独夜、招かざる来訪者
作者はホラーが苦手です。少しでも楽しんでいただければ幸いです。
ドンドンと扉を叩く音が鳴り響き、開けろと壊れたラジオのように何度も繰り返されるヒステリックな声が部屋に響き渡っている。恐怖で俺は頭からタオルケットをひっかぶりガタガタ震えるしかできなくて一体どうしてこんなことになったんだろう_。
◇
その日は朝から両親は商店街の福引で当てた二泊三日の旅行に出かけ、姉は昼前に今日彼氏とお泊りデートになったからとバタバタと出て行って予期せず初めて家で一人きりの夜を過ごすことになった。
「ご飯は冷凍庫に作り置きがあるし、何か食べたいものがあるならお金置いてるからそれで適当に済ませるのよ。自炊するなら火の始末しっかりして、あと戸締りはしっかりするのよ」
「わかってるよ、姉ちゃんもいるし大丈夫だって。それじゃ二人ともいってらっしゃい楽しんできてね。お土産期待してる」
そう朝食を食べ終わってから家を出る時間になっても心配してあれこれ言い募る母さんに苦笑しながら両親を送り出した俺_長谷川 陽翔は近所の進学校に通う高校二年の十七歳。家族構成は父、母、そして大学生の姉と俺の四人家族。高校では帰宅部で部活もなく今日は友人との遊びに行く用事もなく急に手に入れた親のいない自由な時間に何をしようかと胸を高鳴らせていた。
ひと先ずは部屋に戻り今日のノルマ分の課題を終わらせることにした。カリカリとシャーペンを走らせること一時間半、家が静かだったためいつも以上に集中していたのか気づけば二日分のノルマを終わらせていた。やっぱ夏休みの課題は午前中の涼しい時間で終わらせることに限るなと大きく伸びをして凝り固まった背中をほぐす。
「んあー、集中した。さて、喉乾いたし片付けて下降りるかー」
机の上の勉強道具を片付けエアコンを切って部屋を出た。姉ちゃんの部屋の前を通るとバタバタと物音がしていてやっと起きたのかなんて思いながら階段を下りてキッチンに向かった。冷蔵庫を開けて冷えた麦茶のボトルを取り出し食器棚から取り出したコップに注ぎ、麦茶のボトルを冷蔵庫の戻すしてから冷えた麦茶を一気に飲み干し、どうせ後で使うのだからとコップをテーブルの上に残したままリビングのテレビの前のソファに沈み込んだ。バタバタと階段を駆け下りる音がしてその足音の主はそのまま洗面所に駆け込んだらしい。まったく忙しないな。
「姉ちゃんは毎朝忙しないな……俺は特にやることもないし映画でも見るか」
そう呟き手元のリモコンでサブスクを開いて見やすそうな映画はないかと物色しているとカチャッと扉が開き姉ちゃんが入ってきた。
「寝坊したー。陽翔おはよう、母さんたちもう行った?」
「姉ちゃんおはよ、もう行ったよ。冷凍庫に作り置きがあるのと何か食べたいものがあるなら置いてるお金で好きにしなさいだってさ」
へー、とテーブルの上の封筒の中身を確かめ中から一枚札を抜き取り財布にしまう。
「お、1人1万なんて母さん太っ腹だね~。ラッキー!あっ、そうだ今日彼氏とお泊りデートだから帰らないからね。陽翔一人で大丈夫でしょ?」
「んえ、姉ちゃんまでいないのかよ。てことは俺、初めての一人でお留守番ってこと?やったー何しようかな」
ワクワクを抑えきれない俺を見て彼女とか連れ込んでいいのよ?なんて揶揄ってくる。そんな相手いないの知ってるでしょ!と頬を膨らませると姉ちゃんはケラケラと笑い荷物をまとめてそれじゃ行ってくるねと家を出た。もし何かあったら連絡して戸締りだけはしっかりするのよ、なんて母さんと同じことを言ってそんなに俺って頼りないんだろうかなんて少し落ち込んだが急に舞い込んだ一人時間になにしようかとワクワクした気持ちが隠し切れない。かといってだれか友達と遊びに行く予定もなければこんなクソ暑い中外に出かけるのもだるいし何もやることねえなととりあえずサブスクで適当に気になる映画あったら見るかと物色を再開しめぼしいものを見つけるとやっぱ映画にはコーラとポテチは必須だろうと俺はソファから立ち上がった。
机に置きっぱなしにしていたコップを軽くゆすぎ氷をたっぷり入れ冷蔵庫から冷えたコーラを取り出しコップに注ぎ入れ仕舞う。
「確かこの辺にポテチかあったはず……お、あったあったコンソメ味だラッキー」
棚にお菓子のストックがあったはずとゴソゴソと漁ってみるとコンソメ味のポテチを発見した俺はポテチとコーラを持ってソファに戻ると映画を再生しポテチを開けコーラでのどを潤し観始めた。
エンドロールが流れ映画の余韻に浸っていると急にスマホが着信を告げ、確認するとバイト先の店長からだ。
「店長からだ……今日休みだったよな?なんだろう……はい、もしもし」
『あ、もしもし長谷川君今日休みのところごめんね。今日15時から20時までのシフトの子が一人急病で来られなくなって代わりに出てくれる子を探しているんだけどもしよかったら来てくれたらとても助かるんだけれど、どうかな?』
「あー、いいですよ。15時からでいいんですね?」
『本当に?すごく助かる!ありがとう、それじゃあ15時からよろしくね』
「はい、よろしくお願いします……はー、なんかやったかって焦ったー代打バイトかぁ、ま、稼げるし暇も潰せて一石二鳥だな」
店長からの着信はただのバイトの代打の打診に暇だったこともあり二つ返事で了承したのち忙しい時間帯だからかすぐ切れた。陽翔のバイト先は最寄り駅に近い位置に建つファミリーレストランの厨房で今は夏休みなうえにお盆のためなかなかにお客さんで繁盛しているのだ。絶対忙しいだろうなと少しげんなりしつつも稼げるし暇も潰せるしいいかといったん納得し丁度お腹空いてきたしお昼にするかと立ち上がる。キッチンへ行き冷凍庫に作り置きがあるって言ってたよなと冷凍庫を開き物色してみるとオムライスがあった。俺の大好物だとウキウキの気分で取り出しレンジで解凍しケチャップをかけて食べた。オムライスを食べ終え食器を洗うとバイトの準備をしに部屋へ上がり早々に準備を終えると荷物を持ってソファに舞い戻り寝転がって家を出る時間までスマホをいじることにした。
14時半になりそろそろ家出るかと荷物を持って家を出てさんざん言われた通りしっかり戸締りを確認してバイトに向かう。家からバイト先までは徒歩10分くらいで灼熱の炎天下の中ぼやきながら歩みを進める。
「あっついな、これだから日中は外に出たくなかったんだよなー……え、なになんか急に寒気するんだけど」
途中信号の手前にある電柱の下を通った時、何故かゾクッと少し寒気がしたような気がしたがバイトの時間もあったためその違和感はすぐに忘れ信号が変わってしまうと駆け足で横断歩道を渡った。
バイト先に着きさくっと着替えと準備を済ませてタイムカードを押すと厨房に入ってそのままバイトに勤しんだ。
◇
「お疲れ様でしたー」
「あ、長谷川君!今日は本当にありがとうね助かったよ。気を付けて帰るんだよ、お疲れ様」
20時になり無事ピークも過ぎ去り、挨拶して退勤のタイムカードを押すと店長にすれ違いざまに声をかけられた。
「ありがとうございます、お疲れさまでした」
着替えを済ませバイト先を出た。いやぁ、なかなか疲れたな夕飯どうしようかなんて考えながら駅前をぶらつきハンバーガー屋に目が留まり今日はハンバーガーにするかと入店した。
ダブルチーズバーガーとポテト、コーラのセットを選び店内で食事を済ませることにしてトレーを受け取り空いてる席を探して座って食べ始める。バーガーを頬張りポテトにも手を伸ばす。ポテトの塩味が疲れた体に染みる。そこにコーラを流し込む美味い。さくっと食べ終わりコーラを飲み干すと席を立ちごみを捨てトレーを戻し店を後にした。
すっかり腹は満たされ生暖かい風が頬を撫でる中帰路に着く。家から近いコンビニに差し掛かった時、アイスのストックがなかったことを思い出しついでにお菓子とかも買おうかとコンビニに入店する。籠を取りお菓子コーナーに行き期間限定のチョコに変わった味のポテチなど気になったものをかごに入れアイスコーナーへ移る。こっちにも期間限定のがあると籠に入れレジでお会計を済ませて店を出た。レジ袋を揺らしながら期間限定の美味しそうなのがあってよかったな、期間限定の商品には何故か惹かれて買ってしまう謎の魔力があると思う。早く帰って食べたいし暑さでアイスが溶けてしまう前に早く帰らないと。
赤信号が青に変わるのをぼんやりと考え事をしながら待っていると向こう側の電柱の下に立ちすくむ女性の姿が目に入る。それは白いワンピースに何故か足元は裸足の異様な姿でそれを見た瞬間にゾワッと身の毛がよだつ感覚に襲われたと同時にあれは認識してはダメな奴だと頭によぎった。しかしその道を通らなければ家にたどり着かないし丁度信号が青に変わったので覚悟を決め何とか平然と装って通り過ぎて足早に家に帰る。
家につき鍵を開けすぐ体を滑り込ませすぐに鍵を閉め玄関にへたり込んだ。
「はあ……なんなんだよ‘‘あれ‘‘は……いや、考えたらだめなんだろうな。くそ、今日俺一人の時に限って……とりあえずアイスが溶けてしまう前に食べて落ち着くか」
立ち上がりそう独り言ちてリビングのソファに沈み込みコンビニの袋から溶けかけのアイスを取り出してスプーンですくって食べる。いつもは家族がいて賑やかなのに家に一人だと自分の立てる物音しかないのが心細くてテレビを付けてみるとちょうどバラエティー番組がやっていて丁度いいかと見始めた。
眠くなってきて時計を見上げるともう22時半を少し過ぎた時間でそろそろ寝るかとテレビを消し電気だけは何となく怖いから点けたままで二階にある自分の部屋へと戻りベッドに潜り込みそのまま眠りについた。
眠りについてしばらくたった頃、ギシ……ギシ……と何やら階段の軋む音で目を覚ます。枕元に置いていたスマホで時間確認すると夜中の二時を指していた。まだこんな時間か……と寝直そうとするとぺた……ギシ……ぺた……ギシ……とはっきりと階段の軋む物音に――戸締りはちゃんとしたし父さん母さんは二泊三日の旅行で帰ってこないし姉ちゃんも今日は帰ってこないはず……いったい誰だ――考えている間にもどんどん上がってくるナニカの足音。
やがてその足音は階段を登り切ったらしくペタ……ペタ……とゆっくりとこの部屋に近づいてくる。
二階には部屋は三部屋あり手前が姉ちゃんの部屋で隣が書斎兼物置部屋、そして一番奥の部屋が俺の部屋だ。
迷いなくこちらに近づく得体のしれない足音に疑問よりも恐怖が勝りタオルケットに包まってガタガタ震えることしかできないでいるとその足音は俺の部屋の前で止まった。――止まった……?なんなんだいったい――
バンバンバンといきなり扉を激しく叩かれる。――ヒッ、あぶね声出るところだった……なんか声が聞こえるような――
「……アケテ、アケテ、アケテ、アケテ、アケロアケロアケロ――――」
絶え間なく扉を殴る音に開けろと何度も繰り返す声が部屋に響き時節爪が引っかかるような音も聞こえてきて気が狂いそうになる。そんな最中小さい頃にも一度同じようなことがあったことを思い出す。対処法は、ばあちゃんは確か_いいかい、扉の前で呼びかけてくるものに返事してはいけないよ。声や大きな物音も立ててはいけない朝までじっと耐えること、朝になったらどこでもいいから神社に駆け込んで神頼みすればいい。あと怖いときはこれを胸の前で持っているといい_そう言ってお守りを持たせてくれた。あのお守りはばあちゃんが亡くなってから今も大事にベッドの小さな引き出しに入れてある。音をたてないようにそうっと引き出しを開き少し色あせたお守りを取り出し胸の前で縋るようにぎゅっと握ると周りの騒音が和らいだように感じ安心したのか目が覚めてしまってからずっと神経が張り詰めていた疲れからか瞼が重くなったためそのまま眠りに落ちた。
◇
チュンチュンと鳴く鳥のさえずりで俺は目を覚ました。物音や嫌な気配もすっかり消えていることに安堵の息を吐く。昨晩のことははっきりと覚えていて、あんなことがあったのにこのお守りのおかげか嫌な夢を見ることもなく熟睡できた。
「はぁ……、怖かった……。マジでばあちゃんのお守りがなかったらやばかったよなぁ、ばあちゃん様様だわ。ありがとう、ばあちゃん。神社いかないとだな、確か_」
_神社に行くならはるちゃんの家の近くだと白羽神社がいいさね、あそこは形代に厄を移して最後はお焚き上げしてくれるから、片が付いたらしっかりお礼参りは行くんだよ。……今は分からなくても大きくなったらきっとわかるようになるよ。お守りはできるだけ傍に持っているといい、陽翔はどうやらあちら側のものに好かれやすい性質らしいからね……このお守りがきっと守ってくれるはずだよ_。
「そうだ、白羽神社だ。よし、着替えていくか……」
着替えを済ませ荷物を取り部屋を出て扉を見てみるとそこには爪の跡が残されていて、それを見た瞬間悪い夢とかじゃなく現実に起きたことだったのかと一気に昨晩の恐怖が蘇る。だがただ恐怖に飲まれてしまう前に早く神社へ行ってお祓いしないとと思い直し洗面所に向かって冷たい水で顔を洗い流すと頭がすっきしてきた。その頭で昨夜のことを少し考えてみることにした。
たしか、昔からあの電柱がある交差点では何故かよく事故が起こることでこの辺では有名な場所だった。事故を起こした人は決まって白い女がいたと言うらしく、しかし防犯カメラで確認しても誰もいないし、確かに事故が多い場所ではあるが死亡事故が起きたことはないため気のせいだろうと片付けられるのだそうだ。
今はお盆ということもあってそこに居る何かが見えやすくなったのかもしれない。そして俺が見て認識してしまったことで向こうが気に入って憑いてきてしまったのかもしれない。しかし俺はそういったオカルトに詳しくはないし真相は分からないがあんなものに憑かれるのはもうご遠慮願いたい、俺はホラーが死ぬほど苦手なんだ。
「あー、もう!俺はホラーが死ぬほど苦手だってのになんで俺が……。もう九時か、さっさと神社行ってこんな嫌な縁とは早くおさらばしよう。」
覚悟を決めて家を出るとスマホで白羽神社と検索してナビを開いて神社に向かう。徒歩五分程度で着くらしく幸い駅とは反対方向のようであの電柱を通ることがないと知り少し安心した。
神社に着くとこんな近くにあったのか、そんなに大きなところではなさそうだなと思いながら一礼してから青空によく映える鮮やかな朱色の鳥居をくぐると辺りは澄んだ空気に包まれ緑の木々が日差しを遮っているからか涼しく感じる。足元でジャリジャリと鳴る乾いた音に耳を澄ませながら歩みを進めると説明板みたいなのが立っており、何やら難しいことが書かれているそれに軽く目を通すとこの神社では刀を祀っており、そこから悪縁などを断ち切るなどのご利益があるらしい。形代の和紙を人型に切り取ったものに氏名を書き込みその形代で体を撫で願いを込めて木箱に収めることによって悪縁が形代に乗り移る。木箱に収められた形代は神主によって毎月決まった日に丁寧にお焚き上げされるといったことも書かれていた。なるほど、とそのまま刀のように反った参道を歩き途中手水所で手を清め社殿に向かう。鈴を鳴らし参拝を済ませると傍らにあった台の上に白紙の形代の束と納める木箱を見つけた。ここにも手順が書いてある掲示物が貼ってあり、その手順が示す通りに備え付けてあった筆ペンと形代を一枚手に取るとペン先が柔らかいタイプの筆ペンだったため少し苦戦しつつも名前を書いた。少し待って文字が乾いたのを確認してから悪縁から解放してくださいと願いを込めて形代でとりあえず重い気がする肩でいいのかなと肩を撫で木箱に収めた。手を合わせてお願いします!と念押しも忘れない。その儀式のような手順を終えると心なしか肩が軽くなったような気がしてなんだか恐怖感も薄らいできたような気がする。俺は感謝の意を込めて深くお辞儀をして神社を離れた。
鳥居をくぐり振り返って一礼してから帰り道を歩む。神社の敷地から出ると日差しの暑さに目が眩みそうになるが訪れた時から一転して身体がすごく軽くなり昨晩の悪夢のような出来事からきっと自分は解放されたのだと晴れやかな気分で足取り軽く帰路に着いたのだった。
◇
_わたしは、ただまた貴方に逢いたかっただけなの。あの日、あの電柱の下で彼とデートの待ち合わせをしていて、久しぶりのデートだったから精いっぱいお洒落して待ってたの。でも待ち合わせの時間になっても彼は来なくてそれでも寝坊しただけかもしれないそう思って待ち続けていたの。そんな時不気味な笑みを浮かべて包丁を振り回す男の人が近付いてきていて恐怖で固まっていたらそのまま胸に深く包丁を突き立てられて死んじゃった。最期に彼とどうしても会いたくてあの場所にずっと何年も何年も立っていたの。そうしたらようやく彼に似た雰囲気の子を見つけて着いていったのだけど間違えちゃったみたい。何年も留まっているうちに彼の顔も、声も、朧げになっていたから間違えてしまったのかしら。怖がらせてしまって本当にごめんなさい。ああ、彼にはもう会えないのよね、最後に一目だけでも会いたかった_。
その日の夜、夢を見た。
「そっか、あなたはただ好きな人に逢いたかっただけだったんだね。怖がってごめん、あっちで逢えるといいね。」
きっと成仏したのであろう彼女が彼と再会できるようにあちらで幸せに過ごせますようにと空に祈りを捧げた俺は穏やかな気持ちで眠りについたのだった。




