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暗殺の青  作者: zan
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0・遺留思念

 私は彼女を助けたかった。

 彼女は私の主人を殺したというのにだ。


 あまりにもひどい境遇におかれている彼女を、助けてあげたかった。


 しかし彼女を助ける以前に、私のほうが助け出されるのを待たねばならない。

 私自身も、魔王軍に捕まっている身の上だからだ。


 魔王軍最強と目される四幹部、四天王の一角を担う悪魔に捕らえられている。独力での脱出は不可能だ。

 今いるこの部屋から出ることが出来ない。逃げ出せない。

 だが、この部屋は捕囚のための牢獄などではなかった。ここは私を縛る悪魔、四天王の一人ホウの私室。ホウは魔王軍の中でも情け深く、慈悲の心も知る変り種だという話は聞いていたが、まさか囚われの身である私を、牢獄ではなく自分の部屋に閉じ込めるだけだとは。

 そして情けないことに、それをもって私はすっかりホウに対して警戒を解いてしまっている。


 ホウは私を殺すことなんて簡単に出来る。封印してしまうことだってできる。それなのにこうして待遇をよくしてくれるのだから、信用することは問題ないはず。何よりも、彼女の目は他の悪魔のように欲望に濁っていないし、悪魔以外の種族をひどく恨んでいるというようなこともない。

 私はホウのことを実際、気に入っていた。


 妖精である私、ルメルは。

 以上のような状況から現在のところ、助けられたくもあり助けられたくもないという心境にある。

 

 思いをめぐらせていると、扉が開いた。戻ってきたのはホウだった。

「ルメル、いるか」

 戻ってきてすぐに、彼女は私を呼んだ。私は返事をして、彼女の傍に向かった。

 四天王のホウは、両腕を黒い翼に換えたような種族の悪魔。その翼は肩から地面にひきずるほどに長く、そして美しい。羽毛は常に手入れされていて光沢を放ち、それに負けずに彼女の髪も黒く輝いていた。髪も翼も、そして服装もいつも真っ黒で、彼女の姿は闇の中によく溶ける。反面、肌は抜けるように、というかウサギのように真っ白で血の気がまるで感じられない有様だった。白と黒だけで構成される彼女の姿はまさしく魔王軍の四天王というにふさわしい。


「何かあった?」

 私はホウの頭の上に座った。

 しかし、ホウはそれに対して怒るようなこともなかった。ここではホウのほうが圧倒的に上の立場であるにもかかわらず、このあたりのことはまるでお構いなしなのだ。

「ちょっと散歩だ。遠出になる。準備するんだ」

「遠出?」

 このようなことを言われたのは私が捕らえられてから初めてのことだ。

「かなり長い旅になると予想することだな。すぐに準備しろ、時間はあまりない」

「で、でもなんで。ホウ、私に利用価値がなくなったから始末するっていうの?」

 焦った。私はホウの頭から降りて彼女の眼前に浮かび、食って掛かった。

 あまりにもホウが普段自分に優しいので、自分が囚われているということを、殆んど忘れかけていたのだ。

 それでも、私はホウというこの悪魔とは何か通じているものがあると信じていた。この部屋に戻ってくることは少なかったが、ホウの仕草や言葉から彼女がどれほど他人を気遣う性格かということは理解していたつもりだ。私に対してだって、それは例外でなかったと思いたい。なのに、今さらになって捨てられるとは。


 焦る私を見たホウは、わずかに眉をひそめた。

「何か食い違いがあるな。ルメル、天国に出かけようっていうんじゃない。人に会いにいくんだ」

「それって、どういうこと」

 この部屋を出ろってことは、要するに死刑ということなのではないか。そういうものだと私は聞いていた。人間でも、悪魔でも、捕まってしまった妖精の末路なんてそういうものだと。

 私の前の主人は例外としてもだ。

「そのまま、素直に受け取れないのか。しかし考えてみればお前に用意するほどの私物はなかったな。そのままついてこい」

 まだ混乱している私をおいて、ホウはさっさと部屋から出て行こうとする。私はあわててその背中に追いすがった。この部屋の扉は、私の力では開かないのだ。

「ちょっと、ホウ!」

 扉が閉まってしまう直前、私は彼女の背中にしがみついた。背後で扉が閉まる。

「人に会うって、どういうこと」

「その説明は、追々にする。とりあえず黙っていてもらいたい」

 四天王のホウは、部屋を出た後も悠々と歩き続けていた。彼女の部屋は魔王軍本部になっている城の二階だった。そこからでて、階段を下りて出口に向かっている。


 本当に、外に出てしまった。囚われているはずの私をつれてだ。そのようなことをして、いくら四天王とはいえ許されるのかと思った。

「大丈夫なの、こんなことをしちゃって」

「もうすぐ、もっとひどいことになる。取り乱すなよ」

 空は晴れている。夕日が見えていた。しばらくぶりにみた、窓越しでない空は赤く美しい。

「もっとひどいこと?」

「すぐにわかる」

 ホウは、すぐに『転移の魔法』を使う。わずかな間に別の場所に移動する魔法だ。こんな上級魔法が使えるのは、さすがに四天王。だが、どこへ行くつもりなのだろうか?


 私たちは『転移の魔法』の効果によって魔王軍本部から離れた位置に移動していた。なぜそれがすぐにわかったのかといえば、森の中だったからだ。かなり深い森で、夕方というのに周囲はかなり暗い。人間にはまずもって見通せないだろう。

 もっとも私は妖精であるし、ホウは上級悪魔ということで夜目は利く。

 ホウは歩いていく。私はその右肩にしがみついた。

「どこに行くって言うの」

「人に会う、と言ったはずだ。お前もよく知っているはずの」

 悪魔に友達はいないはずだが。私はホウの言う相手を思いつかなかった。

「えっと、ホウの側女さんだっけあのヒト」

「誰が側女だ。ただの部下だ、あいつは。まあ思いつかないなら黙ってろ。会うのにちょっとした障害もあることだしな」

 かろうじて考えられるところを否定された上、何か厄介ごとがあるらしいと聞いて私は唸る。どうにも、わけのわからないうちにいいようにされている。囚われの身だから当然だ、と言われてしまえばそれまでなのだが、これは納得がいかない。

「隠し事多すぎない?」

「後の楽しみだ」

「楽しんでるのは私じゃなくて、ホウじゃない」

「それは言えた」

 ホウは翼を持ち上げ、口元を隠して笑う。


 この暗い森の中に、全身黒いホウの姿はすっかり溶け込んでいた。夜目の利く悪魔であっても注意してみなければわからないに違いない。それを意識しているのかしていないのか、彼女は無遠慮に歩いていってしまう。この先に障害があると言っているにもかかわらず、それを恐れているように見えない。

 気配をできるだけ消すような魔法も使っているわけだが、それにしても隙だらけに見える。時間がない、障害がある、人に会うと要素ばかりを提示されて肝心なところをあやふやにしたままで、挙句の果ては後の楽しみだと。

 とにかく何も説明してくれないのでは仕方がない。私は黙っていることにした。


 黙っていると、会話がなくなった。ホウから話しかけてくるということもなく、何か周囲に話題にするようなモノもなく、ただ黙ってホウの肩で揺られるだけ。寝てしまってもいいのだろうか。しかし時間がないだの障害があるだの、不安要素が多い。

 いい加減に焦れてきた私が欠伸を噛み殺していると、ホウは不意に立ち止まった。

「来たぞ、私から離れるな」

 聞こえるか聞こえないかくらいの声でそんなことをささやいて、翼を開いた。深い森の中だというのに、その長い翼はきれいに伸びて、周囲にささやかな風を巻き起こす。


 そのときになってようやく私は周囲に誰かがいる、ということがわかった。妖精はヒトの気配には結構敏感なはずなのに、その私より先にホウは気づいていたのだ。で、障害というのは彼らのことなのだろうか、と私は問おうとした。

 瞬間、彼女は黒い風になった。

 私が何か言おうとしていたことなどまるで気にかけずに、気がついたときには飛び出していて、消えていた。『私から離れるな』って言ったってそんなの無理だ。速すぎるし、追いつけるわけがない。

 少し離れたところで、ホウが止まる。両の翼を一振り、体の前で交差させてから自然に下げた。一枚の羽もその場に落ちなかった。


 数名の下級悪魔が見えない位置から落っこちてきた。数えてみると四人組みで、そのうちの二人は魔法道具を身に着けている。その装備を見る限り、下級悪魔といっても結構な実力者だったはずだ。

 ホウが倒したに違いなかった。

「すごいじゃない」

「そうだな。次は離れるなよ。もう少し強くしがみついていろ」

 賞賛したのに、ホウは他人事のような反応だった。さすがに魔王軍の四天王さまに向かって『強いですね』なんて言っても、仕方がないのかもしれない。

 何事もなかったように、ホウは再び歩き出す。私はもう一度彼女の右肩にしがみついた。さっきのようなことになれば、少しくらい強くしがみついたところで振り飛ばされるのが落ちだろうなと思いながら。


 少し歩いたところで開けたところにでた。石が積んであったり、火を焚いた跡が見えたり、ここで野営したような形跡が見受けられる。目的地は、ここだろうか。

「何ここ」

 ホウは答えないで、焚き火の跡に近づいた。それからその近くの地面をよく観察して、何かを発見したようだ。

「ここらしい」

「何が?」

「ここで、下級悪魔が死んだんだよ。私もお前も知っている奴がだ」

 だから、私には悪魔の友達なんていないんだってば。それに、ホウの部下も上級悪魔だったはず。下級悪魔といわれると、思い当たらない。私のことだから忘れているのかもしれないが。

「覚えがないか。すぐに思い出すだろうが」

 言いながら、そこへ翼を下ろす。何か、魔法を使うつもりらしい。

 その魔法は、私の知らない魔法だ。周囲の精霊がさわぐ。よくない力だ。この魔力の集まり方は、おかしい。

「ちょっとホウ、何をしてるの」

「今にわかる」

 その場に火を起こすとか、雷を落とすとかいう魔法ではなさそうだ。何かを呼び出そうとしていると感じられた。

 死んだ者の意思を呼び戻そうとしてるのだ。この魔法は知らないが、その作用は魔力の流れから知れる。それは、禁忌だ。少なくとも妖精の間ではタブーとされている魔術。

 悪魔の間では普通に行われていることなのだろうか。それにしても、ホウ。

「一体何を」

「説明が面倒なんだ。これまでのことをお前に話すのが」

「え?」

 何を言っているのか、わからなかった。これまでに何があったのか、世界の情勢、魔王軍の侵攻具合なら私もよく知っている。何か魔王軍の内部のことというのなら、口で説明すればいいのではないかと思う。

 今していることが果たして私に何の説明になるというのかもわからない。

「つまり、こういうことなんだ。ここにいる一匹の下級悪魔の遺留思念が、お前にすべてを語ってくれる」

 私に、その下級悪魔の記憶を、追体験しろというのか。そこまでして私に説明したいことというのは、何なのだろう。

「それって、私に関係あるの? 私に何をさせようっていうの、ホウ」

「関係はあると思う。お前の主人を殺した女に強く関連することだ」

「あっ」

 そう言われて、私は動きを止めた。それを、ホウの口から言われたことに対してもだ。私の主人を殺した女に関連して、しかも下級悪魔で私もよく知っているとなれば、あいつしかいない。


 ここで死んだという下級悪魔について、私は思い当たった。嫌いな相手だった。憎んでいる相手だ。

 だが、そういう相手であっても死んだと言われて嬉しいとは思えなかった。自業自得というか、散々に今まで罪を重ねてきたのだろうから死んで当然なのだが、それでも。

「こいつの記憶を、探るというわけ。それで、私がよりよく理解できるってこと?」

「そのとおり」

「でも、そんなことしたら私が魔王軍の内部について余計なことまで知ってしまうんじゃない。そんなことして」

「いいんだ。お前がそんなことを気にする必要もない」

 ホウは冷淡に答えて、その場に強く遺留している思念を結晶化。翼で器用に掴んだ玉石に、その思念を詰め込んでしまったのだ。

 その玉石を、私に向ける。これを額に当てろ、ということらしい。

「彼女を助けたい、と思っているのだろう」

「よく知っているね」

 確かに、そう思っている。

 私は、自分の主人を殺したはずの女を、助けたいと願っているのだ。そのために、ここで死んだというあの悪魔の情報を見ることは悪い選択ではない。重要な情報源であるし、真実に近づける。

「でも、どうしてあなたが私の手助けを?」

「私はか弱い女の子には優しいんだよ」

 ホウのそんな言葉を聴いた直後、額に玉石が当てられた。石を受け取らない私に痺れを切らしたホウがそうしたらしい。

 強引すぎる、と抗議しようとしたがそれはかなわない。私はたちどころに猛烈な睡魔に襲われた。

 やがてゆっくりと意識が薄れていく。そしてそのまま、玉石に詰められた遺留思念が、彼の記憶を再生させてきた。視界が彼の視点に切り替わっていく。もう、自分が立っているのかも倒れているのかもわからない。

 彼の記憶が、私の中によみがえっていった。

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