガイとの約束を果たすため、船を下りた場所へ足を進めていた。
川で泥を落とし焚き火で服を乾かし、一晩かけて休んだ結果、ブルータの右腕はどうにか動くようになっていた。痛みも昨日ほどではなくなったらしい。
左腕は無理やりに止血してある。俺が使えるような回復呪文では到底間に合わなかったので、火を近づけて傷口を焼いてしまった。ブルータは苦痛に顔をしかめていたが、叫びだすようなことはなかった。大人しいものだ。
そんな状態で体を引きずるような歩みのまま、ガイとの再会にいたる。俺たちが下船した場所に行くと、すでに奴は何人かの部下を連れてそこに立って待っていた。どうやら何らかの方法で俺たちが戻ってくるのを予見していたらしい。
奴は別段驚いた様子も見せず、ニヤニヤ笑っている。俺はブルータのポケットに入ったまま、げんなりしてため息をついた。
「楽勝だとは思ってなかったが、えらくやられたもんだな。そのぶんじゃ俺の依頼は後回しにせざるを得ん、さっさと本部に戻って治療して来たらどうだ」
人形少女のブルータが傷ついているのが無様に見えるらしい。奴は上機嫌である。俺は自分が生き残るために必死だったのでそこまで笑えはしないのだが、ガイにとっては違うらしい。
しかしさっさと戻れ、とはいうものの、この船で送ってくれるというのだろうか。ガイも魔王軍の海軍総司令として作戦行動中のはずだ。いかに総司令といえど、俺一人のために船を本部に戻しはするまい。となると、誰かが俺たちを送ってくれるということになるのだろうか。
「戻りたいのはやまやまだが、こんな調子じゃどんだけ時間がかかるか知れないじゃないか。ガイ、送ってくれるのかよ」
「転移の魔法が使えたら俺自身が送ってやるところなんだが。それにしてもあんだけ凄まじい魔法が使えても、精霊使いサマ相手には厳しかったようだなあ。俺なら片手で一撃、それも半殺しにして捕らえるところまでいけたはずだがな」
ガイはまだ笑い足りないらしい。というよりも、先日ブルータが帆船を真っ二つにしたことをまだ何か思っているらしい。あのとき奴は呆気にとられていたが、それを笑った俺のことを馬鹿にできるチャンスと見ているのかもしれない。俺はそんなことに構っている余裕もなかったので、ガイよりもその隣に立っている女を見た。
「ロナ、この船に転送魔法を使える奴は乗っていないのかよ」
ガイの副官となっているこのロナという女は、ブルータよりも握り拳一つほど背が高い。藍色の髪を肩口で切りそろえ、黒い毛皮のコートを着込んで厚着している。その上からでもわかるほど胸は豊かで、いつでも男を誘い続けていた。顔の方に目をやると、リンやホウに比較するとかなり柔和な印象を受ける垂れ目、しかしどこか酷薄そうな薄い唇がみえる。そうした容姿の彼女がガイの副官である理由は、部隊の血気盛んな男どもの慰安のためであるというのが大半らしいが、ロナ自身が戦闘に参加することも多々あると聞いている。話では彼女が参加したほうが野郎どもの働きがいいとか。
「私は生憎その魔法をもっていないのだけれど」
ロナは、女性らしいやわらかな声で俺の質問に答える。聞いた話では慰安役兼、参謀役兼、ガイの暴走をなだめる役というのが彼女の実態らしい。ロナを手放したくない男たちによる事実無根の賞賛、という可能性もあるが。しかし今見る限り、それが全くの出鱈目ということはなさそうに見える。ロナは、聡明だ。
「しかし、思い当たるところはひとつあります。ガイ、あの娘の魔法を使わせてはいかがでしょう。一度は本部に戻らせたことがありますから、今回も問題ないかと」
そう言って、ロナはガイを見た。言われたガイは、ああそんな案件もあったな、という顔をしてから頷く。こいつはどうやら何も考えていなかったらしい。副官に丸投げという事案がいくつあるのか知れたものではない。
「そうだな、あれの魔法で送ってもらおう。多分あいつは命令を聞くだろう」
「では、彼女を連れてきます」
ロナは船に戻っていく。その転送魔法が使える『彼女』を連れてくるのだろう。
こうして話をしている間、ブルータは一言も喋らずにいる。ハーフダークの回復力といえども、そうすぐに体力まで全快するわけではないようだ。明らかに疲労がみえる。
「しかし、彼女ってのは何だ。俺が知ってる限り、魔王軍の女はロナしかこの船には乗ってなかったはずだが」
「ああ、ついこの間、というか数日前だが俺たちに挑んできた人間の女でな。名前はなんつったか忘れたが」
「敵じゃねえか。それで捕まえたのか?」
捕まえた女は、慰み者にした後殺すというのが定番だった。ガイの船では特にそうだろう。しかし、『彼女』は生きているらしい。
「なかなか抵抗してくれてな。すぐ殺すよりもできるだけ利用しようってことになったんだ。昼間は昼間で色々と働いてもらってな、夜は部下の相手だ。寝ないでな」
「そいつはえぐいな。しかしそんなんじゃそのうち死ぬだろう」
「三日くらい寝なくても別に大丈夫だ。死んだら海に捨てればいいし、ギリギリになったら本部に戻してシャンにやろうかとも思っていた」
ガイは平然と言い放った。人間の命など、その程度の扱いなのだ。これでもまだ温情的な措置である。
「シャンにやるってことは、こいつと同じようになるってことなのか」
「そういうことになるかもな」
シャンに売り払うような形になるのだが、ガイはカネに不自由しているということもない。要するに、殺さずにシャンにやるというのは、ただの気まぐれなのだった。
そんなことを話している間に、ロナが戻ってきた。女を連れている。
普通の人間なら、ギョッとしたことだろう。俺はこの程度のことは見慣れているのでなんとも思わないが、ロナが連れてきた女は両目を潰されていた。恐らくは眼球を摘出されたか、それに近い方法で苦痛を与えながらそうされたに違いなかった。元は法衣だったらしい、ズタズタのボロのような布を身体に引っ掛けただけの格好で、どこかおぼつかない足取りでロナの後ろについてきている。裸足だった。
「連れてきました」
「おう」
過酷な虐待、あるいは寵愛をうけたその女を見ても、ガイはまるで動じなかった。
「こんなんでも、まだ魔法使いなのでな。重宝させてもらってるぜ。色々と面倒ごとをやってくれる。が、まあそろそろ限界か?」
「あと一日ももたないかもしれません。この際ですから、本部に引き上げるついでに、シャンに引き取ってもらってはいかがです」
ロナが提案する。俺が見るに、確かにその女の限界は近いようだった。元は恐らく美人だったのだろう、目を抉られたその顔は涙とも血ともつかない液体を流している。囚われてからまだほんの数日しか経っていないにもかかわらず、すでにやつれきっている肉体、精神のほうは言わずもがな。近いうちに死ぬだろう。
「ちと残念だが、そうするか。俺が相手してもいいんだが、こっちが気をやる前に死にそうだ。おいレイティ、そういう具合なんでよ。お前ら本部に戻るついでに、こいつをシャンの奴に引き渡してやってくれ」
「なんだよ、そりゃ。俺たちは便利係じゃねえんだぞ」
「別にいいだろ、そのくらい。今度また女の都合つけてやっからよ」
俺の抗議は、その返答によりすぐさま腰砕けになった。
「しょうがねえな、わかった。だが、こいつの転送魔法で俺たちを送るんじゃないのか?」
『転送の魔法』を自分自身にかけることはできない。自分が移動するには『転移の魔法』が必要だった。『転送の魔法』よりも、『転移の魔法』のほうがずっと高度な技術なのだ。自分自身を対象にする魔法は、難度の高いものが多い。
「心配には及ばない、そいつは『転移の魔法』がつかえるからな」
「それは、便利だな」
そこまで熟練した魔法技術をもっていたのか。しかし、そうした実力を持っていても、魔王軍海軍総司令たる四天王のガイを討ち果たすことはできなかったらしい。しかも、捕らえられて散々辱められた挙句にこのザマだ。いい気味である。
「では、ルイ。魔王軍本部までそこの二人を連れて転移してください。その後のことは、彼らに従うように」
ロナの指示に、『彼女』は頷く。この女の名はルイというらしい。もうすぐ死んでしまうか、ブルータのように人形になるかしれない女だが。
「で、思うんだが。こいつのことは信用して大丈夫なんだろうな、ガイ。転移した先が大海原のど真ん中、なんてことはないだろうな」
俺は一応念を押した。その間にも、ルイが魔力を溜めている。
「その可能性は低いな。うちの魔法使い達の精神攻撃をいくらか受けているし、抵抗するような気力は根こそぎなくなっているはずだ。ロナについて仕事をしていることからも信用していいと判断できる。すでに半分は人形みたいなもんだ」
「ああ、そういうことか」
俺はルイをもう一度見た。ひどく汚れて引き裂かれた衣服から、彼女に与えられた暴力の強さが知れた。身体の傷は魔法である程度直せても、衣服までは修復する余裕がないのでこうなるのだ。
「それでは、転移します」
「ああ、やってくれ」
ルイの声に俺は応じる。とりあえずブルータの怪我を治療しないことには次の任務を受けることもできない。
リンへの報告は、本部を通じてでもできるだろう。ホウやフェリテの諜報部隊を通じて、既にリンの耳には入っているかもしれないが。
「失礼いたします。ガイ様、ロナ様」
ブルータが律儀にもそう挨拶した。ガイは反応を見せなかったが、ロナは軽く手を振って応じる。俺はロナの胸を見ながら、発動する転移の魔法に身を委ねた。
見慣れた魔王軍本部の城内に降りた。ポケットから出て、ブルータの肩に乗る。周囲を見回すと、確かに魔王軍本部。ブルータが切り倒した大木の切り株も見える。
城の外ではなくて城内に直接降り立てるということは、ルイはそれだけの信用を与えられているということになる。が、そんなことは、どうでもよかった。とりあえずはブルータの治療が先である。
「とりあえず、治療が先だな。衛生室だ」
悪魔の中でも結構な治癒術師が集っているはずの、魔王軍本部の衛生室へ向かわせる。
ブルータが先を歩き、ルイを先導した。こういうときは先に走って扉を開けるくらいしてもいいのではないかと思ったが、彼女の両目は潰されていることを思い出す。
しばらく歩いて、一階の中央まできた。階段がある。
「帰ってきたのか、ブルータ」
ふと、そんな声が背後からかけられた。俺でなくブルータを呼ぶような輩は少ない。ブルータがゆっくりと振り返り、呼んだ人物を見る。
予想したとおり、四天王のホウ。両の翼は自然に下げられ、顔にはやや疲労が見られた。実際、普段から色が白すぎて血の気も何もあったものではない悪魔なのだが、それでも少し元気がないようには見えた。
やはり諜報部隊も忙しいのだろう。砂漠都市を落とし、今頃港都市に攻め込む算段をしているであろう魔王軍の諜報だ。どこを調べるか、考えて実行するのはホウになる。あちこち翼と転移魔法で飛び回る、夜もろくに眠れない日々に違いない。
そういうところでちょっと元気のないホウも目の保養になるもんだなと無責任なことを思いつつ、俺はその顔を眺めた。疲労している美人というのも悪くない。
「はい、帰還いたしました。ホウ様」
軽い会釈をしてブルータがホウの声に応じる。ルイもそれに倣って会釈したようだ。
「怪我をしたのか。無理をするなとは言えないが、気をつけろ」
ホウは、俺をまるで無視してブルータとだけ言葉を交わした。肩と左手の負傷を見て顔をしかめ、しきりに心配しているようだ。それが気に入らず、俺は会話に割り込む。
「おいおいホウ、俺を悪者にするつもりじゃないだろうな。知ってるだろうが相手は精霊使いだったんだぞ、これだけの負傷ですんだんだから御の字だと思わないのか」
しかし、この抗議もあっさりとはねつけられる。
「部下を怪我させておいて御の字もないもんだ。左手の再生は時間がかかりそうだぞ」
「ホウでもか。どのくらいかかる?」
「最低でも三日。その間、動かせないだろう」
「そんなにか」
俺は不満だった。タゼルにやられたときは二日ほどで何とか全快したというのに、今回は三日と言われた。ブルータ自身の疲労はそれほどでもないのにだ。やはり、欠損部分の再生というのは時間がかかるものらしい。
「それか、シャンに相談するか。あいつがこの子を作ったんだろう? 何か画期的な手段があるかもしれない」
「ああ、そうだな。治療はシャンに会ってから考えるとするか」
確かに、シャンにも独自の治療手段があるかもしれなかった。それに、ルイのこともある。
「それと、精霊使いを倒した件はもう聞いてる。リンにも一応伝えてあるが、君の口からもしっかり報告しておいたほうがいい」
「わかってるよ」
さすがに諜報部、耳が早い。リンにも報告がいっているというのは、ありがたいことだ。
「あと、精霊使いを倒したお前たちに、褒章の話が出ている」
「褒章? 何か出るのか」
これは嬉しい話だった。ご褒美がでるというのなら、頑張った甲斐があったというものだ。
「ああ、総司令からはお前に何かでるだろう。ブルータには何もないと思うが」
「私なら、平気です」
申し訳ないと言いたげなホウの目線に、ブルータは問題ないと答える。が、ホウはそれを許さなかった。
「いやそれでは不釣合いだな。司令からは何もないだろうが、私から何か出そう。何か欲しいものはあるか」
人形に何が欲しいか訊いても無駄ではないかと俺は思う。が、ブルータが何と答えるのか興味はあった。
「へえ、四天王自ら何かくれるらしいぜ。ブルータ、欲しいものがあったら遠慮なく言えよ。大金でも名誉でも地位でも」
「お前と一緒にするな。とりあえず私にできる範囲でのことになるが、遠慮なく言うがいい」
俺とホウにそう言われても、ブルータはしばらく返事をしなかったが、何か考えているらしい。
「何でも、よろしいのでしょうか」
「ああ、私にできることなら」
ホウがそう応えると、意を決したようにブルータが口を開いた。
「私は、お母さんが欲しいです」
「何?」
ホウは驚いたらしい。俺も呆気にとられた。
「母親が欲しい、というのは、どういうことなんだ」
この回答は予想外だった。俺もそうだし、ホウもそうに違いなかった。すっかり自我を失って、人形になっているはずのブルータが母親を欲しいと言い出したのだ。異常といえる。
「いえ、すみません、無理を言いました。やはり欲しいものは特にありません」
すぐにブルータはそんなことを言ったが、そうかわかった、というわけにはいかない。ありえないはずの言葉だったからだ。作戦遂行のための何かを欲しがる、というのなら予想ができた。魔道具や新しい魔法を欲しがるというのなら人形として有り得る話だ。だが、奴が求めたのは母親だ。作戦や指令にはまるで関係がない。どういうことなのか、シャンに訊いてみる必要もありそうだ。
「いや、そんなことはない。母親は用意できないが、代替案として、こういうのはどうだ」
少し考えた後、ホウはそんなことを言う。同時に、ブルータに何か思念会話をしかけたらしい。俺にも聞かせられないような代替案というのはどういうものなのだろうか。まさか母親代わりの女をかっさらってくる、なんていう話じゃあるまい。
「私はそうさせていただけるのならありがたいと思います。ホウ様がよろしければ、お願いいたします」
ホウが提案した代替案というのが何であるかは不明であるものの、ブルータはそれを承諾した。俺はそれが気に入らなかったので、ホウに向かって言う。
「何をするのかは知らないが、ホウ。ブルータにだけ褒美をやるのはずるいんじゃないか。俺が指示をだしてこそ、この戦果につながったんだぜ。俺にもご褒美がでて当然だろう」
殆んど言いがかりなのだが、一応の理はある主張だ。それに、ホウだって勝手にブルータに褒美を出したという話を言いふらされるのはよくないと思うはずだ。
「お前には司令から褒章がでると言っただろう。相応の代金を用意するというのなら、お前にやれそうな魔道具のいくつかは持っているが」
「魔道具ね、そういうのならもう持ってるぜ」
俺は、ブルータに杖を取り出すように指示した。バロックが持っていた杖だ。
「いいものを持っている。そいつはバロックが持っていた杖だな、精霊使いのための調整がしてあるはずだ」
「何だって」
言われて、慌てて杖を見た。ホウの言うとおり、精霊使いのための調整が施された杖であるなら、魔法使いであるブルータが持っていても本来の実力は引き出せない。
「だったらこの杖をやるからよ、ホウの持ってる魔道具を何かくれよ。役に立ちそうなやつを」
方針を転換することにした俺は、さっさと杖をホウに渡してしまった。四天王のホウは、少し考えた後に何かを取り出す。
彼女の翼に乗せられたそれは、かなり薄い、透明な衣装だった。薄絹のような、吹けば飛ぶような軽さと考えられる。これは、恐らくローブと思われるが、あまりにも薄い。服の意味をなしていなかった。
「それは何だ、新手の夜の衣装か?」
「違う。一応この城の中にある魔道具の中でも五番目くらいに価値のあるものだ。ローブの上から重ねる、というか服に憑依させるものだ」
「どういうことだ」
説明されても俺にはわからなかった。すごい価値があるということはわかったが、どういう効果があるのかわからない。
「これは『ミストローブ』だ。霧の衣装なんだよ、レイティ。実体のない服。今この薄絹に憑依させているが、こいつをやぶいて自分が着ている服に憑かせるわけだ。それでやっと効果がでる」
「で、それはどういう効果をもつんだ」
「霧の衣装には一定の温度を保とうとする性質がある。暑さ寒さに対して耐性がつくだろう。ポケットに入ってるお前にとっても、おそらく有益な話だ」
要するに地獄のような暑さにも、ブリザードのような寒さにも、ある程度は耐えられるということらしい。服自体に効果がつくのだから、ポケットに入っている限り俺にも効果がでるはずだった。それはいい。夜も寒くなくなる。
当然、俺はその『ミストローブ』が欲しくなった。
「生憎、これは結構な貴重品でな。精霊使いの杖じゃ対価には遠く及ばないが」
そうだろうな、そりゃあ。しかし、こんなものを出してきたということは、俺たちが支払い得る何かがあるということだ。
「じゃ、何を支払えばいいんだ」
「そうだな。お前たちが持っているその妖精をもらおうか」
「おいっ!」
俺は思わず叫びだしていた。ここまできて手柄をとられてたまるか。渡せるはずがなかった。
妖精のルメルは、まだ気絶していた。泥を引っかぶったままでは臭いがひどいので洗ってやってはいるが、魔力を失ったショックからまだ回復していない。そこで拘束して、ブルータのポケットに仕舞ってある。
「大丈夫だ。リンには妖精を生け捕りにしたというところまで伝えてある。それに、いつまでもそいつを連れ歩くわけにはいかないだろう。私がそれを預かろうというだけだ」
「何か裏があるんじゃないだろうな」
ホウの説明に、俺は不安になる。どうも条件が良すぎる気がした。言っている事が本当なら、俺たちは手柄を奪われないし、妖精の面倒をみる手間もなくなる。手に入れたらそのまま、なし崩しで自分のものにしてしまうような算段でもあるのではないかと疑われる。
が、しかしそういう危険を考えても霧の衣装は魅力的だった。考えてみても、その魅力には勝てない。妖精の力も魅力ではあるがうまく使いこなせるかわからないし、逃げられずに管理し続けるのも面倒だった。
結局俺は、妖精のルメルの身体をホウに引き渡すことにする。代金を支払って、霧の衣装を受け取った。
ホウは忙しいらしく、その後すぐに別れの挨拶を短くして、行ってしまう。霧の衣装『ミストローブ』をとりあえず仕舞いこみ、俺たちは行き先を変更してシャンのいそうな場所に行くことにした。
確かシャンは参謀長になったと聞いている。その彼がいそうな場所といえば、やはり作戦企画室か。自室にいるという可能性も高かったが、近いのは作戦企画室だ。室、とはいうものの二十人以上の人数でも会議できそうな部屋である。
一階の端にあるその部屋を目指して、ブルータとルイは歩いていく。ルイはまだ裸足で、両目も見えないままでペタペタと床を踏んでいた。
作戦会議室に近づいたが、特に会議中という様子はない。俺はその扉を開けるようにブルータに命じる。
果たして、部屋の中にはシャンがいた。なんだか久しぶりに会った気がする。
「おい、シャン」
机に向かって何か書き物をしていたシャンは、俺の声に振り返ってため息をつく。何がそんなに不満なのだろうか。
「帰ってきたか、話は聞いている。大方その怪我を治せというんだろう?」
「素晴らしい、察しがいいじゃないかシャン。頼むぜ」
俺は笑ってふんぞり返った。シャンは諦めたように首を振る。
「ああ、それはしてやる。一日ほどかかるがな。それで、その後ろにいる女はなんだ?」
さすがはシャン。ホウが三日かかると言ったのに一日ですむとは。
俺はルイのことを軽く説明する。
「ガイが捕虜にした人間の魔法使いだ。壊れる寸前まで使ったが、死なないうちにシャンにやるということらしい」
「あいつは限度を知らないらしいな。ブルータのときは手つかずだったが、今回は使用済みか。まず治療からだな、骨が折れる」
シャンはもう一度ため息をついて、何か書いていたらしい帳簿を放り投げた。
「俺の部屋に行こう。ここじゃ落ち着けん」