一話
月明かりに照らされた道に靴の音が響く。
0時が過ぎ、民家の明かりも消え街灯に帰り道を案内される。
「まいったな……」
自然と焦り、足早に自宅を目指すがすでに足はなく。
知人から馬車を出してもらうはずが、どういうわけか徒歩で帰る羽目になった。
風が吹き、お気に入りの袴がなびく。
「近道しようか……」
いつもは通らない別の道。
雑木林を突っ切れば、自宅へは目と鼻の先となる。
だが、雑木林には街灯はなく正直一人では心細い。
袖の中に入れた懐中時計を開ける。
「もうすぐ0時30分か……」
近道の雑木林のほうに目をやる。
運の良いことに今日は満月。
街灯は見当たらないが、月が雲から出れば歩けない暗さではない。
「よし……」
意を決していつもの帰り道から外れた。
幾分もたたない内に枝を靴音から、枝を踏む音へ変わる。
風に揺れる木々の葉も、草も耳に心地よい音をたてる。
空を見上げれば月が雲に影を作る。
「そんなに悪いもんじゃいな」
思いの他、怖くはなかった。
心に余裕を感じて気が緩みだした時、今まで通ってきた木々とは違う種類の植物が集中して茂っている空間に目がいった。
その木々の隙間から見えたのは煉瓦。
下から上にかけて見上げれば、窓や煙突のような建造物も見える。
植物の蔦に煉瓦は包まれていて、建物の全貌はわからない。
思わず息を飲んだ。
こんなところに建物があったとは。
「廃墟だろうか……」
なぜか素通りする気になれなかった。
自然足が止まり、門だろうか。
草木に覆い隠された鉄が風のせいだろう。自然と植物が揺れその姿を見せる。
ここから入って来いと、そう言っているかのように門のまわりから植物が滑るようになくなる。
不思議と心は落ち着いていた。
足が勝手に動く。
一歩足を踏み出そうとした、その瞬間背中に鈍い痛みを感じた。
何が起こったのかわからず、固まった体を置いて顔だけで後ろを向いた。
黒い帽子をかぶり、黒い衣服に身を包んだ男の顔がそこにあった。
男に見覚えはない。
どこかで恨みを買ったのだろうか。だがまったく心当たりがない。
背中の痛みが激痛へ変わった。
あまりの痛みに思わずうめき声が漏れる。
片足をついて、男を見上げた。
男は高揚した表情に血に濡れた包丁を両手で握っている。
包丁を目にした瞬間、急に恐怖がこみ上げてきた。
片手を地面に着き、生ぬるいものを感じて手のひらを見た。
べっとりと手に着いた赤い血液。
――刺された
男はこちらに向けていた包丁を自分の頭の上へ掲げた。
ためらいはなく、そのまま一直線に包丁を振り下ろす。
月明かりに照らされ、木々は優しく風に吹かれている。
そんな夜中、誰もが眠りにつく時間。
植物に包まれた建物のそばで悲鳴が響き渡った。