第六話 滲む想い
千尋と別れてもうすぐ1週間が経とうとしている。それでも、莉紅は未だに千尋の姿を探してしまうし、愛しさを募らせる。切なさに胸が苦しくなって、涙が出そうになる。
自然とため息が出てしまい、その度に花菜は心配そうに莉紅の様子を窺う。
「莉紅……。」
「ん?」
「えっと、購買行かない?私喉かわいちゃって。」
「うん、いいよ。」
花菜に笑みを向け、莉紅は席を立った。2人他愛のない話をしながら購買に向かう。
花菜と話している最中も莉紅は自然と千尋の姿を探してしまう。しかし莉紅の瞳が捉えたのは千尋ではなく玲奈だった。
たまたまこちらを向いた玲奈と視線が合う。さりげなく視線を外したが玲奈は莉紅の存在を認識してしまったらしい。
「莉紅ちゃん。」
耳に心地よい優しい声が莉紅の名を呼ぶ。だがその声を莉紅は今はまだ聞きたくなかった。
玲奈と笑って話せる自信がない。
しかし無視することも出来ず、莉紅は渋々足を止める。
「あの、千尋が元気ないんだけど喧嘩でもしたの?」
「そうですか。じゃあ少しは私に好意を持ってくれてたんですかね。」
素っ気ない莉紅の物言いに玲奈は目を瞬かせる。
玲奈が知っているのは笑顔で可愛らしい莉紅の姿だから。
「どういう意味?千尋は莉紅ちゃんのこと好きに決まってるじゃない。」
先輩が好きなのはあなただよ!
唇を噛みしめ、言葉を飲みこむ。
それは莉紅が勝手に言ってはいけないことだし、わかっていても言葉にするのは嫌だった。
「ねえ、莉紅ちゃん。何が原因かわからないけど、仲直りした方がいいよ。」
わかってる。この人は何も知らない。私の気持ちも、千尋先輩の気持ちも。わかってる……!!
「莉紅ちゃん?」
「……んで……。」
「え?」
「何で、あなたにそんなこと言われなくちゃいけないんですか。……全部、あなたのせいなのに……!!」
「莉紅!」
「………っ!!」
厳しく響いた声に莉紅の身体が強張る。
聞きたくて、聞きたくなかった声。
会いたくて、会いたくなかった人。
優しくて、残酷な人。
愛しくて……、憎らしい人。
「千尋……。」
玲奈が戸惑いと不安を抱えた瞳で自分の背後に立つ千尋を振り返った。
千尋が一歩踏み出す。莉紅は一歩下がった。
「莉紅……。」
「橘先輩に何か言う資格はないと思います。」
何か言いかけた千尋の言葉を遮ったのは先ほどまで黙っていた花菜だった。花菜は莉紅を庇うように立ち、真っ直ぐに千尋を睨みつけた。
「莉紅を傷つけてまで大事に思った人の傍にいればいい。これ以上、莉紅を傷つけないでください。」
「………。」
「千尋?」
何も言えずにいる千尋を玲奈が心配そうに窺っている間に、花菜は莉紅の腕を引きその場を連れ出した。
残された千尋は拳を握り込み、じっと莉紅の後姿を見つめていた。追いかけたい衝動も、伝えたい言葉も全て飲みこんで。
「千尋、莉紅ちゃんと何があったの?」
「玲奈は悪くないよ。全部、俺が悪いんだ。」
いつものように優しく微笑む千尋だったが、その瞳は悲しみに揺れていた。そのなかに自分には向けられていない想いがあることを玲奈は知っていた。