13
言葉に表すことはできないけれど
きっと
それは胸の中に
lucid love 13
「やっっと終わった・・・」
anfangのマネージャーである雅は今日は事務作業のため会社の自分の机にずっといた。
なかなか事務作業を終わらすことができなかったため休み返上で会社に来ていた。
まったく、次から次へと事件を起こしてくれるなあ…
結婚したと言うのになかなか奥さんに会えず寂しい思いをしている雅。
瑠唯の件でももちろん走らされた。
奥さんのおいしいご飯を食べている途中だった。
無事に解決したと思いきや瑠唯のまさかの家出。
それに伴うカナンへの配慮。(いくら頭で理解していてもテンションの下がり具合は半端ではなかった)
瑠唯の家出の原因であるやりたいことは聞いた本人たちである夏流と周が教えてくれなかった。
きっと、本人が納得した時に話してくれる。
僕たちはそれを待つ義務がある。
気になって何度も聞いたが返事は同じだった。
しかたがないとそれ以上は聞かなかった。
ようやく落ち着いてきたと思ったら今度は曲作りでいざこざが起こった。
先日から行っている曲作りが全く進まないのだ。
その理由とは香南がショックを受けていると言うこともあるが、それ以前に全員が納得のいく曲ができないのだ。
音楽を何年もやると初めは一緒だった音楽の方向性も少しずつずれてくる。
今までも曲作りに対して言い争ったりすることはあったが、ついに爆発したというような感じだった。
ある程度形になってもどこかanfangではない、別の曲になるのだった。
作ってはボツ、作ってはボツと徐々にメンバーの士気も下がってきているのだった。
なんとかしないといけないと思いながらもどうしたらいいのか分からず結局休みになった。
今日こそ奥さんの手料理を食べようと雅は急いで帰る準備をすると後輩マネージャーが興奮した様子で部屋へ戻ってきた。
「先輩もう帰るんですか?」
「うん。奥さんが待っているからね。」
すると後輩は残念!という様に肩を落としていた。
「どうした?」
「いやそれがですね。すっげーいいバンドがいて今日の夜一緒にそのライブ行ってみませんか?って誘おうと思ったんですけど…」
「ふーん…」
「しかも、anfangのコピーバンドですよ?かなーりレベルが高いらしいっす!」
「へえ…」
この業界で噂になる、しかもanfangのコピーバンドと言われればとても気になる雅だった。
奥さんの料理とそのバンドのライブを天秤にかける。
「そのライブって来週の金曜とかある?」
「ちょうど来週は金曜なんすよ!」
「じゃあ金曜案内してくれないか?メンバーも呼んで行ってみようかなって。」
ちょうど来週の金曜はメンバー全員空いていた。
最近瑠唯の事で色々悩んでいる香南の気分転換になれたらと思ったのだ。
更に言うと今のメンバーにレベルの高いコピーバンドがいい刺激になればという思惑もあった。
「まじっすか!?うわーanfangのメンバーは俺直接お会いしたことないんですっげー緊張します」
お前が緊張してどうするんだよと雅は思ったがよろしく頼むとそそくさに会社を出て行った。
「コピーバンド…?」
「そう」
夏流の言葉におもしろそうだろ?と参考にもらったチラシを渡す。
「どうやら高校生らしいんだけどいい刺激になると思ってチケット用意してもらったんだけど行かないか?」
「なるほどねえ…」
周が面白そうに笑う。
「自分たちの曲を歌ってくれてるやつらを見るのも面白そうだな。」
燎も楽しそうにチラシを眺めていた。
「香南は?どうする?」
「…別に」
本当にどちらでも良いというような顔で応えてきた。
「うーん、じゃあもしもう良いと思ったら先帰ろうか。俺送ってくし。」
雅の言葉に香南はコクンと頷く。
まったくもって自分の家族以外の事に関しては無頓着この上ない香南だった。
次の週の金曜、早速その後輩の案内でライブハウスについた。
後輩はanfangに会えた嬉しさで一人興奮していた。
こいつはなにを目的に来たのかわからないなと雅は苦笑していた。
客席に向かうとそこは業界席らしく、様々なレコード会社の人たちがそろっていた。
「すげーな…」
ひゅ~♪と燎が口笛を鳴らす。
「どうやらジュエリストも彼らを狙ってるらしいんすよ。」
「ジュエリスト…?」
その言葉に雅は眉をひそめる。
「ええ。一応まだ名をはせていますけど、ここらでもう一度anfangみたいに爆発的人気のバンドを手に入れたいんだと思います。何度かアピールしているのを見たことがありますし。」
その言葉にメンバーはため息をつく。
「入ったらかわいそうだな…」
「まあやつらの運次第だな。ここでジュエリストの裏を知ってるか知らないかにかけるしかねえ。」
「もし良いバンドだったら雅さんがなんとかしてくれるかもしれないし?」
にこやかに周が問いかけてくる。
しかし香南は全く興味のない様子でステージを眺めていた。
頭の中は最近の話題中心人物、瑠唯でいっぱいの様子だった。
「まあ、君たちと同じぐらいだったらね」
香南の姿にため息をつくと雅の顔は良い曲を歌うか、歌わないか見極めるマネージャーの顔になっていた。
突然真っ暗になったかと思うとギターの音が入ってきた。
そしてぱっと明るくなるとボーカルの声が入ってくる。
曲は13番目の祈りだった。
ここまで完璧にこの曲を歌うバンドも初めてだったが、メンバーが反応したのは他のところだった。
最初は眉をひそめているだけだった香南が徐々に目を見開く。
あれ、は…
香南がばっと立ちあがる。
「瑠唯…?」
香南はただただ呆然と立ちあがっていることしかできなかった。