08
一歩一歩踏みしめる
これは僕への挑戦
僕への強い願い
lucid love 08
とうとう当日になった。
夜遅くなるためばれない様に美羽と二人で翔の家に泊めてもらうことになった。
「じゃあ行ってきます。」
「いってらっしゃい、あっあちらのお家に渡すお土産持った?」
「もったもった!大丈夫だってななちゃん!」
七海は持たせた土産を忘れていないか再三確認する。
今まで双子は友達の家に泊まったことがないため七海も相手に迷惑にならないためにはどうしたらいいのか一生懸命だったのだ。
「ついたらまずよろしく伝えてね。」
「うんわかってるって。」
「いつきもいくうー!」
七海に抱かれた一樹がぐずり始める。
「ごめんね。帰ったらいっぱい遊ぶから。」
よいしょと荷物を持つと玄関の戸を開ける。
「「じゃあ、いってきます」」
「「いってらっしゃい」」
ピンポンを鳴らすと出てきたのは翔だった。
「やっほーお疲れ。入って入って」
「おじゃましまーす」
「お、おじゃまします」
玄関で話をしていると後ろの方から女の人が現れた。
「あらあら、早く中へ入ってもらいなさい!」
「わーってるって!あ、これうちの母さん。」
「こんにちは!」
「今日はよろしくお願いします。」
挨拶をすると暖かい笑顔で迎えてくれた。
「いいのよ~。はじめまして。この子がいっつもお世話掛けてるんでしょ?いつもすみません。」
「いえこちらこそ!」
「あの、これつまらないものですが、どうぞ食べてください。」
瑠唯は忘れぬうちにとお土産を渡した。
「あらあ。気を使わせちゃって。ごめんなさいね。ありがとう」
「じゃあがってさっさと行こうぜ。母さん、今日10時には帰る。」
「二人を振り回すんじゃないよ。そんなに遅いんだったら迎えに行くけど」
「いや!大丈夫だって!!!瑠唯!美羽!上あがろうぜ!」
「うん。」
「はーい」
そして上に行くと翔の部屋があった。
その部屋にはギターとanfangのCD&DVDコーナーがあった。
「凄い。全部そろえてんの?」
美羽が尋ねると嬉しそうに翔が答える。
「おう。バイト頑張ってるんだぜ?流石にツアーのグッズとかはそろえれねえけど」
「凄い十分だよ。」
「ありがとな!ってかホント大丈夫だったのか?家の人に言わなくて。」
このライブが決まった後言わないと決めた瑠唯はまず初めにこの日をどう乗り切るか考えた。そこで翔の家に泊めてもらえないか頼んだのである。
返事はもちろんイエスだったが家族にライブの事を言えないと話すと大丈夫か心配されていた。
「うん。ごめんね。なんか巻き込んだ形になっちゃって。」
「そう言うならもう言わねえけど」
「うん。本当にありがとう」
話をしているといつの間にか時間になり急いでライブ会場へ向かった。
楽屋を一室かしてもらいそこで服を着替え直す。
衣装と言ってもパンクに見える服装を自分の私服からチョイスした物だった。
瑠唯はパンクな服装と言っても持っておらず急きょ美羽と服を買いに行ったのだった。
着替えると突然緊張が瑠唯に襲ってくる。
大丈夫、かな。
できる、かな。
深呼吸をしても手の震えは収まらなかった。
「瑠唯大丈夫か?」
翔が心配して声をかけてくれる。
「う、ん。」
「全然駄目じゃねえか」
龍之介が突っ込んでくるがその龍之介も下手な笑いしかできていなかった。
「全く。まあしょうがないよ緊張しちゃうよね。けど、頑張るしかない。」
するとノックが聞こえスタンバイの時間となった。
「大丈夫。今回は失敗してもいい。」
「せんぱーい」
そりゃないっしょーと翔がへらへらと笑う。翔はあまり緊張していない様子だ。
「うよおおおおおい、Lugnerいくっぞ。」
4人で手を重ねる。
「「「「おー!」」」」
4人はステージへあがっていった。
ステージの上はとても熱かった。
目の前を見ると翔の先輩のバンドを見に来たお客さんが所せましにあふれかえっていた。
その先輩のバンドはこの辺りではとても有名で音楽事務所の人たちもオファーのために来ているようだった。
そんな中でするなんて…更に瑠唯は緊張してしまっていた。
明が自分たちのバンドについて説明しているが全く聞こえなくなっていた。
どうしよう、どうする。にーちゃんだったら?
兄ちゃんだったらどうする…?
するとふと昔の事を思い出した。
あれは、ツアーが終わった後楽屋へ行った時の話瑠唯が質問した。
『にーちゃんさ、緊張しないの?』
『緊張?』
『うん。あんなにたくさんの人の前で歌うのは緊張しない?』
『あー…』
香南は上をみて考えるとクスッと笑い瑠唯の方を見る。
『緊張は、しねえな。』
『なんで?』
『瑠唯や美羽、七海の事を考えると全然緊張しなくなるんだ。そして暖かくなる。そうなったら全く緊張しねえ』
にーちゃんや、美羽や、ななちゃん、一樹の事…?
瑠唯は目を閉じる。
そして家族の事を考えた。
すると皆の笑顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
目を開けるともう緊張しなくなっていた。
「じゃあ最初はblack kissです。もりあがろーぜ!」
翔が言うとすぐさまblack kissのギターイントロが始まった。
集中した瑠唯は何にもとらわれない空間を作っていた。
anfangのけれど瑠唯たちの空間を。
客はanfangのコピーバンドと知りさ程うまくないだろうと思っていたが、瑠唯の声を聞いた瞬間その考えは一変していた。
瑠唯の声は全てを飲み込む。
それがどんな感情であろうと一瞬にして瑠唯の感情に飲み込まれるのだ。
2曲目3曲目に入ってもそれは全く変わらず、気づいたら終わっていた。
終わった瞬間瑠唯たちは何にも変えられない達成感を感じていた。
しかし終わった後全くの沈黙が続いた。
失敗したのか?メンバー一同不安に陥る。
しかし、途端に盛り上がる観客に驚く。
そしてすぐさまアンコールされた。
「あ、アンコール…?」
「まじかよ…」
「本当に…?」
驚いていたが、あくまで余興で歌うため他に曲を全く用意していなかった。
すぐさま明が説明を入れる。
しかし収まる気配がなかった。
「ど、どうする…?」
幕を見ると翔の先輩たちが続けてもいいと促してくれた。
「うーん、じゃあこうしようか。瑠唯くん、backbone~歌えるよね?」
「は、はい。」
「まだ3人しかいなかった時にこの曲をひけるようにしていたんだ。合わせて歌ってくれるかな?」
大変だと思うけどと明は苦笑いした。
「は、はい!やります。」
前を向くと瑠唯が話し始めた。
「アンコール、ありがとうございます。僕たちは今日初めてステージに立って何も分からないまま段取りもステージの上でしてしまうような新米です。けど、もっともっと上手になってまたライブさせてください。最後にbackbone,in the earth聴いてください。ありがとうございました。」
瑠唯の歌うその曲はanfang以上に暖かいものを感じることができ、何か違うものが宿っているようだった。
歌い終えると礼をしてはける。
瑠唯たちへの拍手は鳴りやまなかった。
「お前らすっげーよかったよ!!!」
翔の先輩の楽屋へ感謝を述べに行くとニコニコと話してくれた。
「瑠唯ってお前か?翔から聴いてたけどすげーうまいな。どうだ。俺らのバンドに入ってこねーか?」
ばんばんと肩をたたかれるが苦笑いしかできなかった。
「先輩だめですよ!俺たちの仲間なんですから!」
「わりわり。お前らも凄かったぜ。anfangをあんだけコピーできるバンドはそうそう言ねえと思うぜ。」
うんうんとその先輩たちが頷いているとこんこんとノックが聞こえてきた。
入ってきたのは知らないおじさんだった。
「あ、岩崎さん。今日はありがとうございました。」
その先輩がぺこりと頭を下げるので瑠唯たちも頭を下げる。
そして先輩が説明をしてくれる。
「この人は岩崎さん。ここのライブハウスの店長さん。岩崎さん、今日余興でしてくれたやつら。」
「うん見てたから知ってるよ。はじめまして。岩崎です。」
岩崎さんが手を出してきたので明がすかさず握手をする。
「はじめまして、lugnerのリーダーの明です。本日は貴重な経験をありがとうございました。」
「いやいや。こちらこそあれだけ盛り上げてくれてありがとう。」
それでね、と話を続けた。
「君たちはこれからもどこかでライブをするつもりなのかな?」
「え、ええ、機会があればやらせていただくつもりです。」
その言葉を待っていたかのように岩崎さんはにやりと笑う。
「だったら、是非うちのライブハウスを使ってくれないか?」
「…え?!」
その言葉に一同驚く。
「いや、今日の客から余興でしたバンドのライブはいつなんだって何度も何度も質問されてね。もし良かったらうちでやってくれないかな?」
このライブハウスはとても有名でその店長が言ってくれる言葉は何よりも嬉しくて何よりも自信のつく言葉だった。
しかし、瑠唯は少しだけ違っていた。
「すみません、少しだけ、返事を待っていただけますか…?」
この言葉を聞いて深く感じていた。
もう限界だと。二人にちゃんと説明しなければならないと。
3人に申し訳ないと思いながらも頭をぺこりと下げた。
このバンドの名前はlugnerドイツ語で嘘つきという意味です。