六話
「シファカ」
呼ばれた方を相変わらず、冷ややかな表情で振り返る。
「分かっていますね?」
炎越しのルシファーと静かに視線を合わせた。
慈愛に満ちた表情に、冷淡な視線が合わさる。
「約束は破らない。だからお前も破るな。俺のすることに文句をつけるな」
炎が揺れる。
「文句をつけているのではありませんよ」
凍りつくような視線がルシファーをとらえて離さない。
「ただ心配しているだけなのです。あなたは私の唯一の親族ですからね」
ニコリと優しく笑いかけられ、シファカはドアに視線を移した。
「……べリアスは?」
「目をつけられていました。守れず」
ドアノブに手をかけ、そうかと一言。
「そのうちエクソシストは殲滅する予定です。あなたも参加しませんか?」
ドアを開け、右手を挙げた。
「暇な時にな」
パチンと指を鳴らすと、今までルシファーを象っていた炎が大きく揺らめきただの炎に戻った。
「べリアスもか」
古く、劣化が目立つ絨毯がひかれた廊下をぼんやりと見つめる。
「起きるたびに親族が減っていくな」
――次眠りにつき、起きたら親族はどれだけ残っているだろうか。
自然拳に力がこもる。
べリアスはシファカの弟にあたる。
眠りに着く前に、エクソシストと呼ばれる退魔術に秀でる集団から目をつけられていたことは知っていた。
べリアスがやられた。
それ以前にも仲間が何人も消されている。
「エクソシストか……」
ぼんやり廊下を歩いていると、聞き覚えのある羽根音がする。
「ロード。ルシファー様はなんと?」
自分の肩に当たり前のようにとまる従僕。
不安げにルシファーを見上げている。
「べリアスがやられたそうだ」
「べリアス様が!?そんな……馬鹿な!べリアス様はあちらでも名の知れたお方……それを!?」
メイは興奮余って、ルシファーの肩から飛び上がり、パタパタとルシファーの顔の周りを飛び回る。
「ルシファーがそのうちエクソシストの殲滅を始めるそうだ。……お前参加するか?」
「……ロード」
「いいぞ。あちらへ帰っても」
冷ややかな視線をメイに向け、メイの返答を待つ。
メイはパタパタと顔の周りを飛び、肩へ戻った。
「ロードは参加されないのですね。私はロードのそばを離れるつもりはありません常に、ロードと共に」
ふっとシファカが笑むと、メイを握る。
きゅぅと泣くメイにシファカが命じた。
「秋路をさっさと治せ。時間がなさそうだ」
メイは再びきゅぅと泣くと、パタパタと秋路の眠る部屋へ戻っていった。
部屋では秋路が深い眠りについている。
ぐったりと、だが先ほどよりは幾分顔色が戻っているようだった。
寝息も規則正しい。
メイの処置が効いていることがよくわかる。
パタパタと秋路の周りを飛び回ると、枕横で人間と同じ大きさへ戻った。
深い眠りにつく秋路を静かにうつぶせにし、傷口を軽く触る。
「……さすがはルシファー様の秘薬。ほぼふさがっている」
袖口から瓶を取り出し、手の中でくるくると弄ぶ。
「はぁ。絶対殺されると思いましたが……。ルシファー様もシファカ様には甘いんだから……」
秋路が苦しそうに呻くのを横目に、メイは乱暴に肩を引き仰向けに体を戻した。
秋路の顔を表情のない目で見つめる。
自分の主の妻となる存在。
それも人間の女。
しかも、あの女の生まれ変わり。
何人も仲間を消したあの女の。
メイは、椅子に座り頬杖を突きながら冷淡に秋路を見つめた。