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文才の無い私は明日を見つけに歩いてきます

作者: 音神 蛍
掲載日:2026/03/18

 書けない。うん。書けない。書けない。私は文才がない。今だって、自分の中の何かを出したくて必死に机に噛り付いてみている。されど全くもって自分の中の、あの世界が浮かんでこないのだ。

 書ける時は、あっという間に一万文字。その時に、一体何を考えていたのか、私は何をしながら書いていたのか、全く覚えていない。単にやる気があった日でもない、終わった後に酷くお腹が空いていたのも覚えている。でも、書いているときは……?、と。

考えても思い出そうとしても何も浮かばない。


 机の上のスマホが震えた。私はほぼ無音だったこの部屋で鳴った音に、やけに驚いてしまった。

画面を触って、通知を確認したが、ネットゲームの仲間から、やらないかとのお誘いだった。悪くはない。しかし、まだ朝だ。十時にもなってない。そして書けない癖して徹夜をしたのだから、身体が眠くて眠くて重い。

 椅子を回して、階段の方に向かった。



 猫が鳴いていた。障子を通して入ってくる光さえも眩しくて、薄目で猫さんのお皿を見る。にゃーにゃー言って、足元にすり寄ってくる。可愛い。

「ねぇ。まるー散歩行ってきてもいい?」

私は猫を撫でながら訊いた。無論答えるはずはない。相変わらずにゃーにゃー言っているだけだ。


 散歩が好きだ。それもいつも通っていた道や、知っているものばかりの所を歩くのが。何か新しい物がその道にあるか、ないか。それだけで滅茶苦茶うきうきしてしまう。もしかしなくても、前通った時にはない、小さな石ころがあるかもしれない。小さなアリの行列でもあるかもしれないのだ。それがあるなら、行く価値がある。

「まるー?行ってくるね。」

猫さんは、ほぼ食べていないお皿に走って行った。いつか返事しないかな、と私は思う。ケージ越しに外を見た。風が強い。



 階段を上がって、長袖に着替えた。中学校の教科書たちがタンスの邪魔をしていた。捨てなくちゃいけないはずなのに、捨てたくはなかった。でもそろそろ捨てないと両親に怒られてしまう。何か、頑張ったはずの時間が意味なくなるようで。

扉を邪魔する教科書たちを崩さないようにゆっくりと閉めた。その後に気付く。

「あ、靴下だ。」


 朝食を忘れた事を忘れていた。玄関に行くまでに体力が切れそうだった。仕方がない。

「ねー猫さん、おにぎり欲しー。」

四つん這いになりながらリビングに戻ったが、猫さんは返事なんかはしないで、変なものでも見るように目をかっぴらいていた。

 にぉーにぉー、とか鳴きながら何か言っていたがよく分からない。変なやついるー、とでも言いたいのだろうか。生憎私は変な奴だと自覚している。そんな目で見られても今更どうも思わないよ。

 釜を炊飯器から取り出して、おにぎりを握った。甘い米の香りがした。めっちゃ重い。今日の夜中食べた食パンを、弟が全て食べてってしまったせいで、ご飯が余っているのか。

溜息が出てしまった。いけないいけない。



 おにぎりを上着のポケットに入れて。玄関を出た。

「さて、どこ行こうかなー。」

まずは足元を見る。玄関に何かが落ちていることもあるのだ。見たところ、宅配便の足跡かな。ポストを見ると、不在票が入っている。時刻は九時四十二分、記。ちょうど、十二行目、『更に大きくした』でキャレットが止まっていたはずだ。

 落ちそうな不在票を手で押し込んだ。排水溝の蓋が浮いているのを直したい。昨日の夜、十行目を消したり書いたりしてた時のまあまあ強い地震で浮いたのだろう。しょっちゅう地面がずれて、面倒だなと思う。

 そんなことをしていて、スマホを握って見つめる。もう玄関で靴を履いてから十五分も経っているのに、まだ玄関前の排水溝で足を上下させている。


 「おはよう。元気だね、」

左前の家の江文さんが怪訝な目で見ながらそう言ってきた。手には煙草を持っている。家で吸えないのだろう。

「おはようございます、」

ちょっと恥ずかしくて、早足で丁字路を抜ける。



 歩き始めて二時間。所々で止まるせいで、家から五百メートルも進んでないのかもしれない。今日は変に角ばった石ころと、ぺっちゃんこになった可哀そうなネズミ。お亡くなりになったスズメがいらっしゃった。あと、一時間は歩きたいなとか思いながら、全く歩いていない。なんども止まってしゃがんでばかりだ。


 ふと思考が巡りだした。私は、立ち上がって、来た道を少しだけ速く歩き始めた。


 私の悪いところはしたいことが分かっているのに、それに近付くための何かを探し求めて、その途中のどこかで立ち止まっていることだ。と、誰かに言われた気がした。

胸の中がやけに、どくどくと満ちるようで心地が良かった。



 私は、また机の前に座って、おにぎりを食べながら一時間だけゲームをすることにした。

スマホに片手を置いたまま、キーボードを打つ指は、止まることを知らない。

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